第39話 『暉餓龍』VS〈保存者〉―③
「かッ、危ねぇ……」
光が収まる。あとに残ったのは、圧倒的な破壊の爪痕。そして、帯を咄嗟に固く身体に巻き付けることでなんとか【龍咆哮】を凌いだヴァルカの姿だった。とはいえ無事というわけなどなく、防御に用いた帯はもちろん、服のあちこちが焼け焦げて素肌すら見えている。運悪く射線上に巻き込まれた武具たち、そして床の一部などはあまりの熱量に赤熱しながら溶けかけていて、それだけイカれた威力を【龍咆哮】は秘めていたということだ。
「ハ、その狙いだけは避けたかったんだがな……」
ヴァルカはここまで追い込まれたことから、ため息を放りつつ、あまり狙いたくなかったソレを狙うことに決めた。ソレとは、ありとあらゆる龍の弱点にして龍の素材で最も高く売れる部位……龍核だ。グルムの龍核は胸の巨大な顎の奥、喉奥で白く輝いているあれだ。
龍核を狙う者にとっては控えめに言っても最悪の位置だろう。虎穴に入らずんば虎子を得ず、いや、顎に入らずんば龍核を得ず。
「UUUUUUUUUUUU……」
【龍咆哮】を耐えきったヴァルカに向けて、グルムが動く。ヴァルカの傷に対し、グルムは全身を龍気で包みきっている。どちらが優勢かなど明言しなくても一目瞭然だろ。
霊穿の大地を踏みしめて、飢餓の王龍がその歩みを進める。王に反逆する賊は、王自らが誅し、喰らうに相応しい。対してあちこちを火傷している怪我だらけの逆賊は、まだ抵抗しようと魔力を滾らせていた。
魔力が放たれ、一本の帯が広がった。どうやら、全ての帯を防御に回したわけではないようである。そこに並べられているのは、長剣。王は、配下たる顎を幾度も傷つけたその帯の脅威を然と承知していた。故に、その帯に対する攻撃も、呵責も容赦もないものになるのは必然。
「「「「──────!!」」」」
四本の触手顎から、それぞれ小分けにした龍気の弾丸が連続で射出される。光り輝く破壊の球体は、ヴァルカのいる辺りに着弾、炸裂していく。ドンドンドン!!!という爆発音が轟き、ヴァルカの姿ごと土煙が覆い隠した。しかしそれでも龍気の弾丸は途切れない。普段は光条一本として圧縮している龍気を、小さな球体に分けているから量はかなり担保されているのだ。土煙が絶え間なく粉砕される地面によってどんどんと濃くなっていき、霊穿の地面付近を全て覆い隠すほど広がった。だが。
「【呼出:3and4】!!」
「!!」
声が聞こえ、土煙の幕を突き破って人影が飛び出してくる。乱雑に放たれる龍気の弾丸を避けることは負傷しているヴァルカでも簡単。土煙に紛れて靴に衝撃を仕込み、勢いよく飛び出したのだ。ヴァルカから広がる帯には当然、長剣の刃が並ぶ。
「【呼出:ALL MARKED】ッ!!」
ヴァルカは魔力を放ち、長剣を発射しようとする。しかし、それはできなかった。いくら魔力を放っても、魔法名を宣言しても。帯から長剣が抜けない、飛んでいかない。驚きにヴァルカは瞠目する。
「!? ……そうか、保存し忘れたのかッ!」
道中、長剣を用いて龍を倒した時。その時に長剣の尻に衝撃を保存し忘れた。たったそれだけのミスが、グルムにとっては致命傷の隙になる。無論、無防備になったヴァルカを襲いかかるべく、四方から触手顎が伸びる。ヴァルカは慌ててロングソードの柄を取り、引き抜いて構えた。
「───!!」
「くッ!!」
正面から襲いかかる顎を、なんとか横薙ぎの一撃で叩き飛ばす。だが、三方が無防備だ。左斜め後ろから伸びる触手顎の牙が、服を貫通しヴァルカの肩口に突き立った。
「〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
まるで炎であぶられているような熱とともに、痛みが神経を走った。真っ白になりそうな頭を抑え、ヴァルカは左手で刺さった触手顎を突き飛ばしつつ前に転がった。肩からだくだくと流れる血の感覚に眉を顰めながら、なんとか長剣を握って立ち上がる。フラフラと芯がなくなって立ちにくいのは、貧血とダメージの後遺症か。触手顎は一度突き立てたことで満足したのか、ふらつくヴァルカを囲うように四本が佇むだけで、襲いかかってこない。舐められている。いや、もう倒せると確信されている。
