第17話 第二次空腹期鎮圧部隊―③
べトルが膝をつく。その首筋には、バスタードソードが突きつけられていた。
「これでわかったか?さっきの言葉を取り消してもらおうか」
「っ、ああ……。俺の言い方が、悪かった」
エリィは事の発端を思い出す。それは、三十分ほど前に遡る。
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───三十分前。
「鎮圧部隊合同訓練を始める! まず、参加のパーティはこっちに来るように!」
ベトルの声が冒険者組合本部のだだっ広い訓練場に響く。カルラとエリィは当然初参加なので、ベトルの元に集まった。それ以外には……いかにも駆け出しと言わんばかりの少年少女三人組。それくらいか。それ以外の面子はといえば、もう早速模擬戦やら射撃訓練やらをし始めている。
「まず昨日も言った通りだが、戦車の説明をしようと思う。それを見てくれ」
ベトルが指さすところには、牛車の荷車部分から幌を木の壁に変えたような見目の、木組みの車輪が付いた台座だった。木の壁には顔より少し大きいくらいの穴が空いていて、そこから弓矢だの魔術だのを射出しようという意図なのだろう。
「基本的に魔術師と弓兵はこれに乗ってずっと打ち続ける感じだな。これを引っ張って時計回りに龍の周囲を回りながら全体的に攻撃を重ねるんだ」
「一箇所に重点的に攻撃したほうがよくないか?そっちのほうが貫通させやすいだろ」
カルラから当然の疑問が飛び出す。龍気とは鎧のようなものである以上、全体的に火力を覆っていくよりも一点に集中させてすぐ突破させたほうがよいのは確かだ。だが、それはパーティ対龍での常識。所変われば品変わる、セオリーなら尚更だ。べトルもその質問は来ると考えていたのだろう。ためらうことなく指を立てて説明する。
「回転しながら攻撃する理由は主に二つだな。一つが、戦車への攻撃の牽制だ。攻撃対象が回転すれば龍は攻撃するために身体ごと回転するという動作が入る。それは近接職にとっては当然隙になるからな」
「もう一つは?」
「軍団戦だから、当然近接職も大人数になるよな。でも、龍気に小さい穴しかなかったらどうなる?」
「ああ、そうか。そこに殺到して逆に攻撃しにくくなるのか」
「そう。せっかく龍気に風穴をぶち開けてもそこに大人数が詰めかければ攻撃できなくなって本末転倒。全体にちょうどよく龍気を削っていって、前衛全員が攻撃に参加できるようにしなきゃいけないんだ」
軍団とパーティの違いは、人数。人数が増えれば、ケアしないと行けない部分も増えるわけだ。特に、発生しがちなのが……手持ち無沙汰。人数が増えれば増えるほど、仕事が増えない限り、分割される仕事のサイズは小さくなっていく。極まれば、ゼロになるほど。それが龍の戦闘で発生するほうが、非効率の極みということだろう。
「それに、近接職はそっちの彼に説明した通り龍の攻撃を引きつけるのもやってもらうからな」
べトルはそこまで説明すると、一息ついた。何か質問はないか、という視線をこちらに送ってきているが、彼の説明は十分だった。後はぶっつけ本番で合わせていけばいいか、とエリィが思っていると……エリィの隣で、おずおずと手を挙げる少年がいた。駆け出しの少年だ。
「あの……龍の攻撃を引きつけるって仰りましたが……絶対無理です」
「……何故?」
「何故もないですよ! 龍の囮になれって……死ねって言ってるようなものじゃないですか!」
「いいや、俺が何故と聞いたのは……参加を表明した理由の方だよ、小僧」
「ッ……」
「こんなん危ないって分かりきっているのに、何故参加しようとする? 半端な覚悟でこれに挑もうとしてるから、そんな弱気なことが言えるんだろ。叶わない夢抱えてこっちに関わるんじゃねぇ、邪魔だから」
