人の口になんとやら
冬も深まってきた頃。
雪の白で染まる街が賑わいを隠し寝静まる頃。
鮮烈な赤を身にまとって純真無垢な子供たちへ夢と喜びを届けるおとぎ話のような存在。
幼いころは私も信じていたのを憶えている。
冬になればその日が来るのが待ち遠しくて、子供たちの人気を一身に集めながらその姿を見たものはいないという、ミステリアスな存在に惹かれていた。
今年こそはと寝具に入り、朝になって挫折するも枕元に置いてあるそれに喜びを隠せなかったものだ。
(サンタさんだ)
城門の衛兵と挨拶を交わし城内へと向かうべく案内されている私は、だだっ広いが手入れの行き届いた庭の奥、三脚に腰掛け木の手入れをしていた一人の御老人に釘付けにされた。
真っ白なお髭と髪が眩しい。
鮮やかな赤い瞳はまっすぐ目の前の木だけを見ていて、けれど取り掛かる姿勢や表情から長年勤め上げたであろう貫禄を感じられた。
黒い古めかしいデザインであるものの上等な燕尾服を着ていて、その膝には脱いだ白い手袋を置いている。
着ている服が白ならカーネ●●ンダースだろうか。
あまりに見つめていたものだから視線を感じたのか、横顔がゆっくりとこちらの方へ向いた。
目が合っている。
失礼だったかもと一瞬どきりとしたがその人は穏やかに微笑んで、座ったまま綺麗にお辞儀をしてくれたので私も慌てて頭をさげた。
そして再び木に向き直るその顔は、
(………やっぱりサンタさんだ)
季節外れになりつつある幼いころ私が想い描いていた理想のプレゼンターそのものだった。
「申し訳御座いません」
城内へと足を踏み入れた私にかけられた第一声はそれだった。
例の如く図々しくもウィリアム王子に付き纏…ではなくお茶会のお誘いに来たのだが、どうやら彼は部屋に居ないらしい。
それも使用人達へ何事かを告げることなく飛んで行ってしまった様で、こうして説明をしてくれているメイドさんも困った様子だ。
「数十分前までは、御自室で執務に励まれていたのですが…」
聞けば彼が何の前触れもなく姿を眩ますのは珍しくなく、昔からよくある事なのだそうだ。
「きっと一時間も経てばお戻りになるかと思われますので、宜しければ客室までご案内致しますね」
普通なら改めるかどうか尋ねるものだと思うがメイドさんはいい笑顔でそう勧めてきた。
(早くも顔を覚えられたかな)
けれど私にとってその申し出は有難い。
本当ならば片時も離れず見張っていたいくらいなので、数時間程度で終わる用事なら帰るという選択肢は持ち合わせていないのだ。
自慢にもならない自分のストーカー気質に胸を張りながら大人しくメイドさんの背に付いて行こうとして窓から見下ろせる庭に足を止める。
「あの、もしよかったら庭をお散歩して待っていてもいいですか?朝使用人さんが手入れしてるのを見て改めて思ったんですけど、とても素敵なお庭だなぁって」
「ふふ、勿論構いません。では王子が戻られた際にはそうお伝えしておきますね。今日もエドワーズ様がいらっしゃったのを知ったら、きっとお喜びになります」
微笑ましいとばかりに笑う仕草は可愛らしい。
が、喜ぶかと言われればいつもの訪ねた時の顔からしてとてもそうは思わないのだけど。
むしろ追い返されるのかもしれませんねと笑いながら言えば、メイドさんは「ありえません」と断言してその笑顔は全く動じていなかった。なんかこわい。
御丁寧に庭までの共を名乗り出られたが、生温かい視線と私とウィリアム王子の関係を盛りに盛った様な終わらないお世辞の嵐に耐えられず来た道だからとお断りさせてもらった。
というかもう通い過ぎて正直、城門からウィリアム王子の部屋までくらいなら道案内なくても大丈夫なのだ。
どこか物足りなさそうなメイドさんから逃げるように引き返した私は、城から出て真正面にある立派な噴水の前まで辿り着くとその縁に腰掛けた。
水の音とは不思議なもので、聞いているだけで自然と穏やかな気持ちになるものだ。
職人さんが手掛けたであろう彫り装飾に指を這わせて線を辿る。
しばらくその流れる音に身を委ねていると、目の前の水面に一人の御老人の姿が映し出された。
「失礼。お嬢様、先ほどからずっと俯いておられますが、ご気分が優れませんか?」
振り返るとやはり先ほど木の手入れをしていた人物で、近くで見れば見るほど若い頃はさぞ美形であっただろうことを感じさせる。
