II — 答えを求めて
失ったものがある一方で、少しずつまた集まり始めていた。だが、何も良くならないどころか、日に日に状況が悪化しているのを見るたび、俺の恐怖は大きくなっていく。自分が正しい道を進んでいるのか、家族は無事なのか、そればかりを考えてしまう。もっとも、今はそんなことを考える余裕さえほとんどない。ただこれを書き終えて、眠りたい。
9月22日 — 隔離命令が出されてから7日目。
腕時計のアラームで目を覚ました。午前5時だった。まだ太陽は昇っていない。数秒間、俺は動かずに、自分がどこにいるのかを思い出そうとしていた。車内は暗く、冷え切っていた。窓ガラスには薄い水滴の膜が張り、周囲を取り囲む森の様子がかろうじて見える程度だった。背後では、あの女性が眠り続けていた。呼吸は苦しそうだったが、昨夜よりは落ち着いている。対して俺は、今にも膀胱が破裂しそうだった。
彼女を起こさないよう注意深くドアを開け、車から出て、ゆっくりと閉めた。夜明け前の冷たい空気が顔を打つ。寒かった。森の湿気が木々の間に漂っている。地面には濡れた葉、小さな枝、泥が広がっていた。数メートル離れるたび、靴の下で湿った音がした。俺はズボンのファスナーを下ろし、木の陰で用を足し始めた。
そのときになって、遠くで何が起きているのかが、よりはっきりと聞こえてきた。夜の間にも道路を走る車の音やサイレン、それに何度か、木々の間を歩くような足音が聞こえていた。そのときは感染者かもしれないと思い、何度も起き上がろうとした。だが、起きていられないほど疲れていた。それに、俺たちはかなりうまく身を隠していた。こんな場所まで誰かが見つけに来るとは考えにくい。まして感染者ならなおさらだ。
だが今は、距離があるにもかかわらず、街がまだ生きているように思えた。エンジンを吹かす音、高速で走る車、そして時折、建物の間から聞こえてくる孤立したサイレン。銃声も聞こえた。ひとつ。そして、もうひとつ。今度はずっと遠くからだった。
用を済ませ、服を整えて周囲を見回した。森はほとんど完全に静まり返っていた。聞こえるのは、風が枝を揺らす音と、足元の葉が時折、乾いた音を立てるだけだった。俺は車へ戻ることにした。
車を置いた場所まで戻ったところで、足を止めた。
ドアは閉まっていた。
だが、彼女が中にいなかった。
眠気が一瞬で消えた。
「どこに……?」
周囲を見回し、急いで車の反対側へ回った。
何もない。
心臓が激しく鼓動し始めた。鞘からマチェーテを抜き、木々の間を探し始める。怖くなって逃げたのか、感染者に見つかったのか、それとも俺が離れている間に誰かが来たのか、分からなかった。
さらに数歩進んだところで、呼吸の音が聞こえた。
振り返る。
彼女は車の後ろにしゃがみ込み、身を隠そうとしていた。俺がマチェーテを手にしているのを見ると、両手を上げて後ずさった。
「傷つけないで!」
俺は動かなかった。
ゆっくりとマチェーテを鞘に収め、攻撃するつもりがないことを示すように両手を上げた。
「傷つけるつもりはない」
彼女はまだ疑うような目で俺を見ていた。
「君は車の中で見つけた。ひどい怪我をしていた。そこから助け出して、ここまで連れてきた。そのあと、怪我を治すための薬を探していた」
彼女は数秒間、黙っていた。
「……あなたが全部やったの?」
俺はうなずいた。
「そうだ」
彼女の視線が、傷を覆っている包帯へと落ちた。
「……ごめんなさい。そこまで危険なことをする必要はなかったのに」
その言い方が気になった。
「君をあそこに置いていくつもりはなかった」
「そうするべきだった」
「どうして?」
彼女は俺をまっすぐ見た。
「他人のために危険を冒す人は、最後には他人のために死ぬから」
俺は何も答えられなかった。
世界が崩壊し始めた中で目を覚ましたばかりの人間が言うには、あまりにも冷たい言葉に聞こえた。
「何があったのか、聞いてもいいか?」
彼女は視線を落とした。
「全部、手に負えなくなったの。父が車に荷物を詰めていた。街を出ようとしていたとき、近所の女性の家に男が入ってきた。彼女は父の友人で、助けを求めて叫び始めた。父は助けに行った」
彼女は一度、言葉を止めた。
「その女性は、あの男に食い殺された。父は止めようとしたけど、首を噛まれた。私は二人を引き離そうとした。でも揉み合っている間に男に突き飛ばされて、皿や割れたグラスの山の上に倒れた。何か所も切った。それに頭も打った。なんとかアパートから出ることができて、父は私に車の中へ閉じこもって、絶対にドアを開けるなと言った」
