第21話 龍星明かりの下で
「あ゛ー、つっかれた……」
「へばってるね、カルラ」
「べトル……なんだ、笑いに来たのか?」
「違うよ、むしろ真逆。感謝しに来たんだ」
エリィの隣で大の字になっていたカルラは身体を起こす。焚き火の明かりに照らされるべトルの顔は笑顔を浮かべていた。本当に感謝しているというのは嘘じゃないらしい。
「君たちが龍を倒してくれなきゃ、部隊は絶対犠牲者が出ていた。だから、心からの感謝を。…………龍を二人で二体も倒せるようなパーティがなんで今まで埋もれてたのか気になりはするけどね」
「まー察してくれ、事情がない人間なんていないだろ」
「アハハ、その通りだ」
昼から続いた龍の襲撃は夕方には終わった。消耗しきってしまった鎮圧部隊は、ここで一晩を明かすということで野営をしているのだ。既に天幕も焚き火も設営できていて、後はアレをするだけだ。エリィが身体を起こすと、べトルに一人近づいてきていた。設営の係をやっている人だろう。
「べトルさん、聖樹の薪ってどこですか?」
「ああ、それなら向こうの天幕が物品類の置き場になってるから、そこに置いてあるはずだよ」
「やっぱりこの人数ともなると聖樹の薪も相当量いるんじゃないの?」
「そうだねぇ……焚き火それぞれに入れる分いるから、エルキス教に金を積んだことは否定しないさ」
龍が横行する都市の外で一晩を明かす際、やらなければならないことが必ずある。それが、寝ている間の龍や竜への対策だ。竜くらいであれば不寝番を立てて対応することができるが、龍となるとそうは行かない。故に、この世界で重宝されているものがある。それこそ、聖樹だ。聖樹の匂いは国を一つ守れるほど龍を寄せ付けないため、聖樹から削り取った薪は龍避けのアイテムとして引っ張りだこなのである。
「この部隊って、そんなに金を掛けてるのね……」
「まあ空腹期は放っておくと被害が拡大する一方だから。金を掛けてでも上は鎮圧したいってことだろうね」
べトルは嘆息した。まるで、任務をやるこっちの身にもなって欲しい、と言った表情にエリィは少し口の端を緩める。まんざらでもないくせに、建前ばっかりだ。だが、エリィはそこを口に出すほど野暮でもない。
と、エリィにも一人近づいてきた。
「エリーナさん、少し良いですか?」
「私? まあいいけど……」
「カルラさん、エリーナさんを借りていきますね」
「おうおう、レンタル料は後払いな」
「なんで私を物みたいに扱ってんのよ……」
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべるバカルラは後でデコピンの刑だ。少年に連れられ、エリィはとある天幕の裏に来た。お誂え向きに倒木があったので、適当に腰掛ける。少年はエリィに向き合うように地べたに座った。
「話なんですけど……まずは、ありがとうございます」
「? なんについてのお礼よ」
「いえ、途中で助けてもらったので……」
「ああ、あれのこと? それなら気にしなくて全く問題ないわよ。依頼を受けた以上、全員無事で達成してこそだからね」
「それでも、お礼が言いたかったんです」
「……じゃあ、気持ちだけ受け取っておくわね」
「はい、ありがとうございます!」
随分と素直、というか純真な少年だ。エリィはつい微笑ましくなって口がほころぶ。言いたいことを言った彼は上を向く。エリィもその視線に合わせるように、空を見上げた。
黄金に眩く輝く『龍星』は、元気に龍気をとめどなく放っている。ある種、うつくしく絵画じみた光景で。エリィはその気味悪さに、思わず目を細めた。
「─────僕、学院だと落ちこぼれだったんですよ」
「……」
「何をやってもてんでダメで、成績も下から数えた方が早かったんです」
「じゃあ、なんで冒険者になったの? ベトルの言じゃないけど、そんな人が冒険者を志望するのは自殺も同然じゃない」
「…………笑いませんか?」
「誰に言ってんのよ。私が人の夢を笑わないのは分かるでしょう?」
「……そうですね。エリーナさんは、そういう方ですもんね」
「躊躇わずに言いなさいって。口に出した夢は、目標に変わるんだから」
