XX — 意志
まだ濡れたままの軍服は重い。だが、背中に背負った疲労はそれ以上に重い。少しくらい休んでもいいはずだ。
10月20日 — 隔離命令発令から35日目。
「こちら管制塔。航空機の無許可離陸を確認しています。エンジンを停止し、身元を明らかにしてください。どうぞ」
まだ夜が明けていなかった。
キャンプは夜明け前の完全な闇に包まれていた。乾いた寒さが身に染み、ヘリコプターの金属部分には薄い霜が降りていた。
ハリーがマイクを手に取った。
「こちらパイロットのハリー・ウォーカー。VH-474の上昇を開始しています。どうぞ」
数秒間、沈黙が続いた。
「ええと……拒否します。離陸の許可は出ていません。どうぞ」
ヘリコプターのローターが、ますます速く回転し始めた。
次に聞こえた声は、管制官のものではなかった。
「それを貸せ!」
マイクが衣服に擦れる音がした。
ハミルトンだった。通信設備のある本部棟から身を乗り出している姿が見えた。
「今すぐヘリコプターを停止しろ、ウォーカー!」
ハリーはためらわずに答えた。
「申し訳ありません、大佐。できません。弟があそこにいるんです。どうぞ」
「これは直接命令だ!」
ハリーは無線を切った。
「黙ってろ、馬鹿野郎」
「準備はいい?」私はハリーに尋ねた。
「乗ってくれ」上昇を開始するため、いくつかのボタンを押しながら彼は言った。
ヘリコプターが上昇を始めた。
キャンプの明かりは、下方で次第に小さくなり、やがて闇の中に消えていった。
高度が上がるにつれて、空気はますます冷たくなった。
ハリーが計器を確認した。
「燃料はあまり残っていない。この飛行が実質的に最後の航行になる」
それは承知していた。
20分後、ハリーが再び口を開いた。
「あと20分で到着するぞ、ジェイコブ」
「わかった」
ライフルと弾薬、感染者の血を染み込ませた白い毛布、マチェーテ、それにリュックサックを持ってきていた。
日記も、その中に入っていた。
ハリーに声が届くよう、ヘッドセットを装着した。
「基地に着いたら、このリュックをタバタに渡してくれ。彼女ならわかる」
ハリーは数秒間、私を見た。
「了解」
彼はうなずいた。
移動を続けながら、私たちは計画を確認した。
「俺はプラットフォームに降りる」とハリーが言った。「生存者を回収する。感染者が多すぎたら、お前が銃座を使え。全員が乗ったら、俺は基地へ戻る」
「それで、俺は降りる」
「ああ」
彼は私が身にまとっている血まみれの毛布を指さした。
「お前はそれを着て降りるんだ」
「そのとおり」
「それからブリーフケースを探して、歩いて戻る」
私は前方を見た。
「要するに、そういうことだ」
計画は自殺行為だった。
だが、もうほかに選択肢はほとんど残されていなかった。
数分後、ハリーが再び話しかけてきた。
「ジェイコブ、無線の通信範囲に入った。理論上は、向こうにも聞こえるはずだ」
ヘリコプターの窓から、遠くにプラットフォームが見えた。
私はマイクを手に取った。
「タバタ? 誰か聞こえるか? どうぞ」
ほとんどすぐに返事があった。
「ジェイコブ!?」
彼女だった。
一瞬、ほかのことをすべて忘れた。
「聞いてくれ。時間がない。合図を出したら、ヘリポートまで走るんだ。どうぞ」
「無理よ! 周りを囲まれている! どうぞ」
「やるしかない。合図を出したら、道を切り開いて進め。いいな? どうぞ」
短い沈黙があった。
「わかった。どうぞ」
私は下を見た。
まだ太陽は昇っていなかった。
プラットフォームは暗闇の中でかろうじて見え、いくつかの非常灯がその姿を照らしていた。金属の構造物は、海の上にそびえる巨大な影のようだった。
そして、感染者たちが見えた。
何百体もの感染者が、プラットフォームの上を動き回っていた。
「今だ」
右側のドアを開け、銃座を展開した。
ハリーは高度を下げた。
ヘリコプターはヘリポートの上で空中停止した。機体のほとんどがローターの力で空中に浮かんだまま、着陸スキッドの一つだけがプラットフォームの端にかろうじて触れていた。
風が顔を叩いた。
そして、彼女たちが見えた。
3人だった。
その中にタバタがいた。
「今だ!」
私は発砲した。
