第22話 暉餓、強襲―①
「ッッ────………」
全身が粟立つような恐怖と威圧感に、エリィは無意識に震えてしまう。だが、それよりも少年が喰われたという事実と、目の前に龍がいるという事実が、エリィを却って冷静にさせていた。今やるべきことはただ一つ。
「て、敵襲─────ッ!!!!」
全力の叫びが木々を揺らし、天幕の向こうまで響いた。にわかにざわめき出す天幕を背に、エリィはレイピアを抜き放った。六つの輝きが、どんどん近づいてくる。木々をなぎ倒す音に混じって、奴の吐息が聞こえてくる。
「UUUUUU…………」
「こんなときに……!」
べトルが駆けつける。フル装備とは言い難いが、かなりガチガチに装備が固められている。それに続くように隊員も集結する。べトルは地面に斃れている死体を一瞥して顔をしかめるが、すぐさま前を向く。切り替えの早い人間だ。
「エリーナさん!! 何匹だ!?」
「六匹だと思う……、かなりヤバいわ」
バキバキバキ!!と木々を踏み壊す轟音が目前にまで迫り、ソレが姿を表す。四つののたくる蛇のような触手、胸にある巨大な太刀傷じみた顎。そして何より─────圧倒的なまでの、威圧感。生物としての格が、完全に別次元だと一瞬で理解できるほどの存在感だった。
「UUUUUUUUUUU…………」
「たった、一匹……?」
「エリーナさん……コイツは、駄目だ」
べトルの声が、震えている。持つ槍も、それに合わせてぷるぷると。A級冒険者の彼が、完全に怯えている様子であった。
「え?」
「コイツは────────〈六王龍〉が一柱、『暉餓龍』グルム=ヴェールブだ!!!」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
六つの顎が同時に開き、大音声の雄叫びが轟く。ビリビリと空気が震え、眠気など一切合切を吹き飛ばす。べトルは即座に振り返って、隊員に指示を出す。
「全員、逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「なんで六王龍がここに!?」
「やめろ、押すなッ!?」
「速く逃げろーッ!!」
隊員全員が、弾かれたように逃げ出す。押し合いへし合いながら、グルムに背を向ける形で。だが、そんな行動など、『暉餓龍』にとってみればは餌が群がっているようにしか見えない。即座に顎のついた触手───触手顎が蠢いた。
「ごはッ!?」
「掴まれ──あがッ!?」
「やめろ、死にたくないッ!?」
「きゃああああああああああああッ!!」
哀れ四人が顎に挟まれ、持ち上げられる。彼らの身体に牙が食い込み、悲鳴が重なった。そして持ち上げられてそのまま、まるで玩具で遊ぶかのようにブンブンと振り回される。縦横無尽に振り回される触手顎と挟まれた犠牲者たちに、冒険者たちが防御もままならぬままふっ飛ばされていく。
「お前らァ!! 触手を狙えェ!!倒そうなんて思うな、逃げる時間だけ稼げ!!」
「べトル、動きがめちゃくちゃで狙えねぇ!」
「魔術を打つとあの人達に当たるわ!?」
「気にすんな、とにかく逃げる時間を作りやがれ!!」
べトルが語気を強めて指示を叫ぶ。だがしかし散り散りに返答が飛び、攻撃をする冒険者も混乱しきりでうまく指示が通らない。何度もべトルが叫んでも、無慈悲に吹っ飛んでいく冒険者ばかりだ。
エリィの方にも、凄まじい勢いで触手が迫ってきた。魔力を一気に熾して、エリィは顔をしかめる。
「アイツ、来ないのかしら……!! 華焔流───"錦牡丹"!!」
雷霆纏う一閃が触手と激突する。触手に龍気は纏われていないはずなのに、まるで丸太に斬りつけているような重量感がエリィの手に返ってくる。
「くううううううッ……重い!」
「エリーナさん、合わせて!! 葬槍流────"将爻"!!」
「ッ、はい!! 華焔流───"柳"!!」
べトルの回転する槍の一突きと、エリィの踏み込みからの一閃が触手顎を弾き飛ばす。二人がかりの全力でなんとか返せるレベルの攻撃が通常攻撃など、異次元すぎる。
初めて触手顎に抵抗を感じたためか、グルムがこちらを向く。その蒼い瞳がこちらを完全に見据えていた。どうやら次の餌はエリィたちと決めたようだ。
「ッ───狙われたか」
「……今のうちに、隊員を逃がしましょう」
