XI — 下には感染者、上には生存者
もう何も知りたくない。
10月7日 — 隔離命令発令から21日目。
デレクと脱出計画を立てたあと、建物の安全を確認することにした。上階へ行く方法は階段かエレベーターしかなかったが、エレベーターは電気が止まって以来、何週間も動いていなかった。
マックスは、いくつもの部屋から運び出した家具を使い、21階の階段を封鎖していた。バリケードに近づき、小さな隙間から中を覗いた。音よりも先に、臭いが鼻をついた。
腐敗臭。
下の20階は、感染者で完全に埋め尽くされていた。部屋から部屋へ目的もなく歩き回る者もいれば、ドアのそばでじっと動かずにいる者もいた。時折、物音を聞きつけて頭を上げ、壁に殴りかかる者もいた。
俺はゆっくりと後ずさった。
この建物は、縦に伸びた罠だった。
午前10時、事情を確かめるために動いた。ほかの連中がいる部屋に入り、窓辺で通りを眺めているマックスを見つけた。
「ここで何があったんだ?」
マックスは数秒間、返事をしなかった。
「虐殺だ」
彼は俺のほうを向いた。
「すべてが始まって、家に留まるよう命じられたとき、みんなパニックに陥った。通りで起きていることを目の当たりにして、どうすればいいのか分からなかったんだ。両方の建物で、考えられる限りの出入口を封鎖した。そうすれば安全だと思って、俺たちは自分たちを閉じ込めた」
彼は廊下のほうを指さした。
「だが、この建物の中で誰かが感染した。どうしてそうなったのかは分からない。混乱のさなか、下の階がすでに感染者で埋まっていたから、みんな橋を使って向こうの建物へ逃げようとした。そこへ、起きていることを撮影していた報道ヘリが制御を失い、橋に激突したんだ」
「それで唯一の出口が壊れたのか」
「そのとおりだ」
俺は窓の外を見た。
二つの塔の間には、破壊された橋が見えた。コンクリートと金属でできた傷跡のようだった。
「向こうの建物は?」
「最初はあそこも封鎖されていた。だが、人々がパニックを起こし始めると、バリケードを壊した。何人かは逃げられたが、残りは死んだ」
俺は数秒間、黙っていた。
「ここで生き残ったのは、あんたたち三人だけなのか?」
マックスは首を横に振った。
「最初はもっと大勢いた。みんな自分の部屋に閉じこもった。だが、感染者がドアを破り始めたんだ。あまりにも数が多くて、廊下では互いに押し合っていた」
俺はエミールのいるほうを見た。
少年は床に座り、おもちゃで遊んでいた。
「エミールはアマンダの息子なのか?」
マックスは首を横に振った。
「いや。隣人だ」
俺は眉をひそめた。
「隣人?」
「アマンダはあの子の母親を知っていた。すべてが始まったとき、エミールは自分の部屋に一人でいた。両親は姿を消していて、彼女はあの子を連れていくことにした。それ以来、ずっと世話をしている」
俺は少年を見た。
六歳の彼は、今いる世界を理解するにはあまりにも幼く見えた。
「両親に何が起きたのか、あの子は知っているのか?」
マックスは視線を落とした。
「どこまで理解しているのかは分からない。アマンダは、すべてを話すつもりはなかったんだ」
エミールは自分の名前を聞いて一瞬だけ顔を上げたが、すぐにまた遊び始めた。
それ以上は尋ねなかった。
その後、アマンダのことを話すためにブリサの隣に座った。廊下は静まり返っていた。足元で木材が小さくきしむ音と、下の階から時折聞こえてくる遠い物音だけが響いていた。
「あとどれくらいだと思う?」と俺は尋ねた。
ブリサは両手をこすり合わせた。
「一日も持たないと思う。ひどい高熱が出ているし、昨夜は飲んだ水まで吐いてしまった」
「デレクが車を見つけてくる。そうすれば脱出できる」
「アマンダはどうするの?」
「一緒に連れていく。必要になったときに、その時を迎えさせる。でも、ここに置き去りにはしない」
ブリサは黙っていた。
「サムは、この状況をあまり快く思っていない」と俺は付け加えた。
「そうみたいね……」
「助けを必要としている人を、ただ無視するわけにはいかない。それを分かってほしいんだ」
ブリサは俺を見た。
