第43話 喰うか喰われるかの闘争―④
「が、ほッ…………ッ!!」
ゴロゴロと地面を転がり、嫌な咳を繰り返して何とか痛みをしのぐ。身体中のあちこちが悲鳴をあげ、体内も燃えるように熱かった。この感覚からすると、あばらの一本くらい折れているかもしれない、痛い。
だが、これで死ぬわけにはいかない。起き上がらないわけにはいかない。半ばでぽっきりと折れた愛剣のレイピアを杖代わりに、上体を、身体を起こして立ち上がる。
「ご、ごふッ……よくもやってくれたわ……」
悪態とも呻きとも取れるような言葉とともに、折れたレイピアを投げ捨てる。カランカランという小さいはずの音が、崩落の音の合間に聞こえた。肺に穴が開いているのか、呼吸をするたびに胸が削られるかのように痛い。だが、痛みを感じる理性よりも怒りと使命感の沸騰が頭の中を塗りつぶしているからモーマンタイ。
眼前を睨めつける。絡みついて太くなった触手顎──もはや大触手というべきそれを、じっくりと観察する。二本が絡み合った結果、双頭の蛇のような姿となっているソレは、こちらの出方を伺うようにゆっくりと動いている。
「────!!」
刹那、それが伸びる。縮ませていた身体を一気に開放し、エリィに牙を食い込ませんと食欲を露にする。それに対して、エリィは静かに、だが闘志をもって背負っていた剣を抜き放つ。ナックの、長剣だ。
「一緒に、戦うわよ」
ひとたび深呼吸して、柄を力強く握る。痛みと熱病で手先が震えてしまいそうになるのを必死に抑え込んで、魔力を放出した。
ぱち、ぱちぱち、バチバチバチ。次第に強まっていく電気の感覚にエリィは突き動かされ、地面を蹴飛ばした。互いに向かい合うことで、刹那に食い尽くされる彼我の距離。
「華焔流─────“万華鏡”!!」
華焔流はエリィの先生が相伝してくれた細剣を主とする流派である。だが、その技の中には細剣以外の技もある。長剣をメインに据えた技こそ、今すれ違いざまに大触手へと叩き込んだこれである。
万の鏡を称する通り、まるで合わせた鏡のように同じような斬閃を叩き込んでいくこの技は、長剣のバランスをもって足を運ぶ技。つまり、長剣がなければ成立しないがゆえに使う機会があまりなかった技なのだが……ここで日の目を見るとは奇遇である。
「チッ、固いわね」
連続して叩き込まれた剣戟に、しかしエリィはその手ごたえに舌を打つ。高速で伸びる行動とそもそもの皮膚の固さによって、生中な剣閃では傷つけられなかったのだ。
エリィが使うのは、使い慣れない長剣。それで多大なダメージを期待するほうが意味不明だろう。しかし、多大なダメージはなくとも多少は蓄積する。攻撃回数を重ねれば、いずれは─────なんだこの考えは。違う。こんな惰性じみた考えを捨てろ。痛みを薪に、焔を燃やせ。
「やれるかどうかは賭けだけど……持ってるもん全部賭け!!」
英雄とは、エリィが目指すナニカとは。全てをなげうってでも、勝利するべき相手に必ず勝利する存在なのだ。だから、普通なんて捨てろ。
「【纏雷】ッ、さらに【力よ、万物を動しうる力よ───】」
纏う雷を魔法名の宣言で更に強め、詠唱を開始する。魔法と魔術の同時並行は、尋常じゃない難しさを誇る。例えるのならば、左手でイラストを描きながら右手で楽器を演奏するようなものだ。つまり、どちらも別種の難しさを誇るが慣れていればできることを、同時にやっているようなもの。
「【生ける者が覇の成し遂げることを扶けんや】────【豪力鼓吹】!!」
