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最強のS級冒険者です。ですが女性だけは攻略できません~恋愛指南書を信じた男の奮闘記~  作者: 仁科異邦


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その男、背中を流す。


『第十一章:風呂場は裸の付き合い(コミュニケーション)の場である。女が風呂に入っている時は、迷わず背中を流しに行け。

男の頼もしい背中と泡の魔法が、女の警戒心を完全に洗い流すのだ』


――幻の奇書『これ一冊でモテる!恋愛完全攻略』第172ページより抜粋


新居での共同生活が始まって数日。

高位魔術師が残した館の設備は完璧だった。


特に一階奥にある大浴場は、王城の風呂にも匹敵する広さと、魔力による自動保温機能まで備わっている最高級品だった。


その日の夜、大浴場の湯船に浸かっていたノワールは、一日の疲労を癒やして至福の息を吐いていた。


「はぁ〜……極楽、極楽。アーヴィンと一緒に住むって決まった時はどうなるかと思ったけど、このお風呂だけでも十分お釣りが来るわね」


温かい湯が、罠解除で張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。


彼女が完全に油断しきっていた、その時だった。


ガラララッ!!

浴場の重厚な扉が、勢いよく開け放たれた。 そこに立っていたのは、腰にタオルを一枚巻いただけの、筋骨隆々とした巨漢――アーヴィン・クロムウェルだった。


全身の筋肉は鋼のように引き締まり、歴戦の傷跡が湯気に濡れて鈍く光っている。

「…………」


アーヴィンは無言のまま、鋭い眼光で浴場内をスキャンした。 彼の脳内は今、「パーティーメンバーとの親睦」という名の大義名分のもと、大パニックを引き起こしていた。

(な、なぜ俺は全裸の女性がいる風呂場に突撃しているんだ!? 湯気でよく見えないが、シルエットだけでも破壊力が高すぎる! 直視すれば俺の理性が蒸発してしまうぞ!?)


ポーカーフェイスの裏側で、彼は必死に己の行動を正当化していた。 すべてはあの『指南書』の教えによるものだった。

(思い出せ! 第172ページのメソッドだ! 『風呂場での背中流し』こそが、仲間との絆を深める最強のコミュニケーション! ここで引き返せば、俺は仲間を蔑ろにする薄情なリーダーになってしまう!)


アーヴィンは決意を固め、ズシン、ズシンと重い足音を立ててノワールへと近づいていった。

一方のノワールは、突然の全裸S級冒険者の乱入に、完全にフリーズしていた。


「ちょ、ちょっと!? あんた何入ってきてんのよ! 出てきなさいよバカ! 変態! 筋肉ダルマ!!」


ノワールが顔を真っ赤にして湯船の隅に縮こまる。 しかし、アーヴィンは止まらない。

彼はノワールの背後に回り込むと、片膝をつき、巨大なスポンジ(※本来は鎧磨き用の硬質な魔石繊維製)を手にした。


「……背中を流す。動くな」

「いや動くなじゃなくて! なんでゴーレム用のタワシ持ってんのよ! 肌削れるわ! 痛い痛い痛い!!」


アーヴィンの丸太のような腕が、ノワールの華奢な背中をゴシゴシと(S級の腕力で)擦り始めた。


ロマンチックな混浴などではない。それは完全に「熟練の甲冑職人による、頑固な錆落とし(研磨作業)」の光景だった。


「あだだだだ! 痛い! 背中の皮が全部持っていかれるぅぅ! ストップ! ストップだってば!!」

ノワールが涙目で必死にタップする。


しかし、アーヴィンの耳には彼女の悲鳴が「絆が深まっている歓喜の声」にしか聞こえていなかった。

(よし! 汚れと共に警戒心も洗い流せているようだな! さすが師匠の教えだ。パーティーの士気もこれで爆上がり間違いなしだ!)


「士気じゃなくて私のHPが下がってんのよ!! 殺す気か!!」

ノワールの悲痛なツッコミが、浴場に空しく響き渡る。


その頃、脱衣所の外では。 バスタオルを抱えたアイラが、浴場から漏れ聞こえる激しい水音とノワールの悲鳴を聞いて、顔から火が出るほど赤面していた。


「ひゃあっ……! ア、アーヴィンさんたら、お風呂場でもあんなに激しく……っ。ノワールちゃん、あんなに啼かされて……次は、私の番……っ!?」


見事なまでのすれ違いだった。 中で行われているのは命がけの皮膚研磨作業なのだが、アイラの脳内では極上のラブシーンとして脳内補完されていたのである。


「……よし。ピカピカになったな」

数分後。 満足げに頷くアーヴィンの足元で、ノワールは背中を真っ赤に腫らし、チーンと燃え尽きたように湯船に沈んでいた。


「……あんた、絶対にわざとやってるでしょ……」

涙目のノワールが恨めしそうに睨みつける。


だが、その背中を流された感覚と、視界の端に映るアーヴィンの男らしい肉体に、彼女の心臓は怒りとは別の理由でドクドクと跳ねていた。

(……痛かったけど。でも、男の人に背中を預けるなんて……私、どれだけこのアーヴィンに気を許してんのよ……バカ)


真っ赤になった顔を湯船に半分沈めながら、ノワールはぷいっと視線を逸らした。


それを見たアーヴィンは(よし、照れ隠しだな!)と都合よく解釈し、いつもの万能の呪文を低く囁いた。


「……お前、面白い女だな」

「だからお風呂場でそのキメ顔やめなさいよ! 湯気で無駄にカッコよく見えるのが腹立つ!!」


ノワールの的確なツッコミと盛大な水飛沫が上がり、最強の男による無自覚な好感度カンストの被害は、新居の風呂場すらも制圧してしまったのだった。


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