銃座が轟音を上げ、連続した銃弾が闇を切り裂いた。階段を上ってくる感染者たちが、次々と折り重なるように倒れた。
「乗れ!」
タバタは兵士の一人を助けていた。もう一人の女性兵士が反対側を援護していた。
「急げ!」
銃座が過熱した。私はそこを離れ、毛布を身にまとったままヘリコプターから降りた。
彼女たちに近づいてくる感染者を撃つ。
ここにとどまるわけにはいかなかった。
タバタは負傷した兵士を乗せることに成功した。
3人全員が機内に入ると、ハリーは上昇を始めた。
私は下に残った。
一人きりで。
ローターの音が遠ざかり始めた。
一秒ごとに小さくなっていく。
そして、消えた。
そのとき、うなり声が戻ってきた。
たくさんの。
多すぎるほどの。
私は周囲を見回した。
感染者だらけの石油プラットフォームの真ん中に、完全に一人で取り残されていた。
だが、一つだけ有利な点があった。
血だ。
感染者の血を体に塗りつけると、そうでない場合とは違う反応を示すことは、すでにわかっていた。
ひどい臭いだった。
乾いた血、腐った肉、湿気。
ライフルは毛布の下に隠していた。
私は歩き始めた。
ゆっくりと。
とてもゆっくりと。
感染者たちの間を通り抜けていく。
一体は、私から1メートルも離れていなかった。
そいつの呼吸が聞こえた。
別の一体が頭を回した。私は動きを止めた。
反応はなかった。
私は進み続けた。
中央コンピューターはプラットフォームの中央にあった。
そこへたどり着くには、感染者の大群を通り抜けなければならなかった。
風が構造物に吹きつけ、金属を震わせていた。床は水、油、血、そして遺体の破片で覆われていた。
水平線には、小さな光が差し始めていた。
私はドアにたどり着いた。
ゆっくりと開けた。
中へ入った。
背後でドアを閉めた。
着陸してから初めて、少しだけ落ち着いて息をすることができた。
コンピューター室を探し始めた。暗い廊下を進んでいると、床に何かが見えた。男だった。私は慎重に近づいた。
「おい」
男がかすかに動いた。
「助けて……」
私は彼のそばにひざまずいた。タバタのチームの兵士の一人だった。
「ほら」
リュックサックから水のボトルを取り出して渡した。彼は10秒もかからずに飲み干した。
「名前は?」
「ジャック……」
「負傷しているのか?」
彼はジャケットを持ち上げ、腹部に刺さった木片を見せた。
「治療できる」
彼は首を横に振った。
「いや……もう死んでる」
「どうしてみんな、いつもそう言うんだ?」
彼を立ち上がらせようとしたとき、背中に噛み跡があるのが見えた。
「くそ……」
ジャックは苦しそうに息をした。
「ブリーフケース……」
「どこにある?」
「廊下を進んで……右だ。コンピューターがある」
「コードは?」
「6711を使った」
背筋に悪寒が走った。
「それでプラットフォームが起動して……」
「すべてが爆発した」
彼はうなずいた。
「ああ。残りのコードは二つ、3355と6710だ。そのうち一つが正しい。中央コンピューターは破壊されたが、もう少し先に、爆発を免れたコンピューターがある。問題は、そこが感染者でいっぱいだということだ」
「俺には問題じゃない」
ジャックは体を起こそうとした。
「俺も一緒に行く」
「本当に大丈夫か?」
「まだ歩ける」
議論している場合ではなかった。私は彼が立ち上がるのを助け、廊下をゆっくり進んだ。突き当たりに部屋が見えた。中をのぞくと、感染者で埋め尽くされていた。何十体もの感染者がコンピューターを取り囲んでいた。
問題は中へ入ることではなかった。キーボードに近づくことだった。血のおかげで襲われずに彼らの間を歩けたが、1メートルも離れていないところに十数体の感染者がいる状態で、コードを入力することはできない。私は数秒間考え込んだ。そのとき、ジャックが私を見た。
彼は何も言わなかった。自分のリュックサックを下ろし、私に預けた。
そして、ただドアを開けて走り出した。
「おい!」
感染者たちが一斉に彼のほうを向いた。
「こっちだ! ついてこい! さあ!」
ジャックはプラットフォームの外側へ向かって走り始め、感染者たちは全員その後を追った。
