拘束
城に帰ってエドワードの部屋に向かうと、部屋の前でエドワードが何人かの男たちと話していた。中心にいるのは、白いローブに半円球形のズケットと呼ばれる帽子をかぶっている大柄な男だ。服装から司教だろう。老人というほど年は取っていない。60代くらいだ。他の連中は茶色いローブを着ているので、修道士だ。さしずめ、偉い司教さまのお供といったところか。
司教はこの世界では、宗教的指導者のことを指す。修道士がキャリアを積んで実力、実績ともに認められると、地方の教会の責任者になる。この時点で呼び方が一介の「修道士」から立派な「司教さま」に変わる。司教にも格があり、地方の小さな教会の司教よりも、大きな町の教会の司教の方が偉い。王都の教会にいる司教は大司教と呼ばれ、最も格が高い。イース王国の国主で、宗教的最高指導者でもある女王を補佐する立場にある。
「ああ、来ました。彼らです」
エドワードは俺を見つけると、大柄な男に俺を紹介した。目がギョロリとしていて、にらみつけるように見つめてくる。帽子からのぞく頭皮には髪がないので、禿頭なのだろう。ガッチリとした体格をしているが、垂れ下がったほほや目尻の皺からは、それなりの年齢であることを感じた。
「クリス、こちらはアダマス大司教だ。万物の源の担当になられた方だよ」
「アダマスだ」
自己紹介をする前に、先に名乗られてしまった。アダマスは怖い顔をしたまま、俺を値踏みするように頭の先から足の先までジロジロと見た。そして、軽く頭を下げる。なんだコイツと思った瞬間に頭を下げられて、俺は恐縮してしまった。
「クリスです。よろしくお願いします」
こちらもあわてて頭を下げる。
俺たちはエドワードに連れられて、近くの会議室に入った。そこに行くまでの間に、エドワードが簡単に説明してくれた。とりあえずアダマス大司教が万物の源担当になったこと。今日は万物の源をどう生かすか、誰が管理すればいいのかなどを話し合うこと。そのために、全面的に協力してほしいと頼まれた。
「で、万物の源はどこにあるのかね?」
会議室とはいえ、城の中なので豪華な部屋だった。分厚い深緑色の絨毯に、ピカピカに磨き上げられた木製の長いテーブル。椅子にも細かい彫刻が施してあり、これをそこらの道具屋に持ち込んで売りさばけば、1カ月やそこらの生活費にはなるだろう。そんなことを考えていたので、着席するなりアダマスに尋ねられて、ドキッとした。
「え、ええっと……」
なんでもかんでも、素直にこいつらの言うことを聞いていいものか。万物の源を取り上げられて、好きなように使われてしまうのではないか。そういう危惧があって、スッと返事ができなかった。
『ここにあるのでござる。拙者の体内にしまってあるのでござる』
代わりにハーディーが答えた。自分の胸を指差している。
「出して見せてもらえるかね?」
アダマスはテーブルに肘をつき、口の前で両手の指を合わせて三角を作った。口角が上がっているので、微笑んでいるのだろう。だが、目つきが怖いので、笑っているようには見えない。ハーディーはうなずくと、トントンと自分の胸を指先でつついた。しばらく上体を微かに揺さぶっていたが、突然、口から黒い球体を吐き出した。固唾を飲んで見守っていた修道士たちが「うわっ」と顔を歪めて、露骨に嫌悪感を示す。ハーディーはお構いなしに黒い球体を手のひらで受け止めて指でつまむと、アダマスや修道士たちに向けて掲げた。
「おお、ほぉ……」
アダマスは、ローブの内ポケットから鼻眼鏡を取り出した。それをかけて、しげしげと万物の源を見つめる。万物の源の表面は黒いのだが、黒いなりに濃淡があり、それが川の流れのようにゆっくりと動いている。そして、内側からキラキラと白い光が漏れ出していた。
「これが魔力をどんどん生み出すのかね?」
アダマスはエドワードに聞いた。椅子に浅く腰掛けて、穏やかな笑みを浮かべながら、アダマスや修道士たちが驚いている様子を見ていたエドワードは、深く座り直した。
