第35話 冒険者のブルース―②
「ハン、いかにも浅知恵って感じだな。これだから貧乏人は」
ヴァルカは飛翔しながら独りごちる。炸裂させた衝撃の反動で空中を駆け抜けているヴァルカの視界には、スタート地点で立つ二人の姿を完全に捉えていた。勝負を捨てるということは、薄々予想していたことでもあるが……こうもはっきり捨てられると不快感が生まれてくるものだ。金のない貧乏人は発想も貧相なのか、とため息を捨てたくなる。どうせ、自分が『暉餓龍』を削ってくれたのを利用するとかそういう作戦を立てているのだろうとヴァルカは大雑把に予想する。
ヴァルカは肩をすくめて前を向き……近づいてくるものに気づいた。
「「「KYUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!」」」
「飛竜か、邪魔臭いな」
竜の中でも手が生えているべき部分に翼が取り付けられた、飛竜が五体ほどヴァルカの進路を塞ぐように前に広がっていた。甲高い鳴き声が、風切り音に紛れて届く。ヴァルカは面倒だと呆れの声を誰に聞かせるでもなくこぼす。実際、ヴァルカが飛んでいるのは反動なので、何かにぶつかってしまえばその場で停止して落下してしまうだろう。
「とはいえ、お前ら程度に保存したものを使いたくないな……」
「KYUUUUUUUUU!!」
五体の内の一体が、ヴァルカに喰らいつこうと飛び出す。ヴァルカは空中で身じろぎすることなく、魔力を放つ。飛竜がいるというのにその顔に焦りはない。当たり前だ。なぜなら、S級冒険者とは、いかなる状況にあろうともどんな冒険者よりも強いものが得られる称号なのだ。飛竜の数体など、身動きせずとも倒せる。
「【風よ、敵を断つ刃となれ】」
魔術の部分略式詠唱。一息にその言葉が紡がれた直後、ヴァルカに肉薄していた飛竜の身体が真っ二つに割れた。空中の風を利用した刃がヴァルカの魔術によって発生し、それが飛竜の命を散らしたのだ。そして、それはすべての竜に同様に牙を剥く。ザシュ!!という斬撃による命を散らす音がヴァルカの眼前で響き、飛竜たちが一様に首から一刀両断。意思を失った竜の体はヴァルカの勢いを一切たりとも落とせることはなく落下していった。
「あーあ、素材がもったいない……」
自分で倒しておきながら、嘆きの声を落とす。こういう小さいロスが積もりに積もって、気づけば負債を重ねているということになりかねない。可能であれば回収したいところだが……この飛翔の勢いを殺してまで回収するほどかと言われれば、容易に頷けることではないのも確かだった。少し考えて、飛翔を継続することをヴァルカは決める。妥協だ、妥協。それに、後から回収できればそれでいい。
「時には割り切ったほうがいいのもあるからな」
言い訳じみた独り言をこぼして、再び前を向いて風を顔で感じた。風切り音と流れる視界の下の方、地上では地竜やら龍やらが闊歩している。その中を歩いてくるであろう命知らずな龍骨野郎の顔が浮かんできて、思わず舌打ちをしそうになってしまった。
───────ヴァルカ・ガルグイユはS級冒険者だ。その実力は組合に保証される形で折り紙付きながら、彼に喧嘩をふっかけてくる輩は多かった。その理由は単純明快だ。彼が「金で動く人物である」ということがこのアネクメニア大陸全土にその名前とともに広まっているからだ。
その名声を聞いた冒険者達はこう考える。金さえ積めば、 S級に挑める。S級に勝てば自分もS級相当だ……云々。
ヴァルカはこういう輩を唾棄している。S級とは、後から付いてくる地位でしかない。S級がS級たらしめるのは、その隔絶した才能と努力の故なのだから。そのことを微塵も理解していない品性が貧しい人が、短絡的に地位を得ようとすること自体が醜い。
「だが、あの龍骨野郎は違ったな。S級の地位じゃなく、獲物を横取りされるのが嫌だと来たか……」
ハン、と鼻で笑う。この世は貧肉富食。どうせ『暉餓龍』の討伐報酬金を目当てにあんなことを口走ったに違いないのだ。ヴァルカは知っている。いや、信じている。金の魔力に、抗える人間などいないことを。そうでなければ…………───────。
「…………ああクソ、らしくねぇ感傷だ」
らしくない感傷を抱いていたせいかもしれない。いつの間にやらもう山の肌が近くに見えてきていたのにようやく気づいた。ヴァルカの高度が下がり、霊脈龍山の標高も上がってきたがゆえの事象だろう。
そして、着地点と思しき場所に、灰色と褐色、二体の龍が待ち構えていた。いや、待ち構えているという雰囲気ではない。というのも、ヴァルカに気づかずに、互いに向かい合って雄叫びを上げているからだ。目は血走り、剣呑どころの話ではなかった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
そのまま二体は交戦し始める。灰色の龍が褐色の龍に噛みつくと、お返しとばかりに褐色の龍が鋭い爪で龍気ごと灰龍を抉る。更に褐龍が灰龍に牙を突き立てる。巨大な質量の生物同士がぶつかり互いを削り合うその様は、空中にいて地面の揺れを感じないはずのヴァルカですら振動を感じるようだった。
「なんだ、同士討ちか……?」
ヴァルカの訝しむ声。このとき、ヴァルカは知らなかった。『暉餓龍』が空腹であるということと、そのときの霊脈龍山の様子を。だから、訝しみは持ちつつも……口角が上がってしまうのは仕方のないことだろう。ヴァルカに取って、龍は金のなる木。それが二体も、しかも互いに命を削り合っている。
「一気に狩るか!! 【呼出:3and4】!!」
魔法名を、高らかに叫ぶ。同時に衝撃が爆発するのは、ヴァルカの靴裏だ。先程のスタートダッシュも、この保存した衝撃を放ったもの。シュボッ!!という空気を一気に切り裂く音をかき鳴らしながら、ヴァルカは飛来する。
「「GAAAAAAAA────AAA?」」
二体の龍も遅ればせながら、超速で迫る砲弾に気づいた。慌てて龍気を集め始めるが、それに意味はもうない。ヴァルカの身体が地面に着弾し、加速による巨大なインパクトが発生し──────────なかった。身構えていた二龍は、その物理法則を無視した有り得ない様に生物として驚嘆する。
「「!?」」
「【呼出:6】」
無慈悲に響くはヴァルカの魔法。バッ!!と帯が一本展開し、ギラつく刃が呆ける二体の龍へとその切っ先を向けていた。だが、その刃の主は、ナイフではない。むしろ真逆。剣士が持っているような、長い刀身をもつロングソードだった。
「【呼出:ALL MARKED】」
長剣が、龍たちの顔に向けて発射される。上向きに龍気をかき集めていた龍たちに、これを防ぐ手はなかった。ほどなく、顔面をずたずたに切り裂かれて──────二体の龍は死体に変貌したのだった。
「にしても、龍同士がお互いを食い合うなんてな……」
ヴァルカは、龍の素材──特に鱗は高値で売れるが、肉は売れるはずもない──を採取しつつ、ロングソードを回収する。差し直してから、帯を畳まなければならないからだ。ちなみに、このナイフやらロングソードやらを帯剣している帯は、特注製品の魔道具である。魔術によって内部の体積をほとんどゼロにすることで、巻いて腕輪状にできているというわけである。
……………ここで、ヴァルカは一つ過ちを犯した。長剣に、衝撃を保存し直すのを忘れたことだ。それが、暉餓龍との戦いにどう響くのかは─────未来のみぞ知る。