「ジャック!」
彼は立ち止まらなかった。
彼の叫び声が聞こえた。次に、うなり声。そして、その後に、もっとひどい音がした。感染者たちが彼に襲いかかる音だった。
生きたまま食われていた。
私は一瞬、動けずにいた……だが、彼が作ってくれた機会を無駄にするわけにはいかなかった。
コンピューターへ走った。
手が震えていた。
コードを入力した。
「3……3……5……5……」
最後の数字を押した。一秒間、何も起こらなかった。やがて機械が作動する音がし、壁の隠し収納が開いた。中にはブリーフケースがあった。私はそれを取り出してリュックサックに入れ、背中にしっかりと固定した。
「やっとだ」
祝っている暇はなかった。脱出しなければならない。
事前に聞いていた情報によれば、階段を下りれば何層か下の水際まで行けるはずだった。私はそこへ向かい、階段を下りた。下にはボートが3隻あった。そのうちの一隻を選び、水面へ押し出して乗り込んだ。上を見上げると、プラットフォームは依然として感染者に覆われていた。
そのとき、音が聞こえた。金属がねじれる音だった。
構造物が崩れ始めていた。上から金属片が落ちてきた。コンテナ、通路の破片、そして構造物の大きな部分まで。私はエンジンをかけ、ボートを急発進させた。数メートル先に金属片が水へ落ちた。衝撃で水しぶきが私をずぶ濡れにしたが、それでも進み続けた。
一瞬、成功したと思った。海岸にたどり着き、車を見つけて、キャンプへ戻るだけだった。
そのとき、エンジンが咳き込むような音を立てた。
一度。二度。
そして、止まった。
「そんな……」
もう一度、始動を試みた。何も起こらない。計器を見た。
燃料切れだった。
「最高だな……」
ボートはゆっくりと回転し始めた。潮流がプラットフォームのほうへ押し戻していた。オールも燃料もなく、ほかに選択肢はなかった。
私は血まみれの毛布を脱ぎ、リュックサックを体に固定して、海へ飛び込んだ。
水が壁のように私を打った。冷たさが瞬時に襲ってきた。ただ寒いという感覚ではなかった。体のすべてが同時に縮み上がるようだった。水が服に染み込み、シャツが肌に張りつき、軍服は重くなった。ブーツは足に結びつけられた石のようだった。
泳ぎ始めた。一かきごとに、前よりも苦しくなった。規則正しく呼吸しようとしたが、冷たい水が息を奪った。それでも続けた。どれほど先なのかわからず、長く後ろを振り返ることもできなかった。泳ぎ、数秒間仰向けになって休み、また泳いだ。腕が焼けるように痛み始めた。脚はしびれ、ときには指の感覚がなくなった。
それでも、泳ぎ続けた。
永遠に続くように思えた時間の後、ようやく足が海底に触れた。私は岸まで這い上がり、ひざから崩れ落ちた。それから砂浜に倒れ込んだ。体を動かせなかった。リュックサックはまだ背中に張りついていた。ブリーフケースも中にあった。
それだけが重要だった。
立ち上がろうとしたが、できなかった。私はその場に横たわり、苦しそうに息をしながら、服から水が滴り落ちるのを感じていた。まだ暗かった。太陽は昇っていなかった。できる限り体を丸め、そのまま待った。
寒さがゆっくりと体の中へ入り込んできた。空が明るくなり始めるまで、どれくらい時間が過ぎたのかはわからない。
夜明けはゆっくりと訪れた。最初に水平線に灰色の線が現れた。それから空が青く染まり始めた。やがて、太陽の最初の光が浜辺に届いた。
顔に暖かさを感じた。
弱々しかった。
それでも、暖かさだった。
立ち上がろうとしたが、できなかった。一瞬、そこにとどまろうと思った。目を閉じて、眠り、そのまますべてを終わらせようかと。
そのとき、うなり声が聞こえた。
目を開けると、近くに感染者がいた。どこから現れたのかはわからないが、恐怖のおかげで少し力が戻った。私は体を起こし、どうにか立ち上がった。脚は震えていた。一歩、また一歩。最初は自分の脚の使い方さえわからないような歩き方だった。やがて、なんとか立っていられるようになった。
地図はない。コンパスもない。車もない。キャンプのおおよその方角しかわからなかった。
だから、歩いた。
目測を頼りに。
