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それが何なのか私は知らない  作者: ゆめのせい
10/13

忘れない



あの終末の日、私の初恋から、ダーリンへの手がかりが無いままもう直ぐ一年が経とうとしていた。


毎日張り込みをしたり、知人には片っ端から一目惚れの片思いとだけ説明して、その特徴を事細かに伝えてみたが、噂を聞きつけた者からも協力を仰いだ知人からも一向に連絡は入ってこなかった。

張り込みは一番人が集まる街で日替わりで場所をかえて行っているのだが、それらしい人も見当たらない。

人が多すぎて目が追いつかないため、見逃している可能性だってあるのだ。


(そもそもこの国の人じゃ無いかもしれないんだよなぁ)


この広い世界では、むしろそっちの確率の方が高いかもしれない。



「やっぱり世界一周するしかないかぁ。でもそれだったら崩壊事件待ったほうがまだ早…」



「まぁ!シャロンさん!」



両腕を組んで考え込んでいると、きゃっきゃと楽しそうな声を上げる花のようなご令嬢の集団に声をかけられた。

中でも栗色の柔らかいくせっ毛を上半分にまとめて、まんまるの目をきらきらと輝かせてこちらを見やる少女には、見覚えがあった。




「ああ、タルロッセ嬢。今夜は一際愛らしさに磨きがかかっておいでですね。雪の妖精が紛れ込んだのかと思いました」



「あらあらあらぁ!相変わらずお上手なんだから!ふふ、ありがとう」



ふんわり柔らかそうな頬に赤がさして、はにかむ姿は本当に可愛らしい。

比較的近い年齢で私よりも背が低いご令嬢は彼女くらいなもの。

そしてバーバラ・タルロッセ嬢はこう見えて年上である。

ああ、癒される。



「それより聞きましたわよ〜金獅子の君のこと」



「話が回るのが早くて助かります」




金獅子の君とは、私が“見たこともない綺麗な色彩で少しくせっ毛の柔らかそうな髪と闇夜によく映える冷たくて鋭くて魅力的な金茶の瞳を持っていて、個性的なファッションセンスだ”とダーリンについて説明した際についた通り名だ。

普段噂ごとに疎いタルロッセ嬢の耳まで入っているということは、思った以上にこの話は広がっていることだろう。





「その様子だとまだ特定できていないのかしら」



「はい…この調子なら殿方側に話が回るのも早いとは思うんですけど…」





この数ヶ月間で何度目とも知れないため息をこぼす。

それは初めて彼を熱弁に語ったあの遠い日のものとは全く違ったものへと変わっていた。

叶うならば、息を吐くのは溢れんばかりの気持ちを相手に伝えきれない分だけであって欲しいものだが……会えない相手に想いを寄せるというのは、何とも切ないものだ。


そんな姿を見たタルロッセ嬢は何を思ったのか、手にしていた扇子をぱしりとならして声を少しだけ張り上げた。



「ほらほらぁ、元気を出しなさいな!理想というのは、簡単に手には入らないものなの。今だけは忘れて夜会を楽しみましょうよ。次期国王陛下18歳の祝いの席なのですから」



そのドレス、とってもお似合いよ。


タルロッセ嬢は優しく微笑むと取り巻きの花を引き連れて賑わいの中へと戻って行き、私は再び壁の花を決め込みながら自分のドレスを見下ろした。

エメラルドグリーンとクリームのドレスは透けるような上品なレースとそのデザインで淡い色だからと可愛くなりすぎないように少し大人っぽい仕様になっている。

ホワイトパールの緩く編んだ髪にはあの日見た彼の瞳と同じ色で花をモチーフにした髪飾りを。

耳と胸元にはダイヤモンドとあの日見た彼の髪の色をイメージした宝石を。


もしかしたら会えるかもしれないと淡い期待を胸に抱いてそこそこ着飾ったのに、それらしい人物は見当たらない。

再び腕を組んで目の前の人集りを睨みつけた。



「まーたあんたはそんな顔して」


「!」



顔を見ずとも最近では割と頻繁に会っていたため声だけで誰だか理解した人物に、慌てて佇まいを整えて正式な礼をした。



「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、ユリアーナ王女。直々のご招待にあずかり痛み入ります。この度は兄君ウィリアム王子へお祝いの言葉を申し上げます」