「正確にはどんどん集めて、です。周囲の魔力を吸収して、1点から吹き出すのです」
指でくるっとテーブルの上に円を描き、その中心から上に向かってスッと指を上げる。わかりやすい説明だ。
「ということは、これがあれば、街の外側にいる魔族から魔力を吸い上げて、街の内部から永遠に攻撃ができるということか?」
さすが大司教。理解が早い。アダマスはエドワードに向かって、身を乗り出した。
「まあ、そういうことですね。吐き出す方にばかり興味が行きがちですが、吸い込む方に注目すれば、ある意味、強力な防護壁を手に入れたということになります」
なるほど。イースの城壁の外側で、コンティニュアスの力を使って魔力を吸い込めば、攻めてきた魔族は弱体化する。彼らが力が強かったり、素早かったり、大量の魔法を使えたりするのは、人間と違って魔力を持っているからだ。魔力を吸い切られてしまった魔族など、外見が違うだけで、能力的には人間とさほど変わらない。
「ふうむ。で、その吸ったり吐いたりする操作は、どうやってすればいいのだ? やはり、魔法を使うのか?」
アダマスはまた万物の源に視線を向ける。〝やはり魔法を〟というところで、声のトーンが皮肉めいたものに変わった。
「いえ、彼には意志があります。なので、彼が従う人間が命じれば、やってくれます」
「意志がある?!」
エドワードの言葉が終わらないうちに、アダマスは驚いて声を上げた。
「意志があるとはどういうことだ? ただの道具ではないのか?」
両手を広げて、鼻で笑った。嫌な感じだ。
「いえ、今は見ての通り、一風変わった水晶玉のような形を取っていますが、本人がその気になれば人の形態を取って、われわれと会話することも可能です」
エドワードは立ち上がると、ハーディーのそばまで行って、万物の源を指差した。ハーディーはテーブルの上に、そっと黒い球体を置いた。
「ほほう、道具と話ができるとは。まるで魔族のようだな。ぜひ見せてくれないか」
アダマスは口元を歪めて言った。どうもこのおっさん、話しっぷりからして魔法や魔族が心底、嫌いなようだ。さっきから小馬鹿にしたような言い方が、やけに鼻につく。
「オリジン、人間になって」
エドワードは、黒い球体に優しく話しかけた。だが、反応はない。隣で様子をうかがっていたハーディーが『ここでは嫌だと言っているのでござる』と口を挟んだ。それを聞いたエドワードは苦笑いして、首を横に振った。
「ハーディー、僕らの冒険の成果を披露する時だよ。頼んでくれないかな?」
ハーディーの肩にポンと手を置いて、微笑みかける。ハーディーはエドワードを見つめて『いや、しかし……』と口籠った。
「なんだ、できないのか? まさか、夢でも見ていたというわけではないだろうな?」
アダマスは椅子にふんぞり返って、また鼻で笑った。お供の修道士たちが調子を合わせて、フンと馬鹿にしたように笑う。イラッとした。さっきから黙っていれば、好き勝手に話を進めやがって。万物の源はイースを守るために持ち帰ったんじゃない。ロリアンドーロを取り戻すために持ち帰ったのだ。
「ちょっと待ってください」
アダマスに声をかけたつもりだったが、軽く無視された。アダマスはお供の修道士に「とりあえず保管場所を考えなければ」と話しかけている。俺は意図的にガタンと音を立てて立ち上がった。
「ちょっと待ってくれ!」
さすがにここまで声を上げると、気づいたようだ。アダマスや修道士、エドワードにハーディーも、俺に注目する。ゴホンと一つ咳払いをして、話し始めた。
「万物の源は、ロリアンドーロを奪回するために持ち帰ったものです。イースを防衛するのも結構ですが、ロリアンドーロを取り戻してからにしてほしいんですけど」
テーブルに手をついて、キッパリはっきりと言ってやった。そうだ。多くの命を危険にさらして、俺たちが持ち帰ったのだ。ここで座って待っていた連中に、好きなようにさせるわけにはいかない。アダマスはしばらく固まったまま、不思議そうな顔をしていた。この若造は何を言っているんだ?と顔に書いてある。最初に口を開いたのは、エドワードだった。