べトルの言は、冷酷だった。いや、現実的、といったほうがいいか。言い方は冷たいが、夢を打ち砕く現実の一言だ。彼はそうやって、A級へと現実を踏みしめて登ったのだろう。だからこそエリィは何も言えない。たとえ、少年が涙を流しそうな表情で苦虫を噛み潰していても。
だが、彼は違った。龍骨は、ふるふると震えている。並々ならぬ夢を抱く彼だからこそ、夢を追い求める心は誰よりも理解しているから。
「おい、そんな言い方はないだろうが」
「……肩を持つのか?」
「肩を持ちたいわけじゃあねぇよ。俺が言いたいのは、夢を他人が勝手に潰すなってことだ」
「夢を……ハン、理想論だな。お前も現実を知らないんだろ。龍骨なんて被ってふざけた姿で冒険者をやるような奴だからな」
「好きで被ってるわけないだろ、現実が分かってるA級冒険者サマはそんなことも分からないのか?」
「ッ、言ったな……!!」
べトルが怒りに拳を握る。だが、そのまま殴りかかることはしない。なぜならここは、十二分に武器も場所もあるのだから。互いに怒り意見を衝突させる冒険者が二人。そして設備も武器もあるのなら、やることはひとつしかないだろう。
「お前、名前は何だ?」
「カルラ。カルラ・ジクブリードだ」
「カルラ・ジクブリード、お前に模擬戦を申し込もう! 負けた方は発言の撤回でどうだ?」
「ああいいぜ、乗った!!」
カルラは背中のバスタードソードを抜き放ち、べトルは同じく背中に背負う長槍と盾を取り出す。二人の険悪な雰囲気に、他の訓練中の冒険者たちも思わず手を止めていた。
エリィは少年たちに目を向ける。自分達が原因になってこんな諍いが発生してしまったことに、縮こまっている。ここは先輩として、言っておくべきだろう。
「ねぇ、君。あんまり責任感じる必要はないわよ」
「……どうしてですか?」
「あの人が言う通り、自分の身の丈に合わない夢を抱えたら他人に迷惑をかけるかもしれない。でもそれは、貴方が決めることじゃない。迷惑云々なんて、貴方の主観でしかないわ。他人が迷惑に思ってるかどうかは、他人にしか分からないし、貴方が気にかける必要はないもの」
ルルから言われたあの一言は、エリィの胸の中で仕舞い込まれている。そしてその言葉が、他者を動かせるのなら本望だ。自分から受け継がれるように伝えるべきとまでは言わないが、誰かの心に回してあげたい。
「誰だって最初は初心者だし、半端な覚悟なものよ。逆に、半端な覚悟で龍に挑戦できるのなら精神性は上々じゃない」
「……でも、あの二人は僕のせいで」
「まぁ確かに貴方の発言が元なのは否定しないわ。でも、アレはもう貴方の発言がどうとかじゃなくて、プライドと信念がぶつかり合ってるだけだもの」
そうなってしまったということは、いずれこれが起こっていた可能性があるということ。それが龍の前でないだけマシだと思った方がいい。この世は起こしたことをなかったことにはできないのだから、割り切って次に行った方が得ではないだろうか。
そこまでエリィが言うと、少年はそこでようやく、笑みを浮かべた。安堵と感謝の念が存分に詰まった、笑みだった。
「ありがとうございます。えーっと……」
「ああ、私はエリィよ。エリーナ・アイアタル」
「はい、エリーナさん。僕はナック・デディスといいます。…………改めてありがとうございます」
「いいのよ。ささ、見守ろうじゃない。アイツがどう戦うのかをね」
エリィは腕を組んで、カルラの方を見やる。べトルとカルラは互いに距離を取って、得物を構え合っていた。ナックたちも、そっちの方を見る。
端から見れば、べトルのほうが装備も上等で、経験も豊富。故に、どちらが勝つかは火を見るよりも明らか……のはずだった。相手がカルラでなければ。だが、ナックたちはそれを知らない。彼らは再び、不安げな雰囲気を醸し始める。
「カルラさん……大丈夫なんですか? 相手はA級ですよ」
「まあ見てなさいって。というか、瞬き厳禁よ」
エリィが笑む。カルラとべトルの決闘が、今始まるのだった。