彼女の目が潤み始めた。
「父が……あの化け物の一体に変わるのを見た」
俺は黙っていた。
数秒間、彼女を見つめた。何と言えばいいのか分からなかった。サムの目には涙が浮かんでいたが、泣かないよう必死にこらえているようだった。彼女は片方の手を腕にこすりつけた。そんな小さな動きでもしていれば、少しは落ち着いていられるかのように。
「この話はしたくない……」
最後にそう言って、彼女はまた視線を落とした。
俺はゆっくりとうなずいた。
「分かった」
数秒間、沈黙が続いた。
風が頭上の枝を揺らし、一枚の葉が俺たちの間に落ちた。サムは靴先でそれを脇へどかしてから、再び俺を見た。
「これからどうするつもり?」
その質問は不意だった。
俺は車を見て、それから道路へ視線を向けた。考えを整理しようとした。
「正確には分からない。でも、友達を見つけなきゃならない。無事かどうか確かめる必要がある」
俺は顔に手をやった。
まだ彼女の父親の姿が頭に残っていた。
「君を車から助け出したときに、俺の携帯が壊れたんだ。彼と連絡を取らなきゃならない」
サムはしばらく黙っていた。
それから服のポケットに手を入れ、携帯電話を取り出した。
「私のを使っていい」
彼女は指先でロックを解除し、それから俺へ差し出した。
「ありがとう」
携帯を受け取り、デレクの番号を探した。
電話をかける。
一回。
二回。
三回。
出ない。
数秒待ってから、もう一度かけた。
やはり応答はなかった。
「頼むよ、デレク……」
電話を切り、メッセージを打った。
デレク、街から西へ1キロくらいのところにいる。道路脇にある、あのひどいレストランの広告看板の近くだ。左側、森へ続いている道がある。俺たちはそこにいる。
送信して、画面を見つめながら数秒待った。
何もない。
携帯を彼女へ返した。
「ありがとう」
「持ってて」
俺は困惑して彼女を見た。
「誰かから連絡が来るとは思ってないから……」
その言葉を口にしたとき、彼女の声が少し変わった。
何を意味しているのか分かった。
父親のことだ。
俺はそれ以上、何も聞かなかった。
「体調はどうだ? どこか痛む?」
「全部痛い」
「今の状態なら普通だ。傷を見せてくれ」
俺が近づく間、彼女はじっとしていた。
「包帯を替えないと。それに、もう一度傷を洗わないといけない」
作業をしながら、俺は自分が知っていることを少しだけ彼女に話した。
デレクを見つけなければならないこと。彼が恋人のブリサを探すため、アッシュフォード空港へ向かおうとしていること。最後に聞いた話では、街の封鎖が始まったとき、彼女はそこで足止めされていたこと。
生きているかどうかは分からない。
それでもデレクは、彼女が生きていると確信していた。
時間が過ぎていった。
夜が明けるにつれて寒さが少しずつ和らぎ、灰色の光が枝の間から差し込んできた。
午前8時になっても、返事はなかった。
9時になっても、俺たちは待ち続けていた。
俺は携帯を見る回数が増えていった。
何もない。
「来ると思う?」
彼女が尋ねた。
「来なきゃならない」
それが彼女に言ったのか、自分自身に言ったのか、俺には分からなかった。
数分後、携帯が振動した。
俺はすぐにつかんだ。
デレクだった。
メッセージを開いた。
ジェイコブ、逃げなきゃならなかった。軍人が民間人を撃っていて、そこから離れるしかなかった。今は東へ向かう幹線道路を走っている。でも、その道は使うな。放置された車が多すぎるし、逃げようとしている人間もいる。完全に塞がっている。別の道を探せ。
読み進めた。
今はガソリンスタンドにいる。周囲を感染者に囲まれていて、出られない。緊急で助けが必要だ。バッテリーがほとんど残っていないし、ここには充電器も見つからない。急いでくれ。
体から疲労が消えていくのを感じた。
俺は一言だけ返した。
向かう。
携帯を彼女へ返した。
「行かなきゃ」
彼女はうなずいた。
車に乗り込み、エンジンをかけた。
森を後にし、道路へ向かって進み始める。
デレクが待っている。
そして、すべてが始まってから初めて、俺たちには向かうべき場所がはっきりと見えていた。
その後の二時間、俺たちは別の道を進んだ。
デレクに避けろと言われた幹線道路より、ずっと空いていた。時折、放置された車や、俺たちと同じように迂回路を選んだ運転手が現れる程度だった。
ある者は速すぎる速度で走り、別の者はゆっくり進んでいた。まるで、この先に何かがいることを恐れているかのようだった。
