第16話 第二次空腹期鎮圧部隊―②
「はい、それでは説明をさせてもらいますね」
フェノリア到着から二日後。刻印を終えた二人が組合の部長とやらに指定された時間に組合に行くと、多くの冒険者がいた。エリィカルラ含めて三十人ほど、パーティの人数を平均三人と仮定すれば十のパーティがここに集結している計算である。
「担当部長は現在別業務を行っているので、私ユルティ・マキャベリが説明を担当します」
彼女は二日前カルラとエリィに応対してくれた受付だったはずだ。偶然もあるもんだな、とエリィは軽く笑う。彼女は至って真面目な空気を以て口を開く。
「では、作戦概要をば。貴方がた鎮圧部隊の皆様には、霊脈龍山の六合目まで進んでもらいます。道中の龍は出会い次第撃退または討伐をするように」
霊脈龍山はほぼ頂上の霊穿を十合目として十分割された道程が設定されている。その五分の三まで進めというわけか。
「六合目までで一体も出会わなかった場合は?」
「そんな場合は有り得ません」
参加者と思しき男から質問が飛ぶが、ユルティはそれをバッサリ切り捨てる。絶対にないと、即答でだ。それほどまでに空腹期は龍が活発になるということなのだろう。その質問をした冒険者も、わかっていたが一応聞いてみたみたいな雰囲気で、ふんふんと頷いていた。
「そして、今回の空腹期鎮圧部隊の隊長を務めていただくのは、A級パーティの〈山猫の尾〉のリーダー、べトルさんです」
「おう、よろしく。こういうのは初めての奴は、俺に聞いてくれよ」
壮年の男が前に歩みでる。いかにもベテラン冒険者といった風貌で、装備も高級そうなモノをつけているのがわかる。伊達にA級になっているだけはあると言った感じだ。
「龍と出会った際の戦闘指揮は彼に一任しますので、従うようにお願いします。では次に、報酬の話をします」
報酬。彼女が説明していたのは特別な手当てがでるということだけで、いくらか具体的な数字が言われることはなかった。エリィとカルラは別に金稼ぎを目的としているわけではないが、日銭を稼ぐという観点ではたくさんもらえることに越したことはない。そしてこの作戦に参加する冒険者の殆ども同様の考えらしく、一気に空気がピリつく。生半な金額であればボイコットしてやるぞ、という目がギラついている。
「六合目から帰還したもの一人につき一律五十万ニーマ、討伐した龍の素材は別買い取りとなります」
「めちゃくちゃ美味しいわね……」
「そんなになのか」
ユルティの説明を受けたエリィがぽそりと感想を漏らすと、カルラが食いついてくる。冒険者になりたてであるから、依頼の相場というものがわかってないのだろう。エリィは軽く頷いて、小声で話す。
「ええ、普通の依頼が大抵一回二万ニーマ前後だから……それの二十五倍ね。龍の素材買い取りも含めたら、百万ニーマ超えるかもしれないわ」
「そりゃ誰でも参加したくならねーか?」
「そうね、でもこの人数で収まってるということは……まあそういうことでしょうね」
エリィは察する。報酬がいい話には大抵裏がある。例えば犯罪絡みとか、──────飛び抜けて危険だとか。今回は組合の公式であるから……後者に違いない。いわゆる、ハイリスクハイリターンというやつだ。彼らも納得する金額を提示されて、剣呑な雰囲気は霧散する。だが、完全に緊張感が抜けきっているほどではない、絶妙なそれではある。
「最後に、べトルさんから対龍戦での作戦を説明してもらいます。べトルさん、お願いします」
「対龍に関してはこの人数だから……よくある戦車を使った二段階討伐で行こうと思う。異論は無いな?」
対龍戦において、一パーティと一軍団では全く戦い方が異なる。今回の鎮圧部隊は軍団規模であることから、軍団用の戦術を行うということなのだろう。だが、戦車という言葉にエリィは聞き馴染みがなかった。というわけで、質問をするために手を上げる。
「異論ではないのだけど……戦車って言うのは何かしら?」
「ん、ああ。軍団での戦闘をしたことがないやつは分かんねぇか……えーと、戦車つうのは、簡単に言えば魔術師と弓兵を載せて動く砲台だな。基本的には、牛車を改造する形で動かせるようにしているな」
