第31話 再起の切掛、あるいは前菜―③
自分が本当に嫌になる。エリィを言葉で追い返してしまったことが、皮肉にもカルラの心にダメージを与えていた。
「なんだよ、『信じ抜け』って……俺を見抜いたみたいに言うなよ……」
べトルの言葉も、カルラにとっては本当に煩わしかった。まるで自分の今の現状を見抜かれているようで、居心地の悪さを酷く感じたのだ。ベトルのことを考えれば、フラッシュバックするのはあの刹那。ベトルの身体が喰われんとしているのに何も出来ない、瞬間を思い出してしまう。
嫌な気分を振り切るように、龍骨を軽く叩いた。
「ちょっと待てって……エリィ、何するつもりなんだ」
暗い部屋で、独り言ちる。彼女がそう言い残して扉の向こうを離れてから、十時間くらい、半日近くは経っているはずだ。カルラのお腹の腹時計は、それくらいを感知している。
────ここでふと、扉の向こうがすこし騒がしくなっていることに気づいた。
「…………なんだ、俺にまた構おうとしてるのか?」
そこまでカルラに関わるメリットなんて無い。夢が害悪だとわかったのなら、捨てられるべきなのだ。こんなになっている自分を救ったところで……。
そこまで考えて、鼻腔をくすぐる匂いに気づいた。誰かが、料理している?なぜ、今なのか……龍骨を疑問に揺らし、そしてもう一つの事実に気づく。カルラだからこそ間違えようのない、事実に。
「──────────龍の肉の、匂いだ」
カルラの鼻にたどり着いたのは、龍の肉が焼ける時特有の匂い。今まで数え切れないほど食べてきたのだ、匂いを間違えるはずがない。だが、どうして今このフェのリアの何の変哲もない宿屋で龍の肉が焼ける匂いが…………。そこで、彼女の影が脳裏に転がり込む。少し待っていろ、というのはそういうことなのか?
「エリィ、なのか……?」
そう考えたら、もう止められなかった。カルラはひったくるように慌てて龍骨を頭に被り、今まで閉ざしていた扉を勢いよく開いた。しばらくぶりの外の世界は明るくて、龍骨越しの視界は眩しかった。そして、扉を開いたことでより匂いが鮮烈になる。これは、龍の肉の香りだ。もう、確信する。
「ッ!」
カルラは階段を転がり落ちるように降りる。下に行くにつれて、龍の肉の香りが強くなっていき───────。
「─────あら、カルラ。もう少しだけ、待ってなさい」
「エリィ…………」
彼女が、居た。背中を向けているが、彼女の身体は、ボロボロだった。あちこちに傷や打撲の跡、それを包帯やらなんやらで応急処置したような姿。別に病院の中に居ても何ら不思議ではないほど怪我を負ったエリィが、台所に向かって何かをしていた。いや、この匂いとジュウジュウという音から、何をやっているかはわかった。しかしながら、それを何故エリィがやっているのかということがわからなかった。
「なんで、龍の肉を……料理してるんだ? というか、どうやって龍の肉を手に入れてきたんだ」
「細かい質問は後で。ほら、出来たわよ」
エリィがフライパンから肉を皿に移して、別の鍋で作っていた焦げ茶色のソースをそれにかける。カットされた野菜を彩りとして肉の後ろに配置し、付け合せのパンは別皿で。出来上がった料理たちを机の上に置いて、エリィはカルラに微笑んだ。
「お上がりよ」
「エリィ、どうして……」
「理屈はいいから、食べなさい。冷めるわよ」
「あ、ああ……」
まるで出会ったときの立場が逆になったかのように、エリィが食事を急かす。カルラは困惑しながらも、椅子にかけて、龍骨を少しずらして、口元の部分を食べやすいように大きめに開けた。そして手を合わせる。
「いただきます」
龍のステーキを切り分けて、フォークを突き刺して持ち上げる。湯気を立てながらソースの光るその肉は、よく焼かれていた。カルラは肉はよく焼いて食べる派なので、好みとは合致している。困惑の中、カルラはそれを口に含んだ。