俺たちは一定の速度を保ち、必要以上に停まらないようにした。
サムは黙っていた。
時々、窓の外を見て、それから前方へ視線を戻す。
まだ弱っているようだったが、少なくとも起きていられるようにはなっていた。
俺も話す気分ではなかった。
疲労が目に重くのしかかり、胃は十分に食べていないことを訴えていた。
それでも今は、ただデレクを見つけたかった。
それからおよそ二時間後、道路の端を歩く二人の人影が見えた。
男と女だった。
二人は一緒に歩き、リュックを背負って、何度も後ろを振り返っていた。
怪我をしているようには見えなかったが、服は汚れていて、かなり長い間歩き続けているようだった。
俺は速度を落とした。
「何してるの?」
サムが二人を見ながら尋ねた。
「分からない」
彼女は横目で俺を見た。
「ジェイコブ……」
「助けが必要か聞くだけだ」
「誰なのか分からない」
「だから車の中から聞くんだ」
サムはため息をつき、再び道路へ視線を戻した。
俺は二人の数メートル先で車を止めた。
男はこちらに気づくと手を上げ、慎重に近づいてきた。
女もその隣にいたが、俺たちから目を離さなかった。
俺は窓を少しだけ下げた。
「助けが必要ですか?」
男がもう少し近づいてきた。
「東へ向かってるのか?」
「はい」
男は女を見て、それから再び俺を見た。
「俺たちもだ。何時間も歩いてる」
「乗ってくれ」
サムがすぐに俺を見たが、何も言わなかった。
男は迷った。
「本当にいいのか?」
「いい。気が変わる前に乗ってくれ」
少しでも緊張を和らげようとしてそう言った。
男は短く、ほとんど緊張した笑い声を漏らした。
「分かった」
二人はドアを開けて乗り込んだ。
男は俺の隣の前の席に座り、女は後部座席でサムの隣に座った。
「俺はイーサン」と男が言い、手を差し出した。「彼女はクレア」
俺はその手を握った。
「ジェイコブ。彼女はサム」
サムは軽く手を上げた。
「こんにちは」
「こんにちは」
クレアが答えた。
数分間、車内にはエンジン音とタイヤがアスファルトを走る音だけが響いていた。
イーサンは何か動きがないか警戒するように、何度も窓の外を見ていた。
「どこから来た?」
彼が尋ねた。
「街からだ。ひどい有様だった。道路は塞がってるし、逃げようとしてる人間がいて、感染者もそこら中にいる……」
イーサンはゆっくりとうなずいた。
「そうだな。どこも同じようなことになってる」
「あなたたちは? どこから来た?」
イーサンは少し考えてから答えた。
「俺は軍にいた」
俺は少しだけ彼のほうへ顔を向けた。
「本当に?」
「ああ。辞めてからそんなに経ってない。でも、すべてが始まったとき……俺はそこを離れた」
「脱走したのか?」
彼は一瞬、視線を落とした。
「そう呼びたければ、そうなんだろうな」
クレアが彼の肩に手を置いた。
「私を一人にできなかったの」
イーサンはうなずいた。
「最初の事件が起き始めたとき、意味の分からない命令を受けた。人を移動させろ、道路を封鎖しろ、集団を抑えろ……それから銃撃が始まった。何が起きているのか分からなかったし、彼女が一人なのに、そこに残るつもりはなかった」
「俺たちが知らないことを、何か知ってるか?」
「大したことは知らない。安全区域の可能性について通信を聞いた。どこかに民間人を集めるという話だった。でも、正確な場所は誰も言わなかった。ただ、人を受け入れるために準備された区域が存在するとだけ聞いた」
「安全区域?」
「そう言ってた」
俺は再び道路へ視線を戻した。
「それがどこにあるか知ってる?」
「知らない」
答えは即座だった。
「ただ、その話をしているのを聞いただけだ」
誰も数秒間、何も言わなかった。
俺たちは進み続けた。
空は晴れていて、太陽が少しずつ高くなり、道路の両側に広がる木々を照らしていた。
久しぶりに、景色がほとんど正常に見えた。
それが一番恐ろしかった。
森の静けさのせいで、何秒かだけなら、何が起きているのかを忘れることができてしまう。
すべてが変わるまでは。
木々の間で何かが動いた。
そして、もうひとつ。
複数の人影がゆっくりと道路へ出てくるのが見えた。
「くそっ!」
ブレーキを踏んだ。
だが、もう遅かった。
感染者たちが俺たちの真正面へ出てきていた。
何人もいた。
動きにまとまりがなく、足を引きずりながら歩いている。何人かはアスファルトの上でふらついていた。
俺はハンドルを左へ切って避けようとした。
車が道路から一部外れ、車輪が路肩の段差に激しくぶつかった。
