第38話 『暉餓龍』VS〈保存者〉―②
「UUUUUUUUUUUUUUッッ!!」
グルムが吠える。ソレは、触手顎にダメージを執拗に与えてくる目の前の羽虫に苛立つ声だった。そして、それこそグルムが本気を出し始める合図であった。
今までは、触手顎で捉えて喰らうことに拘っていた。それは、捕食としての側面が強かったからだ。しかし今は違う。触手顎を往なし相応のダメージを与えてくる眼前の餌は本腰を入れて食べるべき相手と認識したのだ。故に、触手顎だけでは足りぬと、グルム本人が動き始める。その山のような巨体が、ズシンズシンと歩みを進め始めた。
「ようやく本気ってわけか、王龍様よォ!! 【呼出:3and4】!!」
対するヴァルカも出し惜しみなく、靴裏の衝撃を炸裂させた。一気にヴァルカの身体が飛躍し、彼我の距離は数メートルもないくらいに近づく。当然、そんなに近づけばグルムは容赦などせずに攻撃を加えるに決まっている。掠るだけで人を五人くらい殺せるであろう凶悪な爪を持つ左の腕を唸らせてヴァルカに襲いかかった。
「ッ、狙いが単純だなァ!!」
直線的に振り下ろされる龍爪は武術に精通していないヴァルカでも容易に回避できる。横に飛び回避し、走りつつ装備したままである戦斧を振り抜いた。グルムの脇腹に戦斧の刃が浅傷を付け、鮮血が散る。
「GUUッ!」
「まだまだァ!!」
ヴァルカが吠え、放たれる魔力。再三足裏が爆発し、今度は直上にヴァルカが飛び上がりながら斧の一閃を刻み込んだ。龍気の鎧を纏わぬグルムの鱗は当然その攻撃で赤い血を撒き散らす。飛び上がったヴァルカはグルムの身体を蹴りながら移動し、それに合わせて斧が何度も振り回された。
「UUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAッ!?」
ちょこまかと動くヴァルカはグルムの身体にピッタリと取り憑いていて、触手顎で引き剥がそうにも狙うことが難しい。グルムは重なる斧のダメージにも、大きく身体を震わせて反応するしかできなかった。その様子だけ見ればヴァルカが完全にグルムを翻弄していて、どちらが優勢かは火を見るよりも明らかである。
「ハハハハハハハハッ!!」
攻撃を加えながら、大笑するヴァルカ。〈六王龍〉として名高いグルムを一方的に叩いていることに気分が上がっているのだろう。金にしか興味がない男でも、一端の冒険者であり戦士。戦闘の高揚を、勝利の美酒を知らないわけがないのだ。むしろ、S級である彼は勝利を積み重ねてきた。誰よりもソレを知っていなければちゃんちゃらおかしいはずだ。
「─────!!」
「おっと、巻き込み覚悟か?」
脚甲や靴のあちこちに保存した衝撃を放って空中を駆け抜けるヴァルカを追うために、触手顎が背後からシュルシュルと伸びる。多少自分の体に当たってもいいから、羽虫を叩き潰そうとしているのだろう。だが、魔力さえあればヴァルカは両手が塞がっていても攻撃できる。
「【呼出:8】、さらに【呼出】ッ!!」
衝撃に弾かれ帯が広がる。そこに並ぶは刃の輝き。それらが炸裂する柄尻の反動で飛び出していった。触手顎は咄嗟の反応をすることができない。再びナイフが触手顎を襲い、すでに刺さったナイフの隙間を縫うようにダダダダ!!!とぶっ刺さる。更にヴァルカは手持ちの斧を振って龍気の無いグルムの体表を刻んでいく。
「ハッハー、弱すぎやしねぇか? この程度の働きじゃあ御駄賃も貰えないかもなァ!!」
「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU……ッ」
煽る、煽る。ヴァルカは戦斧を振り抜きながら、魔力を放ちながら、悪罵の、いや快哉の言葉を投げ続ける。グルムは低い唸り声を上げ、ジタバタともがくばかり。それがなおヴァルカに優位の感情を引き出させ、口角を釣り上げる結果につながるだけである。
───────それが、先に続くものではないとわからないのは、ヴァルカの罪であった。
「UUUUUUUUUUUUUUUUU……………AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
