第42話 喰うか喰われるかの闘争―③
「UUUUUUUUUUUUUUUUUU────!!」
「────また、やらかすところだったわね!!」
振るわれた豪爪を、背中を反らしてブリッジの要領で回避する。またカルラに心配をかけるわけにはいかないし、それを望んでいるわけもない。紙一重で回避して、返す刀とばかりにレイピアを振るう。トッピングされるのはもちろん弾ける雷だ。
「GIIIIIIIIIIIIIIIIII……!!」
「まだまだッ、華焔流────“柳”!」
流麗な剣閃が雷を伴って走り抜ける。カルラを攻撃するために纏っていた龍気の鎧を放ってしまったため、電撃が痛烈なものへと昇華されている。これこそ、龍にとって二人のコンビが弱点を突いている論理だ。カルラに龍気の鎧は意味をなさないが、エリィにとっては有効。逆に、エリィは上手く捌いたり魔術を使えるため飽和攻撃が意味をなさないが、カルラにとっては死ねる攻撃。うまく相性を補完しているからこその、このスイッチ戦術がなりたっているというわけである。
「はいはいはい!! そんなんじゃ、歯ごたえがないわよ!!」
「GUUUUUU…………AAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!」
軽やかな声、裏腹にダメージは重く。たまらず連続した悲鳴を上げるグルムは、しかしてそれだけで終われるはずもない。身を一度大きく振るい、エリィをその目にしかとロックオンした。飢餓の矛先がエリィへと向かい、その首が動いた。胸の顎の上、太く頭を支えるそれが、まるでのたくる蛇のように動いてエリィを補足してくる。エリィが背中に感じるのは、強大な気配と龍気の高まり。察するのは、自分の身体を多少傷つけてもいいから絶対に焼き殺すという意思だった。
「まだ龍気が余ってるっていうの!? 本当に出鱈目ね!!」
半分キレた、というか普通にキレている口調でエリィは罵倒する。こっちがちまちまと作戦を立てて、不利な状況に追い込んでいるというのにまだ足掻くし、その足掻きが被害を生み出せるのだから質が悪い。
胸の大顎じゃない分まだましだと考えるべきか、それとも龍気が残っているということを嘆くべきか。いや、答えはどちらを選ぶわけでもない。前に踏み出すことだけを信じるのだ。
「華焔流─────“蜂”!!」
「─────!?」
口腔から【龍咆哮】が放たれる寸前のその刹那。エリィは近くにあるグルムの、脚部。その膝裏めがけて、目にもとまらぬレイピアの連打を浴びせた。バチバチバチ!!と連続して雷霆が閃き、衝撃の花が膝裏に咲き乱れる。
グルムはその痛みに本能的に膝を折ってしまい、体勢がガクンと頽れた。当然エリィを狙っていた首もその狙いがズレこみ、エリィより手前に向けて堰が切られる。一瞬で地面に到達した極光は、途端に威力を爆発させた。背中からの衝撃波がエリィの身体を押し出し、グルムから突き放す。
「ッ、アッツいわね!」
「GUUUUUUUUUU……」
エリィは地面を靴でつかんでなんとか停止し、振り向く。視界に飛び込んできたのは、一本の足をかばうように体を丸めたシルエットと、エリィをねめつける双眸だった。どうやら膝裏という、守りようがない場所を攻撃されたことがそこまでご立腹らしく、目は血走っている。
「あら、私なんかにそこまで怒ってくれるとは……光栄ね」
声にならない低いうなり声が、天井が崩落し続ける霊穿のなかでも聞こえてくる。傷とやけどにまみれた体表から、薄く薄くにじみ出るように龍気が溢れてきた。あそこまで大暴れしておいてまだ龍気が残っているのかという驚きに顔を染めるが、相手は六王龍だ。何があっても、何が起きてもおかしくない。自分の常識をかなぐり捨てて、ようやく土俵に立てるのだから。
「! これは……カルラ!! 切り替えよ!!」
「おう!って言いたいところだが……わりぃ、行けねえ!!」