ベトル曰く、軍団対龍では、まず初めに龍気の鎧を魔術やら弓矢やらで突破するのがセオリーらしい。だがそれらの遠距離攻撃は、火力を高めるためには時間がかかる。臨戦態勢の龍の前でちんたら詠唱なんてしてようものなら、一瞬で消し飛ばされるだろう。だからこそ、遠距離攻撃組がながら移動をできるように荷台に載せるというわけだ。
「まぁ見せた方が早いか。明日、鎮圧部隊用の演習訓練をやるからそこで見せる」
「わかりました」
「俺からもいいか?」
エリィが聞き終わると、カルラが手を上げながら歩み出てきた。明らかに冒険者の中でも異様な見た目の奴が出てきたことで、流石のA級冒険者サマでも動揺を隠せていなかった。べトルは直ぐ様笑顔を繕うと、カルラに向き合う。
「なんだ?」
「いや、前衛は魔術兵がダメージを与えている間何をするのかってことを聞きたくてな」
「…………そんなことか。それは簡単だ、戦車に攻撃が流れないように、うまく攻撃を誘導する役を担うんだよ」
「つまり、囮ってことか?」
「まあ、ぶっちゃけて言ってしまえばそうだな。剣戟で龍気を突破できるやつなんてS級にしかいないし、前衛は龍気を突破するまではチクチク龍気を削っていくしかできないだろ」
何を当たり前のことを、というべトルの顔。カルラの表情は龍骨で隠れているが、その瞳の奥ではエリィが読み取る限り自慢げな色が浮かんでいる。べトル、目の前にいるぞ。剣戟で龍気を突破したやつが。
「なるほどな、大体わかった。こっちのエリィも俺も前衛配置でよろしく頼むぜ」
そう言うと、カルラは背を向けてすたこら行ってしまった。エリィも「失礼するわ」と言ってから軽く頭を下げて、カルラを追う。自由人……というよりかは褒められて満足したから帰ろうとしてるだけだろう。組合の扉を飛び出ると、彼のローブが進んでいるのが見えた。エリィは二、三歩で追いつく。
「カルラ、ちょっと待ちなさいよ」
「んあ、エリィか。聞いたか〜〜? アイツ、目の前にいるってのにS級しかできないとか言ってたぜ」
「そりゃ予想できないでしょうよ、目の前のこんな変人が龍を単独撃破できる実力者なんて」
「なんか褒めてるのか微妙だな、エリィの方は」
「ギリギリ褒めてるわよ。 …………気になったのだけど、どうやって龍気の鎧をバスタードソードで貫通しているの? 龍気って普通刃物は弾くと思うんだけど……」
出会ったときもそうだし、その後の道中でも、カルラが龍を討伐するとき、龍気を剥がす様子はまったくなかった。まるで龍気を無視して攻撃できているかのように、鱗と刃が甲高い音をかき鳴らしていたのは記憶に深い。どうやっているのだろうか。
「龍気っつーのは、エネルギーの塊だと思われてがちなんだが……実際には違う」
「違うっていうならなんなのよ? エネルギーじゃないの?」
「エネルギーってとこまでは合ってんだが、塊じゃあねえ。アレの正体は、エネルギーの奔流だ」
「エネルギーの、奔流……」
「簡単に例えるんなら、流れがクソ速い川を思い浮かべるといいな」
流れの速い川に手を突っ込んでみたらわかるだろう。流れの方向に手が弾き飛ばされていくような感覚を覚えることが。それが龍の体の表面で起こっているというわけらしい。川と違うのは、その流れているエネルギーが循環しているということだけ。
「でも、そのことが貴方が龍気を無視できることとどう繋がってるのよ」
「俺の能力を忘れたわけじゃないよな、エリィ」
「カルラの……ああ、【加速】ね。それが……って、そういうこと? エネルギーが奔流だから、その奔流の速度と同じ速度で移動すれば、奔流を無視できる……」
「大正解!」
カルラの【加速】は〇〇倍と言っているが速度の調整は簡単らしい。それは本人から聞いている。だから、それを使ってエネルギー流の速度と全く同じ速度に調整しているのか。速度が同じであれば、相対速度はゼロ。故に、相手の流れに妨害されることはないということなのだろう。
エリィは、どうやってこのことを発見したのかとか龍気の速度に合わせるとかどういう動体視力してんのよとか言いたいことはあったが、聞かないことにする。彼の過去なんて、今には関係ないのだから。
「それにしても、もうちょっと愛想よくしなさいよ。これからあの人達と霊脈龍山攻略するのよ?」
「俺に愛想を期待するのか?」
「はあ、そうね……私が馬鹿だったわ。バカルラだもの」
「だからバカルラ言うなーっ!」
エリィは、笑ったのだった。霊脈龍山に向かうことが決まった恐怖を、弾き飛ばすように。




