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それが何なのか私は知らない  作者: ゆめのせい
8/13

一人歩きを禁止します









「あー……条件満たしたって言うから来てみたんだけど、これどういうことかなぁ」



ぐちゃぐちゃになってもう形をなしていない元は人であったであろうそれを前に男は船の甲板から降りること無く見下ろす。


白い上質なシャツと深い赤と黒のベストには繊細な金の刺繍が施してあり、その上から羽織っている黒いコートも見るからに良品であった。

それらの色は深く全体的に暗い印象を見た者へと与えるが、男の纏う雰囲気がどこか飄々としているため絶妙なバランスを保っている。

男は両サイドの衣嚢へ手を収めていたが、右手を出すと自身の髪を雑にかき混ぜる。

ゆらり、男は気怠げな足取りで船の先端まで行くと覗き込むようにその場で腰を屈めた。


話しかけてみるも二つのそれは、小さな呻きを上げるだけ。

それが痛みを訴えているのかそれとも別の意思の元に発しているのかも、男にとっては既にどうでもよかったのかもしれない。



「そっか。もう分かんないよねぇ、そんな状態じゃあさ」



右手を挙げて合図を送ると、船の奥から武装した人間が数人出てきた。

彼らは船の端に並ぶと、手を港湾へとかざして何事かを唱え始める。



「じゃ、お疲れさま」



男は蠢めくそれへ金の瞳を細めて愛想笑いを送ると背を向けた。

用が無くなった今この男を引き止めるものがある筈もなく、黒い背中に赤い影を落としてまた船の奥へと姿を消す。



















暗い道だった。

けれど先程の橙色の街灯に染められた場所よりも、静かな月明かりだけを頼りに歩くこの道に安堵した。

最後に見たあの二人の姿がどうしても気になって、でもそへは踏み込んではいけない領分だと頭の端で危険信号が点滅している。

あの船は、何だったのだろうか。

行き先はどこなのだろうか。

大量に設置されていた倉庫こそ真新しくあったが、どうにも他に人が利用している様には感じられなかった。

でも、それがどうしてかも私には分からない。


手を繋いだまま無言で先を歩くレオンの後ろ姿を見る。

ふと、あることに気がついた。



「ここまでくれば大丈夫だね」



歩いていた足を止めてレオンはそう明るく告げた。

くるりと振り返ったその姿は先程の光景を見た筈なのに全く気にしていない様子で、ほっと張り詰めていた気が抜けてゆく。



(あんなの見ちゃったら教育上よくないと思ったけど、案外大丈夫そう)