きりりとした眼差しが凛とこちらを見据えていたが、振り返った私の顔を見て少しだけ揺らいだ。
「あ、」
「これは…先程はご挨拶もせず申し訳ございませんでした。私はこの城に仕える、ヨルク・ランドルフと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私は…」
「シャロン・エドワーズ様でございますね」
「!」
まさか初対面の人に名乗る前から顔が知れている日が来ようとは…
原因は分かっているし自身の行いによるものなので自業自得なのは重々承知している。
でも苦笑いが隠しきれないのは許してほしい。
先ほどのメイドさんの言動やすれ違う使用人の方々の視線からして何となく、ちょっとは
、もしかしてと嫌な予感を感じてはいたのだがどうやらそれはアタリらしい。
「ウィリアム様の大切なご婚約者様…いえ、未来の女王陛下であらせられる貴女様に何かあっては大変です。どこか不調がお有りなら遠慮なく仰って下さい」
「ーー!!?おッ、ーーゲホゲホォゴフッ」
思いの外ヘビーな単語が聞こえてきて、思わず引きつった声が出てそれに喉が耐えられず豪快に噎せてしまった。
しかしそんな私の心情をよそに目の前の御老人は更に爆弾を投下してくる。
「こんな所では御身体を冷やしてしまいます。元気なお子を産む大切なお身体ですから、早くこちらへ「待って待って待って待って!?王女!?お子?!?今城の中でどんな噂が流れてるのかな!?そのへんよ〜く詳しく教えてほしいなぁ!?」……承知いたしました」
事実無根だからと全く気にしておらず、それに対しても配慮していなかった為かこの短期間で大き過ぎるほど膨らんだ噂に変な汗しか出てこない。
お子って!!(笑)
これは早急に対処するべきだと危機感を感じた私は、取り敢えず目の前のこの人から誤解を解くべくパニック寸前の頭をフルで回転させる。
「しかし、冬も終わりとはいえこんな所では寒いでしょう……そういえば、先日新しい茶葉が入ったのです。宜しければこの老ぼれの淹れた紅茶の味見にお付き合いしてくださいませんか?」
そういった言い方をされてしまえば断り辛いもので、渇いた喉には丁度良い申し出でもあったためその誘いを受け入れ、ヨルクさんに案内されるまま客室へと移動した。
「ーーーーふむ」
案内された客室は貴族のご令嬢なんかが好みそうな白を基調とした愛らしい内装の部屋だった。
カーテン飾りや部屋の彼方此方に飾られた花々はどれも優しく女の子らしい色のもの。
そんな空間の中、白い木で造られた円テーブルにヨルクさんと向かい合って座っている。
かなりシュールな状況ではあるが、これでも使用人ですからと部屋の傍に立ったままでいようとしていたのを、半ば強引だったがヨルクさんにも座ってもらいまだマシになった方だ。
ザックリと何時ぞやの騒動の説明を聞き終えたヨルクさんは白い手袋に包んだ左手を顎に当て考えるそぶりを見せた。
「では、王子と貴女様はそういった関わりは一切無いと?」
「天と地がひっくり返っても有り得ません」
「そうでしたか」
慌てる私とは正反対に無表情で話を聞いていたヨルクさんは、聞き終えた今でもその表情を動かすことなくしっくりと呟いた。
少し言い過ぎたかなと思いつつ、一つ誤解を解けたことに安堵して何杯目と知れない紅茶へ口をつけた。
新しく仕入れたという紅茶は、とてもとても美味しかった。
「なので、何やら誤解…?をさせてしまっていたみたいで申し訳ないのですが…」
「ええ、もちろん皆にはそれとなく伝えておきましょう」
「ありがとうございます!!」
言いながら、最早誤解レベルと言っていいのか分からないほど大きく右曲左折していた噂を思い出した。
(もう、どの国の誰の話だよって感じだったけど)
「私も噂を聞いたときは少し可笑しいと思ってはいたのです。ウィリアム王子が産まれたときからお側におりますが、王子が幼い頃出会った姫君に心を奪われたという話も、西の国に忍びでドラゴン退治に出たのも全く憶えが無いのですから」
「でしょうね」
「しかし若いのが力強く肯定するものですから……ほっほっほ、夢があっていいですな」
標的にされたこちらはたまったものではありませんが。
夢のまた夢、妄想だ!
