XVI — 子犬と子猫
今日は奇妙だったが、心躍る一日だった。
10月16日 — 隔離令発令から31日目。
「ジェイコブ、あなたを訪ねてきた人がいるわ」と、テントに入ってきたブリサが言った。
俺はベッドから起き上がり、彼女の後について外へ出た。そこには、食堂で知り合った禿げ頭の男のグループがいた。
男が一歩前に出た。
「ジェイコブ、だよな?」
「ああ、そうだ」
「まずは、この前の食堂でのこと、本当にありがとう」
彼は俺に手を差し出した。
「俺はクラウディオだ」
「ロサよ」と、肌の黒い女性が言い、彼女も手を差し出した。
「エミリー」と金髪の女性が続いた。
アジア系の男が片手を上げた。
「キム・ジョンウン……」
彼は一拍置いた。
「なんてな、嘘だよ。エンリケだ。好きに呼んでくれ。『中国人』でもいいぞ」
デレクが小さく笑った。
「デレクだ」
「ブリサ」
「サム」
「ラウラ」
エミールはサムの後ろに隠れ、少し興味深そうに彼らを見つめていた。
「それから、彼がエミールよ」とサムが言った。
クラウディオはうなずいた。
「よろしくな、坊や」
エミールは答えなかった。ただ、サムの後ろに少し身を隠した。
ロサが笑った。
「改めて、あなたたちがしてくれたことに感謝するわ」
「あの軍人たちが権力を乱用しているのを見て、黙っているわけにはいかなかった」と俺は答えた。
クラウディオはゆっくりとうなずいた。
「だから、きちんとお礼をしたかったんだ。これから少ししたら食事をする予定なんだが、よかったら一緒にどうだ?」
俺たちは誘いを受けた。
昼食は、予想していたよりもずっと楽しい時間になった。俺たちがどうやってキャンプにたどり着いたのか、通ってきた場所、そしてすべてが始まってから経験してきたことについて話した。クラウディオたちも、自分たちがたどってきた道のりをいくらか話してくれた。
デレクとエンリケはすぐに共通の話題を見つけ、必要以上に話し込んでいた。ロサはブリサやサムと会話を交わし、ラウラはエミールが退屈し始めるたびに、彼の相手をしていた。
俺は自分の席から、その様子を眺めていた。
奇妙な感覚だった。
何日もの間、死や恐怖、そして俺たちを傷つけようとする人間に囲まれて過ごしてきた。そんな俺たちが、ほかの生存者たちと一緒に食事をしている。それはまるで、別の世界の出来事のように感じられた。
昼食を終えると、俺たちは自分たちのテントへ戻った。
しばらく時間が過ぎた。
俺は座って、手の包帯を確認していた。そのとき、デレクが声をかけた。
「ジェイコブ、誰かが訪ねてきてるぞ」
俺は顔を上げた。
「誰だ?」
「自分で見てみろ」
入口へ近づいた。
タバタだった。
「ジェイコブ、調子はどう?」と彼女が尋ねた。
「今は少しよくなったよ」
彼女は笑った。
俺は仲間たちのほうを振り返った。
「タバタ、こっちはデレク、ブリサ、ラウラ、それからサムだ」
「皆さん、初めまして」
ラウラが真っ先に近づいた。
「こちらこそ」
タバタはテントの中に目を向けた。
「それで、あの子は?」
「エミールなら休んでいるわ」とサムが答えた。
「そう」
タバタは笑った。
「少しだけジェイコブを連れ出してもいい?」
ラウラは片手を上げた。
「もちろんよ。連れていって」
「ありがとう」
タバタは俺に、ついてくるよう合図した。
俺たちはテントを出て、昨日使った穴のあるフェンスの区域まで歩いた。
「昨日の場所に行くのか?」と俺は尋ねた。
「違うわ。もっといい場所よ」
穴を通り抜け、西へ向かって歩き続けた。
「あなたに渡したいものがあるの」と彼女が言った。
彼女はバックパックと背中の間から、鞘に収まった俺のマチェーテを取り出した。
「これ、好きでしょう?」
「こいつがないと、裸になったような気分だった。ありがとう」
森は静かだった。空気は冷たく湿っていて、松の枝が風にゆっくりと揺れていた。数分歩くと、小さな廃村にたどり着いた。
まだ建っている家もあれば、完全に崩壊した家もあった。窓が割れているものもあり、いくつかの扉は開いたまま、風に吹かれてわずかに揺れていた。
「ここで何があったんだ?」と俺は尋ねた。