「それよりレオンくん、腕痛くない?」


「腕?…ああ、こんなの大丈夫だよ」



レオンくんが指をさされた腕を見ると結構なアザになっている。

小さな子供の手に似つかわしくないそれは痛々しく見えた。



「強く掴んだりしちゃったから…ごめんね」


「っふ、あははは」



心配で見ていた私の顔をきょとんと眺めていたレオンは、謝罪すると何がおかしかったのか噴き出した。

それよりもと呟いて触れていた私の手をとってするりを撫で上げる。




「おねえさんの方が重症」


「ぃっ…!」



すっかり忘れていたが、さっき自分の腕ごと男の手を刺したのだった。

案の定腕には抉れた刺し傷が生々しく残っている。



「痕が残らないといいけど……」



そう言って今度はレオンくんが私の腕を覗き込んでいると、遠くからサイレンの音が聞こえた。




「え、あれ…この音って…?」



聞き覚えのある音が何重にも重なって段々と近くなってくる。

それと同時に大きくなるエンジン音。

もしかしてとレオンくんを見やれば、彼も気が付いていた様でにっこり笑った。



「良かった、助けが来たね」



猛スピードで正面から走ってきた車は、ライトに私たちの姿をうつすと耳を塞ぎたくなる様な音を立てて荒々しく止まった。

実際空いた片手で耳を塞いでしまった。



「すみません!!!ご無事でしたか!?」




思った通り、艶やかな黒塗りの車には王国の証をぐるりとウロボロスが囲っている紋章。

それは国を守護する王国機関のシンボルであり、この車が王国に準じて機能するものだと知らしめていた。

降りてきたのは細身で長身の男の人で、申し訳なさそうに眉を下げたままこちらへ駆け寄ってきた。

彼に続いて数台、同じ車が停まる。


というか、この人が道のど真ん中に停めたものだから通行止め状態で止まらざるを得ないだろう。



「ちょっとちょっとおにいさん、ど真ん中に停まってたら通行人の迷惑でしょ」



通常運転では温厚なレオンくんが珍しく嫌そうな顔をして、しっしっと子犬でも追いはらう仕草をしながら注意した。

それを受けて、男の人は慌てて車を端に寄せに戻っていく。

他の車を3台中2台に何事かを話し先へ行く様促すと、もう一台は彼の車の後ろについて停車させていた。



「レオンくん、知り合いなの?」


「ううん、知らない人だよ」




彼の対応に不思議に思って尋ねるが知らないという。

男の人は苦笑いをしながら、今度は落ち着いて歩いて近づいてきた。



「初めまして、王国機関のシエンと申します。この先で大規模な火災が起きたと通報を受けたので駆け付けたのですが…被害者の方ですね?ご無事でなによりです。」



城兵という割にはよく街を見回っている城兵の着ていた制服を着ておらず、黒いスーツ姿の彼は優しげに話しかけてきた。

顔写真と名前、役職の記入された身分証を差し出される。

慣れた手つきでささっと見せられただけなので細かく読むことは出来なかったが、シエン・クロディアンスーーー確かにそう名前が記してあった。



「火災……?」


「はい。数分前にこの先の今は使われていない港湾の倉庫が燃えていると通報を受けました」



子供であるレオンの質問に対してシエンさんは丁寧に答えてくれる。

気の良い人だなぁと思っていると、何気無く見たレオンくんの顔は今日一番の悪い顔だった。

なんと表現すればいいのか…まるで彼を侮蔑しているような顔だ。

それに気づいたシエンさんもやり辛そうに笑顔のまま凍り付いていた。



「あれ…お嬢さんその腕は…」


「あ、大したことないです!逃げるときにちょっとその辺の木が刺さっちゃっただけで!」



まさか誘拐犯をぶっ刺すための囮にしましたなんて素直に言えるわけが無く、怪しまれるのも話がややこしくなるのも嫌で咄嗟のウソが口をついた。




「木、ですか」



私の傷をまじまじと眺めた後、じっと真剣な顔で見つめられる。

垂れた眉毛は元からそういう顔つきなのだろうが、そこそこな美形にそうも見つめられると居心地が悪かった。

もしかしてと嘘だってバレたかと不安になったがシエンさんはまた口元に笑みを浮かべた。



「痕になったら大変です。事情聴取をと思いましたが、貴女は先に手当を受けてください。お話はその後聞かせてくださいね」



シエンさんは後方で待機していた他の兵士に声をかけ私を車で嘱託医の所まで連れて行ってくれるという。


歩くのも疲れたし腕もいい加減痛いので、その有難い申し出を快く受け入れる事にした。

レオンくんも腕の痣を見て貰えばと誘ったが、彼は大した怪我ではないからと事情聴取を先に受ける事を希望した。

そうなれば彼とはここでさよならということだ。


あまりにも長く感じた一日だったから彼との別れを少し寂しく思う。



「それじゃあ元気でね。もう変なおじさんについて行ったら駄目だよ。あと一人歩き禁止」


「おねえさん」




半分冗談混じりの忠告を贈り、そのさらさらの髪の毛をひと撫でする。

二人の兵士に案内されるまま車に乗り込む。

座り心地がいい訳では無かったが後部座席のマットに座った途端、急激な睡魔に襲われた。

何も感じていなかったのにここに来て身体がずっしりと重たくなりあちこち鈍い痛みを感じる。

必死すぎて気が付かなかっただけで、知らず知らず酷使していたのだろう。



(…これから手当てして話して帰ってお風呂はいって…)



私は段々と落ちてくる瞼に今日の張り込みは無理そうだと肩を落とした。

無遅刻無欠席の記録はこのままあっけなく崩れ去ることだろう。


ほとんど無意識にため息をついてしまい、それを聞いて私の状態を見て察した兵士が気遣わしげに声をかけてくる。




「王都まで少し離れていますので、到着するまでどうぞお休みください」


「…ここってどの辺りになるんですか?」


「アルフォード王国のミリタリ村です。カルメラ街の隣になります」


「カルメラ街!?」



遠い。遠すぎる。

カルメラ街と言えば、王都から見て南方の隣の隣の、隣の領地に当たる場所じゃないか。

連れてこられた時は気絶していたから余計にそんな遠くにいる実感もなかったため驚く。

もし彼らが偶然通りかかってくれなかったら、今頃レオンくんとの長い二人旅が始まっていたことだろう。

けれどそれなら結構ゆっくり休めそうだ。


騒いだ分眠気も強くなり、抗うこと無く目を閉じるといい感じに暖かい車内の気温を肌で感じ取る。

時々道に沿って揺れる車は揺籠代わりに丁度良く、誘われるまま穏やかな眠り落ちた。


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