第41話 喰うか喰われるかの闘争―②
「危ない橋渡んなよ、エリィ」
「悪かったわね……」
エリィの身体が白光に飲まれきることは、なかった。カルラがギリギリでエリィを突き飛ばしたからである。四倍速の勢いが載せられたソレは、容易にエリィの身体を致死圏内から回避させることに成功していた。
光条の爆発が轟いて、エリィの身体を打つ。だが、直撃とはいかなかったためダメージは少ない。すぐさま立ち上がって、レイピアを手に取った。少年の剣はダメージが大きい代わりに、高速で軌道すると取り回しの低さがやはり顕著になる。ここはダメージを質より量で重ねて翻弄するべきだろうということで、
「役割交代する?」
「いや、触手顎を止めるのはエリィのほうがいい。エリィの雷撃は、グルムを翻弄することはできてもダメージは効きにくいだろ。龍気が今の状態じゃな」
「そう、わかったわ。カルラ、貴方もヘマはしないでね」
「たりめーだ、一回やってんだからもうするわけないだろ」
完全にそういう振りじゃねーか。こいつ、大言壮語吐きすぎだろ。だが、彼はそういうものだ。相棒を信頼せずして何が相棒か、エリィはレイピアを握り直す。カルラが再び四倍速で駆け抜けていき、触手顎を置き去りにして本体に傷を刻んでいく。
「ハッハ、腹が減ってきたなァ!!」
「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!」
「私のことも、忘れないでちょうだい!!」
あたりを震わせる轟音に彷徨う触手顎。それに、雷霆の如き一閃。エリィの慣れた手つきの一撃だ。今のところ、天井はまだ落ちてくる様子である。だが、すぐに尽きてしまうだろう。残って後、五分といったところか。
ならば、狙うは短期決戦。龍の弱点たる龍核を狙うのが正統な手順のはず。
「頼んだわよ、カルラ───────」
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カルラ・ジクブリードは、自分のことを強いだなんて思ってもいない。いや、その言い方は正確ではないか。強者の中では、弱いほうだと考えている。当然カルラは戦闘を生業にする以上戦闘しない人よりも強いのは明らかだろう。
だが、本当の強者にとってカルラは取るに足らない存在だ。ただ速いだけで、特別な技術も、あるいは強大な能力も持っていない。本当にただ、速いだけなのだ。だから、最初龍に立ち向かったときは、半死半生になるまで叩きのめされた。自分が生まれながらの弱者であると徹底的に理解させられた。
「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU………」
「オラオラオラ!! 最初戦った時よりも弱くなってんじゃねぇのか!?」
悪罵の言葉とともに、斬撃が叩きつけられる。龍気の流れに沿うことで龍気を無視する一閃が、グルムを傷つけた。実際、カルラが言うように、初戦よりもグルムの動きは固かった。理由は単純明快だ。初戦と今回の状況を考えればいい。
「やっぱり龍気っていうのは流れである以上、自分の動きも制限されるもんなァ!!」
「──────!!」
致命傷に至る前に、この羽虫……否、敵を排除せんとグルムが巨体を動かし始めた。龍気で覆われた体を霊穿にたたきつけるだけで相手は死ぬのだから、余計な技も思考もいらない。身体を回転させながら、その腕の先に付いた暉餓の爪が、高速で駆け回るカルラを追って振り回された。だが、その速度は遅い。遅すぎる。四倍速で奔るカルラにとっては子供が駆け回っているのと同じくらいにしか感じられない。
「おっせぇな、後手後手は雑魚の象徴だろ!!」
地面を蹴り、落下してくる瓦礫を足場にし、グルム自身の体すらも足蹴にして軌道する。先程と似たような光景、故にグルムも黙ってはいない。この相手には、龍気が通用しないとグルムも学習している。〈六王龍〉は能力だけで認められる座ではない。それこそ、通常の龍であっても人間と同等レベルの知能を持っているとされているのだ。いわんや、〈六王龍〉をや。
