第37話 『暉餓龍』VS〈保存者〉―①
霊穿が揺れる。それは莫大な戦闘の振動によるものだ。いや、正確には─────
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
〈六王龍〉が一柱、『暉餓龍』グルム=ヴェールブが動くたびにその振動が発生しているというべきか。グルムは通常の龍と比べてもそのサイズは大きい。通常の龍が十五メートルから二十メートルほどのサイズなのに比べて、グルムのサイズはそれより一回り大きい三十メートルのサイズが有る。それだけの大きさと質量を持つ生物が暴れるのだ、振動も相当だ。
そんな振動を発生させてまで食べたい相手は、今目の前で不敵な笑みを浮かべている緑髪の男。
「うるせぇ龍だな。鳴き声のでかさで〈六王龍〉ってのは選ばれてんのか?」
ヴァルカの言葉を理解しているのかいないのか、グルムはシニカルに笑うヴァルカめがけて触手顎を一気に伸長させる。猛然と迫る四つの顎を目前にしても、彼の余裕は崩れなかった。なぜなら、自分の実力を疑っていないからだ。S級の自負が、〈六王龍〉であろうとも敵でないと信じ込ませている。
「【呼出:7】!!」
衝撃を呼び出す魔法名を叫び、帯が威勢良く広がる。そこに並ぶは幾本ものナイフ。無論その全てに衝撃が保存されている。彼を知るものからすればまるで槍衾のように感じられるだろう。だが、〈六王龍〉たるグルムが人間の一個体を観測することなど無い。触手顎はナイフを並べられようとも、止まらない。
「「「「─────────!!」」」」
「【呼出:ALL MARKED】!!」
シュボボボボ!!という発射音が連続し、ナイフが迫る触手顎を切り裂かんと飛翔する。ナイフの柄に保存している衝撃は他に保存している衝撃よりも大きく、更にナイフの軽さも相まってその速度は疾風のごとくだ。
触手顎がうねり始めた。飛来するナイフをその顎で噛み砕き、口で受け止められないものは素早い動きで回避する。振動を探知する触手顎にとって、自ら振動を生み出しながら飛来するナイフは容易に避けられるものだ。……………だが。
「俺の狙いが分かってないみたいだな」
不敵に笑うヴァルカが右手を掲げ、指を鳴らしたその刹那。避けられてそのまま地面に落ちてしまうであろうナイフが、直角に曲がった。ナイフの尻ではなく側面に保存しておいた衝撃によって、無理やり進路を変更したのだ。当然のごとく触手顎は反応できず、伸びている触手の肌にナイフが幾つも突き立った。
「GIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
「まだまだァ!!」
ヴァルカが吠え、ナイフが風を切って唸る。 連続して突き刺さるナイフを弾こうと触手顎がブンブンと振り回され、霊穿がそれに合わせて大きく揺れる。ぐらつく足元にも、頭上から降ってくる石の破片にも意を介さず、龍とS級冒険者は互いの得物をぶつけ合った。
触手顎が距離を詰めて喰らおうとすれば即座にナイフが横っ腹から突き刺さり、家と言ってナイフがグルム本体を狙おうとすれば触手顎が噛み砕く。二者のぶつかり合いは白熱、拮抗……いや、手数の多さでヴァルカがやや優勢といったところか。
「UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUッッ!!!」
「しゃッ!! 【呼出:ALL MARKED】ォ!!」
互いの奮いたつ声が響き、戦闘は荒々しさを増す。触手顎の至る所にナイフが突き刺さり、ヴァルカも肩で息をしていた。ヴァルカは息が切れているだけで怪我はないが……いつダメージを受けてもおかしくない状況ではある。だがそんな状況下でも、彼は笑みを絶やさない。戦闘の高揚に、身を委ねているからだ。
攻防の嵐が一過すると、訪れるのは探り合いの静寂だった。
