子供の一人歩きは危険です
さて、今日も急がなくては。
昨夜のうちに準備しておいたシンプルなシャツと黒いパンツに着替えた私は、パンをトースターへつっこんだ。
部屋には香ばしい匂いと、水を入れたフライパンの中からじゅーじゅーと卵の蒸し焼ける音がする。
中途半端だったシャツのボタンを丁寧に引っ掛け長い髪を適当にまとめ上げると簡単に括りあげた。
さて帽子をどこへやったっけ…
何度片付けても荒れてくる部屋を見渡すがお探しのものは見当たらない。
こういう急いでいる時、部屋を綺麗にしてないことを毎回後悔するな。
昨夜の記憶を辿りながらまたキッチンへ戻り、蓋を開ければ程よく黄身に火が通った目玉焼きの完成だ。
昔からこれだけは失敗したことがない。
蓋をしないまましばらく放置していれば余っていた水分は蒸発する。
IHのストップボタンを押して、取っ手を掴んで持ち上げ醤油を直にかける。
何時しか皿に盛り付けテーブルへ並べることもメニューに気を使うことも、親元を離れた一人暮らしの身ではしなくなっていた。
立ったまま橋を割り入れ出来立てのほやほやを口へ運ぶ。
パンが焼きあがった音をききながら、付けっ放しのテレビのニュースを見た。
六月二十三日の昨夜、〇〇中等部学園の女子生徒〇〇さんが…
(嗚呼またか。最近そればっかりだな)
ペロリと目玉焼きを平らげフライパンを流しへ。
トースターからこんがり焼き目のついたパンを片手に持ってかぶり付く。
念のため片っ端から昨日のおさらいをしていく中でソファに無造作に放り投げたバックを持ち上げてみれば、下から形のつぶれた帽子が出てきた。
なお音信不通になる直前に目撃証言があがっており…
(これで5人目)
事件の解決になるのかわからない失踪直前の目撃情報とやらを告げ情報を求める声。
私が見た他2人分のニュースと同様の流れからして捜査の状況は順調とは言い難いと予想できた。
(変な人には気をつけなくちゃだ)
プルルルル
部屋の窓際、テレビ台の横の棚の上で緑色のライトが点滅する。
最近ひっきりなしに鳴っるそれに触れることもなく通知件数は増える一方。
聞こえない振りでやり過ごすことにも慣れてしまった。
最後の一口を放り込んでテレビのリモコンを手に取った私は、再生され始めるメッセージを聞こうとすら思わなかった。
じわり。
目的地に着いて早々、地味に徐々に少しずつ肌を焼く日差しに参っていた。
少し前の快適な日々に戻りたい。
暑いの嫌い。
なのになぜ私がこんなアスファルト地獄に自ら足を運び、発せられる人からの熱気に耐えているのかというと人探しのためだ。
語るだけでは飽き足らず大人しく6年後を待つに待ちきれず、こちらから運命を引き寄せてしまおうという心算。
つまりじっとしていられなかったのだ。
一度始め出したら、目的の人物が都合良く現れない悔しさと普段はひた隠しにしている根っからの負けず嫌いさ、サボった日にかぎって行き違うのではという心配に抗えず毎日せっせと取り組んでいる。
全身は収まらずともかろうじて存在したちょっとした日陰によって胴体はまもられているものの、首から頭にかけて…特に晒された頸あたりが熱くて痛い。
行き交う人のむれに必死に食いついて、それらしき人を見逃すまいとしている内に電信柱に食いつく勢いでしがみ付いていた。
近くを通りかかる人の奇異の眼差しで自分の醜態に気づいてしまうと、一気に逃げ腰の考えに走ってしまう。
やだ、恥ずかしい。やっぱり帰りたい。
そんな思いを心の中だけに留めて、余計なことを考えないように専念する体をとっていたらいつの間にか数時間を作業にいそしんでいた。
気付いたら痛みも熱も感じず、反対にうすら寒い風が首筋を撫で上げる。
うっすらとした茜色に街は彩られていた。
もう日の沈む時間だ。
(なんだかんだで今日もあっという間だったな…)
夜では流石に見え辛く非効率的なので明日に備えて今夜もゆっくり休もうと振り返ると、気になるものが向かいの横に見えた。
何気なく興味本位で後を追って様子を確認しに行くと、裏路地の少し入りこんだ奥で、四人の男組がにやにやと汚らしく笑っていた。
そして何ということでしょう。
一人の男の子、見たところではまだ初等部学生くらいの年代だろうか。
昔見た有名なホラー映画の悪魔の男の子そっくりな髪型の男の子だ。
くまさんの服を着たその子供らしい可愛げのある子供を取り囲んでいるではないか。
皆それぞれにガタイが良く、真ん中で人一倍自信ありげに立つ男の肘下まで捲り上げた袖から主張する筋肉質な褐色の肌。
その顔つきからただの一般人とは考え難い。
(え、この状況は…?)
見るからに嫌な予感しかしないよね。
物騒極まりない雰囲気を感じ取った私は反射的に鼻と口もとを手で覆い隠して気づかれないよう細心の注意を払った。
何かを話しているがかすかに聞こえる声は断片的で全く内容が分からず、それに対して子供が両手と首をぎこちなく振っている。
後ろ姿だけでも怯えているのが伝わってきた。
暫く言葉を交わしていた様子が一変しておそらくこのメンバーのリーダー格である男は視線を合わせるためしゃがみ込んで、その細くて小さな腕を捕らえた。
(え、やばい、どうしよう)
ぐるりと近くを見回すが誰かが捨てたであろうゴミ、何かが腐った物体がレンガの道に落ちているだけで人の姿はない。
来た道を振り返った先には小さく街の明かりが溢れているが、今から協力を仰いだところで間に合うかどうか。説明する時間も惜しい。
その時自分が座り込んでいる場所から少し戻ったところに、建物にそって屋根へと伸びている鉄パイプを見つけた。
その先は地下へ繋がるはずが外れていて、ある程度の長さでひしゃげていた。
あともう少し力を加えれば手にできそうなそれは振り回すにはもってこいの長さではないか。
知らず知らず口内にたまっていた唾液をごくりと飲み干し、あわてて浮かびあがった想像をかき消した。
(無理無理無理)
やはりここはプロに任せるべきだ。
この時間帯なら城兵が見廻りをしているだろうし、最近の物騒な事件からして通常より人員も増やしているはずだ。
引き返そうと体の向きを変えようとするも、男の取り巻きの一人がポケットから取り出したハンカチサイズの白い布に指先からひやりとした感覚が流れ込んむ。
反対のポケットから取り出されたのは無色無地のボトル型容器で、容器の口を布へ当てると逆さまに傾ける。
こ れ は
最悪の想像をしてしまった私は力任せに鉄パイプを掴み捻じり切った。
相手側の意識がこちら側に向いている以上下手にこそこそしても無駄だと思ったからこそ、全速力で角を曲がり子供の背後へ突進する。
とはいえこれは脚の速さにある程度の自信があるからこその決断だった。
「さあ大丈夫だよ。親御さんのところへ連れて行ってあげるよ」
「ーーーなんだ!?」
「……っ!?ドリーさん…!!」
取り巻き3人が動揺して咄嗟の声をあげるが私の方がちょっと早かった。
姿勢を低く子供の前まで近づき勢いを乗せて小さな体へ回し蹴りを入れる。
罪悪感が無かったわけじゃない。




