第29話 再起の切掛、あるいは前菜―①
鎮圧部隊の壊滅───それは、エリーナたちが思うよりも遥かに重い事態なのだ。だから、目の前の彼が呼ばれたのである。
「俺に頼るなんて…………相当な事態なんだろう?」
「そうですね。〈六王龍〉絡みの話となります」
「クックック……なるほど、ソイツは俺に声をかけるわけだ」
ユルティは、目の前の男を見つめる。未だにクツクツと喉を鳴らして笑う緑髪紫眼の彼は、異様なオーラを持っている。それは、彼の服装がやけに豪華であることとか、あるいはこの案件について聞いて笑いをこぼすような不敵な態度が、そう見せているのだろう。そしてなにより、納得できる。なぜなら、彼の手には紅い宝石が嵌め込まれた指輪が輝いているのだから。
「S級の力を借りる案件なんてそれくらいしか無いと薄々思ってたけどな」
「お忙しい中すみません、ヴァルカ様。しかしこれもこの都市の───いえ、世界の危機になりうる案件ですので、妥協は許されないわけです」
「俺はニーマさえあれば動くしな。その点でも好都合ってわけだ」
彼は再びコロコロと笑う。感情豊かな方だ、とユルティは思う。世界に十一人しかいないS級冒険者のウチの一人が、こんな気さくな方だとは知らなんだ。ユルティは手元の資料を見る。部長が、彼に会うのなら情報は知っておけとまとめてくれたのだ。
─────ヴァルカ・ガルグイユ。〈保存者〉の二つ名を持つS級冒険者。ソロの龍討伐実績は十度以上あり。魔法は【保存】と【呼出】のセットであり、魔術をつかうことはない。
ユルティはそこまで読んで、書類から顔を上げる。この書類に、別に人格が書いてあるとかそういうことがないのが、部長の使えないところである。
「それで、お受けして頂くことは可能なんですか?」
「そうさな…………五千万ニーマ、で手を打とうか」
「ッ……それは」
ふっかけられたのは、法外な金額。鎮圧部隊に渡した報酬の、百倍だった。だが、それほどを要求するのも頷ける。S級というものは、それだけ影響力を持っているのだから。ユルティは、咄嗟に返答できない。それほどまでの金額を一受付嬢が勝手に決めることなど出来ないのだから。黙り込むユルティに、ヴァルカは口元を綻ばせる。そして─────。
「────────喜んで出そう」
「部長!」
「自分で言うのも、いいのか?」
「それを言うのなら少しくらいまけてくれよ。でも、貰うつもりなんだろう?」
「そりゃ金だからな。この世で最も大事なのは、金なんだよ」
彼はいきなり真剣な、薄ら笑みではない真顔となって言い切る。それは、彼の信念そのものなのだろう。ユルティは、書類を握る力が無意識に強くなっていることに気づいた。彼の殺気じみた意志に、緊張していたのか。
「払ってくれるなら約束するぜ。『暉餓龍』の討伐だろ? とっとと終わらせて豪遊してやるよ」
ヴァルカ・ガルグイユは不敵に笑う。S級冒険者と、カルラ達が交わるのはもうすぐだった。
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「─────────俺が、悪かったんだ」
明かりも付けていない一室に、そうか細く掠れた声が落とされる。自分から出たとは思えない声に、カルラは思わず笑って、笑って…………何度目かもわからない、ため息を吐き捨てた。机の上に無造作に置いてある龍骨が、まるで自分を責めているように見えて、嫌だった。
「全部、全部…………俺が弱いから」
あれから時間感覚などとうにない。時折主張する腹の虫が、カルラにとっての時計となっていた。その主張の度に、まるで硬い木の板を齧っているような食感の干し肉を食いちぎるだけの日々。
今でもあの瞬間を鮮明に思い出せる。彼女の腕が、自分を庇って無惨にも食い千切られるあの瞬間を。自分を利用してきたが憎めない冒険者の先輩が、喰われるあの瞬間を。あの時、自分がもっと強ければ─────────。
