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第七十七話 お出かけ

「では、侯爵閣下。こちらにサインをお願いいたします」


 座っている侯爵の目の前の机に、証書を広げ、ペンを差し出す。

 でっぷりと太った初老の侯爵が、もったいぶったように証書に太字でサインをした。

 私は返されたペンを恭しく受け取り、側に控えている使用人に手渡す。


「今日は実に良い取引ができましたな。ルシフ皇女殿下。今後ともよろしくお願い致しますぞ」


「はい。 ……こちらこそ、今後ともよろしくお願い致します、侯爵閣下」


 私はサインされた証書に目を落とし、問題がないことを確認すると素早く証書を丸め、蜜蝋により封じ、これも使用人に手渡す。

 そして、両手で侯爵の手を取り、微笑みを浮かべる。

 とたんに、侯爵の顔がだらしなく弛む。

 私は侯爵を促し、部屋の出口まで案内する。

 そこで、もったいぶる演技をしながら、客人に別れを告げる。


 相手が部屋の扉から外に出るまで、ずっと手を握り続け、さらに、視界から消えるそのときまで、お見送りするのがテクニックだ。


 だいたいの男性はこれで、次から、私のお願いをスムーズに聞いてくれるようになる。


「相変わらず、あんたはそういったところには本当に如才ないわね」


 呆れとも感嘆ともとれる口調で、部屋の奥の方で、一部始終を見ていたリーゼが話しかけてきた。


「まぁ、あの程度のことで、次から少しでも私にとって有利な振る舞いをしてくれるならば、いくらだって、手くらい握ってあげるわよ」


「ま、そうよねー。で、これで、投資の規模的にはだいたい十倍くらいになったわけだけど、次の一手はどうするの?」


「うーん。徐々に交易の規模を大きくするのがセオリーだけどね。本来ならばこのあたりでライバルが出てくるところだけど、今のところその気配はないわね」


 私としては、もう少し競争が働いた方が経済を活発にする観点では望ましいと思っているのだが、割とギルドなんかは保守的で、誰もチャレンジをしてくれない。

 もう少し、交易環境を作ってあげる必要があるかもしれない。


「次は、街道や宿場町の整備、それと街道の警備と情報収集のための人員を増やしていかないとね」


「それなら、情報部から人を出してもうのがいいんじゃない? たしか、あそこから宮廷に出向してきているのが、何人かいたはずだから、彼らに少し骨をおってもらいましょうよ」


 気軽な感じでリーゼが提案してきた。

 私は頷いた。


「そうね。あとは、帝国軍から工兵や、補給部隊の人員を出してもらえると嬉しいかな。民間から雇いいれるよりもやっぱり信頼がおけるしね」


「それくらいなら、お安いご用よ」


 リーゼがこれまた気軽に返してきた。

 しかし、この半官半民の特殊会社。

 正式名称『大陸貿易推進機構』、通称『ルシフ機関』。

 お父様が、全面的にバックアップしてくれているので、順風満帆も良いところだ。

 ただ、まだまだ規模も小さく商いの量もたかが知れているので、ここからが正念場だろう。


 あと、最近はやはり技術開発の発展、少し発明なんかにも手を出そうと思い、会社に研究所も設置してみた。

 たぶん、この世界で始めてだと思う、この研究開発のためだけの研究所。

 現在のテーマとしては、新しい通信手段の研究や、食料の保存方法なんかの研究も行っている。

 通信技術では、狼煙による通信が今のところメインだが、徐々に投光器を使った通信手段を整備していきたいと考えている。

 魔術を使えば遠方との通信はできるのだが、数が少なすぎて、経済的にペイしない。

 ただ、安全保障の分野であれば、これら魔術との併用を研究してもいいかもしれない。

 また、食料保存法に関しても、もといた世界のアイデアを拝借して、金属や瓶詰めによる保存、クラッカーや、干し肉、チーズなんかの薫製や発酵食品の開発を進めてもらっている。

 もう少し金属缶やガラス瓶の製造が簡単になれば、技術革新が進むかもしれない。


 あとは、小規模ながら、内燃機関の開発にも着手した。

 やはり、産業革命を人為的にオコセナイカト思ったわけだ。

 ただ、まだまだ、ものになるかはわからない。


「やることは本当に大量にあるわね……」


「なにを今さら」


 呆れたようにリーゼが突っ込みを入れてきた。


◆◇◆◇◆◇


「そういえばルシフ。なんで、今回のリットリナへの出張に、お前もついてきたんだよ」


 隣を歩くヒューリの歩行にあわせて早歩きをしているので、少し息がきれる。


「なんでって、やっぱり、自分で現地を見るのが、経営者としては一番だからよ!」


 私は胸を張って言ってやった。

 これでも色々と考えているのだ。

 ただ、今回はお忍びの出張なので、分厚いフードを頭からすっぽりと被り、回りからは顔は見えないようにしている。

 まもなく、冬になろうかという季節、これくらい着込んでもそこまで暑くはない。


「……それに、たしか、この山間の宿場町には、温泉があるんでしょ? 私、その話を聞いたら、ぜひとも自分で入ってみなくっちゃ、と思ったわけ」


「お前、そっちの方が本当の目的だろ」


 はぁ、と深いため息をつくヒューリ。

 私は明後日の方向に目を向ける。


「とりあえず、リットリナから護衛を出しているけど、お忍びだから、そこまで数がいないからな。あんまり気を緩めないでくれよ。お前に何かあったら、外交問題になってしまう」


「わかっているって。安全には気をつけるわよ」


「本当にわかっているのかよ」


 ぶつぶつとヒューリがつぶやく。


 二人でとぼとぼと歩く。

 一応、もしものことを考えて、瞬間転移用のマーカーを持ってきているので、帝国軍一個小隊を迅速に展開できるようには準備しているが、街道沿いの治安の観点からも、そんな事態が起こらないことを祈るのみだ。


「よし。もう少しで宿場町だが、今回の俺の仕事は物流の関税が適正に適用されているかを査察することだから、少し時間がかかるんだが。その間ルシフは……」


「まぁ、温泉入って、美味しいものでも食べているわよ」


「……わかった」


 苦虫を噛み潰したような顔をしながらヒューリが手をヒラヒラさせた。


 私たちは宿場町の入り口の門で、通行許可証を見せて中に入った。


「じゃ、またあとでね」


「あぁ」


 私たちは二手に別れた。


次回は、4/29(日)更新の予定です。

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