第32話 交差する冒険者―①
「とっとと準備するわよ。グルムを倒すのなら空腹期のうちにしなきゃね」
「そうだな。奴がこれ以上力を持ってしまったら俺でも敵わない可能性が高いしな」
頷く龍骨を横目に、フェノリアの大通りを歩く。カルラが引きこもっていた間、エリィも暉餓龍の対策を考えては居たが……どれも根本的な対策をするということが出来ていない。暉餓龍の強みは、その自在に動く四本の触手顎が振動を感知して四方から襲いかかること。そして、傷つけば傷つくほど龍気を纏い堅牢になっていくことの二つだろう。
「触手顎を抑えるためには、振動で誤認させるか誰か一人が受け持つかしないといけないわね……前者は楽そうだけど、長く出来るわけじゃないし……」
「振動で誤認?っていうと……」
エリィが暉餓龍の対策を考えながらぶつくさ言っていると、カルラが疑問を呈してきた。そして、その言葉で思い出す。カルラには、触手顎の仕組みを推測できた云々の話をしていなかったことに。
「ああ、そうね。貴方には説明してなかったわね。私の推測の話なんだけど、あの触手顎は、こっちの動きや位置を空気の振動で感知しているんじゃないかっていうのなんだけど……」
「いや、理屈の話じゃねぇよ。俺が理屈の話で理解できると思ってんのか?」
「なぜにちょっと半ギレなのよ……じゃあなんで聞き返したの」
「俺が聞きたかったのは手段のほうだよ」
それを聞いたエリィは、自身の考えを披露する。自分で立てた作戦が他人に認められたときほどいい気分になるものはあまりない。その作戦とはこうだ。
「そうね。簡単に言ってしまえば、振動を放つもの……例えば爆弾とか、そういうのを戦場にばら撒けばいいのよ」
「なるほどな。振動でこっちを探知するのなら、それを妨害すればいいっつーわけか」
「ただ、これにも難点があって……一つ目が、振動を個別で探知できるほど触手顎が器用だった場合。その場合だとすると、こっちの策はほとんど無意味になるわ」
「二つ目は?」
「爆弾とかで妨害するとき、振動を常に放ち続けることができないってことね。当然、いっぱいあればその分振動を生み出し続けられるけど、そんな資金ないしね」
だからこそ、あまりおすすめはしないのだ。戦闘中に常に振動を生み出し続けるほどの量の爆弾となると、それこそ金が湯水のように溶けてしまうだろう。
「だからもう一人か二人くらいを協力者として触手顎を担当してもらうのが一番丸いんだけど……」
「そんな都合のいい奴、いるわけもなし、と……」
今から挑むのは『暉餓龍』。しかも、依頼とか関係無しにエリィたちが倒したいから倒しに行くという、常人が聞けば自殺まがいだと思ってしまうようなことだ。そんなものにホイホイついてくる奴などいるはずもなし。
とりあえずその対策は後回しとして、今は必要な物資を買い漁るとしよう。
「そういえば、あの決闘の時の刻印ってしてなくないか?」
「ああ、たしかにそうね。今やっちゃいましょうか」
「俺のバスタードソード、まだ刻印してないからな。欲しいのは【靭性強化】と【軽量化】あたりかな……」
「貴方のそれ、刻まれてなかったのね……【加速】してるときに軽快に振り回してたから刻まれてると思ってたわ」
刻印魔術とは、武器防具に刻む紋である。使い手が無意識に放つ魔力の波を利用して、武器防具を強化する魔術の一種だ。カルラが上げたような【靭性強化】や【耐久力増加】といった武器の耐久力に関するものや、【軽量化】【振動付与】といった武器の特性を追加するものなどが人気である。
ちなみにエリィの愛用しているレイピアにも、【靭性強化】の刻印魔術が第五画、つまりほとんど最大で刻まれている。エリィの使う華焔流は突きの型だけでなく剣閃の型もあるためふうつのレイピアだと折れてしまう可能性がある。だからこそ、【靭性強化】をかけることで無茶な剣閃で刃が折れることを防止しているのだ。
