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囚われの獣人

 連れていかれたのは、城の地下牢だった。話し合いが終わるまで別室でしばらく待機させられる程度だろうと思っていたら、本格的な拘束だった。天井に明り取りの穴が開いているので真っ暗ではないのだが、それでも暗いことに変わりはない。ダンジョンの地下第1層と同じくらいだ。当たり前か。ここは地下1階なんだから。


 身体検査を受けて、盗賊道具を入れていたベストはもちろん、魔法のイヤリングにエリックからもらった指輪まで没収された。5人の修道士に囲まれて、ただ言われた通りにするしかなかった。一応、「俺が何をしたって言うんだ」とお決まりの文句を言ってみたが、「大司教に逆らったでしょ」とあっさりと返されてしまった。鉄格子のはまった牢屋に入れられる。救いはハーディーと隣同士だったことか。いや……。


 「おっご、おがおが」


 「うるさいぞ、静かにしていろ!」


 見張りと思しき兵士が、手にしていた木の棒でハーディーの牢屋の鉄格子を叩いた。ガシャン!と大きな音が低い天井に反響する。そう、イヤリングを取り上げられてしまったので、ハーディーの話していることがわからなくなってしまったのだ。仕方がないので、地下牢を目に入る範囲だけでも観察することにした。地上から階段で一直線に降りてきたし、天井に明り取りがあるところを見れば、間違いなく地下1階だ。明り取りの穴は大人の拳程度の大きさで、とてもそこからは脱出できそうにない。床も壁も石畳で、尖ったものでほじくり返すのは骨が折れそうに思えた。


 牢屋は狭い廊下を挟んで5つずつ、計10部屋、向かい合わせに並んでいる。俺の右隣がハーディーだ。見張りの若い兵士が一人いて、たまに巡回して来る。愛想はよくない。一応、入れられた時に目が合ったので「どうも」とあいさつをしたが、軽く無視されてしまった。


 牢屋の中には、薄くてかび臭い毛布が1枚あった。引っ張ってみたが、簡単には引き裂けそうもない。簡単に引き裂けるようでは、これを使って自殺するやつが出るから、こんなに丈夫なものを用意してあるのだろう。隅にバケツが置いてあり、小便や大便はそこで済ませろということらしい。通気がいいせいで、嫌な匂いがしないのは救いだった。湿った土の匂いしかしない。


 さて、どうする。


 死ぬまで閉じ込められているなんてことはないだろう。たぶんアダマスやエドワードはそのうち、オリジンに言うことを聞かせるには、アン、すなわちハーディーの協力が必要だとわかるに違いない。そうなれば、少なくともハーディーは牢屋から出される。そもそも「イースを守るために協力する」と素直に言えば、出してもらえるのではないか。


 「おっが、うが」


 「うるせえって言ってんだよ!」


 さっきからしつこくハーディーが何かを話していて、その度に兵士がやってきて、鉄格子を叩いていく。どうしたんだろう。ハーディーは誰に、何を伝えたいのだ? おそらく「誰に」は「俺に」だ。


 ハーディーがようやく静かになった頃、斜め向かいの牢屋から、小さな声が聞こえてきた。「シヒヒヒ……」と微妙に震える声がする。声を忍ばせて笑っているようだ。誰だろう。そして、なぜ笑っている? 気になって、目を凝らした。天井から差し込む明かりを避けた壁の部分に、誰かいる。背が高い。やけに細長い足が見えた。俺が見ていることに気がついたのか、そいつは体を起こして鉄格子に近寄ってきた。


 「……!」


 息を飲んだ。狼の獣人だった。いや、それだけなら驚かない。だって、狼の獣人なんて、あちこちで見たことがあるもの。その獣人には目がなかった。いや、もともとはあったのだ。だって本来、目のあるところが虚な空洞になっているんだもの。毛並みが悪い。白に近くなった灰色の体毛はボサボサで、あちこち毛羽立っている。そいつが動くと、フワッと鼻につく獣臭が漂ってきた。しばらく体を洗っていないに違いない。