道路があればそれに沿って進み、道路が途切れれば内陸へ向かっていそうな方向を探した。濡れた軍服が体に重くのしかかっていた。一歩ごとに、服が肌に張りつくのを感じた。太陽がゆっくりと昇り、服を乾かし始めたが、疲労は消えなかった。
腹が減っていた。喉も渇いていた。泳いだせいで腕が痛み、脚は震えていた。
それでも、歩き続けた。
何時間も過ぎた。正確にどれほどかはわからない。ただ、太陽が頭上を移動し、俺が歩き続けていることだけはわかっていた。いくつかの道を見つけた。その先には野原があり、さらに森があった。やがて夜が近づいたころ、放置された車を見つけた。
動かなかった。
それでも、屋根はあった。
中に入り、運転席に座り、ドアを閉めた。3分もしないうちに眠りに落ちた。
夜中、車の周囲で物音がした。目を開けた。小さな群れが車のそばを通り過ぎていた。彼らは俺に気づいていなかった。俺は完全に身を潜め、うなり声が遠ざかるまで待った。
その後、再び眠った。
10月21日 — 隔離命令発令から36日目。
太陽が完全に顔を出す前に目が覚めた。軍服はまだ湿っていた。全身が痛んだ。水を少し飲み、リュックサックに入れていた携行食を一つ食べた。
それから再び歩き始めた。
海に落ちたときに腕時計が壊れていたが、朝の7時ごろだろうと見当をつけた。
遠くに小さな町が見えた。
立ち止まるつもりはなかった。
ただ、車を見つけたかった。
そして、運がよかった。
状態がよさそうな車が一台あった。
近づいた。
鍵がなかった。
ドアを開けようとしていたとき、背後で物音がした。
素早く振り返った。
「こ、こんにちは……」
ライフルを構えた。
男が目の前に立っていた。
ひどく疲れているように見えた。
「お、お願いです。撃たないでください」
「誰だ?」
「エリックです」
彼は数秒間、待った。
「助けが必要なんです。あなたは軍人ですか?」
彼は俺の軍服を見た。
「何が必要なんだ?」
「妻のための食料と薬です」
彼は懇願するように言った。
俺はためらった。
手元には、極めて重要なブリーフケースがあった。
この男が何者なのか、わからなかった。
信用できるかどうかもわからなかった。
だが、助けを必要としている人間を無視するのは、昔から苦手だった。
そんな自分が嫌になることもある。
それでも、後悔はしない。
俺はライフルを下ろした。
「行こう」
エリックは息を吐いた。
「ありがとうございます、軍人さん」
「ジェイコブでいい」
彼は俺を家まで案内した。
俺は警戒しながら中へ入った。
廊下の奥に、半開きのドアがあった。
その中で、女性がベッドに横たわっていた。
ひどく具合が悪そうだった。
「大丈夫か、愛しい人」エリックは彼女の顔を撫でながら言った。「この兵士が助けてくれる」
俺は女性を見た。
「どうしたんだ?」
「わからないんです。吐いて、咳をして、力もありません。この町で唯一の薬局は感染者だらけで、中に入れなかったんです」
彼は床に視線を落とした。
「もう何日も食べていません」
「キャンプへ行かなかったのか?」
エリックは眉をひそめた。
「キャンプ?」
「軍のキャンプがすぐ近くにある」
彼は首を横に振った。
「私たちはこの辺りの人間じゃないんです。1週間前に来ました。キャンプがあるなんて、一度も聞いたことがありません」
彼はドアのほうを見た。
「あなたと一緒に行ってもいいですか?」
俺はリュックサックから携行食をいくつか取り出した。
「持っていけ」
エリックは受け取った。
「ありがとうございます、本当に」
俺は答えなかった。
女性のことが心配だった。
適切な薬を持っていなかった。
「ここ数日は何を食べていた?」
エリックは考えた。
「よく覚えていません。缶詰とか、家で見つけたビスケットとか……それから、死んでいた鶏を一羽」
俺は彼を見た。
「鶏はどうやって調理した?」
彼は視線を落とした。
「火の起こし方がわからないんです。ライターも見つかりませんでした」
すぐに理解した。
彼らは生の鶏肉を食べていた。
俺は立ち上がった。
「薬局へ行ってくる」
ほどなくして到着した。
感染者は2体しかいなかった。
俺は入り口から彼らを見た。
「空いてるな」
中へ入った。
素早く感染者を始末し、薬を探した。
