第24話 暉餓、強襲―③
「UUUUUUUUU────GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
雄叫びが、轟く。空気がビリビリと震えるようなそれは、すべてが煩わしいと怒るグルムの、渾身の叫びだった。そしてエリィは眼前の光景に慄き驚く。まさか、腕に向けてはなった全力の一突きをカルラが付けた傷跡に重なる龍気で防御されるとは。返す刀とばかりに振るわれた剛腕を、エリィは咄嗟にバックステップを挟むことで回避した。
「ッ、やられた……なんて賢さなの」
「エリーナさん、手伝おうか!?」
「いや、駄目よ! 触手顎を抑えないとかなりキツくなるのは目に見えているわ!」
今はカルラが三本、そしてべトルが一本を担っているからこそ出来ている均衡だ。エリィがなるべく削ってやりたいが、グルムの特性上攻撃を重ねれば重ねるほど後がキツくなる。カルラと役割を切り替えたいのが本音だ。今も振るわれる龍爪は裂けるだけで精一杯なのだから。
「じゃあ俺が四本全部受け持つ! べトル、やったれ!!」
カルラの叫びが、全方位で聞こえてくる。そこかしこを跳ね回っているが故の立体音響だ。そう声が聞こえた直後、カルラが再びエリィたちの前へと跳んでくる。ちょうど飛び蹴りじみた格好でだ。べトルが抑えていた触手顎の首にカルラの蹴りがクリティカルヒット、触手顎の先端が高速で吹っ飛んだ。
「ありがとう、カルラ!!」
「お礼はコイツの料理でな!!」
そう言い残して、触手顎三本に追われながらカルラは再び駆け出す。余計な一言を添えてだ。エリィは脳内で舌打ちした。ここにべトルがいるっていうのに龍喰いのことを言うなって。テンションがアガって口を滑らせるのは理解できるが、我慢してくれよ、カルラ。
「ねえ、今の言葉って……」
「と、とりあえずコイツに対する策を考えましょう!!」
「…………ああ、そうだね。龍気の瘡蓋をどうにかする方法を考えよう」
そう言いながらも、手も脚も止めない。グルムが何度も振り抜く巨大な腕を、避けつつ捌きつつするためだ。エリィは思考を回し始める。
(グルムは攻撃すればするほど龍気を纏ってより強固になっちゃう。だから、必要なのは一撃必殺。だけど、私の渾身の一閃はさっき龍気を利用して受け止められた。この後もそうなるに違いないわ。それに、全力を何度も放つことができるわけじゃない…………)
ならば、求められるのは龍気にかかわらぬダメージをじわじわと重ねること。そこまで考えて、エリィは思いつく。
「魔術の炎を放つのはどうかしら? 流石に、龍気も炎に耐性があるわけじゃない気がするの」
「やってみる価値はあるね。それにここは木々が多い、燃え広がればグルムを追い込めるかも」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA────!!」
目の前の小粒がなかなか潰れないと、再びフラストレーションを爆発させるグルム。龍気の瘡蓋が光り輝き、そこから龍気の驟雨が放たれた。放物線を描いて地面に降り注ぐ。
「そう簡単には思い通りに行かせないって!?」
「上等じゃない、防ぎきって人間様の策でハメ殺してあげるわ!!」
降り注ぐ龍気の雨を、レイピアで弾き、盾で受け流す。この程度の物量なのであれば、エリィたちにとっては防ぐことは造作もない。夜の霊脈龍山を明るく照らす龍気の乱舞を、捌きながらエリィたちは魔力を放つ。
「「【炎よ、原初の炎よ。ヒトが意に従いて、ソドムを穿つ矢となれ。汝は原罪を焼き尽くす処刑人なり】!!」」
「「──────【裁炎の弓箭】!!」」
二人の冒険者の詠唱が、共鳴するように重なる。龍気が地面で弾ける音の中でも、魔術名は玲瓏に響いた。二人の詠唱によって魔力が変換、龍気の合間を縫うように幾本もの焔の矢が生まれた。
「UUUUUUUUU!?」
「喰らいなさい!!」
