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『喰龍』のカルラ  作者: 新切 有鰤
第一章 『暉餓龍』のシチュー編
20/39

第20話 第二次空腹期鎮圧部隊―⑥

 異常は、四合目の半ばからだった。はっきりとわかる、異常が。


「GUUUUUUUUUU!!」


「OOOOOOOOOOO!!」


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


「多すぎるでしょ……!! イカれてんの!?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「お前ら! ビビんな! 焦らず一体一体撃破してけ!!」


 戦場は、とてつもない混沌に満ちていた。理由?そんなものは簡単だ。一体でも脅威になる龍が、三体も同時に押し寄せてきたからだ。怒号と悲鳴、鳴き声と泣き声が響く。

 一体は〈山猫の尾〉が受け持っているが、二体は残りの面子で戦わなければならなかった。べトルが相手取りながら指示を出してはいるが、一度崩れた指示ラインは立て直すことが難しいのはどんな戦場でもそうだ。混乱する部隊はがむしゃらに龍に攻撃を重ねることしか出来ない。このままでは埒が明かないし、いずれ全滅してしまう。どうすれば。


「おいエリィ! 一体片付ける!!」


「ッ、そうね!! 私達がやりましょう!!」


 カルラの声が聞こえた。それだけで、エリィは今までの暗澹たる思考を投げ捨てる。そうだ、今は彼がいる。彼がいるのなら、龍に負けるはずがない。


「【加速(アクセル)三倍速(サーズ)】!!」


「【纏雷(ボルトチャージ)】最大出力!!」


 カルラが魔力の輝きを纏って、エリィが雷をものにする。目の前の羽虫が突然強力な魔力を放出したことで、龍は刹那エリィ達を見る。しかしなぜかこちらの方に注視することはなく、再び隊員たちが集まっている方を向いていた。エリィに不審がる気持ちが芽生えてくる。


(最初に出会った龍も、その次に会った龍も……どの龍も、人の多い方を見ていた? 何故? ……いや、今はそれは関係ないわ。私のやるべきことは、龍を倒して皆の負担を無くすこと!!)


 迷う暇はない、覚悟は決まった。たった二人での龍殺し(ドラゴンスレイ)を、他人を傷つけないために迅速に行う覚悟は。眼前を屹然と睨みつける。そこには、龍の巨体が悠然と存在していた。


「行くわよ!!」


「おう!!」


 斬閃と迅雷が、瞬く。それは、カルラとエリィが龍へと駆け抜ける残光。狙うは龍の首……ではなく、今回は四肢を狙う。どうせカルラが全身を隈無くやってくれるんだ、こちらはそれを邪魔させないようにするのが役目のはずだ。


「AAAAAAAAAAAAAAAA────ッ!!」


 龍が吠え、ビリビリと空気が揺れる。流石に自分が狙われていると分かれば、応戦しないはずもない。輝く龍気が雨あられのごとく射出された。しかし狙いは荒く、叫びも龍気にもビビることはない。エリィもカルラも余裕の速度で避け、龍に肉薄した。


「オラオラオラ!!」


「華焔流────"花雷(はならい)"!!」


 カルラのバスタードソードが龍の皮膚を駆け抜ける。途端に鱗の隙間から鮮血が飛び散る。さらにエリィの連続した突きが身体を支える前足に突き刺さる。龍気の流れ、その間隙を的確に刺し貫いた。更に、電撃が脚に流し込まれたことで龍が苦悶の表情を浮かべる。


「UUUUUUUU!?」


「まだまだァ!」


「もう片方も貫いてあげる! 華焔流──────"柳"!!」


 カルラが龍の周りを縦横無尽に駆け抜けながら龍気を無視して斬撃を食らわせ、エリィのレイピアの剣閃が脚に纏う龍気を噛み砕く。連続する痛みに耐えながら、龍は身体を震わせた。龍気を放つつもりだろう。


「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 身体に纏う龍気を射出し始める。それは、防御をかなぐり捨てても絶対に倒すという龍の殺意の現れだった。しかし、今龍が相手しているのは超速の戦士二人。当たらぬ、当たらぬ。エリィもカルラも龍気に当たるはずもないのだ。連続する斬撃が、龍を食いちぎっていく。

 ……エリィは、レイピアを振りながら不審に思う。龍の強さについてだ。強すぎるのではない、むしろ真逆。あまりに弱すぎるのだ(・・・・・・・・・・)。最初に出会った龍も、その後応戦した龍も、そしてこの龍も。いくらカルラがいるとは言え、二人で龍を押し込んでいるなんて異常以外の何物でもな──────


「─────エリィ前だ!!」


「ッ!!」


 衝撃が、エリィの体を吹き飛ばす。咄嗟に腕を噛ませたお陰で痛む箇所は腕だけだが、その腕がじんじんと染みるように痛む。どうやら尾で叩きつけられたらしい。レイピアを持つ手が震えるが、まだ戦える。痛みなんて慣れっこだ。

 龍は未だ纏わりつくカルラを振り切ろうと暴れ、龍気を放っていた。その龍気も、輝きが目減りしている気がする。

 カルラが目線を送り、こちらに無事を問うてくる。


「大丈夫か?」


「ええ、なんとか……考え事してたの」


「集中しろっての、もうすぐ倒せるんだから!」


「はいはい、分かってるわよ!」


 カルラが一気に踏み込み、エリィも再び戦線に復帰する。もうこの龍の命が潰えるのもすぐだ、一気に切り刻んで微塵切りにしてやろうではないか。龍が弱い?弱くなる分には歓迎だろう。なにを不安がる必要がある。