まず突き抜けるのは、ソースの濃厚な味。何ソースかはわからないが、彼女の地元の味なのだろうか。とにかく濃い目に味付けされたソースの味は、大雑把ながらもカルラのことを励ますように明るくて、エリィの性格が反映されたかのようだった。濃い味が男はいくつになっても好きなので、そういうのも入っているだろう。
次に口の中を支配するのは、龍の肉がふんだんに含む魔力の食感だ。まるでホットスープを飲んだかのような温かみと、焼かれたことによる物理的な温かみの二段構えの温感が、カルラの冷え切った心を溶かす。
「…………………うめぇ」
ただその言葉をこぼして、またかぶりつく。今はこの味をただただ、味わいたかった。思えば、温かい食事を取ったのも数日ぶりだ。それもあってか、無心になりそうなほど、がっついてしまう。その様子を、エリィは温かい目で見ていた。
あっという間に食べきってしまい、名残惜しさと共に再び手を合わせる。
「ごちそうさま」
「お粗末様。で、話をしましょうか」
「……そうだな」
間をおいて、カルラは頷く。食べきった後でも、頭の中は疑問だらけなのだ。頷いたカルラを見て、エリィはふっと優しい笑みを浮かべる。その顔は、まるで子供を慈しむような顔だった。
「まず、一つ言わせてちょうだい。貴方の夢が私の可能性を奪ったのじゃないわ。……そもそも、カルラ、貴方の夢に乗っかろうと思ったのは私なんだから、左手を失おうが、貴方と貴方の夢に責任は一切ないのよ」
エリーナ・アイアタルが自分で選んだ道なのだから。カルラが責任を感じる必要など無いのだ。それを伝え忘れていたということなのだろう。
「それに、可能性が奪われようとも、私はあがき続けるわ。どれだけボロボロになっても、どれだけ可能性が低くても。私は絶対に諦めない。夢を叶える、その日まで」
「───────」
「貴方もそうじゃないの? カルラ・ジクブリード……夢を諦めきれない、『喰龍』さん」
その言葉は、カルラの燻っていた夢への執着に対して確かな火種となった。一気に心の内で、燃え上がる夢への焔。カルラはその熱量に突き動かされるように立ち上がった。自分でも心はぐちゃぐちゃで、でも叫ばないといけない気がした。俯きながら、声を震わせる。
「俺だって…………夢を叶えたい!! でも、俺に資格がねぇんだよ!! 叶える相応の理由がねぇのに迷惑な夢抱えちゃ駄目だろ!!」
「相応の理由なんていらないはずよ! だって、貴方の夢の原動力は『食べたいという意志』、それなんだから!!」
「─────ッ!」
「誰だって食欲はある! それを相応の理由にできないわけがないでしょう!!」
エリィも勢いに乗って立ち上がる。彼女の瞳が、まっすぐにカルラの瞳を射抜いていた。その静謐で、真摯な瞳がカルラの心を落ち着かせる。支離滅裂な思考をまとめ、カルラの夢への小さい焔を、美しく燃え盛る火炎へと育て上げる視線だ。
「エリィ────…………」
「貴方の夢を、私が支える!! 私の夢を、貴方が道を作る!! だってわたしたちは、相棒なんだから!!!」
「…………─────────ああ、そうだな。そうだ。俺たちは、相棒だ」
その言葉で、完全に吹っ切れた。相棒なのだ。相棒なのだから、迷惑も、夢も、ひっくるめて一心同体だ。カルラの紅の瞳と、エリィの黄金の瞳が交差する。その視線は、信頼と希望と、万感の思いが詰め込められたものだった。
「なあエリィ。俺の夢を、叶えさせてくれるか? お前の夢を、叶えてもいいか?」
「ええ、もちろんよ。『龍星』を平らげて、ナニカにたどり着きましょう」
いつかのように、拳を付き合わせる。その痛みをもって、二人は揃って前を向いたのだった。