 獣人は鉄格子から鼻面をのぞかせて、スンスンと匂いを嗅いだ。そしてまた「シヒヒヒヒ……」と声を殺して笑った。なんか、ムカつくな。たぶん、俺の境遇を笑っているのだ。だけど、自分だって牢屋にぶち込まれているではないか。無視してやろうかと思ったが、腹が立ってきたので「何が面白いんだよ」と小さな声で話しかけた。


 「ヒトが、ヒトと、争って……シヒヒヒ」


 獣人は俺の方を指差して笑った。なるほど。人間と魔族が争うのは不思議なことではないが、人間と人間が争っているのは普通ではなく、笑えると言いたいのか。


 「うるせえなぁ。放っておいてくれ」


 あまり話すと、俺まで見張りの兵士に怒られてしまう。まだむかっ腹は収まらなかったけど、鉄格子を離れて毛布の上に寝転がった。そんなに重罪ではない。そのうち出してもらえるだろう。とりあえず待とう。目を閉じると急にドッと疲労が押し寄せてきて、深い眠りに落ちてしまった。


   ◇


 「うん、うん。それはわかる。うん。確かにそうなんだけどね……」


 エドワードの声で目が覚めた。毛布があるとはいえ、石畳の上で寝たせいで体が痛い。腰をさすりながら体を起こして、鉄格子に近寄った。


 「ああ、クリス。目が覚めたかい」


 エドワードがにこやかに微笑んでいる。


 「おかしいな。まだ夢のなかなのか?」


 思い切り皮肉を込めて返してやった。エドワードは困った顔をして「残念ながら、現実だよ」と言った。


 「いくらなんでも酷くないか? 俺たちはイースの防護に協力しないなんて、ひと言も言っちゃいない。なのに、牢屋にぶち込むなんて」


 エドワードしかいない気安さで、思い切り不満をぶつけてやった。


 「うん、それはわかってる。さっき、ハーディーともその話をしていたところさ」


 エドワードは申し訳なさそうな顔をして、隣の牢屋に目をやった。ハーディーがこちらを見ているのだろう。


 「でも、さっきも言ったけど、僕らの最優先事項はイースを守る、ひいては人類を守ることだ。アダマスはろくでもない政治家だけど、その1点においては僕と利害が一致している」


 エドワードは足元に目を落とし、石の床を軽く蹴った。それは俺もわかっている。ロリアンドーロを取り戻しても、イースが占領されれば元も子もない。


 「わかったよ。で、俺たちはどうすれば解放してくれるんだ? 俺は盗賊だけど、牢屋で一夜を明かすなんてごめんだぜ」


 妥協点を見出そうと食い下がった。エドワードはしばらく口をつぐんで、宙を見つめていた。何を考えているのか。そんなに難しいことなのか。俺たちを解放するのは。


 「クリス、僕らは万物の源を、完全にこちらの支配下に置きたいんだ」


 エドワードは俺の方を向いて、自分の足元を指差した。


 「こちら? お前たちのってことか?」


 わかっていたけど、念のために聞き直す。


 「そうだよ」


 エドワードはうなずいた。


 それはどうだろう。コンティニュアスは、はっきりと「自分には意志がある、仕える人間を選ぶ」と言って、アンを主人に選んだ。アン以外の人間から指示されて、思い通りに動くとは思えない。それはオリジンになっても、同じことだ。実際にオリジンはパンゲアで「アン以外の指示は聞かない」と言っていた。


 「それは無理だ。説明したと思うけど、万物の源は所有者を決めている。所有者の言うことしか聞かない。今の所有者はアンだ」


 俺は隣の牢屋を指差しながら言った。エドワードは即座に「うん、知っているよ」と言って、不気味な薄笑いを浮かべた。


 「だから、所有者以外の人間の言うことを聞かせられるようになるのか、さもなくば所有者を移転することができるのか、これから調べるのさ。そこの決着がつくまで、ハーディーは解放できない」