「あなたの考えに反対しているわけじゃない。でも、サムとは話したほうがいいかもしれない」
「そうするよ」
「あなたの優しさのおかげで、彼女は生きている。たぶん、私も。そして今は、この人たちまで」
俺は視線を落とした。
蚊が一匹、手の上に止まっていた。
手のひらで叩き潰した。
パチン。
ブリサは驚いたように俺を見た。
「何をしているの?」
「蚊を殺した」
数分ぶりに、彼女は笑った。
「世界が終わりかけているのに、まだ蚊を気にしているのね」
「こいつに生き血を吸われていたんだ」
「そうね」
彼女の笑顔は、ゆっくりと消えていった。
「彼女、怖がっているのよ、ジェイコブ」
「みんな怖いさ」
ブリサは膝の上に腕を置いた。
「そうね。でも、恐怖の表し方は人それぞれよ」
俺は廊下の反対側を見た。
「君は?」
「私がどうしたの?」
「怖いのか?」
ブリサは答えるまでに時間がかかった。
「ずっとよ」
「そうは見えない」
「隠すことを覚えたから」
俺たちは黙り込んだ。
「ここから生きて出られないと思うか?」と俺は尋ねた。
ブリサは首を横に振った。
「そういうことじゃない。あなたを信じている。サムもデレクも信じているし、あなたの計画も信じている。怖いのは、予想外のことが起こることよ」
「うまくいくさ」
ブリサはかすかに笑った。
「そう願っているわ」
そのとき、マックスが現れた。
「ジェイコブ、少し話せるか?」
俺は立ち上がり、建物の見取り図を広げたテーブルまで彼についていった。
「あんたの仲間が正面玄関を開放して、感染者を外へ誘い出せたとしても、この階段は封鎖されたままだ」
彼は地図上のいくつかの地点を指さした。
「2階、8階、11階、それから17階だ」
「全部、感染者で埋まっているのか?」
「そうだ。ただ、その区画に閉じ込められている」
俺は見取り図を見つめた。
つまり、デレクが正面玄関を開放できたとしても、俺たちはそのまま階段を下りるわけにはいかない。封鎖された区画が四つあり、そのどれもが新たな罠になり得る。
マックスは別の地点を指さした。
「だが、役に立つものがある」
「何だ?」
「19階に発電機がある。まだ燃料が残っているはずだ。動かせれば、エレベーターを稼働させられるかもしれない」
俺は見取り図を見つめたまま考えた。
19階は、俺たちと出口の間にある。
近づくことすらできない場所だった。
だが、そのとき一つの考えが浮かんだ。
「橋の向こう側で大きな音を立てて、21階のバリケードを開放したら、感染者はそっちまで上がってくると思うか?」
マックスは数秒間、考え込んだ。
「すべてが始まったとき、ヘリコプターはものすごい音を立てていた。建物の周りを旋回していて、感染者たちは窓から身を乗り出して飛び降りていた。自分たちが危険な目に遭うことすら理解していないようだった」
「なら、音を追ってくる可能性がある」
「うまくいくかもしれないな」
「チームに連絡する。とにかく大きな音を出せるものが必要だ」
「俺たちはどうする?」
「17階から20階の感染者がいなくなるまで、隠れている」
俺は無線機を取り出した。
「デレク?」
返ってきたのは雑音だけだった。
「車を探しに行ったわ」と、橋の向こう側からサムが答えた。
彼女が窓のそばに姿を現した。
「サム、頼みたいことがある」
「何?」
「スピーカーを探してくれ。ラジオでもいい。何でもいいから、長い時間、大きな音を流し続けられるものが必要なんだ」
「分かった」
沈黙が流れた。
「そっちは大丈夫か?」と俺は尋ねた。
「ええ」
「サム……」
「何?」
「昨日のことは悪かった」
彼女は視線を落とした。
「私もよ」
「誰かが助けを求めているときに、聞こえないふりをするわけにはいかない。それを分かってほしかったんだ」
サムは深く息を吸った。
「いつか、誰かを助けられなくなる日が来るんじゃないかって怖いの」
「どうして?」
「私たちが死んでしまっていたら、助けられないから」
俺には何も答えられなかった。
「すべてうまくいくさ」
サムはうなずいた。
「何か見つけたら知らせるわ」
通信が切れた。
