第19話 第二次空腹期鎮圧部隊―⑤
霊脈龍山を登るときに、最もよく言われることがある。それは───────休憩を取りすぎるな、ということだ。ひとえに何故と問われることも多い。龍が蔓延る登山なんて、休憩を取れるだけ取るほうがいいに決まっていると思われるからだ。
だが、それは間違いである。それを今エリィは実感していた。
「はぁ、キッツいわね……」
鎮圧部隊が霊脈龍山を登り始めて三時間ほどが経った。龍との接敵は今のところなく、順調に二合目の終わり間際まで近づいている。だが、その精神は、順調というわけにはいかなかった。いつ龍に出くわすかわからないから気を張り詰め続けなければならないし、登山だから足元や前をしっかり見て注意をしなければならない。とにかく精神が削られるのだ。
しかしだからといって休みをこまめに挟んでしまうと、それが罠となる。休憩というものは必定、精神が深く緩む瞬間である。それが緊張するからと言ってこまめに挟んでみろ。精神は緩みきり、龍への備えがなぁなぁになってしまうだろう。
「だからといって休憩無しもキツイのよ……ままならないわね」
「泣き言言うなって、エリィ。俺まで辛くなってくるだろ」
「逆になんで貴方はケロッとしてんのよ。いや、そりゃそうか……貴方は別に龍が出ても一人で処理できるから、緊張する必要がないものね」
「緊張はするさ、俺だって。回数と自信の問題だっつーの」
カルラの前向きな馬鹿さがエリィは羨ましかった。いや、馬鹿さと言うよりかは自信過剰である部分か。部隊の進行は三合目まで突入していて、竜は出れど龍は出ない。そして部隊の士気は衰えがあまりなく、順調ではある。逆に順調すぎて怖いくらいだ。
ユルティからの事前情報によればそろそろ龍がでてきてもおかしくない。エリィは一層気を引き締めたいと思ったその刹那だった。
「ッ────!!」
「総員、対龍戦準備!!前方十時の方向からくるぞ!!」
龍気特有の重圧を、隊員全員が感じ取る。一気に殺気立つ雰囲気の中、べトルの厳しい指示が飛び出した。その指示に従って、散開する。エリィもカルラも前衛組なので、べトルの近くに集まっておく。
「「「GYAAAAAAAAAAAAA!!」」」
「GOOOOO!」
「接敵! 龍が一体、竜が五体です!!」
「戦車、旋回開始! 翼を狙え!近接組は、竜の露払いだ!!」
「「「了解!!」」」
べトルの指示が出るやいなや、カルラが飛び出す。当然、加速された状態でだ。力強く踏み込んで、龍骨が上空で羽ばたく竜を強襲するごとく跳び上がった。エリィもそれに続いて走り出す。背後ではガタガタゴトゴト!!という車輪が回転する音とともに、魔術の詠唱が聞こえていた。龍は戦車の方に一先ず任せ、こちらは竜の撃破だ。与えられた役割はこなさなければ。
「フン!!」
「オラよッ!!」
べトルが投げ放った長槍が一体の竜の翼を貫き墜落させ、飛び上がったカルラのバスタードソードが竜を一刀両断。更に魔術が龍へと降り注ぎ始めた。翼をはためかせる龍は、降り注ぐ弾幕を弾き飛ばすかのように、空気を揺らす雄叫びを上げる。
「OOOOOAAAAA!」
「色々負けてられない、わねッ!!」
「GYAGAAAAAAAAAAAAA!!」
エリィも飛び上がり、竜に一太刀を浴びせる。レイピアの一撃は軽く、それだけでは落とすに至らない……訳がない。なぜならエリィは既に魔法を発動をしているからだ。即座に竜を襲うは、電撃。
「GYABABABABABABABA!?」
「地面に落ちて、なさい!」
空中でくるりと回転。痺れている竜を蹴っ飛ばして、地面へと落とす。そして蹴っ飛ばした勢いを利用して、龍へと肉薄した。魔術が翼に集中している今、龍気を削るべきは腹か背中。全く同様のことをカルラも考えたのだろう。龍の向こうで、声と気配がした。
「エリィ! 俺が背中を叩く! 挟むぞ!!」
「わかったわ!!」
龍に生中な攻撃は隙を晒すだけだ。エリィは魔力を高めて纏う雷を激しくする。筋肉が硬直しきる寸前で止められた雷は、つまり最大火力だ。眼前に現れた羽虫に、しかして龍は興味を示さない。その口腔に龍気を集め、【龍咆哮】を戦車に向けて放とうとする構えだった。