すべてが一瞬だった。
ハンドルが手から滑った。
車体が激しく跳ねた。
サムの叫び声が聞こえた。
車が横へ投げ出され、横転を始める。
一度。
二度。
何回転したのか分からない。
ガラスが割れた。
何かが頭を打った。
体がシートベルトに激しく押しつけられ、そのあと、すべてが完全に静止した。
数秒間、何も聞こえなかった。
耳の奥で高い音が鳴っているだけだった。
目を開ける。
世界が逆さまになっていた。
車の屋根が地面についていて、俺たちはシートベルトにぶら下がっていた。
「サム?」
返事がない。
「サム!」
「いる……ここにいる」
背後から彼女の声が聞こえた。
「大丈夫か?」
「分からない」
俺はシートベルトを外そうとした。
手が震えていた。
「イーサン?」
クレアだった。
「ここにいる」
サムはすでに自力で脱出し、クレアを助けようとしていた。
二人は割れた窓のひとつから車外へ出ることができ、俺たちのリュックも持ち出していた。
俺も同じように出ようとした。
そのとき、叫び声が聞こえた。
「イーサン!」
まだ車内にいた。
シートベルトに固定され、座席に閉じ込められている。
「待ってろ! 助ける!」
俺は彼のところまで這っていった。
車内はめちゃくちゃで、燃料と焼けたプラスチック、それに湿った土の臭いがした。
シートベルトのボタンに手を伸ばした。
だが、動かない。
「開かない!」
「俺にやらせろ!」
全力で引っ張った。
そのとき、最初のうなり声が聞こえた。
割れた窓から外を見る。
感染者たちが近づいてきていた。
「ジェイコブ、出て!」
外からサムが叫んだ。
「置いていけない!」
もう一度シートベルトを引っ張った。
だめだった。
イーサンが怯えた目で俺を見た。
その直後、感染者の一体が車の横に現れた。
そして、もう一体。
さらに一体。
俺は数秒間、シートベルトと格闘した。
そして、もう時間がないことを理解した。
車から出て、後ろへ下がった。
感染者たちが車へ殺到し、イーサンが叫び始めた。
クレアが彼の名前を叫んでいた。
「イーサン!」
サムがクレアをつかみ、戻ろうとするのを止めた。
「戻っちゃだめ!」
「離して!」
「殺される!」
俺はその場で見つめていた。
何もできなかった。
武器もない。
彼を助け出す方法もない。
感染者たちはすでに壊れた窓から車内へ入り始めていた。
俺は視線をそらした。
「行かなきゃ」
クレアが泣き始めた。
「いや!」
サムが彼女の腕をつかみ、引っ張り始めた。
俺も手を貸した。
俺たちは道路から離れ、後ろから聞こえるイーサンの叫び声とともに遠ざかっていった。
振り返らなかった。
振り返ることができなかった。
数分間歩き続け、車と、その周囲に残っていた感染者たちから距離を取ろうとした。
クレアは何歩か進むたびに、後ろを振り返っていた。
「置いていけない」
涙を流しながら言った。
「分かってる」
「置いていけない!」
「クレア……」
何と言えばいいのか分からなかった。
そのとき、木々の間から物音が聞こえた。
振り返る。
さらに感染者が森から出てきていた。
「走れ!」
三人で走り始めた。
一体が横から現れ、クレアへ飛びかかった。
彼女は避けようとした。
だが感染者は彼女をつかみ、左肩へ歯を突き立てた。
「いやあああ!」
サムがすぐに反応した。
「離して!」
感染者へ飛びかかり、全力で押し倒した。
感染者の体が道路脇へ倒れる。
クレアは膝をつき、肩を手で押さえた。
「噛まれた!」
俺はすぐに近づいた。
「移動しないと」
「でも、噛まれた!」
「分かってる。行くぞ」
立ち止まっている時間はなかった。
走り続けると、道路を部分的に塞いでいる放置車両の集まりに行き着いた。
何台かは横向きに止まり、別の車はドアが開いたままだった。
いくつかは、慌てて捨てられたように見えた。
別の車が必要だった。
俺は急いで車を見て回り、使えそうな一台を見つけた。
ドアを試す。
開いた。
手を伸ばす。
鍵はまだ差しっぱなしだった。
「ここだ!」
ドアを開け、三人で乗り込んだ。
エンジンをかける。
一度でかかった。
「つかまってろ」
アクセルを踏んだ。
感染者たちが背後から現れ始め、何体かは木々の間から出てきた。
だが、俺たちの速度にはついてこられなかった。
クレアは後部座席でサムの隣に座っていた。
サムは肩の傷に布を押し当てながら、彼女の意識を保とうとしていた。
「どうだ?」
俺が尋ねた。
「かなり悪い」
「クレア?」
彼女は答えなかった。
