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『喰龍』のカルラ  作者: 新切 有鰤
第一章 『暉餓龍』のシチュー編
25/43

第25話 暉餓、強襲―④

「───────────がッ!!」


 初めてのことだった。カルラが、そのような声を出すところを聞くのは。彼は出会ってから、ずっと不敵に笑み続けていた。たとえ、龍を眼前にしていても。たとえ、大人数に袋叩きにされようとも。それは、ひとえに彼がその速度ですべてを置き去りにすることでダメージを受けないように立ち回っていたからだ。だが、そんな彼が痛みの声を上げるということは───────。


「カルラッ!!!」


 エリィは地面を蹴飛ばして、カルラの元へと急行する。しかし、そこいらの木々が邪魔だ。そして何より、グルムも無視するはずがなかった。………嗚呼鬱陶しい、カルラの下へ行かなければならないのに!!


「AAAAAAAAAAAAAAAA!!」


「黙りなさい!!華焔流────"柳"!!」


 怒りの雷霆一閃。グルムの腕にその剣撃が直撃し、迫る勢いが減少した。それによってエリィの身体をねじ込む隙間が生まれる。エリィはそこに突っ込み、さらにレイピアを振り抜く。目の前の邪魔な木の枝を、ぶち開けて進むために。


「華焔流───"蜂"!!"花雷"!!」


 激しい雨じみた打突音が高速で連続し、一瞬にして枝が穴だらけに変貌する。そのまま自重で折れて、エリィの進路が生み出された。そして、エリィの視界が開ける。


「カルラ!!」


「………おう、エリィ」


 木々の根本に、叩きつけられていた。龍骨も心無しかしおれているように見える。口元に浮かんでいる笑みも、久々のダメージに弱々しい様子だった。そして、触手顎が四つ、カルラに今すぐ飛びかからんと鎌首をもたげている。しかしその身体はあちこちに太刀傷が刻まれており、それを覆うように龍気の輝きが薄桃色の肌を守っていた。

 エリィはすぐさまカルラのもとに駆け寄り、レイピアを触手顎に向けて構えた。


「わり、下手打ったわ」

 

「三倍速に追いつかれたの?」


「いや、違ぇ─────ソイツらが」


 カルラの言葉が終わる前に、触手顎が動いた。なんと、一本の触手顎がもう一本に噛みついたのだ。そして、爆ぜる(・・・)。口腔を守っているはずの龍気が触手顎の内部で爆ぜ、その噛みついた触手顎が射出された。一つの触手顎を犠牲に、加速する手法というわけか。


「ッ──────くッ!!」


 今までの速度の比にならない速度で触手顎が迫り、エリィは咄嗟にレイピアを傾けて防御姿勢をとる。ガギン!!という甲高い金属音がレイピアの刃と触手顎の牙が打ち合って鳴り響き、そのままエリィの身体が凄まじい勢いで押されていく。


「く、ううううううッ!!」


「エリィ!!」


 圧倒的な膂力と速度によって、エリィが弾かれる。身体が宙に浮く感覚を一瞬感じた後、背中からの衝撃がエリィの身体を貫く。痛みに意識が白く塗りつぶされ、背中がじんじんと熱くなる。木に激突させられたようだった。

 痛い。だが、意識を飛ばさない。飛ばさせない。歯を食いしばり、眼前の触手顎を睨めつける。全身を駆け巡る電撃を意識して、筋肉に力を込めた。


「痛いけどッ……なんの!! 華焔流───”冠菊”!!」


 牙を弾く。そうして空いた隙間へと、 刹那全力の打突を叩き込んだ。痛みと衝撃に、触手顎の先っぽが弾き飛ばされる。だが残酷かな、一本を吹き飛ばしても、まだ三本ある。口腔が内部から炸裂した触手顎はもはやボロボロになっているとは言え、未だに動けるようだ。


「ッ、【加速(アクセル)───」


「────カルラは休んでなさい、私が受け持つわ!!」


 エリィは叫ぶ。今のカルラに戦わせられない。エリィがいくらでも傷ついていいから、彼に無理は絶対にさせない。だからエリィがやらねば。覚悟を新たに、レイピアのグリップをぎゅっと握る。


「三本も四本も、上等じゃない!! 全部貫いてあげるわ!!」


「────────!!」


 どうやらこの触手顎たちに発声する機能はないらしく、身体を震わせることで擬似的に声を上げている。そもそも目も鼻もないからどうやってこちらの動きや場所を感じているのか全くわからないが、今はそんなことを考察する時間はない。三匹の触手顎がこちらににじり寄る。