「…………嗚呼、クソ。身の丈に合わねぇ夢抱えた代償だっつーのかよ………」
後悔、懺悔、韜晦、自罰。どんな言葉でも形容できそうなしみったれた感情が、カルラの胃から迫り上がって侵食する。身体もだるいように感じられて、ベッドに身体を投げ出した。ボフン、と反発する感触。
「しょうがねーだろ、こんな身体なんだから…………でも、努力を怠った俺も悪いのか? いや、分かんねー…………………」
支離滅裂とした思考の中でも、自罰的な後悔の念だけは消えない自分が嫌いだった。
───────自分が、特別な才能を持つ人間だとか選ばれた天才の人間だとか、そんなことは一切思っていない。そもそも、あんなことがなければエリィと同じで普通の人生を送っていただろう。
だが、起こったものは起こってしまった。皮肉にもだからこそ、自分が強くなって『龍星』を喰らおうと思えたのだ。
……………でも、今はもう思えない。このまま自分が『龍星』を喰うための旅を続けても、エリーナやべトルのように未来を絶たれる人間が増えるだけだ。それに比べたら、自分が夢を諦めることのほうがとてもいいことで──────。
「割り切れたら、良かったんだがな────────……………」
そう簡単に割り切ることができるほど、カルラは器用でなかった。むしろ、エリーナの方がそういうことは上手いだろう。彼女は理想を持ってはいるがその実かなりリアリストで、夢と現実を切り離して考えられるような質だ。
そうだ。エリーナはどう思っているのだろう。きっと恨んでいるのだろうか。それとも、見切りをつけてどこかに行ってしまったのだろうか。それをされてもしょうがないとはわかっている。
「…………だって俺、弱いからな………」
カッコつけていても、余裕そうに笑っていても。〈六王龍〉に無様に負ける、弱い人間だから。他人を巻き込んでまで敗北するような、弱い人間だから。
自分が嫌になる。そう感じていた、その時だった。
コンコン、と扉が叩かれる。
「────────カルラ」
「ッ、エリィ……………」
「良かった、生きてるわね」
扉越しに聞こえたのは、彼女の声だった。不思議な安堵感と共に、申し訳ないという罪悪感が綯い交ぜになって口をついて名前が飛び出た。彼女はその声が聞こえたようで、ほっとしたような声色になった。
「私からも言いたいことはいっぱいあるんだけど……とりあえず、ベトルからの伝言を伝えるわ」
「べトルからの……………伝言?」
「ええ、彼が最後の通信魔術で伝えてくれたそうよ。
─────────『信じ抜け』だって」
『信じ抜け』、か。これまた皮肉なことだ、とカルラは自嘲の笑いをこぼす。そして、返答を待っているらしい扉の向こうの彼女に向けて、口を開いた。
「…………エリィ、ごめん。俺が全部悪かったんだ」
「カルラ?」
「俺が、エリィを連れなければ……俺が、触手顎相手にしくじらなければ。俺が、全部全部全部、悪かったんだよ」
「…………」
「べトルがやられたのだって、エリィの左手が喰われたのだって。もう俺のせいじゃねぇか…………俺がもっと強ければ、俺がもっと速ければよかったんだよ」
彼女がいるからこそ、自責の言葉は止まらなかった。黙りこくっている彼女が、まるで自分を責めているかのように感じられたから。喉は掠れ、カラカラに乾いていたが、言葉は止めない。彼女への、せめてもの謝罪のために。
「悪かったな、エリィ。俺が分不相応な夢抱いて、お前を巻き込んだから。………………だから、俺のこの夢は、捨て置いてくれ」
「─────────……………ないわよ」
「…………エリィ?」
「──────ふざッけんじゃないわよ、カルラァ!!!」
怒声が、扉越しにカルラを震わせたのだった。




