第33話 交差する冒険者―②
「俺の聞き間違いか? お断りだと聞こえたんだが…………」
「ああ、よく聞いてんじゃねぇか。耳の穴先にかっぽじってたのか」
カルラが笑う。まさに嘲笑と言うべき他ない笑い方に、完全にヴァルカの動きが固まる。だが、エリィも言い過ぎだとは思わない。横から出てきたぽっと出の野郎に自分が食べようとしていた料理を食われようとしているのに、怒らない人間がいるだろうか?いや、いない。
「はあ……………金の価値を知らない人間は理解できないな」
そうこぼした瞬間、ヴァルカから大きな魔力の波動が放たれる。ビリビリと肌が震え、エリィは恐ろしいまでの殺意に思わず竦んでしまいそうになった。龍に負けず劣らずの威圧感を放つヴァルカに、だがしかし、カルラはビビらない。恐怖しない。一度折れて立ち直った精神は、より強固になっているのだから。
「S級に立ち向かうほど愚かな奴は初めて見たぞ」
「ハン、S級がなんだ? そうやって権力を引き合いに出すヤツに碌なもんはねぇだろ」
「権力じゃない……力量差がわからないか、と言っているんだ」
ヴァルカの放つ魔力量は、人間の限界値というべき他ないほどの膨大さだ。だから、これを力量差として汲み取れないのかという呆れの現れのような言葉を紡いでいるのだろう。だが、暖簾に腕押し、糠に釘。
「力さえあれば……上から暴論振りかざして、他人の目標をかっさらっていい立場だとでも勘違いしてんのか。だとしたらお笑いだな」
「俺が丁寧に忠告してやっているというのに……恐れ知らずな野郎だな」
「恐れなんてねぇよ。俺はすべての〈六王龍〉を喰らうために旅してんだからな」
ヴァルカは肩を竦め、放っていた魔力を抑えた。肌を震わせる威圧感は消えるが、ヴァルカの雰囲気は変わらない。ヴァルカ視点からすれば話の通じないカルラに呆れたのだろう。そして、振り返ってこちらを見据える。その双眸が、龍骨を捉えた。
「─────なら、勝負するってのはどうだ」
「勝負?」
「ああ。このまま話しても平行線だろうしな。俺は金を独占したいから一人で討伐したい、お前らは因縁があるから二人で討伐したい。冒険者同士の利害が対立してんなら、決める方法は勝負一択だろ」
「ああ、そうだな。勝負の内容は?」
「二日後の正午、霊脈龍山の麓から同時にスタートし……先に『暉餓龍』にたどり着いた方が『暉餓龍』の討伐をするっていう、シンプルなルールだ。もちろんその道中でお互いを妨害してもいい」
「……なるほど、道理だ。遅れて到着した方は、指を咥えて見てろっていうことか」
「そうだ。あり得ないと思うが……もし同時に到着した場合は、その場で『暉餓龍』に攻撃されたほうが相手をする。『暉餓龍』がそれほど脅威に見るということだからな」
「オーケー、完全に理解した。いいぜ、その勝負。乗ってやるよ」
「二日後に首を洗って待ってるんだな」
そう言い残して、ヴァルカは扉を開いて出ていった。張り詰めた空気は一気に霧散し、魔術屋に沈黙が降りる。カルラはエリィの方を向いて、はあとため息を吐いた。彼であっても、疲れたのだろう。
「嫌なやつね、アイツ……」
「全くな。S級だかなんだか知らねぇが、俺達の獲物を取ろうとするなんて最悪だぜ。後から来たんなら遠慮しろよな」
「ただ、依頼を受けたって言ってたわ。ということは組合がアイツを頼ったってことよね」
それだけ組合側も『暉餓龍』討伐を急いでいるということだし、本気で取り組もうとしている証左だろう。S級冒険者を動員するには常識では考えられないほどの報酬を必要とする。組合が金に糸目をつけずに人命を重視する姿勢なのは理解できた。
エリィは受付の彼女たちに「私たちがやる」といったはずなのだが……まあ、〈龍牙万餐〉、というかカルラは組合に所属して日の浅いことから、信用されていない可能性もあるのはわかる。だが、あの部長と呼ばれていた男はカルラの力を見抜いていたはずだ。
