第28話 前に進むために
「貴女達が悪いとは言わない。でも、感情が納得できないのよ」
エリーナは、目の前の女性から目線を落とす。紅茶の立ち上る煙が、無性にエリィを責め立てているように感じられたのだった。
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カルラが、出てこない。第二次空腹期鎮圧部隊の帰還から三日が経ったが、カルラは未だに引きこもっていた。
「バカ、いつまで閉じこもってんのよ……」
エリィは、扉の前でそう呟いた。エリィが今いるのはフェノリア中央部から少し郊外に行ったところにある、宿屋『アマルティス』。その廊下だった。扉を隔てた向こうにはカルラがいるはずだが、鍵がかかっている。3日前から、ずっとこの様子だった。
「まだ喧嘩中かい?」
「いえ、別に喧嘩というわけでは……」
「そうかい、仲良くするんだよ」
『アマルティス』の主人である女性が、隣の部屋の清掃を終えて出てきた。そして扉の横でもたれかかっているエリィを見るなりおせっかいを入れてきた。エリィは否定するが、聞き入れる様子はなかった。そのまま階下に降りていく。
「はあ……ご飯は食べてるのよね」
「─────ちょっと、いい?」
エリィに、声がかけられる。いつのまにか、廊下に一団が居た。エリィは彼女らに見覚えがある。具体的には、三日前に見た顔だ。
「〈山猫の尾〉の皆さん……どうしたんです」
「彼はまだ引きこもってるの? アタシが話をしたいんだけど………」
「私が聞きますよ、場所を変えましょうか」
廊下に現れていたのは、べトルが率いていたA級冒険者パーティ、〈山猫の尾〉の残りの面々だった。よく話していたというわけではないが、事務的な会話はなんどか行っているので、顔を知っているというわけだ。部隊が終わってからは、なんとなくの気まずさもあり、会話をしてこなかったのだが。
〈山猫の尾〉のサブリーダーを名乗る長身の女性が、エリィに近づく。エリィも女性の中では身長は高い方であるが、彼女は更に五センチほど高い。威圧感を感じながらも、エリィは他所向けの笑みを浮かべて答えた。彼女はその提案に乗るように頷く。
「そうね、ここじゃ長話もできないから……行きましょうか」
「どこに行くんです?」
「そりゃ、組合でしょ。談話用の個人ブースがあったはず、あそこで話しましょう?」
というわけで、エリィと彼女がやってきたのはフェノリアの中心に鎮座する冒険者組合中央本部。その大きさはハイドロキサ支部の三倍は有る。中には巨大な受付スペースだけでなく、魔術都市ラベンゼンの図書館に負けず劣らずの蔵書数を誇る冒険者用図書室や談話室、室内型戦闘用広間が百室以上。更に鍛冶場や寮、食堂すらも完備された、まさに冒険者にとってオールインワンの施設だ。
この前は応接室で本部側の二人に事情聴取されて、今日はA級パーティに事情聴取されるってところか。エリィは別に話すのは嫌いじゃないが、嫌な出来事を掘り返されるのは普通に不快だ。したがって、話す内容によっては普通に切り上げたいとも思うが……どうなるか。
とりあえず、談話室の個人用ブースが一つ空いていた。なので外の案内を利用中の表示に切り替えておいて、中のソファへと座り込んだ。
「紅茶でいいでしょう?」
「ええ、特に好みはないしね」
背中を見送りながら、エリィは思索にふける。カルラは未だ部屋の中だ、彼のことが心配ではあるが……いつ出てきてくれるのだろうか。多分、エリィの手のこととべトルの死のことで、責任を感じているのだと思う。普段は変だが、責任感は人一倍強いということは、これまでの付き合いや言動からわかっていた。エリィは、自分の半分欠けた左手を見つめる。彼は、これの原因が自分だと思っているのだろうか。
「お待たせしたわね。じゃあ、話しましょうか」
と、ここで〈山猫の尾〉の彼女が戻ってきた。その手には、紅茶が入ったカップが二つ。テーブルの上に無造作に置いて、彼女も座り込んだ。
「それで、話ってなんですか? やはりべトルについての話ですか?」
「いや、べトルについての話ではあるんだけど……」
彼女は言葉を濁した。何を今更濁す言葉があるのか。エリィは不思議がりながらも、とりあえず紅茶に手を付ける。淹れたてで湯気を放つ紅茶は、香り高いのもそうだが少し熱かった。彼女はエリィが紅茶のカップを置くのを待って、口を開いた。
「べトル、最後に通信魔術を入れてきたのよ」
「……そうなんですか」
「ええ、アタシ達へのメッセージも有ったけど……その中には、貴女達への伝言もあった」
べトルが自分たちに?何を言い残したのだろうか。自分たちはただ暉餓龍相手に共闘しただけとも思えるが……まあ、彼が自分たちのことをかなり目にかけていたことはカルラの決闘から薄々気づいていた。だが伝言を残されるほど彼に入れ込まれていたとは、思わなかった。長身の彼女は一つため息をこぼして、エリィをまっすぐ見据える。
「べトルからは─────『信じ抜け』ってさ」
「『信じ抜け』…………」
「アタシは何もわからないが、この言葉を龍骨を被っている彼と貴方に届けてほしいって」
『信じ抜け』。それは、何をという言葉が欠落している伝言だったが、エリィにははっきりと分かった。今悩んでいるカルラを見抜いたかのようなべトルの伝言に、エリィは引き結んでいた口元を緩める。
「あと、これはアタシの要件だ」
そう言うと眼前の彼女は無造作に手を伸ばして───────────ぱしっ!っという音。静かな部屋に、反響した。
エリィの頬に、痛みと熱が生まれる。エリィは思わず息を呑んで、彼女の顔を見た。
「───────」
「貴女達が悪いとは言わない。でも、アタシの感情が納得できないのよ」
「それは…………」
「ベトルを殺したのは暉餓龍だし、えーと……〈龍牙万餐〉だっけ?貴女達が必死になって部隊を守ってくれたのもわかる。それは、他に言いようのない正しい行為よ」
でも、だからこそ。他者の行為がどんなに正当であっても、感情で納得できないことはある。それは、感情を持つ人間だからこその当然のこと。
「でもね、でも。べトルが喰われたのは、貴女達が強くなかったから────そう思ってしまうのも、確かだった」
彼女の言葉が、エリーナの胸を抉る。その言葉は、遺された者のみが言える恨み言だからこその重みを孕んでいるからだ。エリィは、俯いたまま息を吸う。
「ごめんなさい」
「ああ、謝らなくていいの。もう終わったことだし、今の一発でチャラってことで」
「…………随分と、さっぱりしているのね」
「こうでもしなきゃ、冒険者なんてやってられないからね。〈山猫の尾〉のメンバーが死ぬのはこれで初めてでもないし」
そう笑う彼女の顔と目は、べトルにとても似ていた。現実と割り切ろうとしていても結局割り切れていないような顔。それは、今の自分の顔にも似ているとエリィは気づいて────。
「─────ありがとう。私も、やるべきことへの覚悟が決まったわ」
「あら、そう。ビンタが効いたかしら?」
「そうね。そうかもしれないわ」
エリィは笑う。頬の熱を忘れないように。絶対に、暉餓龍を倒さなければならない覚悟と信念が、固まった。そうさな─────勝てる自分と、今も落ち込んでいるカルラを『信じ抜く』としようか。