「クレア」
目は開いている。
だが、ぼんやりしているようだった。
「寒い……」
サムが彼女を見た。
「すごく熱いよ」
俺は運転を続けた。
その後数分で、クレアの状態は悪化し始めた。
最初は震え始めた。
そのあと、意味の分からない言葉を口にするようになった。
時々、まるで隣に座っているかのように、イーサンへ話しかけていた。
「戻らなきゃ……」
「戻れないよ」
サムが答えた。
「そこにいる……」
「クレア、聞いて。イーサンは……」
サムは言葉を止めた。
最後まで言えなかった。
俺も同じだった。
クレアが痙攣を始めた。
「ジェイコブ!」
バックミラーを見る。
「どうした?」
「痙攣してる!」
「できるだけ押さえて。どこかにぶつけないようにして」
「どうすればいいのか分からない!」
「怪我をさせないようにするんだ!」
車を止めることはできなかった。
道路の両側から感染者が現れ、数がどんどん増えていた。
止まれば、囲まれる危険がある。
クレアの動きが止まった。
体が完全に動かなくなった。
「ジェイコブ……」
「何?」
「反応しない」
「脈を取って」
サムが指を首に当てた。
「ある」
俺は止めていた息を吐き出した。
「よし。見ていてくれ」
運転を続けた。
数秒間、何も起こらなかった。
そのとき、クレアが目を開けた。
サムが身をかがめる。
「クレア、聞こえる?」
クレアはサムを見た。
一瞬だけ、彼女を認識したように見えた。
その直後、口を開き、サムの首へ飛びかかった。
「ジェイコブ!」
サムが彼女を引き離そうとした。
だがクレアは座席の背もたれにしがみつき、体を伸ばして彼女に食らいつこうとした。
「助けて!」
俺はバックミラーを見た。
「ドアのほうへ押しつけろ!」
サムが彼女ともみ合う。
「無理!」
「ドアを開けろ!」
「何ですって!?」
「ドアだ、サム!」
サムは片足を伸ばし、つま先でドアノブを探した。
何度か試したあと、ようやく動かすことができた。
ドアが勢いよく開き、強烈な風が車内へ吹き込んだ。
クレアは落ちないよう座席につかまった。
「離れない!」
俺は下を見る。
足元に食料の缶が落ちていた。
それをつかむ。
「しゃがめ!」
俺は体をひねり、クレアへ届くところまで手を伸ばし、缶を彼女の頭の側面へ叩きつけた。
その一撃で彼女は意識を失いかけた。
「今だ!」
サムが両足をクレアの体へ押しつけ、全力で蹴り出した。
クレアの体が車外へ投げ出され、アスファルトの上へ落ちた。
サムはすぐにドアを閉めた。
数秒間、俺たちは何も言わなかった。
ただ息をしていた。
心臓が激しく打ちつけ、胸の中でその鼓動をはっきり感じるほどだった。
俺はサムを見る。
「大丈夫か?」
彼女は数秒かけて答えた。
「うん」
「噛まれたか?」
サムは素早く首を横に振った。
「噛まれてない」
俺は再び道路へ視線を戻した。
「……今のは一体何だったんだ?」
サムは苦しそうに呼吸していた。
「変わったのよ」
俺はハンドルを強く握った。
「噛まれて……変わった」
数秒間、どちらも何も言わなかった。
道路は目の前へ続いていた。
そして遠く、木々の間に何かが見えた。
建物だった。
俺は少し速度を落とした。
「待て……」
サムが顔を上げた。
「何?」
俺は前方を指さした。
道路脇にガソリンスタンドがあった。
距離があるため、細部まではまだ見えない。
だが、周囲を動き回る人影は見えた。
感染者がいた。
そこら中に。
何体かは入口のひとつの前に集まっている。
別の感染者たちは給油機の周囲を歩き回り、何体かは道路へ通じる出口を塞いでいた。
反対側の入口も感染者に囲まれているようだった。
太陽がその場所を完全に照らしていた。
隠れられるような影はない。
俺は速度を落とし、安全だと思える距離で車を止めた。
ガソリンスタンドを見る。
そしてサムを見る。
「デレクはあそこだ」
彼女は黙ってその場所を見つめた。
「どうやってあそこから助け出すの?」
俺は答えなかった。
多すぎる。
そして俺たちは、デレクがただ助けを待っているのではないことを知った。
彼は閉じ込められている。
数秒間、俺たちは車内に座ったまま、距離を置いてガソリンスタンドを見つめていた。
感染者たちは二つの入口の周囲を動き回り、ドアを叩いたり、給油機の間を目的もなく歩いたりしていた。
何体かは、ガラスのドアのひとつへ集まり始めていた。
「中から出してやらないと」
俺が言った。
サムは腕を組み、ガソリンスタンドを見続けた。
