黙秘します
最後のダーリンの魅力については特に力説して切り出した私に、王子は目を閉じたまま眉間にしわを寄せるとその整った顔を大きな手で覆い隠して重たい息を吐き出した。
「…あ゛ー……心底どうでもいい」
「どうでもいいって!」
「いや、実際くだらねぇよ。てか何、俺そんな理由でこんな………うわー…」
どかっと椅子に腰掛けるとずるりずるりとだらしなく姿勢を崩す。
向ける視線の先からして彼が何を言いたいのかわかった。
そうだ、私は仮にも一国の王子様である彼に偶々縁があったというだけで迷惑をかけてしまった。
それは謝罪だけで済む話かといえばそうでないのだろうことは何となく分かっていた。
この過ちによりこれから起こりうる影響も犯してしまった責任も背負わなければならないかもしれない。
わかるけど。
「そんな簡単に言わないで」
思った以上に低く這う声が出て自分でもびっくりしたし、それを向けられた王子は双眸を見開いた。
こんなことで嚙みつくなんて一度は20歳を迎えた大人がするべきことではないと頭の片隅では凪いでいる。
だがくだらないと言われたことに対して心底腹が立った。
私はあの人を知らないから、あの瞳に揺らいでいた感情をしらない。
そしてそれに対して抱いたこの気持ちの名前も。
ただ強く相手に興味を持ち近づきたいと想う気持ちを世界では恋と呼んでいたから私もそう名付けただけ。
それでもあの人の目に宿していたものが、それに対して抱けたこの想いが、今起きてしまった事件よりも軽いものだと断言したくない。
でも、嗚呼…………確たる証拠もないのに知らない相手に感情だけで突っ走って迷惑かけて………あれ、私、本当に……馬鹿みたいだ。
段々と思考は冷静さを取り戻して自分がしてしまったことの重さを知る。
自分が情けなくて滑稽で、嫌悪感ばかりが募った。
「……ごめん、なさい」
謝ってもどうしようもないけれど頭を下げずにはいられなくなった。
この場にいるのさえ申し訳なくて、気持ちだけは今すぐ誰もいない場所へ逃げてしまいたかった。
あげられずにいた頭にどれくらいの時間が経っただろう。
ただ一心に下げ続けているとずっしり重い何かがのせられた。
「にゃーん」
「え?」
猫。
猫だ。
何故?と思いながら私の首にうまくぶら下がっていたのを掴んで目前まで下ろしてみたがそれはやっぱり猫だった。
それもベージュブラウンの手入れされた毛並みにコーラルピンクの瞳。
ユリアーナそっくりの。
「………え、ユリア……??」
この世界には適性により異なる様々な魔法を使える人材、マギアスという存在が実在する。
そしてアルフォード王国はそんなマギアスの国であり王族であるユリアーナも当然そうであった。
彼女がどんな属性であったかは知らないが、だから私はそういう魔法があって、ユリアーナが猫になってしまったのかと思ったのだが。
「私はここよ」
間違われたことが納得いかないのか、少しむっとした表情のユリアーナは先ほどと変わらない席に座っている。
「じゃあこのコは…」
「リリー」
「!」
「そいつ、リリーっていうんだよ。ユリアーナそっくりだろ?」
「全っ然似てない。ただ体毛と瞳の色が同じだけじゃない。その小動物と私を一緒にしないでくれる?」
いつの間にこんなに近くに来ていたのか、テーブルを挟んだ反対側にいた王子は隣に立っていて、私からヒョイっと猫を取り上げる。
慣れた手つきで喉元をくすぐると、リリーはぐるぐると喉を鳴らした。
「少しだけ羨ましいよ」
腕の中で甘える猫を愛でている彼は吊り上がった目を穏やかに細めている。
言われた言葉の意味を呑み込めずにいるとその優しい眼差しがこちらをとらえた。
「そんなに一人の誰かを思えるのって、誰にでもできることじゃないんじゃねえの?ちょっと突っ走り気味な感じはすっけどさぁ」
そう言って優しく微笑んだこの男は、紛れもなくいずれ国を背負う唯一無二の王なのだ。
異様に絵になるその姿に目を釘付けにされながら、それ以上に魅了してくる王としてのカリスマ性に吸い込まれそうになる。
彼こそがきっと真に誰かを思いやることのできる光のような存在だろう。
頭が真っ白になって、そして急にざわざわと私の中の何かが静かに穏やかに悍ましく揺れる。
「あんたって心が温かい奴なんだな」
照れくさそうに頬をかく彼に、白く滲んで何も見えなくなってしまうほど眩しい錯覚をおぼえて眼を細めてしまう。
あたたかいのは貴方の方だ。
その清らかさは誰もが得られるものじゃない。
尊くも脆い理想そのものだ。
いつか彼は、あの日と同じように殺されて死んでしまうのだろうなぁ。
そうして世界と一緒にみんな消えてしまうんだろう。
私はそのとき、何を思うんだろう。
空っぽだった私の中で唯一芽生えたこの気持ちを抱いたまま、ただ時が過ぎるの眺めて、また最後にはあの人の側で静かに眠れるだろうか。
今ここで全て話してしまおうかとも考えかけたけれどすぐにそれを消し去った。
(いいや、ユリアだって信じなかったんだから、きっとウィリアム王子は信じない)
そう言い訳をして。
そう思い込んでしまえばいい。
「まぁとにかくあんたの気持ちは伝わったし、暇つぶし程度なら協力してやるからいつでも声かけろよ」
「っ、」
胸の内に渦巻くものに遂に堪え切れなくなり、決壊した涙となってこぼれ落ちる。
自分でも分からないうちに溢れてしまったそれは何に対してのものだったのか。
私が感極まったのだと思い込んで仕方がねえなといった風のウィリアム王子に、
黙っている私も、この王子様は同じ様に許してくれるのだろうか。




