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『喰龍』のカルラ  作者: 新切 有鰤
第一章 『暉餓龍』のシチュー編
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第27話 絶望の現状

「それで、鎮圧部隊の被害は?」


「ッ、それが…………今回の鎮圧部隊総勢四十二名のうち十四名が死亡、内一名はA級冒険者パーティ〈山猫の尾〉のリーダーであるべトル・ホームテルシです。また、隊員の殆どが重軽傷を負っていて、組合提携の医療所に収容されています」


「最悪だな」


 端的に吐き捨てられた部長の言葉に、ユルティは頷く。元々犠牲者が前提の部隊ではあるが、まさかA級までその犠牲の枠になるとは思ってもいなかった。こうなったのには、理由があるのだろう。だからこそ、一番最後に遅れて到着した、彼女に話を聞くしか無い。部長とユルティは、彼女に目を向ける。応接室に通されて、なんだか居心地が悪そうにしている彼女こそに、話を聞かねばならない。


「はあ、私じゃなくてもいい気がするのだけど……」


「そうはいかないよ。こっちとしても事情がわからなければ二次被害を産んでしまう可能性がある以上、やれることはすべてやりたいんだ」


「それなら……まあ、いいわよ」


 彼女は鷹揚に頷いた。そんな彼女を見てユルティの目にとまるのは、その左手だ。ひどい怪我……というよりは、なにかに抉り取られたかのようにその半分が無くなっていることが、包帯の上からでも見て取れた。傷を負うことが多い冒険者をよく見ていたユルティの目からしても奇特な怪我である。


「その手……部隊に参加する前ではそうはなっていませんでしたよね」


「それについても関係あるわ。じゃあ、話しましょうか……」


 彼女……エリーナ・アイアタルは、そこから語り始めた。第二次空腹期鎮圧部隊に起こった、災禍というべき他無い不幸な事故についての、話を。


「四合目の真ん中くらいまではなんの障害もなかったのよね」


「……そうだろうな。例年も、そういう報告だった」


「んで、そっから大量の龍が押し寄せてきたの」


「それも例年通りですね。それくらいなら〈山猫の尾〉が率いている以上そこまでの大惨事にはならなそうですが……」


 エリーナは顔を曇らせる。本当に大変だった工程を例年通りの一言で片付けられて少し不満なのだろう。だが、こちらにとっては例年通り以上の掛ける言葉がないのだ。


「まあ、いいわ。こうなることは警告されてたし、条件を飲んだのはこちらだもの。危険を承知じゃなきゃ冒険者なんてやってられないしね」


「……ありがとうございます」


「それで、話を戻しましょうか。龍が大量に押し寄せてきたものの、べトルの指示と私の指揮でなんとか乗り切ったわ。後は、アイツの活躍ね」


「アイツ……ああ、彼か。やはり只者ではなかったな」


「今日はいないんですか?こういう報告云々が得意そうな人ではなさそうでしたが、来てもらえたら良かったのですけど……」


「…………色々あるのよ」


 そういうエリーナの顔は、苦虫を一匹どころか三匹くらい同時に噛み潰したように渋いものだった。それほど関係の薄いユルティでもあまり見たくないような顔なので、相当な事情があるのだろう。部長もそれはわかるようで、暗い雰囲気を吹き飛ばすように破顔した。


「ハハハ、詮索はしないさ。冒険者なんて脛に傷持つ人しかいないのだからね」


「理解してくれて助かるわ。そうして大量の龍を乗り切って、一日をやり過ごした……と思ってた」


「そこで何かがあったわけだ」


「ええ、端的に言いましょうか。『暉餓龍』グルム=ヴェールブが、夜半の野営地(キャンプ)に襲撃してきたのよ」


 彼女はそこから、訥々と語る。悪夢という悪夢を濃縮したような、絶望を。初撃で四人が貪られ、混乱の最中へと落ちる部隊。〈山猫の尾〉や他B級パーティがなんとか撤退の誘導をしながら、エリーナとべトルが殿としてグルムに対して時間稼ぎを行ったらしい。途中カルラも参戦しながら順調に時間を稼ぎ、後は三人が撤退するのを待つばかりといったところだった。