霊穿を揺るがす、大音声。天井からはパラパラと石粉が落下し、大質量たるグルムが暴れて脆くなった床にヒビが入る。ヴァルカはビリビリと振動する足場に気を取られた。ソレはしょうがない。しかし、それに注意が向いてしまったせいで横から高速で伸びる触手顎に身体を弾かれた。
「あくッ!?」
初めての、明確な被弾に声が漏れる。しかしこれくらいのダメージなら許容範囲だ、とヴァルカは意識を切り替えグルムを見据えた。かの龍はヴァルカを振り払えたことに満足する……というわけもなく、ヴァルカを睨めつけていた。その目に滾るは、爛々とした食欲。なんとしても絶対にこの相手は喰らってやる、という捕食者のソレが、ヴァルカを射抜いていた。
「は、たかが一撃………………────ッ!」
ヴァルカは余裕の言葉を取り繕おうとして……ソレを見た。見てしまった。今しがた戦斧によって刻んだ傷の尽くが、輝くエネルギーによって塞がれていることを、発見してしまった。
ゾッと背筋が粟立つ嫌な感覚を覚えたその刹那、触手顎が超速で襲いかかってきた。今までとは一線を画すような、目で追うことが難しいほどの速度。ヴァルカは咄嗟に手に持っていた斧を挟むが────
「─────!!」
それ自体が小刻みに震えている触手顎の皮膚に当たった瞬間に戦斧が弾かれる。その勢いのままに触手顎がその牙を突き立てんと迫った。だが、なんとか後ろに倒れ込むように回避することでそれを回避した。冷たい地面が背中を打つが、喰われるよりかはいくらかマシな痛みのはず。ヴァルカはそのまま地面を転がって、触手顎の強襲をどうにかこうにか避けていった。
「はッ……最悪だ、防御力が尻上がりで上がってくってことかよ……」
ボヤきながら立ち上がり、豪奢な服についた土汚れをはたいて落とす。忌々しげにグルムを睨むと、その双眸と目が合った。そしてヴァルカは脳内の認識を改める。この龍は、まさに〈六王龍〉にふさわしい超越した存在だと。故に、出し惜しみも細かい金へのこだわりも、捨て去る。本気で討伐しなければ、ならない。
「俺を本気にさせたんだ……その命で、ツケてもらうぜ。【呼出:ALL】!!」
バシュッ!!と、ヴァルカが装備した全ての帯が大きく広がる。その姿はまるで、孔雀のような。孔雀と異なるのは、その羽根一枚ひとひらが、鋭く冷たい刃を持つ武器であるということ。言うなれば……致死の孔雀というべき状態だった。刹那の静寂が、二者を静止させる。そして。
「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッッ!!」
「【呼出:ALL MARKED】ォ!!!」
グルムが胸の顎から猛り、ヴァルカが叫ぶ。先に動いたのはグルムだ。その大質量の身体を走らせ、ヴァルカを直接喰らわんと駆ける。それに対し、ヴァルカの魔法が結実した。
号令がかけられたその瞬間、ナイフが、戦斧が、長槍が、バスタードソードが、レイピアが、刀が、槌が、長剣が飛び出した。もはや数え切れぬほどの武器の嵐がグルムを倒すべく飛翔する。触手顎を振り回そうとも弾ききれぬ武器の弾幕に、だがグルムは躊躇しない。武器の雨を気に留めない。理由は簡単。
「UUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
その体に付けられた傷を塞ぐ龍気が、鎧として一切尽くを撥ね返すからだ。まるで金属同士がぶつかりあったような甲高い金属音が耳に届くと、武器がどんどんと墜ちていく。グルムの傷肌を包む龍気に食い込むことができず勢いを喪失してしまったのだ。
「ハッ、一回落としただけで強がんじゃねぇぞ!!」
ヴァルカが指を鳴らした。呼応して、地面に墜ちたはずの武器たちが息を吹き返して再度飛翔する。もちろん再度衝撃を呼び出したのだ。腹の下という注意が向きにくい場所から発射された武器たちは、龍気の隙間を縫ってグルムの素肌に連続して突き刺さっていく。
「これでトド、メ…………ッ!?」
再三指を鳴らそうとして、気づく。さっきから叫んでいるのは、胸についている巨大な口だ。だから音量が馬鹿でかかったのである。
では、頭の口から溢れている龍気の光は─────────
瞬間、ヴァルカを【龍咆哮】の閃光が包みこんだのだった。