 エドワードがこちらを向く。その目を見て、ゾッとした。冷徹な、自分の目的のためならなんだってやる、狂気の目だ。気圧されて口籠っていると、エドワードは続けた。


 「クリスを解放すれば、必ずハーディーを助けにやってくる。だから、クリス。申し訳ないけど、君も解放できない」


 一歩、後退りすると「ごめんね」と頭を下げた。顔を上げた時には、いつもの穏やかな笑みに戻っていた。こいつ、オリジンに言うことをきかせるためなら、なんでもやるぞ。ハーディーを切り裂いて、アンを引っ張り出すかもしれない。俺を拷問にかけて、アンに指示を出させるかもしれない。いや、俺とハーディーだけならいい。ライラを人質にされでもしたら……。


 「エドワード、やめろ」


 声が震えていた。思った以上にヤバい状況に置かれていることに気がついて、ビビっている。いや、ビビってなんかいない。必死になって言い聞かせてみても、唇が細かく震えているのを、止められなかった。


 「やめないよ。僕が目的のためなら、なんでもやる人間だってことは、よく知っているでしょ?」


 ニコッと笑うと、ローブの裾を翻して歩き出した。


 エドワードが立ち去った後、しばらく鉄格子にしがみついたまま身動きできなかった。これからどうなるのか、ただ不安しかない。


 「シヒヒヒ……。恐ろしい、恐ろしい」


 斜め向かいの獣人が、また声を殺して笑っている。うるさいなぁ、人の気も知らないで。イラッとして、思わずそこそこ大きな声で言い返してしまった。


 「うるせえな」


 言ってからしまったと思ったが、見逃してくれなかった。姿こそ見せなかったが「おい、静かにしろ!」と見張りの兵士の声が飛んでくる。俺は口をつぐむと、その場にゴロリと横になった。立ちっぱなしだから気も立って、イライラするのだ。少しリラックスしよう。


 「おい、ヒト」


 凝りずに話しかけてくる。見ると、やつも鉄格子のそばまで出てきて、横になって頬杖をついている。もう一度、「おい、ヒト」と呼びかけてくるので、嫌々ながら返事をすることにした。精一杯、声を潜めて。


 「なんだよ」


 「お前、あのガキと知り合いなのか?」


 あのガキとは、エドワードのことだろう。先ほどからガキっぽいやつといえば、あいつしか現れていないのだから。


 「そうだよ」


 返事をすると、獣人は上半身だけ起こして、フンフンと鼻を鳴らした。大きく裂けた口を歪めて、人間のようにニヤリと笑う。


 「へぇ、知り合いのあいつに、ここにぶち込まれたのか。ヒトってのは、酷いことをするんだな」


 そう言って、またシヒヒヒと独特な笑い方をする。


 「うるせえな。放っといてくれ」


 もう何度、こいつに同じことを言っただろう。本当に、放っておいてくれと言いたくなることばかり、言ってくる。獣人はズルズルと這いずって、鉄格子から鼻面が飛び出すくらい近寄ってきた。


 「おい、こいつを見ろ」


 自分の空洞になった目を指差す。そんな気持ちの悪いものを見せて、どうしようと言うのだろうか。ムッとしていると、獣人は衝撃的なことを口にした。


 「こいつは、あのガキにやられたんだ」


 「えっ!?」


 思わず驚きの声が漏れた。エドワードにやられただって? 確かにあいつは目的のためにはなんでもやりかねないけど、まさかそんなことを……。でも、「そんなわけないだろう」と否定できなかった。だって、エドワードはそんなことをしかねない人間だからだ。


 「お前もあいつに気に入られたら、これくらいはやられるかもなぁ。シヒヒヒ……」


 いや、いや……。エドワードは、俺にはそんなことしない。お前が獣人だから、やられたんだ。エドワードは人間の目などくり抜かない。しかも、俺は友人だぞ。頭の中で必死で否定する。だけど、心の底はすでにグラグラ揺れていた。今にも恐怖で崩れ落ちそうだ。


 エドワードなら、やる。俺の目だって、くり抜くだろう。

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