エリィが指を鳴らす。その刹那、炎の矢がすべてグルムの胸に向かって飛翔した。龍気のお返しとばかりに放たれたそれら燃え盛る炎は、一瞬でグルムの元へと到達した。だが。
「AAAAAAAAAA──────……」
グルムの胸の大顎が、開口する。今まで開いてもいなかったソレが、その大口を重々しく開く。奥に輝く龍核の輝きが、夜の戦場を照らした。そして、その顎は迫るすべての炎矢を、等しく口に放り込んだ。
「なッ!?」
「喰われたァ!?」
二人の驚きの声が重なる。まさか、焔の矢を食らうどころか喰らうなんて。しかも燃えているそのまま、すべてをだ。大顎が閉じ、まるでなんの痛みもなかったかのようにグルムはごくりと飲み込んだ。不気味に身体が蠕動しているのが、夜闇の中でも伺える。
「GA、AAA、AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
足りぬと言わんばかりに顔を振り、グルムは嬌声を上げた。そして、龍気の驟雨が、もはや暴風雨なみに激しさを増し始める。
「なんて量……!!」
「あの量は捌ききれない、一旦態勢を整えるよ!!」
「ええ、分かったわ!!【守りよ】!!」
略式詠唱の防御魔術を眼前に展開する。その後すぐさま、エリィたちはバックステップを繰り返して距離を取る。衝突する激しい龍気の弾丸のラッシュに、バキン!!と略式の防御魔術は一瞬で砕け散った。だがそれでいい、距離は取れた。
「炎の魔術は喰われちゃった……どうしようかしら、多分他の魔術でも同じ結果になるでしょうね」
「まあそうだろうね。あの喰い方から察するに、他のものでも丸呑みしてきそうだ……」
「それに、私の魔力ももうかなり限界よ? べトル」
「ああ、俺もできて魔術三、四発……ジリ貧だね」
本来であれば、魔術薬やらなんやらは持ってきているのだ。組合に支給されたものが、大量に。だが、昼間の龍の襲撃直後に、回復のために大部分を使ってしまった上、今も撤退している部隊がそういう物資を持っていってしまった。つまり、もう回復することは出来ないのだ。
「そういえば、それなりに戦ったけど……部隊の方はどうなったのかしら」
「さっき戦ってるときに通信が来たよ。無事に、二合目まで降りることが出来たって。ただ、部隊の混乱と不安は解消できてないようだった」
「まあそりゃしょうがないわ。じゃあ、私達も撤退としましょうか。こんな準備もマトモにしてない状態で〈六王龍〉と戦うなんて正気じゃないしね。弱いうちに倒せたらよかったんだけど……」
「弱いうちに?」
…………エリィは薄々気づいていた。今のグルム=ヴェールブは、お腹が空いて力が出ないということに。だって不自然じゃないか?〈六王龍〉といえば、S級パーティですら叶わぬ可能性がある高みなのだ。それが、カルラがいるとは言え、たった三人でグルムを抑えられているなんて、あり得ない。
それに道中の龍の様子もおかしかった。弱すぎるという、おかしさがあった。あれは、餌をすべてグルムに取られたがゆえに飢えて衰弱していたということなのだろう。空腹期であるがゆえにグルムも、龍たちも弱っている。そういうことと考えれば、辻褄が合ってしまうのだ。
だが末恐ろしいのは、それでもなおエリィたちを押しているという点。
「今のアイツだから私達は生き残れている。ちょっとでもアイツが腹が満たされていたら、私達は今頃グルムの胃袋のなかよ」
「それは……確かにそうだね」
「だから今倒せたら良かったって言ったんだけど……こっちの消耗が無視できないから、今勝負に出たら返り討ちになる確率が高いわ」
「つまり一旦ここは勝負を預けて、すぐ戻ってくることがいいってことだね?」
「そう、だから撤退しましょう」
べトルも納得し、賛成するかのように頷いてくれた。カルラのバカはどうせエリィ達が撤退したらついてくるだろう。問題は、グルム相手に撤退する時間を稼ぐ方法だけだ。
「────がッ!?」
そう考えた直後エリィたちの耳に、龍骨の苦肉の声が聞こえたのだった。