「分からないわ。基地を設置したときには、もうこの状態だった」
「誰もここから逃げられなかったみたいだな」
「おそらくね」
俺たちは歩き続けた。
「何を探しているんだ?」
タバタが俺を見た。
「チョコレートよ」
「何か特定のものか?」
「ええ。ブリンっていうチョコレート」
「まだそんなものが残っているのか?」
「どこかに残っているはずよ」
「普通の時代でさえ、ほとんど見かけなくなっていたんだぞ。まして今じゃ……」
「なら、もっとよく探さないとね」
俺たちはいくつかの家に入り、戸棚を調べた。大したものは見つからなかった。空の缶詰、開封済みの水のボトル、そして、もう食べられない食品がいくつかあっただけだ。
やがて、半ば崩れかけたスーパーマーケットが見えてきた。
正面の扉は開いていた。
タバタは立ち止まった。
「何か残っていると思う?」
「そう願おう」
俺たちは中に入った。
内部では、湿気と腐った食べ物の臭いが、いっそう強くなっていた。商品棚は一部が倒れ、商品が床に散乱していた。
俺たちは通路をゆっくり進んだ。
「こっちよ」
「分かった」
まだ使えそうな食料を探しながら、俺たちは他愛もない話をしていた。もう一度、互いを知り直す必要はなかった。それは13年前に済ませていた。今はただ、失われた時間を取り戻そうとしているだけだった。
いくつかのスナック菓子、ピーナッツ、清涼飲料水、それから水のボトルを2本見つけた。
「これで十分ね」とタバタが言った。
彼女はそれらを袋にしまった。
そのとき、スーパーマーケットの奥に小さな玩具売り場があるのが目に入った。
俺は、ほとんど好奇心から近づいた。
開いた箱、ほこりをかぶった人形、床に散らばった玩具がいくつもあった。
その中に、小さな透明の袋を見つけた。
中にはプラスチック製の小さな兵士たちと、小さな戦車が入っていた。
俺はそれを拾い上げた。
タバタが近づいてきた。
「誰にあげるの?」
「エミールに」
「きっと喜ぶわ」と彼女は笑って言った。
「間違いない」
俺はその袋をバックパックにしまった。
スーパーマーケットを出ると、通りのどこかからうなり声が聞こえてきた。
俺たちは立ち止まった。
放置された車の陰から、人影が現れた。
感染者だった。
タバタは武器に手を伸ばした。
「音を立てないで」
感染者は数歩進んだが、俺たちに気づいていないようだった。
俺たちはゆっくりと後退した。
そのとき、通りの反対側にも別の感染者が現れた。
「ほかにもいる」と俺はささやいた。
「ああ」
俺たちは建物を回り込み、注意を引かないようにその場から離れた。数メートル先に、放置された軍用ハンヴィーがあった。
タバタが近づいた。
「調べてみましょう」
俺たちは車内を確認した。
誰もいなかった。
私物がいくつかと、空の弾倉が2本あるだけだった。
「役に立つものはないな」と俺は言った。
「先へ進みましょう」
ようやく、タバタが俺に見せたかった場所にたどり着いた。
そこは古いガソリンスタンドだった。主要な建物は傷んでいたが、屋根はまだしっかりしているようだった。プラスチック製の椅子が2脚と、小さなテーブルが置かれていた。
「これ、君がここまで運んだのか?」と俺は尋ねた。
「いいえ。私が見つけたときには、もうあったわ」
俺たちは上へ登った。
そこからは、道路まで続く松林を見渡すことができた。一方の道は基地へ、もう一方は俺たちがやってきた地域へ続いていた。そして正面には、ホティニの街が広がっていた。
俺たちは腰を下ろし、食べ始めた。
風は冷たかったが、ここは静かだった。
しばらくの間、俺たちはただそこにいた。
走ることもない。銃声もない。叫び声もない。
俺たち二人と、木々の間を吹き抜ける風の音だけだった。
タバタは背中を椅子に預け、目を閉じた。
俺も同じようにした。
数分が過ぎた。
そのとき、何かを感じた。
強烈な臭い。
悪臭。腐敗臭。
俺は目を開けた。
タバタも目を開けた。
「この臭い、分かる?」と彼女が尋ねた。
俺は身体を起こした。
「ああ」
ゆっくりと屋根の端へ近づいた。
「伏せろ!」
タバタは身をかがめた。
俺は端から下をのぞいた。
そして、目にした。