「痛ぇ……クソが」
だが、そんなズタボロになってなお、その目に宿る意志は消えていなかった。ヴァルカは、一度請け負った仕事は放り出さない。報酬を受け取るその刹那まで、諦めない。金を残して死ぬなんざ、まっぴらだ。だから。
「ここで死ぬわけには行かねぇんだよ!!!」
ヴァルカが猛る。その手の長剣をなんとぶん投げた。その投擲先は、グルムの頭。いかに強大な龍だとしても、頭は往々にして弱いものだ。今まで傷をつけられていないからこそ龍気も薄く、当たればかなりのダメージが期待できるだろう。しかし、グルムも馬鹿ではない。
「UUUUUUUUUUUUUU…………」
頭を横にずらして、剣の軌道から外れようとする。その動作こそ、ヴァルカが待っていたものだ。ヴァルカが空いた手で指を鳴らす。長剣が今までの速度ほどではないが加速した。触手顎との戦闘の間で保存しておいたのだ。
「UUUUUUUッ!?」
グルムが一瞬、動揺する。その刹那、ヴァルカの靴裏が爆発。跳ね上がるヴァルカの身体は、一直線にグルムの胸、その顎の奥に光る龍核を狙って飛んでいく。さらに、空中に飛んでいった長剣を一気に追いついて回収。口の中に入りさえすれば、龍核をいつでも破壊できるようにヴァルカはそれを構えた。だが、グルムもそこに弱点があるのは百も承知。動揺から復帰すると、それに気づく。
「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
頭の口から雄叫びを上げる。ヴァルカが飛行する後を追って、触手顎が爆発的に加速した。一本の触手顎を犠牲にした、龍気の爆発による加速。かつてベトルを、そしてエリィを苦しめたその戦法が、今最悪な形で振るわれる。ヴァルカがグルムの胸に入り込むよりも先に、触手顎がヴァルカに到達する方が早かった。
「邪魔だ、【呼出】ッ!」
だがしかし、後ろから着いてくるということは、ヴァルカの攻撃も届くということ。ヴァルカの雄叫びを合図に靴裏が再び爆ぜる。その衝撃は、ヴァルカと触手顎を両者ともに弾き飛ばす。ヴァルカにとっては加速であり、触手顎にとっては迎撃となるそれは、ヴァルカの突貫をもはや回避不可能な速度まで持ち上げる。靴が何度も繰り返される衝撃の発射に耐えきれずボロボロと崩れ落ちていくが、気に止めない。今見据えるのは、煌々と輝く龍核ただ一つ。
「はああああああああああああああッッ!!」
彼我の距離はほぼゼロ。ボロボロのヴァルカの決死の突貫が、決まる。
──────────しかし、長剣の切っ先が龍核に届くかに思えたその刹那。グルムの胸の大顎が、前触れなく閉じられた。当然牙を突き立てられたヴァルカの腕から鮮血が吹き出す。だらんと、ヴァルカの身体が吊り下げられた。ヴァルカは何度もガンガンと牙を叩くが、胸の顎の咬合力はすさまじく、びくともしない。
「GAGYAAAAAAAAAAAAA!!」
耳障りな哄笑が、真上から聞こえる。完全に捉えたことで、ようやくこいつを喰らうことができると歓喜に溢れているのだ。
この状態こそが、ヴァルカの狙いだと知らずに。
「───────そうすると思ったんだよッ!! 【呼出:1】!!」
刹那、グルムの胸の内部で魔力が高まり、長剣が炸裂した。内部からの衝撃で、龍核を傷つけられたグルムが痛みに口を開く。当然ずり落ちるヴァルカの身体。そのまま墜ちてしまえば、触手顎に再び掴まれて終わりだろう。
だが、彼の身体は空中で抱きかかえられた。龍骨によって。
「俺は一矢報いてやったが………………お前らはどうだ?」
「────────勝つぜ。俺が、美味しく頂いてやるよ。【加速:四倍速】」
豪胆な競争相手に軽く笑って、ヴァルカの意識はそこで途切れたのだった。