「クリス、言いたいことはわかった。でも、今はまずイースに防衛網を構築することが先決だ。ロリアンドーロはすでに陥落している。そっちが先というのは、賛同しかねるよ」
穏やかに、言い含めるように話しかけてくる。しかし、その内容は納得できなかった。
「そうだ。ロリアンなど滅んだ国に、何の用事がある? 大切なのは今、生きているわれわれであり、これから世界を作っていくわれわれなのだ」
アダマスが思い出したように話し始めた。
『いや、しかし、これを持ち帰ったのは、われわれなのでござる。イースがどうなってもいいとは全く思っていないのでござるが、まずはわれわれにこれを使わせてほしいのでござる』
ハーディーはテーブルの上に両手をついて身を乗り出した。体が大きいので迫力がある。修道士たちは思わず身を引いた。
「だから、人のいないところで使っても、意味ないでしょ? せっかく強力な魔法具を手に入れたのだから、有効活用しないと」
エドワードはもう一度、ハーディーの肩に手を置いた。顔を寄せて、説得する。
「いやいや、だから! 俺たちが万物の源を持ち帰ったのは、イースのためじゃねえって言ってんの! イースのために使ってもいいけど、それは最優先じゃないから!」
埒が明かない。俺は失礼を承知の上で、口調を強くした。これくらい正直に言わないと、こいつらには通じない。
会議室に変な沈黙が流れた。アダマスは腕を組んで、俺たちを見下ろすように胸を逸らしている。エドワードも黙り込んでしまった。アダマスのはげ頭の向こうに、大きな窓がある。灰色だが、こざっぱりとしたイースの街並みと、きれいに晴れ渡った青空のコントラストが目に沁みるようだった。どこかで馬車がゴトゴトと走っていく音がする。そういえば、チョコは無事だろうか。パンゲアの下に置いてきた。手綱はどこにも結んでいない。敵が来れば逃げられるようにしてあるし、食べ物を探して自由に動き回れるようにしてある。この一件が片付いたら、迎えに行ってやらないと。ペッパーが死んで一人ぼっちになって、寂しがっているに違いない。
「おい、彼らを拘束しろ」
アダマスは修道士たちに言った。「そこの本を取ってこい」と同じくらいの軽いトーンだった。修道士たちが一斉に立ち上がって、こちらへやってくる。「抵抗するな。痛い思いをするだけだぞ」と言われて、初めて自分が置かれたまずい状況に気がついた。
「え! ちょっと……何が?」
「さあ、行くぞ。抵抗するな」
両脇から腕を抱えられた。修道士たちはハーディーにも「立て」と命じた。ハーディーはテーブルの上の万物の源を見つめて、ゆっくりと立ち上がる。
「ち、ちょっと! エドワード!」
エドワードは首を傾げて、困った顔をした。
「どういうことだ! こんなの……」
こんな時、どう言えばいい? ついさっき協力を求めてきた相手が一転、敵になった。あまりの急展開に、言葉が出ない。
「クリス、ごめんね。でも、イースを、人類を救うためだ」
肩をすくめて、微笑んでいる。くそっ、こいつ、俺の味方じゃなかったのかよ! 頭が混乱して、思わず腕を振り解こうとした。
「痛っ!」
ギュッと肘を締め上げられる。後ろでハーディーが『クリス殿、大人しくした方がよさそうなのでござる』と消え入りそうな声で言った。
「まあ、あれだ、クリス君。万物の源を持ち帰ってくれたことには、大いに感謝しているよ。あとはわれわれがうまいことやっておくから、安心したまえ」
アダマスは薄笑いを浮かべながら、両手を広げた。ムカつく。これがこの国のトップ近くにいる人間がやることなのか? 暴れて逃げ出すことも考えたが、ハーディーを置いてはいけない。ハーディーはその気になればここにいる修道士を全員、ひねり殺すこともできるだろうが、罪もない人間にそんな酷いことは絶対にしない。
「くそっ、てめえら、覚えてろよ!」
自分で言いながら、もっと他に何か言うことがあるのではないかと情けなく思った。