 エリィは相手に主導権を取らせるのは不味い、と直感的に理解している。先程の一本を犠牲に一本が突貫してくるあの手法を取られてしまえば、相手にいいようにやられてしまうのは見えているからだ。だから、踏み込んだ。自ら前に、出るように。


「華焔流────”花雷”」


 静かに、だが力強く、打突の華が咲いた。突如詰められた距離に触手顎は反応できなく、連打をまともに食らう。走る勢いと打突の衝撃が触手顎を弾き飛ばし、口腔から龍気が血のごとく漏れ出る。しかし、もう二本の触手顎が動いていた。一瞬で伸長し、エリィの身体を食い千切らんと迫る。


「見え透いてんのよ、狙いが!!」


 しかしエリィはそれを紙一重で跳び上がって回避し、お返しとばかりに回転しレイピアの刃を繰り出す。触手顎の皮膚は硬く、生半な力では切り裂くことが出来ない。それに、切れば切るほど龍気が漏れ出てくるだろう。しかし弾き飛ばすことなら容易なのは先程からやれている時点でわかっている。だが。


「──────!!」


「っ、しまッ─────」


 触手顎の一本が、空中で身動きの取りにくいエリィを強襲する。レイピアをフルことはできるが、踏ん張りが効かない今の状況だとレイピアを振ったところで厳しい結果に鳴るのは目に見えている。エリィはぎゅっと目をつぶり、来る痛みに備える。身体のどこが喰われてもいいように、保険を掛けながら。


「───三倍速(サーズ)】!!」


 だが、カルラの声が聞こえると同時に、触手顎の気配が吹っ飛んだ。慌てて目を開ければ龍骨が脚を振り抜いたポーズで立っていて、エリィは歯噛みした。カルラの蹴りが触手顎をふっ飛ばしたらしい。


「カルラ!! 平気なの!?」


「あれくらいなんともねーよ!! とっととコイツら抑えて、撤退するんだろ?」


 ああもう、本当にコイツってやつは。ニヤリと笑うカルラに、エリィは思う。コイツには、やっぱり敵わないと。そして、エリィも破顔した。レイピアを握る手が、少しだけ緩む。着地し、龍骨の隣に並び立つ。


「怪我のせいで私の足を引っ張らないでよ?」


「それはこっちのセリフだぜ、エリィ。お前もボロボロだしな」


 相対する触手顎は四本。その鎌首を……否、龍気の砲塔をこちらに向けて、輝く龍気の弾丸を、口腔に溜めている。見上げる夜空の星々のように、龍星瞬く夜空に四つの龍気が、こちらを見下ろしていた。


「──────!!」


「「行くぞ!!」」


 龍気が放たれる。直線上にあるものを破壊するという龍の意志の具現化が、二人に対して牙を剥く。輝く破壊の暴威を、二人はなんの躊躇いもなく踏み込んで回避しつつ、触手顎へと接近した。背を向け合うエリィとカルラ、呼吸が重なる。まるでひとつの生き物じみたシンクロの動きで、刃を繰り出した。


「オラァ!!」


一対の触手顎が吹き飛ぶが、まだ一対ある。当然噛み付こうとその首を伸ばすが、背中合わせのエリィとカルラに死角はない。互いの位置を交換するように回って、その勢いのままに刃を横一文字。狙いが少しブレて真っ二つの太刀筋とはいかないが、触手顎の上顎にレイピアの刃がくいこんだ。


「───!?」


「はああああああああああッ!!」


 裂帛の声と、ありったけの力と、回転の勢いとを、全てそれに注ぎ込む。重い重い柄を押し込んで、遂にそれは来る。ブジュッという潰れるような音と共に、一気に手応えが軽くなった。エリィは口の端を歪める。


「──────!!」


 切り裂かれた痛みにのたうつ触手顎をトドメとばかりに蹴っ飛ばして、エリィは一息ついた。背中越しのカルラの気配も、戦闘のそれではなかった。


「エリィ、もう休憩か? 俺が受け持ったほうがいいんじゃないか?」


「バカルラは休み休み言いなさい、無理して強がらなくていいのよ」


 軽口を叩いて、再び魔力を強める。もうこの際だ、消耗は考えない。


 ───────そして、レイピアを構えて、その刃を触手顎に叩き込もうとしたその刹那だった。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 夜闇の森を、バキバキバキバキ!!という凄まじい轟音が貫いたのだった。

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