第34話 冒険者のブルース―①
「おうおう、おっそい到着だな」
「知らないのか? 救世主は遅れてやってくるっていうジンクスをよ」
「……どちらかといえば重役出勤よ、それ」
エリィは遅れてやってきたくせにめちゃくちゃ偉そうなヴァルカを半眼で睨む。S級冒険者は常識がないのか?戦闘力が異常なせいで常識もそれに引っ張られているのか?時間を守るのは人として最低限の礼節だと思うのだが……まあ、こいつに苛立っていてもしょうがないか。
ヴァルカはまるで荷物を持っていないような様子であり、こちらの目を疑う。S級とはいえ、今日だけで霊脈龍山を攻略することはできないはずだ。最低でも一日、『暉餓龍』に戦力を温存するためにゆっくり登れば三日はかかるはずだ。しかし食料の様子も天幕を折りたたんで持っている様子もない。持っている……というかつけているのは、大小さまざまな腕輪や腰袋くらいだ。後は全く関係のなさそうな指輪がジャラジャラとしているがそれは無視。
「お前、荷物はそれでいいのか?」
「消費、浪費のたぐいはこの世で最も嫌いだからな。とっとと終わらせるに限るだろ」
むしろお前らの装備は大き過ぎる、といった風な顔で、ヴァルカはフンと鼻を鳴らした。実際、カルラの背嚢は天幕でかなり嵩張っているので、言い返せない。〈龍牙万餐〉は肉を現地調達できるので、食糧事情は他のパーティよりも幾分楽なのが多少の救いではある。
「無駄話はいいだろ、とっとと始めようぜ」
ヴァルカがそう言って、霊脈龍山に向き直った。その瞳は先程までヘラヘラ薄ら笑いを浮かべていたソレとは全く違う、真剣な眼差し。ゾッとするほど鋭く、剣呑な眼差しに、この男が間違いなく場数を踏んできた人間だと否応なしに理解させられた。
ヴァルカは懐から一枚の硬貨……いや、コインを取り出す。ニーマ硬貨ではない、見慣れない、くすんだ銀色の硬貨だった。
「開始の合図は、このコインが地面についた瞬間だ。見逃すなよ?」
「そっちこそ、フライングなんてつまんねぇ真似、やらないよな」
「んなセコイ真似、貧乏人のやることだろ。金がある人間は余裕もある。つまり俺は余裕たっぷりの人間ということだからな」
どんな暴論だ、それは。わからないでもないが、それを大真面目に言い切るこの男の精神性が図りきれなかった。そしてエリィはなんとなくに察する。この二人は、水と油。よく似ているようで決して混ざらない、不倶戴天のライバルということに。お互いを罵り合うその様は、そのようにしか見えなかった。
「行くぞ」
ヴァルカが硬貨を弾く。それは空中でくるくると回転しながら舞い上がり、三人の視線を受けながら重力に惹かれ始める。そして─────コン、と落ちた。
「【呼出:3and4】!!」
「【纏雷】!!」
魔力の波動。ヴァルカの魔法名と、エリィの魔法名が重なる。そして、ドンッッ!!という音が炸裂した。辺りが暗くなる。いや、違う。土煙があたりを覆い隠したのだ。エリィの身体に纏われる電撃が土のカーテンを照らそうとするが、無駄だった。
「霊穿で待ってるぜ」
そんな言葉が真上から聞こえたかと思うと、土埃が晴れる。一陣の風が視界をクリアにし、様子がわかったのだ。ヴァルカがいたと思しき場所には姿はなく、地面に亀裂がクモの巣状に入ったクレーターがあった。彼の声が上に移動したように感じられたことと、目の前の地面から……彼が魔法を使って何某かの衝撃を生み出し、その反動で吹っ飛んでいったようだ。エリィは隣で突っ立っている、カルラを見やる。
「行ったわね」
「計画通りだな。おーし、ゆっくり行くか」
エリィがわざわざ魔法を使ってまで、一芝居打ったのだ。騙されてくれなきゃ困る。カルラは演技が下手なのはもうわかっていることだったので、勝負に乗せること以外は黙ってもらっていたのだ。ここまではほとんど予定通り。後は『暉餓龍』とヴァルカの調子次第といったところか。
@
───二日前、カルラがヴァルカの口車に乗って勝負を取り付けた後。買い物を終えて宿屋に戻ってきたエリィたちは、椅子にどっかりと座って方針の座談会をしていた。
「さて、私達の方針を決めましょう」
「とにかく早く『暉餓龍』の方に行けばいいんじゃないのか?」
カルラが当然の疑問をぶつけてくる。ルールを聞いたら、誰もが思いつくような愚直な作戦だ。だが、ソレでは勝てないだろう。ヴァルカにも、グルムにも。エリィは確信しているからこそ、首を横に振った。
「いい、勝負はあっちから提案してきたのよ。つまり、勝つ算段がある上でふっかけているに決まっているじゃない」
「わかんねぇぞ? 俺みたいに勢いで言っちまった可能性だってあるじゃねぇか」
「まあその可能性は捨てきれないけど、そうなったのなら警戒しすぎちゃいましたで済む話。私達視点で最も最悪な場合を考えましょう」
作戦を立てるとき、最もいい場合を想定して動くのは馬鹿だ。少しでも状況が悪くなってしまえば瓦解してしまうから。だから、今想定すべきは最も最悪な状況。よく言うだろう?石橋を叩いて渡ると。備えあれば憂いなしと。
「……………ということはつまり、ヴァルカが先に『暉餓龍』グルムの元に辿り着いて、先にグルムを倒されちまう場合だな」
「特に、私達が着く前でグルムがやられたら、目も当てられないわ。私としては、ヴァルカとの勝負自体はそんなに乗り気じゃないから……グルムを倒せればいいのよね」
「悪かったな、勝負に乗り気な野郎で」
エリィがそう言うと、カルラはバツの悪そうに、口をへの字に曲げる。だが、責めているわけではない。むしろ、よく言ったとは思っているくらいなのだから。ただ、現実的な話をすれば…………。
「ヴァルカとの勝負は諦めない?」
「…………マジで言ってるのかよ、エリィ」
「だってさ、ヴァルカが私達の勝負に勝ったとしても彼が倒せなければ私達になんのデメリットもないじゃない。彼が倒しそうになったときには、私達が介入すればいい話だし」
エリィが言ったことは、道理のはずだ。その証左に、カルラも難しい顔になって、腕を組んで唸っている。確かに、ヴァルカとの勝負を引き受けた。だが、別にあれに負けたところで金銭のやり取りやら罰則やらがあるわけではないのだ。そう考えれば、エリィが言うように勝負を捨てたとしても何も問題があるわけではない。ただ、受けた勝負を捨てるということについてプライドが許せるかどうかの問題になっているのだ。
「もう一度言うけれど……私にとっては、ぽっと出のS級との勝負なんかより、グルムとの再戦のほうが百倍大事よ」
「……そうだな、それもそうだ」
幾分かの沈黙の後、カルラは自分の意見を曲げるようにゆっくりと頷いた。彼なりに勝負への矜持というものがあったのはわかるし、男がそういうものを気にすることも知っている。その点を曲げてしまったのは、胸が痛くなる。だが、エリィは左手の喪失感に、誓ったのだ。グルムを、この手で倒すと。それだけは、譲れないと。
「ただ、ヴァルカのことを完全に無視するわけにもいかないし…………そうね、利用させてもらうとしましょうか」
エリィは、申し訳なさを振り払うように、悪辣な笑みを浮かべる。見るものが見れば、外道だと思うような笑みを、カルラに向けたのだった。