「前にあなたがやったのと同じことができるかも」
「警報?」
「うん」
俺は首を横に振った。
「考えた。でも、ここで警報を鳴らしたら、全員が車へ向かってくる。俺たちはその中にいる。それに、大きな音を立てれば、道路に残してきた連中まで引き寄せるかもしれない……森に何体隠れているのかも分からない」
サムは窓の外を見つめた。
「じゃあ、別の場所へ向かわせる何かが必要ね」
「その通り」
数秒間、どちらも何も言わなかった。
俺はガソリンスタンドの周囲を見回し、使えそうなものがないか探した。
一方、サムは別の何かに集中しているようだった。
「ジェイコブ」
「何?」
彼女が給油機を指さした。
「あれ」
指の先を追う。
給油機のひとつのそばに、燃料の携行缶が置かれていた。
「何を考えてる?」
「その携行缶を手に入れて、道路に燃料を撒く。それからここから離れた場所で火をつける。火が出たら、あっちを見させるために音を立てる。うまくいけば、炎のほうへ向かうはず」
俺は彼女を見た。
「うまくいかなかったら?」
「そのときは、その場で考える」
俺は小さく笑った。
「その案、気に入った」
サムもかすかに笑ったが、すぐに真剣な顔へ戻った。
「火をつけるものはある?」
俺はリュックを開け、中を探してライターを見つけた。
「ある」
それを彼女へ渡した。
「ここに残ってくれ。俺が携行缶を取りに行く」
サムはそれを受け取り、数秒間見つめた。
「手に入れたら、私はどうする?」
「合図したら、燃料を置いた場所まで近づいてくれ。火をつけて、音を立てる。でも、大きすぎる音は出すな。森にいる感染者まで全部呼び寄せたくない」
「あなたは?」
「木々の間に隠れる。奴らが離れたら、スタンドへ入ってデレクを探す」
サムは俺の目を見つめた。
「気をつけて」
「いつもそうしてる」
「それは嘘」
俺は一瞬彼女を見て、笑った。
「じゃあ……努力する」
車のドアを開けて外へ出た。
音を立てないようゆっくり閉め、数秒間、車の横にしゃがんだ。
マチェーテを抜く。
鞘から抜き放つ。
金属が太陽の光を弱く反射した。
身を低くしたまま、スタンドへ進んだ。
できるだけ足音を立てないようにする。
感染者が動くたびに、俺は止まった。
時期尚早に注意を引きたくなかった。
携行缶まであと数メートルというところで、風が給油機のホースを揺らした。
ゴム製のホースが金属部分へぶつかる。
その音がスタンド全体に響いた。
二体の感染者がすぐに振り返った。
「グルル……」
俺はその場から二体を見つめた。
待つ。
一体が給油機へ数歩近づいた。
だが何も見つけられなかった。
もう一体はスタンドのドアへ視線を戻し、再びそれを叩き始めた。
俺はその隙を利用した。
携行缶をつかみ、急いで道路へ戻る。
地面に置き、アスファルトへ燃料を撒き始めた。
スタンドから離れるように、不規則な一本の線を作る。
強烈な臭いが鼻を焼いた。
終わると顔を上げた。
サムが木々の間にいた。
俺は手で合図を送る。
彼女は理解した。
燃料の線の端まで近づき、ライターを持ち上げ、最後にもう一度俺を見る。
俺は森へ後退した。
サムが燃料に火をつけた。
炎が地面を素早く走っていく。
そして彼女が叫んだ。
「おい!」
何体もの感染者が振り返った。
サムはもう一度叫んだ。
「こっちだ! ここだ!」
最初の感染者たちが彼女へ向かって歩き始めた。
他の感染者たちは入口から離れ、炎を追っていった。
数秒もしないうちに、かなりの数の感染者がスタンドを離れた。
全員ではない。
建物の裏側にいた連中は炎を見ておらず、叫び声も聞こえていないようだった。
俺はさらに数秒待った。
大半が十分に離れた。
「今だ」
森から出て、スタンドへ向かって走った。
正面入口まで到着し、ガラス越しにデレクを探す。
「デレク!」
返事はない。
さらに近づいた。
「デレク!」
何もない。
ドアを試す。
閉まっていた。
周囲を見る。
内側から板が渡され、取っ手を横切るように固定されていた。
「最高だ……」
一歩下がり、マチェーテの背でガラスのひとつを叩いた。
ガラスが割れる。
その音を聞き、何体かの感染者が戻り始めた。
時間がない。
割れたガラスの間から腕を入れ、いくつかの破片を取り除き、内側からドアを開けた。
中へ入る。
「デレク!」
背後から物音がした。
ひとつ。
そして、もうひとつ。
感染者たちが再び近づいている。
「デレク!」
奥のドアが開いた。
「ジェイコブ?」
その声を聞いた瞬間、分かった。
デレクが現れた。