「保険にしては大きすぎる出費だし、私達が保険扱い、あるいは博打として認識されているのかも」
「しゃあないといえば、しゃあないことだが……悔しいな。正当な戦力として数えられないことが」
「理屈ではわかってるし、不当な扱いってわけではないけど……不満ね」
カルラもエリィも、自己の腕には自信を持っている。特にカルラなんて、龍を喰らって当たり前だという領域にいる。一度は夢が破れかけ自信を喪失したが、エリィが奮い立たせてカルラの自信は戻っている。だからこそ、組合からの扱いに渋い顔を浮かべているのだろう。
「お客様、刻印魔術が完了いたしました」
おっと、もうそんなに時間が経っていたか。エリィたちはおずおずと話しかけてくる店員の方へと振り向いて、バスタードソードを受け取る。そのついでに魔術薬と魔道具を幾つか購入し、その魔術屋を後にした。
「とにかく、今はアイツとの勝負にどうやって勝つかを考えましょう。組合の信頼度云々は、後からついてくるものだしね」
「ヴァルカ・ガルグイユ……S級なら、能力を公開してたりしないか?」
「全員が全員公開しているってわけじゃないけど……そうね、ヴァルカの二つ名は知っているわ」
「二つ名?」
「ええ。〈保存者〉と呼ばれていたはずよ」
冒険者に対する二つ名というものは、大抵戦績や能力をもじってつけられることが多い。特にS級冒険者に関しては、その能力でS級に登っていることがほとんどなので、能力名が二つ名になっていることが多いのだ。そして、そんなヴァルカの二つ名は保存者。つまり……。
「何かを保存するのでしょうね。例えば、武器とか、あるいは攻撃そのものとか」
「なんにせよ、とにかく保存されたものを使われて妨害されないようにするか。話している感じ、ヴァルカの性格は金に執着するタイプだ。俺達の妨害をするついでに龍を幾つか倒して小金を稼ごうとしてもおかしくはないな」
「S級なのにそんなけち臭いことするかしら……まあ、妨害はあると思ったほうがいいわね、そもそも鎮圧部隊の時みたいに龍が立ちはだかる可能性は高いし」
聖樹の薪があれば龍の妨害は退けられることも多いが、聖樹の薪はとにかく値が張る。第二次空腹期鎮圧部隊に関しては組合から支給されていたので金に糸目をつけることなく薪を燃やすことができたが、今回は違う。私的な攻略であるゆえにすべての準備を自腹で行わなければならないのだ。だからこそ、振動探知対策も難航しているわけであるし。
エリィは考えることややることの多さに、思わずため息をこぼす。何なら諸々の愚痴までこぼしたい気分だが、カルラのやる気が削がれる可能性があるので心のうちにとどめておくが。
「後2日、やることはいっぱいよ。まず、触手顎対策の確立とグルム本体の攻略方法を考えること、食料……はいらないか。現地調達できるしね」
「エリィ、気になってたんだが……左手なくしてから戦ってないよな。感覚は大丈夫なのか?」
「問題大有りよ。なんならそのせいで、カルラに食べさせた龍を倒すときめちゃくちゃ苦労したんだからね」
「……………それは、すまん。俺が悪かった」
「謝らなくていいわよ、愚痴だし。私の華焔流は利き手じゃない手はあまり使わないからそこまで影響はなかったけど、バランス感覚とかね」
エリィは自らの左手を見やる。手のひらから肘にかけては半分がえぐれ、それを包帯できつく縛ることでかろうじて固定している。包帯の端が風になびいている様が、嫌に目に付く。今もずきずきと幻肢痛が訴えているし、あるべき場所がないという喪失感は、今までの人生で感じたことのない感覚であった。
「とにかく後2日、やるべきことを詰め込むわよ」
「おうよ。頼りにしてるぜ、エリィ」