「じゃあ、そこの魔術屋行くか」
カルラが親指でピンピンと示すところには魔術屋の看板。すぐ近くにあるのは僥倖だ。
エリィは頷いて、早速扉を開けて入る。中には店員のお姉さんが構えるカウンターが一つと魔術薬やら魔道具やらが並ぶ棚。一人の客がその棚を見ているくらいだった。突然入ってきた龍骨の男に店員はぎょっと目を見開くが、すぐに営業用の笑顔に戻った。フェノリアの中央部とあって変な人は見慣れているのだろう。
「刻印魔術をお願いしたいんだが」
バスタードソードをカウンターに乗せて、カルラが店員に注文する。近くに来た龍骨にも動揺せず、店員のお姉さんは手元の紙を見る。マニュアルなのだろう。
「どのような刻印魔術にいたしましょうか」
「【靭性強化】の第二画と、【軽量化】の第一画……でいいかな」
「かしこまりました。そのサイズですと最大画数は四画、もう一画刻めますが……他に刻みますか」
「いや、とりあえずその三画で大丈夫だ」
「はい、では……一画につき1800ニーマ、プラス税がかかりますので……しめて5940ニーマとなります」
カルラは懐から財布を取り出す。まあ財布とは言ってもほぼ布袋なのだが。そこから5000ニーマ硬貨と1000ニーマ硬貨を出して、お釣りを受け取った。
「それではしばらくお待ち下さい、棚内の品物が気になった場合は私に声をかけていただければ取りだして説明をいたしますので」
「はいはい」
カルラは鷹揚に頷く。基本的に魔術を刻むのは魔技国スルホが開発した魔術陣機という機械なのだが、それを使っても三十分程度はかかる。しばらく魔術薬やらを見て時間を潰そうか、とエリィは考えた。奢りの分は後でカルラに渡せばいいだろう。
と、ここで客である男が、こちらを見ていることに気づいた。あまりジロジロ見ていなかったので印象にはなかったが、やけに豪華な服を着ている。成り金だろうか?
「お前さんら、冒険者か」
「そうだけど……何か用? まさか、カツアゲとか……」
「俺は他人の金は奪わねぇよ。稼ぎはするがな」
「……お前、相当強いな」
エリィに話しかけている男にカルラが気づき、そして戦慄したように呟く。カルラがそこまで言うなんて、と思い男の姿をまじまじと見つめ──────気づく。その男が、赤色の宝玉を嵌め込んだ指輪をしていることに。それが示す事実は一つ。
「…………S級!?」
「ああ、俺の名前はヴァルカ・ガルグイユ。S級冒険者をやらせてもらってる」
「S級サマがなんの用だよ。俺達は自慢じゃないが木っ端の冒険者だぞ」
カルラは肩を竦める。エリィも、彼に話しかけられる理由が全く思い当たらず、首を傾げた。ヴァルカは俯きながらクツクツと笑い、そしてこちらを向いた。
「いや、話を聞いたんだよ……冒険者になりたてのくせに、『暉餓龍』に挑もうとしてる馬鹿が二人いるってな。その二人の内、一人は龍骨を被った変人だそうだ」
「喧嘩売ってんのか?」
「いや、これは忠告だ。俺が『暉餓龍』を倒すから、邪魔するなっていうな。困るんだよ、俺以外に『暉餓龍』討伐に貢献するやつがいたら」
そういうヴァルカの顔は、薄っすら笑っているようで目が全く笑っていない。そして、漏れ出る殺意も隠す気すらないようだ。店の温度が一気に冷え込んだように感じられる。奴の底冷えする雰囲気がエリィにそう錯覚させているのだ。
「俺の取り分を減らそうもんなら────────潰すからな?」
一方的にそう言って、彼は店から出ていこうとする。だが、エリィもカルラも、こんなセリフを聞いて黙っているわけがない。二人は顔を見合わせることすらなく、息を揃えた。
「「……………お断りだよ、クソ野郎が」」
「─────ほう?」




