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最強のS級冒険者です。ですが女性だけは攻略できません~恋愛指南書を信じた男の奮闘記~  作者: 仁科異邦


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その男、家を探す


『第九章:不動産は男の甲斐性である。意中の女を内見に誘う際は、「俺たちの城を探そう」と大胆に告げよ。

未来の共同生活を匂わせるその一言が、女の母性と結婚願望を狂わせるのだ』


――幻の奇書『これ一冊でモテる!恋愛完全攻略』第150ページより抜粋


王都での生活が長くなり、宿屋暮らしにも限界が近づいていた。

魔王軍の残党狩りや古代竜の討伐など、アーヴィン・クロムウェルが持ち帰る規格外の素材や報酬は、すでにスイートルームの許容量を遥かに超えていたのだ。

(……そろそろ、拠点を構えるべきだな)


そう決意したアーヴィンは、冒険者ギルド『獅子の牙』のカウンターへと足を運んだ。

目当ては、最近話すようになった受付嬢、アイラだった。


「あ、アーヴィンさん! 今日はどのようなご用件でしょうかっ?」

アーヴィンの姿を認めるなり、アイラはパァァッと顔を輝かせて身を乗り出した。


相合い傘の事件以来、彼女のアーヴィンに対する好感度(と勘違い)は完全に天井を突破しており、声のトーンが露骨に上ずっていた。


だが、アーヴィンの脳内ではいつものように大パニックが巻き起こっていた。

(な、なんだこの尋常ではないプレッシャーは!? 彼女の瞳がキラキラと輝いている! 距離が近い! そもそも、うら若き女性に『一緒に家を探してくれ』などと頼めば、変な下心があると誤解されるのではないか!?)


無表情なポーカーフェイスの裏側で、アーヴィンは大量の冷や汗をかいていた。

ただの物件探しである。しかし、恋愛偏差値ゼロの彼にとって、女性を個人的な用事に巻き込むという行為は、魔王の城に単騎で突入するよりもハードルが高かった。

(落ち着け、俺! こんな時こそ、あの本の出番だ! ええと、第150ページ……!)


アーヴィンは脳内で愛読書のページをめくり、そこにあったアドバイスを絶対の真理として受け入れた。

(……なるほど。変に言い訳をするから下心だと疑われるのか。『俺たちの城』と堂々と宣言することで、警戒心を解きほぐすというわけだな! さすが師匠、恐ろしいほどの心理術だ!)


アーヴィンは力強く頷くと、カウンターに丸太のような両腕をつき、アイラを真っ直ぐに見据えた。

そして、ギルド中に響き渡る重低音ボイスで言い放った。


「アイラ。……今日から、俺たちの『城』を探すぞ。手伝ってくれ」

「…………えっ?」

ギルドの喧騒が、ピタリと止まった。

アイラの手からバインダーが滑り落ち、床に乾いた音を立てて転がった。


「お、俺たち、の……城、ですか……?」

「ああ。これまでの狭い部屋はもう限界だ。これからは、二人で落ち着ける広い場所がいい」

(よし! 完璧な理由づけだ。これで不動産案内の依頼だと伝わったはずだ!)


アーヴィンは内心でガッツポーズを決めていた。

しかし、アイラの脳内では、かつてない規模の大爆発が起きていた。

(『俺たちの城』!? 『二人で落ち着ける場所』!? こ、これって……完全なプロポーズ!? いや、まだ付き合ってもいないのにいきなり同棲、いや結婚!? アーヴィンさん、普段は無口なのに、決めるところはこんなに情熱的で強引なんて……っ!)


