第40話 喰うか喰われるかの闘争―①
「エリィ、作戦通りに頼みてぇが……ヴァルカをどうする?」
「巻き込みかねないし、外に置いてあげましょう。カルラ、その時間稼いどいて」
「オーケー、いくらでも稼いでやるよ」
「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUU………!!」
そう言って、カルラが地面を蹴って飛び出していくのをエリィは見送った。グルムは近づく羽虫が変わったことに気づいているのかいないのか、低い唸り声でこちらを睨んでいた。
エリィは、こっ酷くやられている手の内のヴァルカを肩におぶって、霊穿から少し離れた場所に走る。キョロキョロと辺りを見回すと、手頃な洞窟が近くにあった。そこに、彼を置いていく。今は意識がないが、意識が戻ればどうせ勝手に戻って来るだろう。
「よーし、作戦開始と行きましょうか……!」
エリィは霊穿へと駆け抜ける。その身体に雷電は纏っておらず、魔法を使っていない状態だった。風を切る音にのって聞こえてくる剣戟音は、カルラがグルム相手に大立ち回りしているのだろう。
ヴァルカを助ける一瞬の間でグルムの姿をチラと見たが、身体のあちこちが龍気の瘡蓋を貼っ付けていた。ヴァルカがかなりダメージを入れていたことが伺える有り様であり、エリィがダメージを与えるのは難しそうな状態である。
「それでも、やることは変わらないわ……! 【土よ、母たる土よ】」
霊穿に舞い戻り、詠唱を開始する。それは、土を操る魔術の祝詞だ。カルラが迫る触手顎を四倍速によって翻弄しているのを横目に、エリィは正確に、そして莫大な魔力を注ぎ込んで魔術を完成させていく。これが、作戦の要になるのだから、慎重にならざるを得なかった。走りながらの並行詠唱もできなくはないが、それをして失敗するよりかは立ち止まって確実にやろうという魂胆である。
「【ヒトが意に従いて、汝は一切を粉砕する土塊の砲弾と成れ。我は大地の化身の力を請願す】!!」
一切の省略なしの、フル詠唱。魔力がエリィを中心にうずまき、グルムがほんの刹那、エリィに視線を向けた。だが、カルラがそんなことを許すはずがない。バスタードソードが四倍速で駆け抜けて、グルムに傷を刻み込んだ。龍気を無視する一閃は、グルムに痛みという注意を強制的に叩きつける。
「GUUUUUU!?」
「【沃土の豪弾】!!」
グルムが怯んだ刹那、エリィの魔力が現実を書き換える。バキバキバキ!!と霊穿の地面から土や岩が集まり、巨大な土塊が生み出された。エリィが手で指し示した、グルムがいる方向へその塊が射出される。さしものグルムもこの巨大な岩石弾をぶち当てられれば無事とは行かないだろう。
─────だが、エリィが狙ったのはそこではない。飛んでいった土塊は、グルムより手前の天井に炸裂する。ゴッッ!!という鈍い音が響き、着弾点にクモの巣状の亀裂が刻まれる。そして、グルムが暴れまわって弱くなっていた霊穿の天井は、その一撃で限界を迎えた。ビキビキ、と嫌な音が連続し────。
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」
「ハッ、流石にこれはお前も予想外だろ!?」
耳をつんざく大音量の轟音が連続し、天井が崩落する。グルムは巨体である。故に、天井が崩落して大きな岩が落下してくれば当然行動を制限されるし、触手顎に当たればそれだけでふっ飛ばせるだろう。
───────エリィが立てた作戦は、霊穿の天井や壁をわざと崩落させることだった。霊穿は霊脈龍山の頂上付近にある球状に抉れた地形で、当然上には岩があるし横に壁がある。それを攻撃によって破壊し、グルムの周りに降り注がせることが要だ。
この作戦のメリットは当然、崩落に伴う大振動が触手顎の探知を無効化すること。そしてそれに加え、グルムに落下する破片が激突することのダメージも期待できることもある。高速移動で跳ね回るときの足場にできることも見逃せないメリットだ。
デメリット、というかリスクはドデカイのが一つ。自分たちも落下する破片にぶつかればただでは済まないという点だ。加速できる二人にとって落ちる破片に当たることはそうそうないのだが、少しでも間違えればそこで破片に当たってジエンド。
ハイリスクハイリターンな作戦だったが、エリィもカルラも迷わずこれを選択した。なぜなら、互いにこの程度のリスクは侵さないと『信じ抜いて』いるからだ。
「オラオラオラオラオラァ!!」
ダンダンダン!!と、カルラが落下する破片を足場に立体的な軌道で跳ね回る。それに合わせてバスタードソードの斬撃が振るわれ、龍気の瘡蓋をすり抜けて傷を刻んだ。
触手顎は降り注ぐ岩石の振動でエリィたちの居場所を見失い、鎌首をもたげて身体を左右に動かしている。そんな状態の触手顎は狙い目以外の何物でもない。エリィは太もものホルスターから魔術薬をがぶ飲みして、魔術によって失った魔力を回復させた。ナックのロングソードを抜き放ち、構えを取る。
「【纏雷】!!」
バチッと、ひときわ強く電気が爆ぜる。それを合図に、エリィは地面を蹴った。狙うは四本の触手顎、それを一本でもいいからぶった切る。ガラガラと天井が崩落し続ける音のさなか、地面を蹴る振動も電気が流れる音も紛れる。故に、触手顎は近づくエリィのことにも気づかなかった。
「────?」
「華焔流────”柳”」
「!!」
その無防備な触手顎に向けて、雷のごとき一閃。全く持って警戒していなかった攻撃に、触手顎はいとも容易く傷をつけられる。さらに、迅雷の剣閃は繰り返される。触手顎の横を駆け抜け、降り注ぐ瓦礫を壁にした往復運動に攻撃を載せているからだ。集中するエリィの視界では、降ってくる瓦礫などゆっくりに見える。なんどやっても、破片が当たることすら無い。
「はあああああああああああああああッ!!」
裂帛の声が崩落の音の最中途切れ途切れに響く。放たれる一閃は尽くが根本近くの一点に集中していて、傷は長剣が振るわれるたびに深くなる。触手顎は対応したいが、周囲の振動がそれを妨害している。エリィの策が痛烈に刺さり、触手顎は剣閃のなすがままにされていた。
「これで、たたっ斬る! 華焔流────”八重芯・柳光露”!!」
長剣を腰だめに構えた。視界は集中によってゆっくりと見え、落下する天井の破片の隙間、それがくっきりとわかる。
刹那、駆け抜け────勢いのままに振り抜く。まさに雷霆の一撃が、重ねられた傷跡にぶち込まれた。触手顎はいくら〈六王龍〉の一部とはいえ生物の肉。高速で振るわれる長剣の一撃をそう何度も耐えられるほど硬くなかった。
ブチッ、という鈍い鈍い肉音が響く。一本の触手顎が、無造作に地面に墜ちた。
「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!?」
「まず一本!!」
「ナイス、エリィ!!」
痛みに悶えるグルムの悲鳴。さらにカルラの褒め称える声が高速移動時に特有の高音で聞こえる。触手顎の一本を断ち切ったエリィだが、その表情は晴れなかった。ナックの剣を構え、纏う雷を少しだけ強める。その視線の先には。
「流石に居場所はバレますか……!!」
「「「────!!」」」
三本の触手顎が、口内から龍気の光を溢れさせていた。完全にエリィのことをロックオンしており、触手顎を千切ったことで居場所を補足されたようだ。刹那、三本の【龍咆哮】がエリィの視界を白く染めたのだった。