「しかし恋人ではなくとも、御二人はご友人なのでしょう?…見ていれば分かりますよ」
そう言ってヨルクさんは微笑んだ。
友人。
改めて指摘されると少しこそばゆいような気持ちになり、私はもぞもぞと両腕をさする。
「別に…腐れ縁みたいなものです」
「あのウィリアム王子に対してそこまで言い切る方も初めてです。想いを寄せるご令嬢なら沢山見てきましたが。ーーーどなたかに、恋をしておいでですかな?」
悪戯っぽく尋ねられ不意打ちで出された話題に自然と頬が緩んだ。
私の反応にヨルクさんはまたも若いっていいですなと年寄りじみた事を口にする。
そんな絶妙な空気に耐えられなくなった頃、不機嫌丸出しの声が空気を割いた。
「ーーーおい、庭にいるんじゃなかったのかよ」
「これはこれは、ウィリアム王子」
部屋のドアにぐったりした様子でもたれ掛かり、声同様に不機嫌極まりないオーラを出しながらこちらを見下ろしていたのは、待ち人その人だった。
ヨルクさんはにこやかな顔をそのままにウィリアム王子の姿を確認すると、席を立とうとするが「いい」と彼に一言で動きを御された。
「お邪魔してま…痛ッ」
つかつかと顰めっ面でこちらに歩いてくると思ったら、いきなり頭を平手で叩かれたた。
「暴力反対!」
「うるせぇ。庭にいるっていうから歩き回ってみても何処にもいないし、部屋にも来てないし、どれだけ探したと思ってんだ。おかげでもう日が傾きかけてるじゃねーか」
「え、あれ?本当だ。もうこんな時間なんだ」
その口ぶりと抑えてはいるものの乱れた呼吸から、よほど探し回ってくれたのだろう事が読み取れた。
日の位置を気にする発言はおそらく、私が毎日訪ねても必ず日が暮れる頃には帰るようにしているからだろう。
ウィリアム王子のことをすっかり忘れてヨルクさんとの雑談を楽しんでしまった。
叩かれた頭を押さえながら部屋にある掛け時計へ目を向ければ、今日の張込みの時間も終わりが近かった。
大して何の情報も得られない日々に慣れつつある私は少しの落胆を胸にしまい込み、今日もおしまいだと潔く割り切った。
恐ろしい噂を断ち切る第一歩を踏み出せたのでそれを今日の戦果としようではないか。
一人でに納得して、この場をお暇しようとウィリアム王子を見やった私はそこで少しの違和感を感じた。
「…………」
「…………なんだよ」
何時もと変わらないウィリアム王子の姿をまじまじと見ていると、彼は居心地が悪そうにたじろぐ。
私が訪ねたときと同じに苦々しい顔をして、どかりとヨルクさんと私が座っている間の席に腰を下ろした。
理想の王子様と持て囃されるその顔は薄っすらと赤く色付き汗が滲んでいる。
そうだ、彼は何時も私がたずねるのを嫌そうにしているのに、何故時間を気にしてこうも探してくれたのだろう?
「別に、今日会えないなら明日でもウィリアム王子は良かったんじゃないの?」
違和感の正体に気づいた私は素直にその疑問を口にしてしまい、それを受けてウィリアム王子はきょとんとした言葉がよく似合う、気の抜けた顔をした。
そんなに予想外だったのかな?と首を傾げれば、彼はポツリと言葉をこぼした。
「どうせあんたのくだらねぇ話を聞いてやる相手なんて俺くらいだろ…」
本当に、他に何も考えていなさそうな、他意のない呟きだった。
いつもあんな顔で出迎える癖に彼は私の話を聞こうとしてくれていたのか。
男の人にとって他人の恋の悩みほどどうでもいいものは無いだろうにと思っていた、私は破顔した。
「ほっほっほ、仲のよろしいことですな」
なんだかんだで話し相手になってくれる彼に、私は懐からよれた紙袋を取り出す。
彼が以前食べたことないと言っていた、鳥の姿を形取った絶品の焼きものだ。
外はさくふわもっちりで、中には程よい甘さのとろりとしたクリームが詰まっている“鳥もち焼き”と呼ばれるものだ。
私のお気に入りのオヤツTOP5にランクインするもので、二つずつ食べようと四つ買ってきたのだがヨルクさんに一つあげて、残りの一つは彼に譲ろうではないか。
私がそれを差し出せば、袋をあけて中身を見た我らが王子様は目を輝かせた。
帰るのはこのとっておきのオヤツを堪能してからでもいいだろう。