俺はアマンダの様子を見に行った。
彼女はベッドに横たわっていた。汗で額に髪が張りつき、呼吸は苦しそうだった。
「気分はどうだ?」
「最悪よ」
彼女の声は、かろうじて聞き取れるほどのささやきだった。
「俺の仲間が、ここから脱出するために全力を尽くしている」
アマンダは俺を見た。
「エミールを連れていって」
「そうする」
彼女は俺に手を差し出した。
俺はその手を握った。
「あの子の母親を知っていたの。すべてが始まったとき、あの子の部屋で一人きりになっているのを見つけたわ」
アマンダは唾を飲み込んだ。
「両親は死んだの。でも、あの子はまだ、そのことを完全には知らない」
俺はエミールのほうを見た。
少年は床に座り、いくつかの箱の間を二体の人形に歩かせていた。
「下にあるものは見せない。約束する」
アマンダは俺の手を強く握った。
「最後に一つ、お願いがあるの」
「言ってくれ」
「私を感染者にさせないで」
俺は彼女を見つめた。
「マックスにはできないわ。それに、私にもそんな勇気はない」
「俺がやる」
アマンダは目を閉じた。
「ありがとう」
彼女の身体は汗でびっしょりだった。
安全のため、俺たちはドアに鍵をかけた。
それからエミールのもとへ向かった。
彼の前にしゃがみ込む。
「やあ」
少年は返事をせず、俺を見つめた。
「チョコレートが好きだって聞いたんだ」
俺はリュックからピーナッツ入りのチョコレートバーを取り出し、差し出した。
エミールは両手で受け取った。
「ありがとう」
「俺はジェイコブだ」
エミールは恥ずかしそうにうなずいた。
「何をしているんだ?」
彼は自分の兵隊のおもちゃのコレクションを見せてくれた。
「兵隊で遊んでいるの」
「でも、みんな緑色だな。敵はどこにいるんだ?」と俺は尋ねた。
「僕の寝室にいるよ」
「どこに住んでいるんだ?」
「19階」
「何号室か覚えているか?」
エミールは首を横に振った。
「大丈夫だ」
彼はおもちゃに目を落とした。
「もうすぐ、ここから出られるよ」
そのとき、無線機から雑音が流れ始めた。
「ジェイコブ?」とサムが呼びかけた。
「聞こえている」
「スピーカーを見つけたわ。録音された音楽が入っていて、まだ電池で動く」
俺は笑みを浮かべた。
「完璧だ」
「計画は?」
「それを使って、下の階を空にする」
「デレクはまだ戻っていないわ」
「戻ってきたら、俺に連絡するよう伝えてくれ」
「分かった」
数時間後、ようやくデレクから連絡が入った。
彼は貨物用のトラックを手に入れていた。
俺は計画を説明した。
作戦自体は単純だったが、一つでも間違えれば命を落としかねなかった。
デレクが橋の向こう側にスピーカーを設置し、音楽を最大音量で流す。その前に、マックスと俺が21階のバリケードを撤去し、ブリサ、アマンダ、エミールと一緒に隠れる。
音に引き寄せられた感染者たちは階段へ向かい、上へと移動するはずだった。
彼らが下の階からいなくなっている間に、マックスと俺は19階へ行き、発電機を動かしてエレベーターを使う。
だが、計画にはもう一つの段階があった。
デレクは建物の正面玄関を開放し、トラックと発炎銃を使って、下層階の感染者たちを外へ誘い出さなければならなかった。
階段を下りることはできない。
エレベーターだけが、俺たちに残された唯一の望みだった。
夕方になり、デレクは持ち場についた。
「準備はいいか?」と俺はマックスに尋ねた。
俺たちは21階のバリケードの前に立っていた。
「いいぞ」
ブリサ、アマンダ、エミールは22階の部屋に隠れていた。
俺たちは最初の家具を取り除いた。
金属が床をこする音がした。
俺は動きを止めた。
向こう側から聞こえるうなり声が大きくなった。
「もっとゆっくりだ」とマックスがささやいた。
俺たちは別の家具をどかした。
さらにもう一つ。
ついに、通り道が開いた。
感染者たちが動き始めた。
何体いるのかを確かめる余裕はなかった。
俺たちは部屋まで走り、ドアを閉めた。
「デレク」と俺は無線機にささやいた。
「どうぞ」
「準備完了だ」
数秒間、何も起こらなかった。
そして、音楽が流れ始めた。