これはエリィの持論でしかないが、夢というものは胸にしまっておくものであり、口に出した瞬間からそれは叶えるべき目標に変わるものだと思う。だからエリィは一度口に出した約束や言葉は絶対裏切らないように心掛けているし、本当に叶えたいソレは、算段がつくまでずっと心の中にしまい込んでいたのだ。
彼もエリィの言葉に背中を押されたようで、真剣な表情を浮かべた。龍星の光が、彼の顔に影を落としている。
「─────端的に言えば……恋したんです」
「お、おおう……」
……生まれてこの方19年、エリーナ・アイアタルは人に恋慕の情を抱いたことが一度もなかった。ルルから恋愛相談だのなんだのは受けたことがあるが、恋愛的に好きだと思うような人はいなかったのだ。つまり、恋愛シロウト。エリィは少年の言葉に、変な返事しか返せなかった。
「いや、自分でも身分違いの恋だってわかってるんですよ?でも、好きになっちゃったものはしょうがないじゃないですか」
「急に饒舌になったわ……まぁ、そうね。人を好きになるっていうものは多分そういうものなのでしょうね」
「彼女の隣に誇らしく立てる男になりたい、そう思ってこの部隊に参加したんです」
そう語る彼の顔は真剣そのもので、本心からの決意だったということが伺える。……別に、彼みたいな理由は結構ありふれたものではある。冒険者なんて大なり小なりカッコつけたがる人がなるものではあるし、意中の相手に振り向いてもらうために名声を得たいなんていう者は結構多い。だから、エリィもふんふんと頷いて彼の言葉に理解を示せるというわけだ。
「ま、どんな大きさであろうとも君にとって重要かどうかが肝だから……その点で言えば命を賭す覚悟には足りてるかもね」
「……いいこと言いますね、エリーナさん」
「これでも貴方より歳上ですから。経験豊富ってやつよ」
「別に三歳くらいしか変わらないじゃないですか……話がだいぶ逸れましたね。僕が学院で落ちこぼれだっていうところは話しましたよね」
「ええ、というかそこしか聞いてないわ」
学院で落ちこぼれということを語ってエリィに何を言いたいのか。エリィは少年の次の言葉が紡がれるのを待つ。彼の論理は薄々わかっているが、聞いてあげるのが年長者の務めだろう。
「僕は落ちこぼれだけど…………さっき言った通り、彼女に並び立てるくらい自慢の自分になりたいんです」
「その手伝いを、私にしてほしいってこと?」
「そうです。エリーナさん……僕に戦術を教えてください!」
「え、無理よ」
「即答!?」
即答するエリィに少年は目を丸くする。まさか断られるとは思ってもいなかったという顔だ。エリィは少し罪悪感を感じるが、これも少年のためだ。断っておかなければ。
「私は先生じゃないから。それに、戦術っていうものは定型は有っても正解はないわ」
「正解は、ない…………」
「学院のテストは明確に答えが決まっていて、それを導出する方法も決まっている。でも、戦術は違うのよ。相手、場所、仲間、コンディション……すべてが同じ状況なんて一切たりともないからこそ、明確な正解がない。だから、自分でそれを経験して、考え抜かなきゃ意味がないわ」
「……そう、ですね。その通りです」
少年はしょげた様子である。言葉尻がキツかっただろうか。エリィは雰囲気を緩めて、口元に軽く笑みを浮かべた。
「頼りたくなる気持ちもわかるわ、速く強くなりたいっていうのもね。でも、戦闘にショートカットはないわ。地道に積み重ねた経験だけが強さの証明になるのだから」
「出過ぎた真似をしてしまいましたね。ごめんなさい」
「謝る必要はないわよ。……そろそろ良い時間ね」
気づけばもうあたりはかなり静かになっている。皆眠りにつきはじめているのだろう。エリィも時間の経過に気づいたせいで欠伸が出てしまいそうだ。なんとか噛み殺して、少年に笑いかける。
「じゃ、私はこれで」
「今日はありがとうござ─────
ばくん。
ばたん。
「……………………………え?」
彼だったものが、地面に斃れる。エリィは、信じられなかった。首から上が抉り《《喰われた》》ソレが、数秒前まで喋っていた彼だと。
「────────ッッ!!」
じゅるり。
気配に、振り向く。夜闇の森の中に、六つの浮かび上がる光があった。その形は、まるで嘲笑するかのようにぱっくりと開いた顎なのだった。