「そこでグルムの策略に嵌って、べトルが喰われたのよ。それに動揺して私の手まで……ってところね」


 そこまで聞いて、ユルティは疑問に思うことが有った。突っ込まないでおこうかとも思ったが、後学のためと情報共有のためという大義名分のもとに自分の探究心を叶えたい思いが勝っていた。不躾だとは思うものの、エリーナの方を見つめる。


「どうやって逃げたんです? 左手すら食べられた状態で……それに、べトルさんもやられたんでしょう?」


「そうね、逃げおおせたのは運……というよりかは、奴の触手顎の仕組みを理解できたことかしらね」


 そう言って、エリーナはため息をこぼした。もっと早く気付けていれば、べトルも助けられたかも知れなかった、と言いたげな表情を浮かべている。だが、ユルティは説明された彼女の言葉に引っかかるものが有った。ユルティ自身はこれでも組合の受付なので、〈六王龍〉についてある程度の知識はある。だからこそ、エリーナが語る言葉が気になる。


「触手顎の仕組み?」


「ええ。グルムには四本の触手顎がついていたのだけど……それらには目も鼻もついていなかったの」


「目も鼻も? どうやってそれを使って追いかけてきたんですか」


「多分、振動(・・)ね」


 エリーナ曰く、触手顎は不自然に蠕動していた。発声器官がないというのに振動するのは意味不明だから、その意味を咄嗟に閃いたとのことだ。彼女はかなり頭が切れる質なのだろう。


「振動を探知するのなら、恐怖で逃げるのでなくその場でじっとしていることが最適解。……嫌なことにグルムがべトルを食べることに気を取られているうちに、私達はそれを実行したのよ」


「そうか……そいつはなんというか、災難どころの話じゃなかったな」


「本当にね。グルムがなぜ〈六王龍〉なんて大層な名前を冠しているのか、嫌でも思い知らされたわよ」


 そう語る彼女は完全に冷めていて、失った左腕についてもう諦めがついているといった雰囲気だった。ユルティは彼女にこれ以上なにか聞く資格も意味もない。建設的な話をするのが筋というものだろう。


「でもなぜ、『暉餓龍』が四合目まで降りてきたんでしょうね。今までの鎮圧部隊……例えば第一次の鎮圧部隊は『暉餓龍』に会うことなく六合目まで登りきれましたよね」


「そうだな……現状考えられることなら、霊穿周辺の餌を食べきってしまってもなお空腹なグルムが、餌を探しに降りてきたとかじゃないか?」


「そんなこと……あるんでしょうかね」


「いや、かなりあると思うわ。私が相対したグルムは、相当に弱りきっていたもの」


 エリーナが、そう言う。その瞳はまっすぐで、自分の言葉に確信を持っている人のそれだった。そこまで聞けば、情報は十分だろう。部長は一度うんと頷いて、エリーナへと笑みを向けた。


「今日は情報をくれてありがとう。この情報は今後に役立てるとしよう。彼にもよろしく言っておいてくれ」


「────…………ひとつ私からも聞きたいわ」


「何かい?」


 エリーナ・アイアタルが顔を上げる。その瞳には、昏い、昏い焔が宿っていた。


「『暉餓龍』グルム=ヴェールブを討伐したのなら、いくらの報酬が支払われる?」


 冷たい、声だ。ユルティは、その声と顔から確信する。この女は、本気でグルムを倒そうとしている。部長も分かっているはずだが、彼の顔には憂慮が浮かんでいる。


「本気か?」


「ええ。この礼を、たっぷり返したいもの」


「ハッ…………言い値を払うだろうな、〈六王龍〉の討伐とあれば」


「そう、分かったわ。じゃあ、私はこれで…………」


 そう言って、応接室を後にする。半分が失われている、左手を軽く振って。

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