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第七十六話 訪問客

「今月の売り上げは一万金貨ですので、経費を抜きますと、……利益としてはだいたい五千金貨くらいですね。おめでとうございます社長。では、続きまして各項目の詳細を……」


 私は鷹揚に頷きながら、会計担当の報告を満足げに聞いた。

 取引をはじめてみて一ヶ月。

 今のところ、特に大きな問題も発生せず、順調そのものだ。


「ルシフ。帝国東部の商業組合の長を始め、面会依頼がすごい勢いできているわよ。やったわね」


 リーゼが巻物の束を大量に持ってきてくれた。

 その顔がホクホクしているところを見ると、どうやら反応も上々らしい。


「そんなに多くは時間とれないわよ。重要な人物の抽出をお願いね、リーゼ」


「はいはい、わかっているわよ」


 リーゼは、執務室の客用の椅子に座ると、鼻唄を歌いながら、会談相手の選別を始めた。

 リーゼは一応、こちらの手伝いは軍の仕事の合間に出向してもらう、という事前約束であったのだが、いつの間にかこちらの仕事の合間に軍務をしている。

 まぁ、リーゼの処理能力をもってすれば、本気で仕事をすれば、それくらい余裕なのだろう。


「……あとは、ヒューリ。あんた、たしか、今日辺りにサプライズゲストがどうのとか、前に言っていたわよね」


「ん、あ、ああ。でも、実はギリギリまで俺としては避けたいというかなんというか。だが、本人が聞かないものでな。うーむ」


「あんまり浮かない顔ね」


 ヒューリが、眉根を寄せて苦悶している。


 しばらくすると、空間に魔力反応を感じた。


『空間転移だ、気を付けろ』


 不意に、耳元で護衛のスーナが警告を発してきた。


「気をつけて、魔術よ!」


 私が鋭い警告の声を発すると、リーゼが慌てて腰の長剣に手を添える。


「ま、待ってくれ! 大丈夫だ。落ち着け!」


 急にヒューリが立ち上がり、慌てた様子で、腕をブンブンと振り回している。


 私はその様子を不審に思いながらも、転移してきた瞬間に叩き込もうと思って準備していた『熱線』の魔術をキャンセルする。


 その代わり、懐から短刀を取り出し、半身に構える。


 魔術の閃光が一瞬だけ閃き、次の瞬間、二人の人影がそこの空間に現れた。

 二人ともフードを被っている。

 フードの中の顔を確認すると、一人は若く、もう一人は見たことがない壮年の男性だ。

 そして、その若い方の男の顔を私はよく知っていた。


「……やぁ、ルシフ。こうして君に会うのは本当に久しぶりな気がするね。僕の中のもう一人の僕とは少し前に話をしていたと、映像としては記憶にあるんだけどね」


「……け、ケイメル」


 私としては久しぶりのケイメル王子との再開ではあるのだが、少し前まで大問題だった魔王事件のことを考えると、満面の笑みを浮かべてケイメルを迎え入れるわけにもいかず、少し返事が他人行儀になってしまったのはしかたがないと思う。


◆◇◆◇◆◇


「……」


「……」


 お互い無言で、新たに淹れたカップの黒茶をすする。


 この場の雰囲気を察してか、ケイメルの隣に立っているヒューリも何も言ってこない。

 私の隣ではリーゼが一緒に座りながらお茶を飲んでいるが、こっちはあまり王子に興味がないのか、先ほどの書状を一心不乱に吟味している。

 どうやら、リットリナのことには首を突っ込むつもりはないらしい。


 ……はぁ。


 私は一つため息をつくと、意を決して口を開く。


「……あ」


「戻ってきて欲しいんだ」


 私が何か話しかけようとしたことを遮るように、ケイメルがいきなり口火を切った。


 私としては何とも言えない気持ちになる。


「えーと、ごめんなさいね、ケイメル王子。私はもう皇帝の正式な養女になりましたので、あなたの国にそう気軽には、行ったり来たりはできないのです」


 というか、こうなった原因の一つはあなたにもあるんですからね、という言葉が喉のすぐそこまで、でかかったが、さすがにその言葉は飲み込んだ。


「ああ。その事ならばすでに聞いているよ。実は少し考えがあるんだけどね。例えば僕が君に政略結婚を申し込む、とか」


 その言葉を聞いて私は身体を固くする。

 と、同時、ヒューリの方を見てみると、ものすごい顔をしている。

 なにより汗がすごいし、視線を床に向けながら、顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。


 私はその様子を見て、少し余裕を取り戻す。


「ケイメル王子。いえ、まもなく国王ですからケイメル国王ですかね。そろそろご自分の立場を弁えて下さいませ。軽々しくそのような戯れ言を言われては、リットリナ国そのものが軽々しく思われてしまいますよ」


 ヒューリの方を見てみると、緊張が解けたのか、頬が少し緩んでいる。

 ちょっと面白い。


「……ふふ。まぁ、今日の目的は、単に感謝の言葉を君に直接言うことだけだったんだけどね。こうして、久しぶりに君に会って、改めて君の美しさに惹かれてしまったよ。では、お姫様に嫌われる前に、僕は退散することにするね。……ではまたね、ルシフ皇女。あと、ヒューリ、あとのことはまかせたよ」


「はっ」


 ヒューリが直立不動で敬礼を返している。

 ヒューリの敬礼姿、格好良いな。


 部屋の角に控えていた、ケイメルと一緒にやってきた護衛の魔術師が、ケイメルに近づき、魔術を発動させた。


「じゃあ、またね」


 そう言い残し、ケイメルは去っていった。


「……」


 沈黙が場を支配する。


 私は恨みがましそうな目をヒューリに向ける。


「……これがサプライズ、ってわけね」


「本当はこちらに来ること自体、俺は反対だったんだが、どうしても、というのでな。それに、ケイメルから、こちらに来ることはルシフには絶対に臥せておいてくれ、と厳命されていたのでな。すまない」


 頭を下げ、私に詫びるヒューリ。

 私は一つため息をつくと、ヒューリを許した。


「ま、別にいいわよ。さ、私たちは私たちの仕事をしましょ」


「そうそう。ほら、明日はこの人に会いましょうよ、ね」


 楽しそうにリーゼが私に書状を突きつけてきた。

 今はたしかに、仕事に集中したい気分だ。


次回は、4/25(水)更新の予定です。

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