その男、家を決める
『第十章:合鍵は愛と支配の証である。新居を決めたなら、迷わずスペアキーを女の掌に押し付けろ。「お前の帰る場所はここだ」と囁けば、女は歓喜の涙と共に永遠の同棲を誓うだろう』
――幻の奇書『これ一冊でモテる!恋愛完全攻略』第155ページより抜粋
アーヴィンは悩んでいた。
アイラの案内で王都中の高級物件を巡ったものの、一向に「完璧な城」が見つからないのである。
それもそのはずだった。アーヴィンの求める条件は「古竜のブレスに耐えうる外壁」
「地下水脈からの独立した水源」
「暗殺者を迎撃するためのトラップ配置空間」という、完全に軍事要塞のそれだったからだ。
おまけに内見のたびに「強度の確認だ」と壁を殴って粉砕し、ベッドを破壊するため、もはや案内できる物件が尽きかけていた。
「……アーヴィンさん、素敵……最強の城主様……」
隣では、アーヴィンの過激な行動(と勘違いプロポーズ)の連続に脳の処理が追いつかなくなったアイラが、立ったまま白目を剥いて幸せそうに気絶していた。
「……ちょっと。そこで何やってんのよ、アーヴィン」
行き場を失い、路地裏で途方に暮れていたアーヴィンに、呆れ果てた声が降り注いだ。
声の主は、A級シーフのノワールだった。彼女は気絶しているアイラと、周囲に漂う瓦礫の粉塵を見て、すぐに事態を察したようだった。
「不動産ギルドから『S級冒険者が物件を次々と破壊している』ってクレームが回ってたわよ。あんた、家探しどころか王都を更地にする気!?」
「……強度の確認をしただけだ。どれも豆腐のように脆かった」
「普通の家はドラゴンと殴り合う前提で作られてないのよ!!」
ノワールのキレッキレのツッコミが響き渡った。
彼女は大きくため息をつくと、腰に手を当ててアーヴィンを睨みつけた。
「はぁ……仕方ないわね。あんたみたいな非常識なS級が満足するような頑丈な物件なんて、表の不動産屋には出回ってないわよ。私が『裏』のルートで探してあげるから、ついてきなさい」
(おお……! さすがは裏社会に精通するシーフだ。頼もしい)
アーヴィンは気絶したアイラを小脇に抱え、ノワールの後を追った。
数十分後。
ノワールが案内したのは、王都の裏路地にひっそりと佇む、石造りの重厚な三階建ての館だった。
「ここは昔、偏執狂の高位魔術師が隠れ家にしていた場所よ。外壁には物理反射の結界が張ってあるし、地下には魔物避けのルーンが刻まれた広大な訓練場もある。これなら、あんたが暴れてもそう簡単には壊れないわ」
「……素晴らしい」
アーヴィンは外壁を全力で殴ってみたが、結界が青白く光って衝撃を完全に吸収した。(※その余波で周囲の窓ガラスは割れたが)
まさに彼が求めていた「完璧な城(要塞)」だった。
(よし、拠点はここに決まりだ! あとは……師匠の教えを実践する時だな!)
アーヴィンは脳内で指南書第155ページを再生した。
彼はノワールに向き直ると、管理を任されている彼女の手から無造作に『二本の鍵』を奪い取った。
そして、そのうちの片方を、ノワールの小さな掌にガシッと強引に押し付けた。
「……ノワール」
「えっ? ちょ、ちょっと、急に手を握って……」
「お前の帰る場所は、ここだ」
低く、甘く響くダンディボイス。
アーヴィンとしては、「この要塞の防衛システムを完璧に機能させるためには、優秀な罠師であるお前の常駐が不可欠だ。住み込みの警備員として働け」という、極めて実務的な業務命令のつもりだった。
しかし、ノワールの脳内ではまったく別の化学反応が起きていた。
(か、鍵を渡された!? しかも『帰る場所はここだ』って……それってつまり、一緒に住もう(同棲)ってこと!?)
ボンッ! という音が聞こえそうなほど、ノワールの顔が真っ赤に爆発した。
「な、なななな何をバカなこと言ってんのよ!! 私はただ物件を案内しただけで、一緒に住むなんて一言も……っ!」
「俺にはお前の力(※罠解除スキル)が必要なんだ」
「っっっ!!」
無表情で、一切の迷いなく放たれる殺し文句。
ノワールのツッコミ機能は、この圧倒的な『雄の独占欲』を前に完全にショートした。
(あ、アイラっていう美人の受付嬢もいるのに、わざわざ私にも鍵を渡すなんて……! どんだけ欲張りなのよ、この男は……っ。でも、こんな無防備な男、私が側で監視してないと、いつ王都を滅ぼすか分かったもんじゃないし……!)
「し、仕方ないわねっ!!」
ノワールは顔を背けながら、渡された鍵をギュッと胸に抱きしめた。
「あんた一人じゃ不安だし、私が住み込みで色々と面倒見てあげるわよ!
か、勘違いしないでよね、ただの監視役なんだから!」
(よし! 警備員の確保に成功だ! 義理堅い奴だな!)
アーヴィンは完璧に要塞の防衛網が構築できたことに満足し、いつもの万能の呪文で締めくくった。
「……お前、面白い女だな」
「だからそのセリフ腹立つって言ってんでしょ!! 雰囲気ぶち壊しよバカァ!」
ノワールの的確なツッコミがこだまする中、小脇に抱えられていたアイラも目を覚まし、「わ、私も住みますぅぅ! お帰りなさいませあなたぁ!」と歓喜の声を上げた。
かくして、最強のポンコツ冒険者と、ツンデレシーフ、そして勘違い受付嬢の、奇妙で騒がしい共同生活が幕を開けたのだった。
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