あやしい紫色
外は月明かりや所々にある街灯によって倉庫の中に閉じ込められていたときよりも数段明るかった。
シャロンは両腕に木箱の中に入っていた紙袋を抱えながら視線を巡らせる。
「同じような倉庫ばっかり」
「おそらく、万が一拠点を突き止められた場合のカモフラージュかな」
「そうなの?でもこれじゃあ自分達も迷子にならない?」
ここまで慎重に進んできたが、歩いても歩いても同じような色の倉庫が並ぶばかりで未だ現在地の全貌が掴めない。
街なのか田舎なのか。
海なのか山なのかーーーーー。
「たぶん海だねー」
「え!?」
心を読んだかのようなタイミングでレオンくんが口するものだから、思わず大きくリアクションをしてしまった。
そんな私に構うことなく彼は続ける。
「かすかに潮の匂いがするから。もしかしたら、どこかの港湾かも」
「匂い…」
なにそれ犬みたい。
不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。
この数時間ずっと一緒に居たが、小さい見た目に反して普通の子供よりちょっと大人びているせいだろうか?
彼がそう言うなら本当にそんな気がしてしまう、妙な説得力がある。
(それなら山と違って、人気のある場所まで近いかもしれない)
微かな希望が見えてきて自然と力が込み上がる。
倉庫の群れを掻い潜り、レオンくんの嗅覚と風向きを頼りに進路を決めて進む。
すると程なくして、眼前に月の光にゆらゆらときらめく水面が広がった。
「レオンくんすごい!」
本当に海だったことと、陰鬱な倉庫の迷路から抜け出せた興奮をそのまま声に出すと、少し恥ずかしそうに困った様な顔で彼は微笑んだ。
このまま逃げられるのではと一歩踏み出すが、そこまで上手くは行かなかった。
進行方向にぶわっと、炎が道を遮るように突如として現れたのだ。
「魔法……!マギアスが居るのか!」
レオンくんが息を呑む。
「見つけたぞ!!ガヴリルー!!こっちだ!!」
ぱっとライトに照らされて視界が眩む。
相手の姿はよく見えないが聞いた声はまだ記憶に新しいものだったので、恐らく先ほど吠えていたガヴリルを窘めていた、小肥りの背が低い中年男だろう。
ガヴリルは路地では一切魔法を使わなかったので、この炎はきっと彼の力だ。
少し離れた所から掛けてくる足音は、ガヴリルのものだった。
「てめぇら!手間かけさせやがって!」
「もう逃がさねえぞ」
こちらを照らす光が更に強くなり、はっきりと相手の声が聞こえる。
すぐそこまで近づいてきているのが何となく感じられるが、前が見えず…それが少しだけ怖かった。
「、」
私は抱えていたものをレオンくんへ押し付け、閉じ込められていた倉庫を出て直ぐに彼と決めた非常時のサインを思い出した。
彼を背中へ庇うように手を引っ張り、軽く咳払いをしてみせる。
するとその腕はするりと私の手から離れていき、代わりに私の手にあるものを握らせてくれた。
(見えないならいっそ…)
目を閉じて、早鐘を打つ自分の心臓の音すら邪魔で、少しでも静めようと深呼吸をする。
相手は私が観念したと思ったのか小さな笑い声が聞こえたがそれを無視して全神経を集中させた。
そう待たずして何かが私の腕を掴む感触。
私はそこに触れているであろう男の手に向けて、自分の腕ごと勢いよくナイフを突き立て抉った。
「レ、オンくん!!!」
「おっけー!」
「っ、がぁああ!?」
「ギーニスさ……っ…!?」
ごとり、ライトが地面へと落ちる音を聞き届けてから素早くナイフを引き抜くと、男はよろめきながら抉られた左手を大きく振り上げた。
開かれた掌からはとめどなく赤いそれが流れ出し、飛び散り顔に降りかかったが気にしている暇はない。
レオンくんの名を呼び、その意図を把握した彼が袋の中身をぶち撒ける前に口を塞いだ。
「これはまさか…!!」
「あぁぁあぁぁ」
驚愕したような男の声と、絶えず痛みに叫ぶ声。
炎が消えていることを確認して、レオンくんに手を握られ引っ張られるようにその場から距離をとる。
少し離れたところで追ってくる気配がないのをいい事に振り返ると私は足を止めてしまった。
「………」
「おねえさん急いでーー」
脚が固まったように動かなくなってしまい、立ち止まった私にレオンくんが急かす声をかけようとしたのだろう。
けれどその声も止んでしまった。
きっと彼も見ているのだろう。
「ああ…あアぁあぁ…ァァアあハハはハ」
「い、ヤだ………タく……な…」
「なに、これ、」
明らかに二人の様子がおかしい。
小太りの中年男は刺された手をビクリビクリと痙攣させながら空へとかざして、狂ったように笑っている。
顔の穴という穴からは液体が流れ出ていて、てらてらと怪しく青白く変色した顔を照らしていた。
ガヴリルと名乗っていた男も地面に転がってクビを掻きむしっている。
目の前で繰り広げられている異常な事態に出てきた声は掠れていてレオンくんからの返事は無かった。
どのくらいの時間眺めていたのだろう。
長かったようにも、少しの間にも感じられたそれを終わらせたのは、海の向こうからその光景を照らす大きな光が現れたからだった。
先ほどよりも何十倍に大きさの光の円は、懐中電灯といった人が持つものにしては大きすぎる。
「ーーーまずい、船だ!逃げるよ!!」
光の元をたどって海の方へ視線を向ければ、遠くでこちらに向かってくる中型の船があった。
手を引く力に今度は抗うことなく脚は動く。
視界の端に濁った紫色が舞うのを捉えながら私達はその場を後にした。