音が建物全体に響き渡った。
最初は、数人分の足音が聞こえた。
次に、数十人分。
その次には、数百人分。
足音は嵐のように階段を駆け上がってきた。
エミールは両耳を塞いだ。
ブリサは彼を抱きしめ、片方の耳を手で覆った。
「大丈夫よ」と彼女はささやいた。
壁を叩く音が激しくなった。
その後、少しずつ小さくなった。
足音は一つずつ、消えていった。
やがて、静寂が訪れた。
無線機からデレクの声が聞こえた。
「成功だ」
マックスと俺は顔を見合わせた。
17階、18階、19階、そして20階を解放できたのだ。
俺たちは手を握り合った。
「やったな」
急いでほかの連中を迎えに行った。
16階のバリケードを補強し、待機した。
その後の数時間、俺たちは空になった部屋を調べた。まだ閉じ込められていた少数の感染者を始末し、使えそうなものがないか探した。
俺はエミールが住んでいた部屋に入った。
彼の両親は見つからなかった。
残されていたのは、放置された品々だけだった。
しかし、寝室の中だけは、すべてがそのまま残っているように見えた。
おもちゃは床に散らばっていた。
ベッドは整えられていた。
そして小さなテーブルのそばに、兵隊のおもちゃがあった。今度は赤い兵隊たちだった。
俺はそれを拾い集め、エミールのもとへ戻った。
「ほら、見つけたぞ」
彼の目が輝いた。
「僕の兵隊!」
彼は人形の入った袋を受け取り、袋をひっくり返して中身を全部出すと、遊び始めた。
数分間、彼はただおもちゃで遊ぶ子供に戻っていた。
そして、おそらく、それこそが彼に必要な唯一のものだった。
俺たちにも休息が必要だった。
数時間、眠った。
10月8日 — 隔離命令発令から22日目。
日の出前、デレクが計画の自分の役割を開始した。
エミールは自分の持ち物を小さなリュックに詰めた。ブリサはアマンダが歩くのを手伝い、マックスは装備を確認し、俺は武器を点検していた。
無線機が鳴った。
「ジェイコブ」
デレクだった。
「聞こえている」
「鎖を切った」
背景では、クラクションと音楽が聞こえていた。
「感染者たちが俺を追っている。あちこちから、さらに出てきている。移動しなきゃならない」
「入口は開いたか?」
「開いた」
「よし。こっちの番だ」
俺はマックスを見た。
「行こう」
俺たちは19階へ向かった。
「ブリサ、発電機が動いたらすぐに動けるようにしておいてくれ」
彼女はうなずいた。
俺たちは解放された階段を下りた。
一段ごとに、ブーツの下で階段がきしんだ。
建物は文字どおり、死んだようだった。
だが、壁の向こうからは、今も時折、何かがぶつかる音が聞こえていた。
俺たちはメンテナンス室に着いた。
発電機は埃に覆われていた。
マックスが膝をついた。
「まだ動く気があるか、試してみよう」
「動かせるのか?」
「動き始めてから聞いてくれ」
彼はいくつかの部品を操作した。
小さなバルブを開く。
レバーを引いた。
エンジンが咳き込むような音を立てた。
そして止まった。
マックスはもう一度試した。
今度はエンジンがうなり声を上げた。
建物の照明が一斉に点灯した。
暖房が動き始めた。
廊下の冷たい空気が、ゆっくりと暖まっていった。
「行こう」
俺たちはほかの連中のもとへ戻った。
全員がエレベーターの前にいた。
俺はボタンを押した。
反応はなかった。
もう一度、ボタンを押した。
俺たちは待った。
すると、チャイムが鳴った。
扉がゆっくりと開いた。
中は空だった。
「本当に動くなんて信じられない」とブリサがつぶやいた。
俺たちは乗り込んだ。
エミールはブリサにぴったりとくっついていた。
俺は1階のボタンを押した。
扉が閉まった。
エレベーターが下降を始めた。
各階を通過するたびに、物音が聞こえた。
うなり声。
ドアを引っかく爪の音。
エミールは目を閉じた。
「あとどれくらい?」と彼は尋ねた。
「もう少しだ」
マックスが笑った。
「成功だな」
その笑顔は、ほんの数秒しか続かなかった。
エレベーターが停止した。
3階。
照明が点滅した。
「嘘だろ……」
扉が開いた。
エレベーターは、階と階の中間で止まっていた。