小さなトイレのような場所から出てきた。
服は汚れ、顔は疲れ切っていた。
だが、その表情は驚きから数秒で大きな笑顔へ変わった。
「嘘だろ!」
彼は俺へ駆け寄り、俺がよろけるほど強く抱きしめた。
「死んだと思った!」
「俺もお前が死んだと思ってた」
「一体どこにいたんだ?」
「あとで話す。今は出ないと」
彼の笑顔が消えた。
「何があった?」
「感染者が戻ってきてる」
それ以上、説明する必要はなかった。
俺たちは走り出した。
およそ二十体の感染者が、さまざまな方向から再び近づいてきていた。
何体かはまだ炎のそばにいたが、別の感染者たちは炎から離れ、こちらへ向かい始めていた。
「こっち!」
車へ向かって走る。
右側から突然、一体の感染者が現れた。
俺はそいつが届く前に気づき、肩で押し飛ばした。
感染者が横へ倒れる。
デレクがスタンドの中で見つけた長い柄のハンマーを持ち上げ、感染者の頭頂部を殴った。
体が倒れる。
立ち上がろうとした。
デレクはもう一度殴った。
二度目。
そして三度目。
感染者は動かなくなった。
デレクは荒い息をしながら俺を見る。
「ジェイコブ、後ろ!」
俺は間一髪で振り返った。
感染者が飛びかかってきた。
俺はマチェーテで顔を一直線に切り裂いた。
感染者がよろめいて後退する。
その瞬間を逃さず、頭へ刃を突き立てた。
地面に倒れる。
「走れ!」
俺たちは車へ向かった。
左右から近づいてくる感染者を避ける。
サムはすでにエンジンをかけ、ドアを開けたまま待っていた。
デレクが後部座席へ乗り込む。
俺は前の席へ飛び込んだ。
「行け!」
サムがアクセルを踏み込んだ。
車はまだ燃えていた燃料の上を通過し、そのままスタンドから離れていった。
数秒間、誰も何も言わなかった。
デレクは後部座席で荒い呼吸をしていた。
「大丈夫か?」
俺が尋ねた。
「うん」
「噛まれたか?」
「いや、大丈夫だ」
「よかった……」
短い沈黙が流れた。
「お前に会えて、本当に嬉しいよ、兄弟」
一瞬、後ろを振り返った。
「俺も会えて嬉しいよ」
安堵しながらそう言った。
「彼女はサム。サム、こいつがデレクだ」
「よろしく、サム」
デレクが笑った。
だが、その表情は長く続かなかった。
「アッシュフォードへ行かなきゃならない」
「今から?」
「そうだ。ブリサがいる」
「まだ空港にいるのか?」
「ああ。最後に話したときは、まだそこにいた」
俺は道路へ視線を戻した。
「どのくらい離れてる?」
「約100キロ」
「じゃあ、急がないと」
デレクが前方を指さした。
「北へ向かう。幹線道路は完全に塞がってる。何百台もの車が放置されていて、街から逃げようとしている人間もいる。あっちへ行ったら、俺たちも動けなくなる」
数時間後、交差点へ到着した。
デレクが道を示した。
「こっち。左」
サムが北へ曲がった。
再び道路はほとんど空いていた。
進むにつれ、太陽がゆっくりと沈み始める。
道中、俺たちはほとんど話さなかった。
デレクは疲れ切っていた。
俺の頭には、車内に閉じ込められたまま何度も車体と一緒に回転していたイーサンの姿が残っていた。
サムもクレアを忘れてはいないようだった。
沈黙を破ったのはデレクだった。
「本当に……お前が生きていてよかった」
俺は彼を見た。
「もう二度と会えないと思ってた」
「俺もだ」
デレクは数秒間、窓の外を見つめた。
「ブリサを見つけたら、そのあとどうするか考えなきゃならない。こんなふうに、その場しのぎで進み続けるわけにはいかない」
サムが後部座席から顔を上げた。
「探してみてもいいものがある」
デレクが振り返った。
「何?」
「安全区域」
デレクは眉をひそめた。
「安全区域?」
「ある男がその話をしていた」
デレクは困惑したように俺を見た。
「どんな男だ?」
「道路で出会った二人組だ。男は軍にいた。民間人を受け入れるために準備された安全区域について通信で聞いたと言っていた」
デレクはゆっくりと首を横に振った。
「俺はそんな話、何も聞いてない」
「その男も場所までは知らなかった。ただ、存在すると聞いただけだ」
「じゃあ、本当に存在するかどうかすら分からない」
「そう」
サムが答えた。
「でも、存在するかもしれない」
デレクが俺へ向き直った。
「その二人はどうした?」
俺はすぐには答えなかった。
「事故に遭った。男は車の中に閉じ込められた。助け出せなかった」
サムが視線を落とした。
「それに、彼女は噛まれた」
デレクは黙った。
誰もその話を続けようとはしなかった。