大群だった。
少なくとも50体の感染者が、ガソリンスタンドの裏側から進んできていた。
俺たちがその姿を目にする前に、風が彼らの腐敗した身体の臭いを運んできたのだ。
だが、もっと深刻なことがあった。
彼らが向かっている方向だ。
基地へ向かっていた。
「くそっ」
「子犬と子猫……」とタバタが言った。
「え?」
「ある女性が感染者たちをそう呼ぶのを聞いたの」
「『子犬と子猫』がキャンプに向かっている」
彼女は屋根の端から下を見た。
「多すぎるわ」
「軍人たちなら対処できる。でも、彼らは大群が来ることを知らない」
「どうする?」
俺は周囲を見回した。
彼らの進路を変えなければならない。
そのとき、100メートルほど先に、横転した消防車が見えた。
「あの消防車だ」
「何?」
「バッテリーがまだ使えるなら、サイレンを鳴らせる」
タバタはすぐに理解した。
「ついていくわ」
俺たちは注意深く屋根から降りた。
感染者たちは、まだ俺たちに気づいていなかった。
俺たちは身をかがめ、消防車へ向かって進んだ。
一歩一歩が、必要以上に大きな音を立てているように感じられた。
壁のところまでたどり着き、その陰に隠れた。
反対側では、大群がゆっくりと進んでいた。
「かなりいるな」と俺はつぶやいた。
タバタは深く息を吸った。
「消防車までたどり着けばいいだけよ」
俺はうなずいた。
「やってみよう」
俺が飛び出そうとした、そのとき、背後から物音がした。
振り返った。
遅すぎた。
感染者が壁の陰から飛び出し、俺に襲いかかってきた。
俺は地面に倒れた。
そいつの首をつかみ、歯が顔に届かないよう必死に押さえ込んだ。
「ジェイコブ!」
タバタが拳銃を構えた。
俺はマチェーテを抜いたが、感染者に押さえ込まれ、頭に近づけることができなかった。
タバタが発砲した。弾丸はマチェーテの中央に命中し、刃を真っ二つに砕いた。弾丸はそのまま飛び続け、感染者をかすめた。その隙に、俺は地面から石を拾い、感染者を殺した。
「ほかにも来る!」とタバタが叫んだ。
通りから4体の感染者が近づいてきていた。
タバタは一歩後退し、発砲を始めた。
最初の一発で、1体が倒れた。
だが、残りは進み続けた。
「ジェイコブ!」
タバタは囲まれていた。
感染者の一体が彼女に飛びかかった。
彼女はそいつの顎に発砲した。
身体が倒れた。
だが、そのすぐ後ろから別の感染者が現れた。
タバタは後退した。
足が地面のくぼみに沈み込んだ。
「あっ!」
彼女は地面に倒れた。
感染者が彼女に襲いかかった。
俺はそちらへ走った。
「タバタ!」
そいつが覆いかぶさる寸前、彼女は最初の感染者に発砲した。
血が彼女の顔に飛び散った。
別の感染者が横から飛びかかってきた。
俺はそいつの服をつかみ、後ろへ引き倒した。
感染者は地面に倒れた。
俺は足で頭を何度も踏みつけ、とどめを刺した。
俺は血まみれになっていた。
タバタも同じだった。
「大丈夫か?」
俺は彼女を起こそうとした。
彼女は歯を食いしばった。
「歩けない」
俺は彼女の足首を見た。
急速に腫れ始めていた。
大群はすでに近づいていた。
感染者たちは、約20メートル先にいた。
「行こう」
俺は彼女を起こそうとした。
「無理よ!」
「できる」
「ジェイコブ、逃げて」
彼女は必死の表情で俺を見た。
「走って。大群が来ていることをキャンプに知らせて」
彼女は俺に拳銃を差し出した。
「持っていって」
俺は背後を見た。
20メートル。
もっと近いかもしれない。
時間がなかった。
「置いていくわけにはいかない」
俺は彼女の前に立ち、ナイフを構えた。
感染者たちが迫ってきた。
10メートル。
8メートル。
5メートル。
そして、そのとき、いまだに説明できないことが起こった。
彼らは襲ってこなかった。
先頭の感染者が俺の横を通り過ぎた。
肩が俺の肩に触れるほど近くを。
別の感染者がタバタの横を通った。
さらに一体。
また一体。
彼らは俺たちを見ていなかった。
何の反応も示さなかった。
ただ、前へ進み続けていた。
俺は動けずにいた。
タバタも同じだった。
「何が……?」と俺はささやいた。