「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
霊穿を震わせる大音声をきっかけに、龍気の流れが変わる。体表を流れるようにしていた龍気の矛先が、カルラに向かう。そう、龍気が爆ぜたのだ。全身をくまなく覆っているがゆえに全方位に炸裂する爆発が、霊穿を揺らす。いまだ落下する天井のかけらが龍気の爆発によって吹き飛び、カルラもろとも土煙と振動があたりを覆い隠す。
「カルラ!!」
触手顎を相手取りつつも、爆音にエリィは振り返ったのがわかる。もうもうとけぶる視界にエリィは不安がっているだろう。応答を願って、つい叫んでしまったのか。
しかし、カルラは無事だ。むしろ、これが事前に打ち合わせていたものなのだから、変に心配などしないでほしいくらい。だから、息を吸う。場所がバレるのは
「──────大丈夫だ! 狙い通りだろ!!」
「ッ、そうね!!」
カルラの声、それが事前に取り決めていた合図。カルラが言うように、グルムがカルラに翻弄されればこの行動をとるのは読めていた。カルラに対して龍気の鎧は意味がないのだから、龍気を攻撃に転用することは当然の道理だ。
だからこそ、エリィは駆け出す。さらに、カルラもグルムに背を向けて地面を蹴飛ばした。まるで、二人が鏡合わせであるかのように、立ち位置をスイッチする。グルムを相手取るエリィ、触手顎を相手取るカルラといった感じだ。
「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU──────」
「私が、動けなくなるまで相手してあげるわ!!」
エリィの猛りの言葉を背中に、カルラは龍骨から見える口の端を歪める。まったく本当に、予想以上に頼もしい相棒だこと。そんな相棒がいるという現状に、甘えてられない。そんなことなど、矜持が許さない。故に、眼前に迫る──いや、カルラ自身が迫っている触手顎に向けて、バスタードソードを勢い任せに振りぬいた。
「────!!」
触手顎はその攻撃を振動で弾き飛ばすが、続くカルラの身体を利用したタックルは防げない。四倍速の速度で動くカルラは、自身が当たるだけでそれなり以上の衝撃を生み出せるのだ。当然、自分の身体を用いている以上痛みはある。というか、かなりキツイ。だが、笑みを絶やさない。カルラは笑みこそ余裕の表れであり、戦闘は余裕な方が勝つということを信じているからだ。
「オ、ラァ!!」
再三地面を強く踏み込んで、カルラは接触している触手顎を押し込む。四倍の筋力、四倍の速度。当然その威力は、四倍程度じゃ済むわけがない。触手顎は横からくわえられた力になすすべなく押され、周りに落下してくる瓦礫へと、ぶつけられた。しかし触手顎は一本だけで足りるわけではない。エリィが切った一本を除いて残り二本、それらが文字通りに牙を剥く。
「「────────!!」」
「見え見えなんだよ、奇襲するなら一昨日来やがれってんだ!」
迫る牙に向けて、バスタードソードの柄を合わせる。ガキン!!という金属音を合図に、触手顎が距離を開けられる。さらに回転の勢いを利用して、迫るもう一本の頬を、打ち抜くがごとく刃の峰で触手顎に叩きつけた。固い手ごたえを感じながら一気に降りぬくと、触手顎は弾かれた。
「シャオラァ!!」
快哉を叫び、地面を蹴飛ばす。その矛先は、吹っ飛んでいった触手顎である。吹き飛ばされる速度よりも、地面を蹴って加速する、四倍速のカルラのほうがずっと速い。いともたやすく追いついて、最後のダメ押しを蹴飛ばす。
「───フッッ!!」
最後の最後で更に加速した切っ先が、触手顎の空きっぱなしだった口腔へと突き刺さる。喉奥を貫通して、触手顎の頭からバスタードソードが生えたのだった。
──────だが。
「UUUUUUUUUUUUUUUUU!!!」
「ッ、エリィ!?」
凡人の力が、王に届きうるはずがなかった。




