ハーディーはロリコンなのか?
その夜、またライラの部屋で寝ようとしたら、ニュウニュウに「女の子の部屋なんやから遠慮しいや」と追い出されてしまった。看病したいと主張したが「それはウチがやる」と言われて、ハーディーと一緒に隣の部屋に移動した。
眠れない。魔族になったらどうなるのか。俺のことを覚えているだろうか。凶暴になって、人間を襲い始めたらどうしよう。ニュウニュウが自らつききっりなのは、おそらくそれを危惧しているのだ。ニュウニュウならば、ライラくらいの大きさの魔族であれば、力でねじ伏せることができる。たぶん。
それに、万物の源のことも気になっていた。ライラのこともあってとりあえず王都へ帰ってきたが、そもそもこれをどうすればいいのか。タイタンに渡してしまえば、俺の手元に戻ってこないことは目に見えている。しかし、ここに置いておいてどうなる? 誰が使う? 有効活用できるのか? ロリアンドーロを復興するために、俺の手元に置くことを決意したものの、使い方がわからない。
「ハーディー、オリジンは今、どこにいるの?」
部屋の明かりは消した。それでも窓から月明かりが差し込んでいて、明るかった。ハーディーが眠っていないことは明らかだ。さっきから寝息が聞こえない。俺はベッドの上で起き上がると、床に布団を敷いて横になっていたハーディーに尋ねた。
『オリジンなら今、拙者の体内でござる』
ハーディーは横になったまま少しだけ顔を俺の方に向けて、自分の胸を指差した。
「えっ。大丈夫なの?」
オリジンはパンゲアで最後に球体になった。アンがそれを持ったまま、ハーディーの体内に入ってしまった。
『大丈夫でござる。全然、違和感はなくて、今は姫が大切に抱えておられるのでござる。少し温もりを感じる程度でござるな』
「そうなんだ」
万物の源って、体の中に入れることもできるんだ。となると、魔術師がそうすれば、いつまでも魔法を使い続けることができるんじゃないか? 例えばアフリートの体内に入れば、疲弊することなく、いつまでも周囲を焼き尽くすことができるのではないか。恐ろしい。それこそ最終兵器だ。
タイタンがアフリートと万物の源をダブルで入手した場合を想像する。魔王だ。地上最強の火力を使いこなすだけではなく、さまざまな魔法を駆使して世界を思うように動かす。しかも、魔力が途切れることがない。デカい鼻を揺らして、ガッハッハと笑っている下品な顔を思い浮かべて、嫌な気持ちになった。
「なあ、ハーディー。タイタンは万物の源を使って、どうやってロリアンドーロを取り戻すつもりだったんだろうな?」
なんとなく想像はつく。魔族と人間は、そもそも魔力の保持量が違う。ロリアンドーロが攻め滅ぼされた時、人間は魔族に頭数だけではなく、魔力の量で負けたのだ。万物の源があれば、魔力の量で負けない。しかも、相手の魔力を吸収することができる。魔法の打ち合いで負けることはない。兵隊の頭数をそろえれば、勝つだろう。
『そうでござるな。シンプルに自分の配下の魔術師をロリアンドーロに派遣して、万物の源でじゃんじゃん魔力を補給しながら、魔法で魔族を追い出すつもりだったのではござらぬかな。あくまでも拙者の想像でござるが……』
ハーディーは、俺の考えとそう変わらないことを口にした。そういうことであれば、一緒に戦ってくれる魔術師が必要だ。それもたくさん。ロリアンドーロは数年前に占領されて、今や魔族の居住地域になっている。少なくとも炎の神殿の集落程度の魔族は、住んでいると考えていい。
「人数が必要だなあ、ハーディー」
天井を見上げて、つぶやいた。まただ。結局、人の力を借りないと、何もできない。自分の無力さが嫌になる。
『そうでござるな。明日、それをエドワード殿と相談すればいいのではないかと思うのでござる。イースには軍隊があるし、数こそ少ないものの、まだニュウニュウ殿のような強力な魔法使いもいるのでござる。そういう方々の協力があれば、ロリアンドーロを奪い返せるのではござらぬかな』
ハーディーの話を聞きながら、天井をボーッと眺める。天井には何のデザインかよくわからないけど、円形の模様が描かれていた。魔法陣か何かだろうか? それを見ているうちに、パンゲアでニュウニュウがオリジンと話していたことを思い出した。
万物の源は魔力を吸い込んで、吐き出す。まるでドーナツのように、輪の外側から吸い込んで、内側から吐き出す。
ちょっと待てよ。ドーナツを城壁を備えた城だとしよう。内部に立てこもって、城壁の外側に押しかけてきた魔族から魔力を吸い取ればいいのではないか? その吸い取った魔力で、城の内側から攻撃すればいいのでは? いや、それでは城壁から離れられてしまったら、魔力を吸い取れない。籠城しているこちら側が不利になってしまう。少人数で多数の魔族と戦えるいい戦法だと思ったが、すぐに欠点を見つけた。やはり、エドワードの協力を仰ぐしかないのか。