「─────UUUU」
「……………」
ヴァルカはナイフを投げきった帯をたたみながら、ジリジリと横に移動する。触手顎はナイフが刺さったままヴァルカの動きを追随してきた。ゆっくりと、まるでカエルを狙う蛇のごとく。
「───────AAAAAAAAA!!」
ヴァルカがなかなか攻めに転じず好きを疑うばかりなのに業を煮やしたのか、グルムが動いた。その触手顎が、根本から不気味に蠕動し始める。
ヴァルカが知る由はないが、触手顎は振動を探知している。いや、それでは少し語弊があるか。触手顎は自らが振動を発し、その反射を感じることで周囲を感じ取っているのだ。ならば、そうして自ら放つ振動の出力が上がればどうなるだろうか。答えは今から確認できるだろう。
「…………ナイフが、落ちちまう」
ヴァルカが驚きの声を漏らす。小刻みに、そして力強く蠕動する触手顎から、ポロポロと突き刺さったナイフが抜けていくからだ。そこまでして、ナイフを取り払う理由は一つだ。動きの邪魔をされないため。
「「─────!!」」
早速とばかりに二本の触手顎が伸びる。その口腔は龍気の輝きを纏っていて、仄暗い霊穿の中でも軌道はよく見えた。見えたが、これをヴァルカは歓迎できない。笑みを消して、苦い顔になった。
「俺は近接苦手なんだよ!!」
「OOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
雄叫びを上げるグルムの本体に呼応して、輝く口腔が迫る。それらにたまらず悲鳴を上げて、魔力の波動を放つ。告げられる魔法名によって魔法が発生、帯の一本が弾かれて広がる。そこに保管されている武具は、戦斧。ヴァルカはそれを乱暴にひったくると、両手に構えた。
「ふんッ!!」
息巻いて放たれる斧の一閃。横薙ぎのソレは、斬るというより叩くような形で右の触手顎を吹き飛ばす。更にその勢いを利用して、くるりと一回転。左から迫っていたもう一本の触手顎も同様に飛ばされた。
ヴァルカは、近接が苦手だ。それは、条件付きで確かに間違いない。その条件とは、S級冒険者内で比較すればの話ということ。彼はいつも、とあるS級冒険者に近接勝負でボコボコにされているので、その自信を無くしているだけなのであった。
「「─────!!」」
「今度は【龍咆哮】かよ……!!」
近寄ってきた二本の触手顎は注目させないためだったのか知らないが、ヴァルカは奥で口腔……いな、砲門を開く別なる触手顎たちに気づいた。即座に龍気の光条たる【龍咆哮】が放たれた。通常の龍のソレとは異なり触手顎が放っているので細くなっているが、十分な威力を秘めているに違いないだろう。迫る破壊の光にヴァルカは苦虫を噛み潰した顔を浮かべて、魔力を放った。
「【呼出:3and4】!!」
ヴァルカの靴裏が爆発し、射線上から咄嗟に身体を移動させる。数瞬後、ヴァルカがいた地点に咆哮の光が炸裂。避けたというのに破壊の衝撃がヴァルカの身体を叩く。巻き上げられた土煙が辺りを覆い隠した。
「──────!!」
さらにソレだけでは飽き足らず、グルムはもう一本の触手顎からその土煙に向けて【龍咆哮】を撃ち込んだ。ドッッ!!という破砕音が響き、霊穿がビリビリと震える。土埃はグルムの視界を塗りつぶして、敵を倒して
だが、土煙を破るものが幾つもあった。それは、霊穿に差し込む陽光を反射しきらめく刃の雨。ヴァルカの放つナイフだ。
「ハッ、自分から攻撃の起点を見えないようにするなんて……やっぱテメェはお飾りの〈六王龍〉みたいだな」
突如現れた銀の殺意に、触手顎は反応しきれない。幾つかを飲み込むことには成功するものの、先程の再現のごとく触手顎をナイフが抉っていく。触手顎が暴れたことで風が生まれ、土煙が晴れていく。
「このまま押し切らせてもらうぜ」
ヴァルカは笑む。順調さに疑いを持たないことが命取りになるとは知らずに。