魔力が魔術に注ぎ込まれ、身体能力を向上する魔術が成立する。筋肉が自分の張力に耐えきれずに千切れ始めるほどの強化幅だ。身体強化魔術特有の、緋色の光が雷電の白色光と混じりあっていた。魔力が体内を暴れ狂い、一瞬でも気を抜けば暴発してしまいそうになる。なんとか制御を保ちつつ、ナックの長剣を構えた。
「はッ!! 華焔流────“柳”!!」
地面を蹴る。先ほどよりもすさまじい膂力によって吹っ飛ばしたエリィの身体は、瞬きより早く大触手に肉薄した。エリィとともに走り抜けた雷の残光が、大触手をぶち抜くがごとく直撃する。ズバチッッ!!というすさまじい肉音と焦げ付く音が同時に鳴り響き、まとまっている触手顎のうち一本が強制的に解かれるようなほどの衝撃。
「──!!」
「あーもう、しぶといわね!」
だが、すぐさまもとに戻る。そしてその身体をエリィに向け、ガパリと双頭の顎を両方とも開いた。即座の飛びかかり姿勢に、エリィは長剣の柄を強く握りこんだ。強化の魔術と電撃による刺激の強化幅はすさまじく、エリィのそこまで鍛えていない足でも岩を容易に蹴り砕くことができる。だから────
「しッッ!!」
息を大きく吸って、地面を強く蹴込んだ。その結果、ドゴッという破砕音とともに地面が岩のかけらとなって躍り出る。それは、伸びて襲い掛かろうとしていた大触手の進路を防ぐように、あるいは激突させるための本分を全うさせるように、大触手の顔面へと激突した。
「───!?」
「帰ってなさい!」
さらに、その岩を蹴り飛ばす。激突して撓んでいた触手顎もろとも、ぶっ飛ばす勢いで。当然ひるんで動けなかった大触手はそれに合わせて、首があらぬ方向へと曲げられた。
だが、エリィはその結果に満足しない。いや、少し違う。これで終わりだなんて思っていない。天井から落ちる瓦礫をその吹き飛んだ勢いで破砕粉砕しながら飛んでいく触手顎の首を追いかけるように、地面を蹴飛ばした。
「一気に、決める!!」
魔法と魔術の二重発動は、当然のごとく消費魔力もシャレにならない。もって後十数秒、それ以降はもはや命を削るという領域にまで突っ込んでしまうだろう。だからこそ、一気呵成に。
「華焔流─────“飛遊星”!!」
瞬間、エリィの身体がブレる。いや、違う。ブレるように、踊るように、軸がなくなったかのように。独自のステップを踏んでいるのだ。そのリズムのままに、地面を蹴り舞い上がる。華焔流の中でも、飛遊星は特殊な技だ。読まれにくい、そして回避しづらいリズムをもってして舞うように剣戟を重ねる技だ。本来であれば地上で放つようなものだが、今回は周囲に落下する瓦礫があり、筋力が増加している。
「今回は空中版よ!」
まるでどこかの龍骨のように、大触手の周りを跳ね回る。同時に振りぬかれる雷霆の斬撃が、次々に大触手の皮膚にやけどと傷の合わせ技を刻んでいく。痛みに触手顎はその身体を震わせるが、エリィの斬撃の嵐から抜け出せるわけもない。
「はあああああああああああああああああッ!!」
裂帛の声に合わせて速度もうなぎのぼりに上がっていき───そして、その隙を見つけた。エリィは、最後とばかりに半分失われた左手を翳し、右手を振りかぶって構える。
「華焔流─────“電光漣・柳残輪”」
振りぬかれた雷光の一閃が、絡み合った触手顎二本を丸ごと断ち切ったのだった。
「ご、はッ………」
叩きのめされていた。刃の砕け散ったバスタードソードの柄が、容易く踏みつぶされる。全身から血を流しながら、地面に伏せる龍骨。
なんてことはない。ただ、ただ。致命的なまでに、六王龍は強かった。それだけなのだ。
……本当にそうか?