「…………そうだな。おい、俺達が狙われている間に逃げろ! もう掴まれているやつは諦めるんだ、いいな!!」
ベトルの指示を聞いた者はどんどんと天幕を放棄して逃げていく。聖樹の薪を燃やしている火を持つことで、下山中に他の龍に襲われないようにしながら。
四本の触手顎がこちらを睥睨している。震え上がるほど悍ましい、顎のみを持つ奇怪な蛇じみたそれが、いつでも襲いかかれるように輝く口を開いていた。胸の顎は閉じて何かを咀嚼している。さっきまで触手顎で掴んでいたアレらを、放り込んだのだろう。
「チッ、喰われた!」
「もう助けるのは無理だと分かってたとは言え、キツイわね……」
「UUUUUUUUUUU…………AAAAAAAAA!!」
「来るぞ!!」
触手顎が、伸びる。カルラの三倍速と同等、いや少し上レベルの速度で、エリィとべトルに向かって爆発するが如く。速いが、狙いは直線的だ。エリィもべトルも横っ飛びで回避する。だが、触手顎は二本だけではない。遅れて到着する追加の二本が、牙を剥く。エリィはレイピアを構えて、全力で突き出した。一突きは突撃する触手顎に掠れ、その暴威の矛先を少しだけズラす。エリィはその開けた隙間に身体をねじ込んで、無理やり回避しながらグルムへ接近した。
「当たらなければどうってこと────」
「GAAAAAAAAAA!!」
「ッ─────あぐッ!!」
触手顎を避けたからと言って、グルムの攻撃が終わることはない。なぜなら、グルムには四肢が生えているのだから。振り抜かれた巨大な腕に、エリィは咄嗟に腕を重ねて防御することしか出来なかった。エリィの身体が木々に叩きつけられ、緊張で吸い込んでいた息を強制的に吐き出された。全身に痛みと衝撃が駆け抜ける。その隙に代わりべトルがグルムへと近づいていた。魔力も全開の、本気のべトルの一突きが放たれる。
「はあああああああああああッ! 葬槍流───"獨境"!!」
べトルの槍がグルムの体表に突き刺さ───らない。龍気の鎧を纏っていないのに、異常なまでに硬い。グルムは槍を全力で押し込むが、うんともすんとも動かなかった。なんとか痛みから立ち上がったエリィは、苦労しているべトルの横に迫る触手顎を認識した。
「べトル、横!!」
「ッ!!」
べトルはエリィの指摘になんとか左手の盾を滑り込ませて、触手顎の牙を防いだ。しかし、牙は防げても勢いは消せない。ガードした盾ごと、夜闇の空にべトルの体が舞い上げられた。エリィの身体は叩きつけられた痛みが残るがまだ動ける。宙に浮いているべトルに追撃されないように動くべきだ。
「【纏雷】出力強化!! 華焔流────"花雷"!!」
薄暗い夜の戦場を照らすようにエリィの纏う電気が弾ける。迫る触手顎を紙一重で避けて、べトルを狙っている別の触手顎へと連続の打突を繰り出した。走る勢いと雷撃によって強化された突きは流石のグルムの触手顎でも耐えきれなかったらしい。触手顎の先があらぬ方向へと吹っ飛んだ。
「助かる!!」
「どういたしまして。……もー、あのバカは何時になったら来るのよ!! こんな時アイツなら絶対飛び込んでくるのに!!」
「〈山猫の尾〉のメンバーは逃走の手助けしてるしね……彼が来ないのは少し想定外だ。二人はもうキツすぎる……」
「UUUUUUUU───………」
今はなんとかできているが、危うい綱渡りなのは変わらないし、エリィの身体は未だにずきずきと痛みを訴えている。このまま二人で戦ってしまえばジリ貧なのは明らかだ。グルムはこちらを見て低い唸り声を出している。なかなか目の前の餌が食べられないことに、フラストレーションを溜めているのだろう。
「GA、AAAAAAAAAAAAAAAAAAA────ッ!!」
業を煮やしたグルムが、その巨体ごと突貫する。勿論、それに先駆けるように触手顎がエリィたちを狙って伸びてきた。
「葬槍流────"甲転"!」
「華焔流────"冠菊"!」
レイピアと長槍が触手顎をそれぞれ迎え撃つ。それぞれ二本ずつを弾くが、勢いづく本体の突貫はどうしようもない。二人でアレを止めることは、巨大な川の流れを二人で止めることに等しい。つまり、不可能なのだ。力強く上げられた腕が、二人に向けて振り下ろされ─────
「──────【加速:三倍速】!!」
「ハッ…………遅いのよ、バカルラ!!」
超速の龍骨が、グルムの腕を切り裂いたのだった。