それから家に戻った。
エリックと妻は、すでに携行食を食べ終えていた。
「ほら」
薬を彼に渡した。
しばらく待った。
女性の呼吸は次第に落ち着いてきた。
その間、エリックが思いがけないことを尋ねてきた。
「チェスはやりますか?」
俺は彼を見た。
「何?」
「チェスです」
彼は小さなチェス盤を取り出した。
「私はプロです」
「本当か?」
「チェスの教師なんです」
思わず笑ってしまった。
「じゃあ、俺が負けそうだな」
対局した。
そして、負けた。
それでも、善戦はした。
「どこでそんなふうに覚えたんです?」彼が尋ねた。
「父だ」
俺は駒を見つめた。
「毎週土曜日の夜に対局していた」
「あなたは?」
彼は少し照れくさそうに微笑んだ。
「私はチェスの教師です」
「なるほど。いろいろ納得したよ」
もう一局、対局した。
その後、太陽が沈む前に、キャンプの状況について説明した。
エリックは車を持っていたが、燃料がないと話した。
俺は給油に使えそうなものを探しに出た。
戻ってくると、彼の妻を車に乗せるのを手伝った。
俺たちは出発した。
太陽は沈みかけていた。
オレンジ色の光が木々の向こうへ消え始めていた。
キャンプの入り口まであと数メートルというところで、俺は車を止めた。
「俺の言うとおりにしてくれ、エリック」
「わかりました」
俺は両手を上げて車から降りた。
ブリーフケースは片手に持っていた。
エリックと妻も同じようにした。
入り口の兵士たちが、俺たちに銃を向けた。
そのうちの一人が俺に気づいた。
門が開き、俺たちは中へ入った。
ハミルトンが数人の兵士を伴って現れた。
「よく戻ってこられたものだな、ジェイコブ。あれだけのことをしておいて」
「誰かがやるしかなかった」
周囲には、民間人たちが集まり始めていた。
その中には、じっとこちらを見つめているタバタもいた。
彼女の後ろには、デレク、ブリサ、サム、ラウラ、エミール、そしてクラウディオのグループがいた。
久しぶりに、ようやく息ができるような気がした。
ハミルトンがブリーフケースを指さした。
「渡せ」
「大佐、あなたが欲しがっていたブリーフケースを持ってきました」
俺はそれを少し持ち上げた。
「だが、ただでは渡さない」
ハミルトンは眉をひそめた。
「俺自身、ハリー、タバタ、彼女の分隊、そして関わったすべての人間に免責を認めてほしい」
「残念だが、それは認められない、ジェイコブ」
彼は兵士の一人に合図を送り、ブリーフケースを奪い取らせようとした。
俺はため息をついた。
「そうだろうと思った」
ブリーフケースを回転させた。
蓋には、テープで手榴弾が貼りつけられていた。
安全ピンのリングを引き抜いた。
だが、安全レバーは放さなかった。
兵士たちはすぐにライフルを構えた。
ハミルトンは動きを止めた。
「俺は正しいやり方で解決したいんだ、ハミルトン」
周囲を見回した。
「あなたが欲しがっていたブリーフケースだ」
俺はそれを持ち上げた。
「ここにある」
「そんなことをするはずがない」
「そうか? 試してみろ」
沈黙が重くのしかかった。
周囲には何百人もの人間がいた。
誰も話さなかった。
聞こえるのは風の音だけだった。
ハミルトンは、ついに片手を上げた。
「わかった」
彼は間を置いた。
「君の勝ちだ」
「約束してくれますか?」
彼はうなずいた。
俺は手榴弾の安全装置を元に戻した。
テープを切った。
安全を確保した爆発物を、兵士の一人の手に投げ渡した。
それから、ブリーフケースをハミルトンの足元に放った。
兵士たちが銃を下ろし始めた。
そのとき、走ってくる足音が聞こえた。
タバタが俺のところまで駆け寄ってきた。
彼女は、俺がよろめきそうになるほど強く抱きしめた。
一瞬、ジャスミンの香りが、すべてを消し去った。
寒さ。
疲労。
痛み。
飢え。
すべてが。
それから、仲間たちが近づいてきた。
「一体何をしたの、この馬鹿!?」彼女はまだ取り乱したまま言った。
俺は彼女を見た。
そして、微笑んだ。
結局、俺は戻ってきたのだ。
まだ濡れたままの軍服は重い。だが、背中に背負った疲労はそれ以上に重い。少しくらい休んでもいいはずだ。