「カルラ! 一気に決めましょう!」


「あたぼうよっ! 【加速(アクセル):四倍速(フォース)】!!」


「華焔流─────"八重芯(やえしん)冠菊(かむろぎく)"!!」


「AAAAAAAAAAAAA────────……………」


 カルラの姿が掻き消える。もはや目で追うことは不可能になった速度の斬撃が、龍の胴体に十文字の巨大な太刀傷を刻む。さらにエリィ渾身の三段突きが雷を伴って首を抉り食らった。二つの必殺が龍の命を喰らい切り、龍はどうと斃れる。


「まずは一匹ィ!!」


「カルラ! とっとともう一体の方も行くわよ!」


 一体を倒してもまだいる、安心はできない。〈山猫の尾〉のほうが担当している龍も、もう瀕死といった風体なのはチラと見て分かった。あとは皆で対処に当たっている一体だけ────、そう思ったのもつかの間だった。


「───GOOOOOOOOOOOOOO!!」


「なッ!?」


「まだ来るのかよ!?」


 空からもう一体が飛翔してきた。龍のおかわりなど、前代未聞すぎる。エリィは思わず天を仰ぎそうになるが、今はそんなことをしている暇などない。

 エリィは思考する、この現状を打開する策を。ベトルが手が離せない以上、エリィが別働隊の指揮をするのも一手だろう。別にカルラは一人で龍を相手にできる、それはもう身をもって知っているのだから。


「カルラ、アレ相手しといて! なんなら本気でもいい!!」


「本当に本気でやっていいんだな?」


「ええ、ここを乗り切らなきゃ温存もクソもないわ!」


 カルラの戦闘は、極めて非効率だ。いや、本気のを付けた方がいいか。カルラの本気の【加速(アクセル)】は、その速度の制御と安全の確保のために魔力を大きく消費してしまう。だから、再使用までの時間が長いのだ。【三倍速(サーズ)】は二時間程度とまだいい方で、全身に【四倍速(フォース)】を掛けて五分闘えば半日は【加速(アクセル)】が使えなくなってしまうのだ。だから彼はよく部分加速……身体の一部分だけを加速するようにして燃費を良くしているわけである。

 この第二次空腹期鎮圧部隊は休憩が少ないことは事前に知らされていたので、エリィがカルラの本気を禁止していたのだ。だがしかし、こんな追い詰められた状況なのなら本気を縛る意味など無い。カルラはエリィの言葉に喜色満面。


「おっしゃあ、テメェは秒で刻んでスープにでもぶち込んでやらァ!! 【加速(アクセル)四倍速(フォース)】!!」


(そっちは任せたわよ! 私はあっちを──────ッ!!)


 再び雷を強める。本物の雷霆のような速度で戦場を駆け抜け、ナックたちが戦っている龍の元へと馳せ参じた。こちらの戦線の方は前衛組が龍の気を引きつけているが、後衛組が完全に萎縮していた。弾幕を貼ろうとしているのは分かるが連打の回数が足りない。エリィはざっと戦況を把握し、レイピアを地面にカンカンと叩きつける。


「皆! 聞いて!」


「助けに来てくれたんですね、エリーナさん!」


「ええ。後衛組、とにかく顔を狙いなさい! 前衛組は死ぬ気で龍に喰らいついて!」


「「「ッ、はい!!」」」


 いい返事だ。エリィは笑顔を浮かべる。なるべく皆が余裕だと思えるように。エリィが指示を飛ばした直後から、魔術やら矢やらが顔に殺到し始めた。弾幕の連打回数は足りないが、龍の気を散らせるには十分だ。龍も生物、龍気があるとは言え顔を攻撃されれば鬱陶しいに違いない。


「行くわよ、少年! 華焔流────"蜂"!!」


「はい! 水剣流──"浄水"!!」


 エリィの剣戟が花開き、ナックの剣が龍気にダメージを与える。振るわれる戦斧が尾を弾き飛ばし、突き出された槍によって龍の身体が抉られた。重ねられるダメージと顔面に叩きつけられる魔術たちに、龍はふるふると身体を震わせた。


「UUUUUUUUUUU───────AAAAAAAAAAAAAA!!」


「うわぁッ!?」


「ぐッ!?」


 雄叫びとともに龍気が爆ぜた。うまく避けられなかったナックや他の前衛が吹き飛ばされるが、防御はなんとか噛ませられている。致命傷にはならないはずだ。エリィは迫る龍気の弾丸をレイピアで弾き飛ばしながら再度龍に接近する。


(私の仮定が正しければ、この龍もすぐに倒せるはず─────!!)


「UUUUUUUUUUUUUUUU!!」


「ッ!!」


 近づいてくるエリィを明確な脅威とみなしたのだろう。未だ魔術が降り注いでいる顔をこちらに向けて、口腔を開いた。そこに集まるは龍気、【龍咆哮(ブレス)】か。煌めく口腔は今にも発射寸前の証拠、この距離から放たれれば回避は難しい。どうする。どうすれば……ッ!レイピアを握る手に力が籠もる。


「─────────エリィ!!」


「…………ハッ、ナイスタイミング!! カルラ!!」


 その声を、違えるはずがない。エリィの顔に笑みが浮かぶ。レイピアを、構えた。


「決めるぜ!!」


「ええ!!」


 超速の剣閃と刺突が、龍の命を散らしたのだった。

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