感染者の一体が俺の肩にぶつかり、そのまま歩き続けた。
ほかの感染者たちは、音の発生源、つまり銃声を求めて必死に走り回っていた。
彼らの臭いを感じることができた。
それなのに、襲ってこなかった。
俺はタバタを見た。
彼女も同じように困惑した表情で俺を見つめていた。
「何が起きているの?」と彼女がつぶやいた。
「分からない」
俺たちは、大群の大半が通り過ぎるまで待った。
それから俺はタバタを起こした。
彼女は片腕を俺の首に回した。
「消防車まで行かないと」
「ああ」
俺たちはゆっくりと進んだ。
一歩進むたびに、彼女は痛みに顔をしかめた。
車両にたどり着くと、俺は運転席のドアを開けて乗り込んだ。
バッテリーには、まだ少し電力が残っていた。
俺はキーを回した。
エンジンが咳き込むような音を立てた。
もう一度試した。
今度はエンジンがかかった。
タバタが俺を見た。
「サイレンよ」
俺はスイッチを入れた。
音が町中に響き渡った。
甲高いサイレンが、周囲一帯に鳴り響き始めた。
感染者たちが立ち止まった。
全員が消防車のほうを向いた。
それから、音に向かって動き始めた。
そして再び、俺たちの横を通り過ぎた。襲ってくることはなかった。
「うまくいった」と俺は言った。
エンジンを切り、車から降りた。
俺たちは大群とは反対の方向へ進んだ。
タバタは俺にもたれかかったままだった。
「置いていかなかったのね」
「置いていくわけがない」
「ありがとう」
俺は彼女を見た。
「何が起きていると思う?」
彼女は苦しそうに息をした。
「分からない」
俺は、自分の服を覆う血を見た。
彼女の血。
感染者たちの血。
「血だ」
タバタが俺を見た。
「それが原因だと思う?」
「分からない」
だが、それが俺たちに考えられる唯一の説明だった。
俺たちはゆっくりと基地へ戻った。
入口に近づくと、俺たちは叫び始めた。
「門を開けろ!」
兵士たちが俺たちを見つけた。
門が開き、武装した兵士が何人も外へ出てきた。
「大群が近づいている!」と俺は叫んだ。
「何体だ!?」
「50体以上!」
兵士たちは配置につき始めた。
2人の兵士がタバタの歩行を助け、ほかの兵士たちは俺たちを護衛して医務室へ向かった。
ほどなくして、ハミルトン中佐が現れた。
彼の顔には怒りがありありと浮かんでいた。
「外で何をしていた!?」
タバタは、立っているのもやっとだった。
「大群が向かってきています」
ハミルトンは入口のほうを見た。
「迎撃するために部隊を派遣する。そのあと、君たち二人とは個別に話をする」
医療スタッフがタバタの足首を洗浄し、治療した。骨折はしていなかったが、しばらくの間、動かさずにおく必要があった。
そのあと、俺の手も再び検査された。
幸い、傷は悪化していなかった。
ようやく解放されたとき、俺の身体には乾いた血がこびりついていた。
テントへ向かって歩いていると、何人かの生存者が俺をじっと見ていた。
まあ、こんな格好では無理もないだろう。
テントに戻ると、真っ先にデレクが俺を見つけた。
彼は俺の頭から足元まで、じっと見つめた。
「何があった?」
俺は笑った。
「散歩に出てたんだ」
デレクは大声で笑った。
「なるほどな」
彼は俺の背中に手を置き、テントの中まで付き添ってくれた。
俺はシャワーを浴び、何が起きたのかを仲間たちに説明し、しばらく休んだ。
エミールはベッドのひとつから、俺が見つけた小さな兵士たちを見せるのをじっと眺めていた。
「この戦車も?」と彼が尋ねた。
「それもお前のだ」
彼は両手でそれを受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ラウラは俺を休ませる前に、最後にもう一度、手の状態を確認した。
「今日は、何日分もの刺激を一度に経験したわね」
「そうだといいな」
「いい意味で言っているわけじゃないのよ」
俺は笑った。
しばらくして、ようやく俺たちが落ち着き始めた頃、ブリサがテントの入口へ目を向けた。
「ジェイコブ」
「何だ?」
「また誰かが訪ねてきたみたい」
俺は外を見た。
クラウディオたちのグループだった。
今日は奇妙だったが、心躍る一日だった。