「よく来てくださいました、シャロン・エドワーズさん。お待ちしていましたのよ。ーーーーーで、どう?楽しんでる?」




形式ばった挨拶もそこそこに、ユリアはぐっと顔を寄せると小声で話しかけてきた。

扇子を広げ、口元を隠しながら上品を装う。




「んんんー」


「はぁ、呆れた。せっかく招待してあげたんだから、ダンスでも踊ってくればいいのに。どうせ片っ端から断ったんでしょう」


「ダンスは苦手なんですー」


「またそんなこと言って」




そんなんだから恋人ができないんだとか何とか始まった説教はいつものことなので、はいはいと聞き流しながら視線を彷徨わせる。

ユリアは昔から私にやたら恋人候補を斡旋したがる節がある。

今回の夜会も両親だけでいいのに、私にまで招待状が届いた時はもしやと思ったが、やっぱりそれが目的だったらしい。

あの春にダーリンの話を持ちかけてからそれに拍車が掛かったようにも感じられた。

私の心はとっくに奪われてしまったのだから、いまさらどうしようもないのに…




(嗚呼、いっそ本人が名乗り出てくれたらなぁ)




今夜もハズレ。

明日もきっとーーー


摩り切れつつある希望をまだ強く握りしめて、それでもどうにもならない現実に心が締め上げられる。

本格的に諦めモードで世界一周を現実的に計画し始めた思考回路はホールの中央で優雅に踊る人たちのその先、かすかに見えた人影を視界にとらえた瞬間にがつんと震えた。



(まって、待って待って待って待って待って待って待って待って)




駆け出した足は止まらない。

見え隠れするその人物から目をそらさない。

前を向かなきゃ、しっかり歩かなきゃ、落ち着かなきゃと思うのにはやる気持ちが整理できない。

掻き分けて掻き分けて掻き分けて、ついに追いついたシルエットを気づけば無遠慮に掴んでいた。


「は?」


艶やかで指通りの良さそうな金の髪。

澄んだ紫色の瞳は凛々しい面差しによく似合っていた。

そこらの美人には負けないくらい白く整った肌。

けれど掴んだ手首はがっしりしていて、男の人のそれだった。



間違いない。

あの時は所々汚れていたし怪我していたし夜よりも深い闇ではっきりとは見えなかったけど、でも、本能が、この男だと叫んでいる。




あの夜、死んだのはこの男だ。







「放せ……と言うか、あんた誰だ?」



「あのっ、私…………!!」



やっと掴んだ手がかり、二度と離すまいかと今度は両手で彼の腕を掴み直し顔を近づける。

紫色がゆらゆらと戸惑うように揺れていた。


(あれ、ちょっと近すぎた?)



見つめ合っている内に見る見る赤くなっていく美男子にこっちも恥ずかしくないわけではないが、ここで引いてしまったら機会を逃してしまうのではと思うと引くに引けなかった。

改めて彼を間近で、もはや睨みつけると腹の底から叫んだ。





「私を家来にしてください!!」



「はあ!?」





男は素っ頓狂な声を上げると、次いでさっと顔を青くして私を引き剥がしにかかる。





「お願いします!お願いします!貴方についていかないと私に未来はないんです!」



「いや…っだからちょっと……意味わかんないんだけど!て言うか、ここを何処だと思っているんだよ!あんた、自分が何してるか分かってる…!?」



「百も承知です!お願い!何でもいいからそばに居させてえぇ」



「………っ、馬鹿野郎!」





「……お兄様、シャロンと知り合いだったの?」






「「は?」」





私を走って追いかけてきたのか息を切らしながら唖然とこちらを見るユリアに、私も男も動きを止めた。






おい兄妹、似てなさすぎるだろ。

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