アイラの顔が、みるみるうちに沸騰したように真っ赤に染まっていく。

彼女は震える手でバインダーを拾い上げると、目に涙を浮かべながら深々と頭を下げた。


「は、はいっ……! 私でよければ、一生かけて、最っ高の愛の巣(物件)をお探ししますぅぅっ!!」

(……愛の巣? まあ、安全な拠点という意味だろう)

言葉の綾を完全にスルーしたアーヴィンは、アイラの仕事熱心な態度に深く感心していた。


数時間後。

アイラの案内で二人が訪れたのは、王都の一等地にある白亜の超高級邸宅だった。

高い塀に囲まれ、広大な庭園と噴水まで備え付けられた、どう見ても貴族の別荘にしか見えない大豪邸である。


「こちらが、王都でも最高ランクの防犯結界を備えた特級物件になります! アーヴィンさんと、わ、私の……その、将来の子供が三人くらい増えても、十分に暮らせる広さですっ……!」


モジモジと身をよじりながら、顔を真っ赤にして説明するアイラ。

一方のアーヴィンは、邸宅を鋭い眼光で睨みつけていた。

(なるほど。防壁の高さは約五メートル。これならオークの群れが攻めてきても数日は持ち堪えられるな。素晴らしい要塞だ)


視点が完全に攻城戦のそれだったが、彼は満足げに頷き、邸宅の扉を開けた。

吹き抜けのエントランス、大理石の床。そして二人は、最上階にある最も広い部屋――主寝室へと足を踏み入れた。


部屋の中央には、天蓋付きの巨大なキングサイズベッドが鎮座していた。

「あ、あの……アーヴィンさん。ここが、寝室に、なります……っ」


アイラは極度の緊張で、今にも倒れそうになっていた。

密室。巨大なベッド。そして目の前には、自分を「城」に誘った最強の男。


アーヴィンはベッドをジッと見つめ、再びあの『指南書』の教えを思い出していた。


> 『内見で寝室に入った時が、最後の勝負である。ベッドの耐久性を己の肉体で証明し、雄としての圧倒的な力強さを見せつけよ』

>

(よし! つまり、このベッドが俺の体重に耐えられるか、チェックして安心させてやればいいのだな!)


アーヴィンはアイラの方を振り返り、ニヤリと(本人は優しく微笑んだつもりだが、完全に肉食獣の)笑みを浮かべた。


「……アイラ。よく見ておけ」

「ひゃいっ!?」

アーヴィンは数歩助走をつけると、S級冒険者のフルパワーで、キングサイズベッドに向かって高く跳躍した。

そして、そのままの勢いでベッドの中心へとダイブを敢行した。


ドッゴォォォォォォォンッ!!!

寝室に、隕石が落下したような爆音が響き渡った。

最高級の羽毛布団が爆発し、雪のように白い羽が部屋中に舞い散る。


ベッドのフレームは無残にへし折れ、床板には亀裂が走り、邸宅全体がグラリと揺れた。

「えっ……ぇぇぇ……!?」

舞い散る羽毛の中、粉砕されたベッドの残骸に埋もれながら、アーヴィンは真剣な顔で立ち上がった。


「……ダメだな。このベッドは脆すぎる。俺たちの夜(※夜襲を受けた際の防御陣地)には使えん」

「お、俺たちの、夜……っ!!」


強烈な破壊力と、あまりにも刺激的すぎるワードのコンボ。

アイラの限界を超えた脳は、「これはつまり、ベッドを粉砕してしまうほど激しい夜の営みを予告されている」と完全に誤訳した。


プシューッ、とアイラの頭から本格的な湯気が立ち上り、彼女はそのまま白目を剥いてパタリと気絶してしまった。


「おっと、歩き回って疲れたようだな」

倒れそうになったアイラを片腕で軽々と抱き止め、アーヴィンは満足げに息を吐いた。


物件の弱点(ベッドの耐久性)も見抜き、アイラへのアピールも完璧にこなした。今日も指南書のおかげで完璧なエスコートができたと、彼は一人静かに頷いた。


そして、気絶して幸せそうな笑みを浮かべるアイラの耳元で、いつもの万能の呪文を低く囁いた。

「……お前、面白い女だな」


王都一の超高級物件でベッドを粉砕した最強の男の拠点探しは、こうして波乱(と勘違い)の幕開けを迎えたのだった。


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