目の前には、二十体以上の感染者がいた。
一瞬、誰も反応できなかった。
次の瞬間、彼らが襲いかかってきた。
「下がれ!」
最初の数体がマックスに飛びついた。
彼らは彼の脚をつかんだ。
「やめろ!」
俺は彼をつかもうとしたが、感染者の数が多すぎた。
マックスは外へ引きずり出された。
感染者たちが彼を引きずり、脚に食らいつく間、彼の叫び声がエレベーター内に響き渡った。
「上だ!」と俺は叫んだ。
天井のハッチを見上げた。
残された出口は、それしかなかった。
まずブリサが上がれるように手を貸した。
「エミールを連れていけ!」
ブリサは彼をつかみ、持ち上げた。
次にアマンダを助けようとした。
彼女は動けなかった。
「行って……」と彼女がささやいた。
「嫌だ」
俺は彼女の足をつかんだ。
「ブリサ!」
彼女は腕を伸ばした。
二人がかりで、どうにかアマンダを引き上げた。
残るは俺だけだった。
二体の感染者が俺の脚をつかんだ。
足首を握る手の感触が伝わってきた。
俺はブーツで一体を蹴った。
続けて、もう一体も蹴った。
どうにか振りほどき、よじ登った。
俺たちはエレベーターの屋根にたどり着いた。
「どうすればいいの?」とブリサが取り乱した様子で尋ねた。
俺は周囲を見回した。
俺たちがいるのは4階だった。
もう一台のエレベーターは1階にあった。
「下りるしかない」
ブリサはアマンダとエミールを見た。
「二人には無理よ」
「俺がエミールを下ろす。そのあとでアマンダを迎えに戻る」
ブリサはうなずいた。
俺は少年を抱き上げた。
「エミール、勇気を出してくれ」
彼は何も言わずにうなずいた。
俺はエレベーターの縦穴へ身を乗り出し、非常階段を慎重に下りていった。
足元に広がる深い空間を見て、胃がひっくり返りそうになった。
もう一台のエレベーターの屋根にたどり着いた。
「ここで待っていろ」
エミールはうなずいた。
俺は再び上へ戻った。
ブリサと二人でアマンダを下ろした。
数分後、俺たち四人は二台目のエレベーターの屋根にそろっていた。
ハッチを開けた。
1階には、三体の感染者が残っていた。
俺は動きを止めた。
遠くから、デレクの流す音楽とクラクションが聞こえていた。
感染者たちはそちらに気を取られているようだった。
俺は下りた。
ブーツが床に着いた。
血だまりに足を滑らせた。
転ばないよう、壁に手をついた。
耐えがたい臭いがした。
三体の感染者を見た。
拳銃を構えた。
発砲した。
一体が倒れた。
もう一度撃った。
二体目が倒れた。
三体目がこちらを振り向いた。
三発目。
静寂。
「下りてこい!」
まずブリサを手助けした。
次にエミール。
最後にアマンダ。
俺たちは建物の外へ出た。
銃声に引き寄せられ、通りや路地から何体もの感染者が現れ始めた。
「走れ!」
放置された車の間を駆け抜けた。
エミールはブリサの手を握り、彼女の隣を走っていた。
俺はアマンダの後ろについていた。
彼女は立っているのがやっとだった。
感染者の少ない街の外れまでたどり着いた。
遠くに警察署が見えた。
「あそこだ!」
俺たちは中に入った。
「ドアと窓を閉めろ。音を立てるな」
俺は建物の中を調べた。
誰もいないようだった。
武器庫に入った。
何もなかった。
完全に空っぽだった。
「くそっ」
ブリサの声が聞こえた。
「ジェイコブ……」
俺は窓に近づいた。
小規模な群れが通りを進んでいた。
俺たちを追ってきていたのだ。
全員が息を潜めた。
そのとき、背後から足音が聞こえた。
振り返った。
警察官の制服を着た男が二人、俺たちに銃を向けていた。
「動くな」
俺はゆっくりと両手を上げた。
「揉め事を起こすつもりはない」
「分かっている。だが、こちらの指示に従ってもらう」
もう一人の警官が俺たちを見回した。
「ほかには誰もいないのか?」
「いや」
「外にいるのは誰だ?」
「仲間だ」
警官はアマンダに目を向けた。
彼の表情が変わった。
「グレイソン……」
「何だ?」と、もう一人の警官が答えた。
「彼女は感染している」
グレイソンは銃を構えた。
「噛まれたのか?」