…………エリィは、別にこの一戦で貢献しようだとか目立ちたいだとか、そういう気持ちはなかった。それに、エリィが主な脅威になっているという驕りも。この戦いは軍団での戦いであるし、敵意が分散するといものは理解しているからだ。
でも、しかし、眼前の生物に、一切の興味すら抱かれないというものは、プライドが許せない。それは、向こうの龍骨もきっと一緒だ。
「俺を─────」
「私を─────」
「「無視するんじゃねぇ!!」」
カルラとエリィ。二人が同時に全力の一閃を叩き込んだ。一人ひとりでは足りない攻撃も、〈龍牙万餐〉なら穿つ牙へと昇華できる。それに、カルラの一閃は龍気を無視して傷をつける。王の鎧は絶対などではない。二人の攻撃による衝撃が龍の巨体を傾けさせた。当然【龍咆哮】はチャージを中断され、背中を走る痛みに龍は身体を捩った。
「GUUUUUUUU!?」
二人の痛撃に、べトルはニヤリと笑う。模擬戦をしたときから只者ではないと薄々感じていたが、これほどまでとは。想定以上の掘り出し物に、口の端が歪む。
「…………マジでやりやがったな、カルラくん……ハッ、上々!! 今だ戦車、全力をぶつけろ!!!」
「はい!!」
「行きます!!」
痛みに悶える今こそ龍落としのチャンスだと、べトルの号令が響く。直後エリィの横で魔術の弾幕が広がった。龍が広げる羽根にすべて着弾し、龍気をゴリゴリと削る。重ね重ねの魔術と弓矢の猛攻に、ついに龍の羽根に龍気の穴が穿たれた。
「今だァ!! 【加速:三倍速】!!」
「GOOOOOOOOOOOOOOOO!?」
このチャンスを逃すはずもない。カルラが背中を蹴っ飛ばして羽根の付け根へと肉薄、バスタードソードの一閃を叩き込んだ。もとより更に重ねられた加速が威力を倍増しにすることで、ただのバスタードソードの攻撃が龍をのたうち回らせる痛烈な一撃へとグレードアップ。龍は羽根への激痛に、たちまち悲鳴を上げて落下していった。
エリィはその腹を蹴飛ばして地面に降り立ち、戦闘態勢を解いて見物と洒落込む。しばらくは【纏雷】の最大火力の反動で動けないのだから、本当に観客気分だ。
「まだまだァ!!」
「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
落ちる龍の背中をカルラの斬撃が走り回り、腹や他の部位は魔術が飽和攻撃を重ねる。龍気はそこかしこに穴が空き、もう近接攻撃が致命打になりうる領域まで来た。
しかし龍も馬鹿ではないし、生存本能は十全にあるのだ。その巨大な身体を揺れ動かし、自己に迫る攻撃と羽虫を吹き飛ばそうとする。確かに、その巨体が武器になるのは間違いない。更に、龍気を集めることなくそのまま射出し始めた。通常であれば自らの装甲を投げ捨てる愚行であるが、今現在では敵を殲滅する害意となる。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「コイツ、必死の抵抗を……!!」
「危ない! 速く回転しろ!」
近接職が数人吹き飛ばされ、戦車もあわや龍気が当たる寸前になってしまった。それでも、背中のカルラは捉えられるわけがない。高速で移動しているのだから当たり前だ。
「だがなァ、遅い攻撃なんざ当たらねぇよ!!」
「その通りだ、カルラくんよォ!!」
龍を穿つために、べトルも龍気を捌きつつ周囲の木々を蹴飛ばし龍の背中に飛び乗る。二人が龍の背中に並び立つ。つまり、こちらの勝ちだ。
「オラオラオラオラオラァ!!」
「喰らいやがれ!!」
「────!!」
カルラの斬閃が幾重の傷を生み出し、べトルの突きが鱗の間をえぐる。連続する脅威的なダメージに、龍は声なき悲鳴を上げるしか出来ない。ダメージにビクビクと震える龍は、もはや風前の灯だ。
「これで終わりにする! 葬槍龍────"甲転"!!」
べトルの渾身の一撃が龍の首へと完全直撃。龍気の鎧も、鱗の防御もない、必殺の一投が、龍の命を散らしたのだった。
「ふう……とりあえず一体、ね」
エリィは息をつく。最大火力から解除した雷の余韻がやけにひっかかったことは、感じないふりをしながら。