木々の向こうへ光が消えていく。
もう夕暮れだった。
俺たちはさらに数キロ進み、暗闇の中を走り続けるのは危険すぎると判断して、そこで止まることにした。
デレクが携帯電話を取り出した。
「待て」
画面を見る。
「ブリサに電話しなきゃ」
「まだ連絡できるのか?」
「バッテリーを充電する必要がある」
そのとき、俺は思い出した。
俺たちが見つけた車には充電器があった。
「これを使え」
携帯をつなぎ、電話をかけられる程度まで充電できるのを数分待った。
デレクが電話をかける。
信号がつながるまで数秒かかった。
「ブリサ?」
向こうから女性の声が返ってきた。
「デレク?」
彼の表情が一瞬で変わった。
「そうだ! 俺だ!」
俺が見つけてから、一度も見たことがないほどの笑顔だった。
「どこにいる?」
「まだ空港。衣料品店の中に閉じこもってる。シャッターを下ろして、内側から固定した」
デレクは一瞬、目を閉じた。
「怪我は?」
「ない」
「誰か一緒にいる?」
「いない。一人よ」
「食べ物は?」
短い沈黙があった。
「ない。何時間も前に切れた」
デレクは顎を強く噛み締めた。
「そっちへ行く」
「だめ」
「ブリサ……」
「夜に来ないで」
「行ける」
「デレク、聞いて。私は大丈夫。シャッターは持ちこたえてるし、感染者は外にいる。でも中には入れない。明るくなるまで待って」
「待ちたくない」
「分かってる」
彼女の声が少し柔らかくなった。
「でも、我慢して。助けを探して。一人で来ないで」
デレクは俺たちを見た。
「一人じゃない」
「誰といるの?」
「ジェイコブ」
俺を見て、笑った。
「見つけたんだ」
電話の向こうで数秒の沈黙があった。
「ジェイコブ?」
俺は少し電話へ近づいた。
「やあ、ブリサ」
彼女は小さく笑った。
「信じられない。二人とも死んだと思ってた」
「そう簡単には死なせてもらえないみたいだ」
デレクが声を上げて笑った。
「それと、もう一人女の子がいる」と彼が付け加えた。「ジェイコブが助けた」
サムが軽く手を上げた。
ブリサからは見えないと分かっていても。
「こんにちは」
「こんにちは、サム。気をつけてね」
通信が途切れ始めた。
「ブリサ、明日迎えに行く」
「分かった。でも、明るくなってから来て」
「約束する」
通話が終わった。
デレクは息を吐き、座席へ頭を預けた。
「生きてる」
「それが一番大事だ」
俺たちはさらに運転を続け、道路沿いの小さなモーテルを見つけた。
長距離を移動する人間が主に利用するような場所だった。
駐車場にはまだ何台か車があり、いくつかの照明も点いたままだった。
入口の近くに車を止めた。
三人で慎重に降り、入る前に周囲を確認した。
正面玄関をくぐると、カウンターの向こうから年配の男が現れた。
彼は数秒間、俺たちを見た。
「こんばんは」
「こんばんは」
俺が答えた。
男は俺たちの汚れた服を見て、手に持っているマチェーテへ視線を移し、それからデレクとサムを見た。
「食べ物を探してるなら、ないよ」
「食べ物じゃない。ただ、今夜を過ごす場所が必要なんだ」
男は迷った。
「部屋なら一つ貸せる。それだけだ」
「それで十分だ」
男は鍵を取り出し、カウンターへ置いた。
「ベッドは三つ」
デレクが鍵を取った。
「完璧だ」
「それと、あまり騒ぐな。他にも泊まってる人がいる」
「分かった」
部屋へ上がった。
小さいが、きれいだった。
シングルベッドが三つ、部屋のほとんどを占めている。
俺はリュックをそのひとつの横へ置き、腰を下ろした。
デレクは別のベッドへ倒れ込むように横になった。
サムは数秒間立ったまま、窓の外を見ていた。
「明日、彼女を助け出せると思う?」
彼女が尋ねた。
デレクがサムを見る。
「できる」
ためらいはなかった。
「俺たちが助け出す」
サムはうなずき、横になった。
俺は日記を取り出した。
体のあらゆる場所に疲労が残っていた。
その日、二人を失った。
デレクと再会した。
そして今、ブリサがあの空港のどこかに閉じ込められながらも、生きていることが分かった。
俺は白紙のページを開いた。
ペンを手に取り、書き始めた。
失ったものがある一方で、少しずつまた集まり始めていた。だが、何も良くならないどころか、日に日に状況が悪化しているのを見るたび、俺の恐怖は大きくなっていく。自分が正しい道を進んでいるのか、家族は無事なのか、そればかりを考えてしまう。もっとも、今はそんなことを考える余裕さえほとんどない。ただこれを書き終えて、眠りたい。