エドワードは冒険者になった頃からの友人だ。ただ、炎の神殿に行くまでは、一度しか一緒に冒険したことがなかった。普段は穏やかで親切な好青年だが、テイラーとアフリートの件で、仕事人としては人使いが荒く、冷徹だということがわかった。そんなエドワードがロリアンドーロを取り戻すために協力してくれるだろうか。おそらくエドワードにとっては、そんなことよりもイースを魔族から守ることの方が優先事項のはずだ。
いろいろなことが頭の中を駆け巡って、ごちゃごちゃになる。ええい、ダメだぞ、こんなことでは。どれが優先なのか順番をはっきりさせて、一つずつ片付けていかなければ。まずは明日の午前に、エドワードと万物の源のことを話すのだ。会う前にライラの様子を見に行かなければ。ああ、そうだ。
「ハーディー」
見て確認しなくても、ハーディーが俺の方を見たことが気配でわかる。まもなく『何でござる?』と返事があった。
「明日の朝、ちょっと早めに起きて、ニーナの様子を見に行かないか?」
そうだ。またすぐに出かけなければいけないかもしれない。タイタンが態勢を整えて万物の源を奪いに来るかもしれないし、そうなればオリジンを連れて王都を離れないければいけない。タイタンは、ここをめちゃくちゃにすることも厭わないだろうからだ。ニーナには会える時にあっておかないと、そして、わかるかどうかはわからないけど、ライラのことを伝えておかないといけないと思った。
『構いませぬよ。拙者もここに戻ってきたのであれば、ニーナ殿の顔を見たいと思っていたのでござる』
ハーディーの声が軽く弾んだ。テイラーといいニーナといい、ハーディーは小さい女の子が好きだな。微笑ましく感じたのも束の間、胸の内に黒い疑念が急に吹き出してきた。えっ、小さな女の子が好き? もしかして、ハーディーはロリコンなのか? いや、だが、子供がいると聞いたことがあるし……。
『クリス殿?』
ハーディーが呼びかけてくる。
「あ、いや! 何でもない。よ、よし。じゃあ、明日は早起きするからな。もう寝ようぜ」
俺は動揺を気取られないように、勢いよく布団に潜り込んだ。だが、先ほどの疑念が気になって、眠るどころではなくなった。ハーディーはテイラーやニーナのことを、ものすごくかわいがっている。だが、あんなにセクシーダイナマイトのライラには、全く興味を示さない。ニュウニュウはどうだ? ニュウニュウも外見は少女だぞ。だけど、どの記憶を辿っても、ハーディーがニュウニュウに興味を示していた場面が出てこない。となると、やはりロリコンではないのか? いやいや、単に見た目が気に入らなかっただけかもしれない。
俺は一体、何を考えているんだ。
ハーディーの寝息が聞こえてきた。明日は朝イチでニーナに会いに行く。スティーブンさんに、ニーナを連れてライラの見舞いに行ってくれないかとお願いしてみよう。それから城に戻ってきて、エドワードと話す。ロリアンドーロの奪回に力を貸してほしいと頼んでみよう。断られたらどうする? エドワードが笑顔で「いいよ」と答えているシーンが思い浮かばない。むしろ「万物の源はイースのために使うから、協力してほしい」と言われそうだ。それはやぶさかではない。俺もイースの出身だから、祖国を守ることに異論はない。だけど、その前にロリアンドーロを何とかしてほしい。アンとハーディーの帰るところを、取り戻してあげたい。
必死になって、ハーディーはロリコンではないか?という疑念から離れようとする。
エドワードに「ロリアンドーロは後回し」と言われたら、どうしよう。それではタイタンと同じではないか。オリジンを連れて王都を脱出し、ハーディーと2人だけでロリアンドーロの奪回に向かうか? だが、兵力はどうする? たった2人で国を占領したほど数の魔族を追い払うなんて、無理だ。何かメリットがないと、誰もロリアンドーロの奪回に動いてくれないだろう。奪い返すことで、利益を得るのは誰だろう。ロリアンドーロは魔法具の生産国だったので、全て奪い去られていなければ、まだ数多くの魔法具を所蔵している。そこに最も目をつけそうなのは、タイタンだ。
……。
俺の選択は、間違っていたのか? やはりあの時、素直にタイタンに万物の源を渡していればよかったのか?
誰に相談すればいい? パッと頭に思い浮かんだ人物がいた。あのポンコツ秘書。メイヘムだ。彼女ならタイタンを上手に操作してくれるのではないだろうか。キャルダモナに行かないといけないのかなぁ。自分で冒険の道を切り拓くのって、すごく面倒だ。ギルドの請負冒険者をやっているのって、実はとても楽ちんなんだなと改めて感じた。