は、おい何言ってんだ!カルラの返答に、エリィは目を剥く。即座に振り向くと、龍骨が苦しげに震えている姿。その胴体に絡みつくのは、ピンクで筋肉質な触手。ギラついた牙が彼の肌を狙っている状況に、エリィは目を剥いた。
「ちょっ、カルラ! 大丈夫なの!?」
「多少の傷は想定内だっつーの!!」
「……信用するわよ!」
彼はバスタードソードを手首のスナップだけで振りぬき、無理やり近づく触手顎を弾き飛ばした。だが、触手顎は三本。一本が拘束に回っている以上、残りの二本が攻撃に回ることは当然の帰結である。触手顎がカルラの右の脇腹へとその体を伸ばす。拘束する触手顎は犠牲にするつもりなのだろう。カルラはその龍骨の隙間から見える口元を引き締めて、息を吸った。
「【加速:四倍速・壊】!!」
みしり、とカルラの身体から聞こえる。加速、その中でも壊はとびきりに危険な技だ。普通の加速では自分の身体が発生するGに耐えられるように魔力を回しているのだが、それをなくして加速一辺倒にするだけ。それだけだが、身体への負担が尋常ではないほど高くなってしまう。いわゆる諸刃の剣だ。
「ぐっ……さあ、行こうかァ!!」
ぶちぶちぶち!!という肉がはじけ飛ぶ音。それは、触手顎から鳴っているかそれとも、カルラの身体から鳴っているのか。とにかく音が鳴り、カルラの姿がブレて消えさる。触手顎は無理やり身体を削りとられ、その鎌首を苦し気に震わせる。
「……心配しなくてもよかったかもしれないわね」
エリィはそうつぶやく。その刹那、グルムの身体からゴッッッ!!という衝撃の音が響いた。カルラが足を伸ばした状態で現れる。いや、すでにそこに到達していただけだ。蹴り飛ばした反動を利用してくるくると回転し、エリィの隣に降り立つ。
龍骨がエリィと目を合わせて、ニヤリと嗤った。何がおかしいのか知らないが、たぶん彼なりに自分は大丈夫だぜということを示しているのだろう。
「はいはい、とっとと相手を切り替えるわよ!」
カルラに背中を向ける。無理やり引きちぎられた触手顎の復讐をするがごとく、二本の触手顎がこちらを睥睨していた。上等、二対一ならエリィが優位に立てる。あまり得意ではないが、虚をつくには最適だろうと思いながら、魔力をたたき起こす。
「【光よ、神が創造りし光よ。その曲げぬ意思をもって、代行者の裁きを。束ね重なり、射貫く矢へと】!」
「【直徹の閃条】!!」
フルサイズの詠唱によって起動する、光の魔術。魔力が結実し、光が集まって放たれた。霊穿の空中を切り裂く何条もの閃光が、飛びかかろうとその体を縮こませていた触手顎へと向かう。文字通りの光速で、触手顎に炸裂した。
「「────!!」」
だが、焼き尽くすには至らない。焦がし止めるには至らない。触手顎は勢いよく身体を伸ばして、光が当たって皮膚が焦げようとも迫ってくる。その猛烈な勢いに気圧される……ことはなく、エリィはレイピアの切っ先を前へと翳した。もちろん、魔力をはじける雷電へと変換した状態でだ。
「華焔流────── “蜂・合わせ” 」
触手顎が伸びる。その勢いを逆に利用した連打が、顎へと叩き込まれた。バチバチバチ!!という羽ばたきじみた電気の音が繰り返され、空中に光のラインが描かれていく。超速の突きは、当たっても炸裂せずに重ねられていくのだ。
「!?」
「これで、押し返す!!」
雄たけびとともに、最後のドデカい一突き。それと同時に、今まで貯めこんだ雷撃が爆発する。いまだ天井降り注ぐ中でもひときわ大きな音が触手顎を打ち据え、その勢いもろとも弾き飛ばした。《《はずだった。》》
「───!!」
「なッ!?」
触手顎は互いに身体を絡ませあうことで、太く大きい一本の触手顎へと変貌していた。それは、少しの雷撃の爆発で留めることなど能えない。エリィは突貫に対して咄嗟にレイピアを横に構え────
バキンッ!!というあまりにも甲高く嫌な音とともに、エリィはレイピアもろとも粉砕されたのだった。




