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それが何なのか私は知らない  作者: ゆめのせい
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備えあれば憂いなし


俺はイラついていた。

だから思わずその元凶である女を力加減も忘れて殴ってしまった。

ドリーさんの骨を砕いたこの鉄パイプで。

いや、本当なら我を忘れて終わらせてしまいたかった。

目を覚まさないドリーさんも、トシも、こんな事態を雇い主に知られ仕置きされるのが恐ろしいからと逃げ出したハロルドも、この女さえ現れなければ今頃笑って報酬を受け取っていたのに。

今日に至るまで何事もなく、依頼された十人まであともう一人というところまで来ていたのに。



「おねえさん!!」


「…ちくしょうが」



全てが狂わされた。

この女を差し出して赦しを得る他、俺たちが生きていられる保証は無いだろう。



最後の一人である商品の子供が、倒れた女の頭を抱きかかえて体を揺すっていた。



「…血が……」



顔色は見えないが小さな声で呟かれたその言葉に発散しきれなかった苛立ちがさらに煮え滾るだけ。



「ここに回復薬がある。放っておけばそいつは死ぬかもしれないが、これを飲めばとりあえず傷は塞がるだろ」



その女をここで放っておくわけにいかないのはこちら側も同じだが、当然そんな事をこの子供は知らない。

だからあえて言ってやったのだ。



「そいつを助けたければ、大人しくついて来い。少しでも可笑しな行動をとればそいつをーーーー」



俺の提示した選びようの無い取引に、可哀想な子供の小さな影はゆっくりと頷いた。















目をさますと知らない場所にいた。

さっきまでしつこいくらい視界に入り込んできた目がおかしくなりそうな黄色も、全てを覆い隠してしまう影も無い。


(ここはどこだろう?)



ぼーっとする頭を持ち上げようとして、後頭部にズキリと痛みが走った、気がした。

実際には感じないその痛みは、私がこうなる直前に憶えたそれだった。


レオンくんーーー!!




「っ、気がついたんだ!」



探すよりも先に、すぐ近くから声がした。

横になった状態で両手両足を縛られている私とは対照的に、隣に座っていたレオンくんには一切の拘束をされていなかった。



「無事!?彼奴らに何かされた!?」


「大丈夫。痛いことは何もされてないよ」



一先ず無事であった事に安心して詰めていた息を吐き出した。

それなら隙をついて逃げてもよかったのにと言葉にした私に対して、レオンくんは曖昧に微笑んで「こんな可愛い女の子一人、見捨てて行けないよ」と言う。

まさか年下に、しかも10歳未満の子供に女の子扱いされる日が来ようとは。

親友ですら平気で立ち食いする私を冷たい目で見るのに。

しかしそれなら、私の身を案じてくれた彼に報いるためにも何とかここを乗り切らなくては。



改めて室内を見渡すとそこは倉庫みたいな場所だった。

天上、壁、床の全てがコンクリートで窓一つ無い。

おそらくこの部屋唯一の出入り口であるドアらしきものには一度閉めたら内部から開けられない様にする為の構造なのか取っ手が付いていなかった。

……この建物、何のために作ったんだろう。

薄ら寒いものを感じながら更に現状整理を進めていくと、ドア側からみて突き当たりの奥には木箱が山積みになっていた。

試しに何が入っているのかなとレオンくんに話しかけてみたら、「一つ十キロくらいの重さの茶色い紙袋がびっしり入ってたよ。袋の中身は多分、何かの粉かなー」と教えてくれた。

仕事が早くて助かります。

粉って何だろう…白い色してたら完全にアウトなやつだよね。



それから眠っていた間の情報を聞いた。

私たちが話している間、いつの間にかレオンくんの背後にガヴリルという名の男が立っていて、其奴に私が鉄パイプで殴られて気絶した事。

その後ガヴリルが私を担ぎ、彼の案内で禁止区域(イエローゾーン)から脱出して少し広めの路地に出ると黒塗りの車が停まっていて、その車でこの場所まで連れてこられた様だ。

車に乗ってすぐ目隠しをされ、この部屋に入れられてから開放されたためここがどこなのかはレオンくんにも分からないらしい。

そして回復薬を受け取り私へ飲ませて今に至るそうだ。

外の事が少しでも分かれば楽なのだがやっぱりそう簡単にはいかないか。


とにかく逃げなければ。



「レオンくん、ちょっとお願い」


今手にしているだけ全ての情報を得た私の顔色を観察するみたいにじっと見ていた彼を呼び寄せると、靴を脱がせてくれる様にお願いした。

すると大袈裟なくらいレオンくんは驚きた顔をした。


「まさか関節外して縄抜けするの!?」



そんなことはできません。

寧ろ考え付くレオンくんに驚くわ。




私が指示した通り靴を逆さ向きにしてトントンすると、ぺたんっと靴底が重力に耐えられず落ちてきた。

更にその靴底を力を込めて引き裂いて欲しいとお願いすると、レオンくんは何も聞かずに力を込めてくれた。

そうして冷たい音を響かせて落ちてきたものにレオンくんは静かに目を見開く。

折りたたみ式のナイフだ。


何でそんなものをと言いたそうな顔をしているので聞かれる前に子供には秘密だと告げてやった。

そのナイフで彼に両手両足首の紐を切ってもらえる様お願いした。


(もしもの時の護身用だったんだけど…まさか本当に使う日がくるとは)



自分が考えていたもしもの状況とはちょっだけ違うが、備えあれば憂いなしとはこの事だ!


作業を終えたレオンくんがナイフを返してくれようとしたが、こんな状況では子供こそ護るべき対象なので適当な事を言って彼に持っていてもらうことにした。

そうしてズボンのポケットにしまおうとしたのを、私は慌てて止めた。

もうひとつだけお願いしたい事があったのだった。



「実はそのナイフって結構頑丈なんだよね」



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