恐怖の足音
「たかがガキ二人相手に、何やってんだよ!」
ギーニスさんは両腕をきつく組んで胸の内に渦巻く鬱憤を低く吐き出した。
背を預けている街灯の橙の光が彼の額に浮かんでいる脂汗を照らしている。
その表情は苦悩に満ちていた。
「とにかく其奴ら連れて来い。もう随分先方さんを待たせちまってるんだ、只でさえ機嫌が悪ぃんだよ」
「………はい」
ギーニスさんは拠点にたった一人で帰ってきた俺の報告を聞いてから何本目と知れない煙草に火をつけた。
落ち着きなく揺すられる左足は隠しきれないのだろう。
顔を見られてしまった以上取り逃がすわけにはいかなかったことはギーニスさんも同意してくれたが、それでも禁止区域まで鬼ごっこの範囲を広げてしまったのは痛かった。
俺は二人を連れて帰ったときの、ギーニスさんの顔が忘れられなかった。
チームのボスであり取引先との連絡役である彼の取り乱し様が、俺たちの行く末を物語っている気がした。
あの朝狩りに拠点を四人で出たときは、大金に目が眩んで手を出してしまったとんでもない取引の重責から抜けられるとみんなで笑ったっけな。
ガヴリルは二人を閉じ込めた特別製の倉庫の前まで来ると直ぐにおかしいことに気がついた。
(ドアが、開いているーーー!?)
本当に少し、指が通るくらいの隙間ではあるがドアが開いていたのだ。
「まさか……!!?」
隙間に手を滑り込ませ力任せにドアを開く。
月明かりと小さな電球に薄ぼんやりと照らされた倉庫の中は、コンクリートの壁と嫌でも見慣れてしまった木箱が山積みに置かれているだけで人の影はなかった。
ドリーさんとトシ、ハロルドがいない今、ここにいるのは連れてきた二人を除いては自分とギーニスさんだけだ。
取引先だってまだ到着した報告は聞いていないし、先程のギーニスさんの口振りからしてこれからである事は確かだろう。
あの女が城の回し者である可能性もあったので発信機の有無はしっかりチェックし、探知魔法も施されてはいなかった。
車でここまで移動してくる時も万が一尾行されている場合を考えて行動した。
仮に何者かが何とかしてここまで辿り着いていたとしても、この倉庫の山から匿っている本物を特定するのは簡単ではないだろう。
まだここに来てからそう時間は経っていないし、ドアを開けたのが彼奴らであることはほぼ確定事項だった。
それにしても、一体どうやってーーーー!?
混乱しそうな頭をフルで回転させようとするも、「どうして」「何故」といった言葉がぐるぐると邪魔をしてまともに考えられない。
ふつふつと、一度さめたはずの苛立ちにまた全身が沸き立つのを止められなかった。
「クソクソクソ!!何処に行きやがったァアアアアアアア!!!」
「…おい!?なに大声出してんだよ。誰かに気付かれたらどうするつもりだ!?」
「ギーニスさん…!!」
背後から俺の声を聞きつけてか、ばたばたと慌ただしい足音と窘める声が聞こえた。
どうしようもない気持ちで一杯一杯のまま振り返ると、ギーニスさんは俺の顔から何かを察したのかさっと表情を引き締める。
「獲物がいないんです!今来たらどうやったのかドアが開いてて、」
「は!?」
強張ったままみるみる顔色が青くなっていく。
「手分けして捕まえるぞ、まだ近くにいるはずだ!先方が来る前に、何としても見つけ出せ!!」
俺は開けたドアをそのままに、ギーニスさんが背を向けて走る後ろ姿を追いかけた。
“先方が来る前に、何としてもーーーー”
その言葉は今まで犯してきたどんな罪よりも心に重くのしかかった。
「大丈夫…そうだね」
先に口を開いたのはレオンだった。
その言葉に頷いてから、シャロンは極力音を立てないように、ゆっくりと頭上の木の板を押し上げる。
「もー、緊張したぁ。あの大男が吠えたときは吃驚しすぎて声出しそうになっちゃった…」
「まさかこんな近くでやり過ごそうだなんて、おねえさん以外と大胆だね」
ぐったり脱力して木箱の縁にもたれている今回の策略家の姿にレオンは苦笑いする。
バレないようポケットに仕舞おうとしたレオンの手を止めたシャロンは、あろうことかこのナイフで閉じた扉の隙間へ滑り込ませて、そのままテコの原理で扉を開けて欲しいと言い出した。
最初、この鉄の塊である扉の重さに耐え切れると思わなかったレオンはそれは猛反対した。
現段階で唯一相手に対抗しうるこれをそんな呆気なく無駄にするのは惜しいと思ったからだ。
けれどシャロンはレオンの話を全く聞かず、「私のものをどう使うかは私の勝手」との一点張りだったので内心どれほど舌打ちしたことか。
ありとあらゆるものを諦めてその作業に取り掛かったレオンだったが、そのナイフの特異さに気づいたのは、扉の隙間に滑り込ませようと力を入れたときだった。
(刃こぼれしない……)
シャロンがやれといったドアの隙間は少し開いているものの、目を細めて覗き込めば辛うじて光が見えるといった程度のものなので、普通にやってナイフが通る大きさではない。
しかし、レオンがどれだけ力を入れても、上手く扉に滑り込んだ瞬間でさえ、ドアの表面が削れていくだけで、ナイフにはキズ一つつかなかった。
斜めに力を入れてテコの原理に利用しても、普通のナイフであれば当然折れてしまうのだが、これは歪むことすらなく目的を終えた。
折りたたみ式でのばしてみても長さは15センチくらいのそれだが、その脆そうな薄さに反してそれはとても、異常なほど頑丈なものだったのだ。
扉は指が入るくらいの隙間ができるまで開けたのでてっきりそのままこじ開けて脱出するのかと思いきや、彼女は倉庫の奥へ戻ると木箱を開けて中に入っていた袋にまでナイフを突き立てて言った。
「外に何人居るかわからないから、とりあえず逃げたと思わせて様子を見よう」
以外と冷静にものを言う彼女の背後から木箱を覗き込むと紙袋から溢れてきたのは白い粉…ではなく、黒と紫色の濁ったような砂。
流石に口にして確認してみる勇気は無かったが、薬といった感じでは無さそうだった。
それを確認すると、彼女はここに隠れると言うので別の木箱の中から袋を取り出してそれを山積みにした木箱の陰に隠した。
丁度中身が空いたときにこちらへ向かう足音が響いてきて、慌てて入り込んだのでお互い変な体勢になってしまい、正直ジッとしているのもキツかったが無事に乗り切る事が出来てよかった。
(それもこれも助けに来てくれたのがこの女の子だったのと、この子が持っていたナイフのおかげだよね)
造りはシンプルで何の飾り気もない。
何処にでも売っているものと違いなく見えるが、これはとても希少なものだ。
ナイフではないが、レオンはこれと同じ特徴のモノを見たことがある。
(…裁きの剣……)
それは普通の人は決して手にすることも、間近に見ることですら叶わない特別なものだ。