「怪我をしているだけだ」と俺は答えた。
「感染者になるぞ!」
「待て!」
銃声が警察署中に響き渡った。
アマンダが床に倒れた。
「やめろ!」
俺は拳銃を構え、発砲した男に向かって三発撃った。
もう一人の警官が俺に飛びかかってきた。
拳が顔面に叩きつけられた。
目の前が真っ白になった。
俺は倒れた。
武器を取り戻そうとしたが、再び殴られた。
「やめて!」とブリサが叫んだ。
彼女は男に飛びかかった。
警官は彼女を力いっぱい殴りつけ、床に倒した。
俺は起き上がろうとした。
だが、身体が動かなかった。
頭がぐるぐると回っていた。
男は俺の上にまたがり、殴り続けた。
一発。二発。三発。
口の中に血の味が広がった。
拳銃は遠くにあった。
腰にはマチェーテがあった。
だが、手が届かなかった。
そのとき、エミールの声が聞こえた。
「ブリサ!」
少年は俺の拳銃を拾っていた。
何をすればいいのか、正確には分かっていなかった。
ただ、ブリサを助けなければならないことだけは分かっていた。
彼は拳銃をブリサに渡した。
ブリサはそれを受け取った。
銃を構えた。
発砲した。
警官の動きが止まった。
弾が命中し、男は横へ倒れた。
俺はその一瞬を逃さなかった。
ベルトに手を伸ばした。
マチェーテを抜き、男の首に突き立てた。
男は自分の血で窒息しながら倒れた。
俺は苦しげに息をした。
ブリサはアマンダのもとへ駆け寄った。俺も彼女のあとを追った。
アマンダはまだ意識があった。
「ジェイコブ……」
俺は彼女のそばに膝をついた。
「大丈夫だ」
自分でも、その言葉を信じていなかった。
「私を感染者にさせないで……」
ブリサの頬には痣ができ、唇には血がにじんでいた。
彼女は俺を見た。
それからエミールに目を向けた。
「こっちへ来て」
彼女は少年を階段のほうへ連れていった。
アマンダが俺の腕をつかんだ。
「お願い……」
床に落ちていた拳銃を見た。
俺はそれを拾った。
彼女に向けた。
できなかった。
銃を下ろした。
「俺にはできない」
アマンダは苦しそうに息をした。
「やって」
彼女は目を閉じた。
「お願い……」
俺は待った。
彼女の呼吸は、次第にゆっくりになっていった。
そして、止まった。
俺は彼女のそばに膝をついたまま、動けなかった。
やりたくなかった。
だが、そのあと何が起こるのかは分かっていた。
俺は拳銃を構え、発砲した。
銃声が警察署の中に響き渡った。
そのあとには、ただ静寂だけが残った。
無線機が鳴り始めた。
「ジェイコブ?」
デレクだった。
俺は数秒間、膝をついたまま動けずにいた。それから返事をした。
「聞こえている」
「感染者たちを引き離せた。もう追ってきていない。ルート47で合流しよう」
「了解」
俺は立ち上がった。
全身が痛んでいた。
留置場のベッドにあった白い毛布を取り、アマンダの遺体にかけた。
それからブリサとエミールを探した。
俺たちは警察署を出た。
通りは静まり返っていた。
だが、振り返った瞬間、目に入った。
銃声が群れを引き寄せていた。
感染者たちが建物を取り囲んでいた。
「行かなきゃならない」
俺たちは道路へ向かって歩き出した。
一歩進むたびに身体が痛んだ。
顎。肋骨。顔。何もかもが痛かった。
遠くに古びたトラックが現れた。
それが停車した。
デレクとサムが降りてきた。
サムは俺たちのもとへ走ってきた。
「みんな大丈夫?」
彼女はまずブリサを見た。
次にエミール。
最後に俺を見た。
「何があったの?」
「あとで話す」
デレクがブリサに近づいた。
彼女は彼を見た。
一瞬、二人とも何も言わなかった。
それから、互いを抱きしめた。
強く、しっかりとした抱擁だった。
まるで数秒間だけ、二人とも、それまでずっと抱えてきたものを忘れてしまったかのようだった。
俺は何も言わなかった。
サムも同じだった。
俺たちはただ、二人を見守っていた。
やがて俺はトラックへ向かった。
腰を下ろした。
目を閉じた。
長い間、こんなことはなかった。
次にどこへ向かうのか、何も考えたくなかった。
ただ、休みたかった。
もう何も知りたくない。




