第七十話 大立ち回り
頭をふって気分をはっきりさせる。
さて、前方に老魔法使い、後方に屈強な兵士たち。
状況はさして変わらないが、別段たいしたことでもない、と感じるのが不思議だ。
心が凪いでいるのを感じる。
私の態度が急にリラックスしたものとなったことに、不審を抱いたのか、兵士たちは私にすぐさま襲いかかる、ということはせず、お互いにジリジリとした、にらみ合いが続く。
「いったい、何をした小娘……」
老魔法使いのコンドルが、顔を歪めながら私に聞いてきた。
相当強いプレッシャーを感じているらしく、先ほどまであった余裕が全て吹き飛んでいる。
「あー。なんと言いますか。思い出したんですよ。自分が何者なのか、ということをね。……えーと、『鋼鐵束縛』」
背後から、私の隙をつこうとして、鉄の棒を振り下ろしていた兵士に向かい、ノーモーションで無造作に魔術を行使する。
詠唱なしの魔術行使は制御が難しいのと、魔力の消耗が激しいのであまり多用はしないが、必要があれば躊躇せずに使う。
魔法で生成した鋼鉄の細糸にて、兵士の身体をがんじがらめにする。
「……あー、動くと鉄糸が身体にきつーく食い込んでいきますから、無理に暴れない方がいいですよ、ってアドバイスが遅かったかな?」
鋼鉄の糸から抜け出そうと、無理に暴れまくっていた兵士が、鉄糸に身体中のあちらこちらを切り裂かれ、大量の血を流して苦悶のうめきをあげている。
まぁ、出血多量で、兵士を殺してしまうというのも妙に寝覚めが悪い。
仕方がないので、簡単な治療魔法をかけてやる。
私ってば、なんて優しいんだろ。
私が魔法を使っている間、誰一人として動かない。というか動けない。
まぁ、隣にスーナが巨大な銀狼の姿にて顕現し、回りを威嚇していた、というのもあるんだけどね。
『ルシフ。また、こうして、君と出会えてうれしい』
「心配をかけたわね、スーナ。でももう大丈夫よ。ところで、周囲の索敵はお願いできるかしら?」
『承知。……廊下に十名以上、さらに、階下よりこちらに大人数、向かってきているな』
「……そ、そなた! ここから逃げられんぞ! し、神妙に縛につけ!」
マモス子爵が、背後で何か吠えている。
ちらりとそちらに目を向ける。でも、腰がひけてますよ。
「別に、この館程度、消し炭にしちゃえば話は早いんだけどね……」
私は獰猛な笑みを浮かべる。
でもまぁ、そんなことはしないけどね。後味悪いし。
「えーっと、そこのご老体、どいていただけますか? お互い、その方が良いと思うのですが」
私は子首をかしげながら、老魔術師に提案をする。
「……そうさな。わしの仕事はここまでのようじゃて。では、主人。わしはこれで」
そういって、老魔術師は、扉の外へと飛び出していった。
逃げ足は中々に早いご老体だ。
「……じゃ、私も、これで、失礼しますね」
歩調を合わせ、私もそう言って、部屋から立ち去ろうとした刹那、扉の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「いってーな、離せよ!」
「あ……」
私は嫌な予感がして、立ち止まってしまった。
すると、部屋の中へと、首筋に短剣を突きつけられたユーグレがすーっと入ってきた。
ユーグレは、後ろ手に縄で縛られており、男がその首筋へと短剣を突きつけている。
男はユーグレを盾にしながら、私に向き合う。
昨日、私を縛り上げた、自称司法騎士様だ。
「……はぁ。ユーグレ。あんた、いったい何をしにここに来たのよ」
私としては呆れてしまう。
「何って、ねーちゃんを助けにきたに決まってんだろ! ……ま、まぁ、この通り、失敗はしちまったんだがな」
その心意気は嬉しいのだが、画竜点睛を欠く、だなー。
「ぐーっふっふ! これで、形勢逆転だな。さぁ、このガキの命が惜しかったら、小娘! 大人しくしろよ。少しでも妙な真似をしたら、このガキの命はないと思え!」
背後のマモス子爵が急に強気になって、吠え始めた。
現金な奴だなー。
「マモス様。これで、この女の正体がおわかりになったかと思います。是非ともこの私、司法騎士ヤティスにこの魔女めの討伐をご命令ください!」
そう言って、司法騎士ヤティスは、ユーグレに突きつけている短剣を持つ手とは逆の手で、長剣をすらりと鞘から抜いて、片手上段にて構えた。
かなり長大で分厚い鋼鉄の剣を、片手にて軽々と持つところをみると、その実力は中々のものであると推察する。
「あんたは、なかなかに手強そうね」
「私は貴様を人間とは思っておらん。ゆえに慢心もない。……あの夜の借りはここで返させてもらう」
「……あんたね。ユーグレの家に火をつけて、私たちを襲ったのは」
「……さてな。おい、魔女よ。抵抗するなよ。抵抗したらこの子供の首に大きな穴が開くぞ」
なかなかに、腐った根性をしているじゃない。
私はスーナに念を飛ばす。
「でも、どうせ、抵抗してもしなくても、殺すんでしょ? 証拠を見られたからには生かしてはおけん、みたいな感じで」
「あ、姉御。あんまり、刺激するのはどうかと思うんだけど」
ユーグレが泣きそうな声で訴えてくる。
「……茶番は、それまでだ。いいか、避けるなよ? わかっているな」
ヤティスはこちらをじっと見ながら、にじりよってくる。
「はいはい」
私は両手を上げて、降参のポーズをした。
でも、顔はふてぶてしいままだ。
今、この場で魔術を感知できるものはいない。
先ほど、老魔術師を見逃したかいがあったというものだ。
それは一瞬の出来事だった。
ユーグレに突きつけていたヤティスの短剣が、音もなく四散する。
先ほどまでの漫才の間に、スーナに短剣をいじってもらっていた。
使い魔のスーナを経由して魔術を行使すると、私からどっと魔力が失われるのがわかる。
私は疲れた身体に鞭うって、ヤティスが振り下ろす剣の動きに合わせて半身で避ける。
そして、ヤティスの剣を持つ手首を支点に、手首を返し、そのまま投げ飛ばす。
気持ちよく小手を返す投げ技が決まった。
「あー、なかなかかっこよく投げ技は決まったのはいいけれど、さすがに疲れるわね」
やれやれと嘆息する。
ヤティスが反撃をしてこないように、手首をねじって、剣を床におとさせる。
そして、私はその剣を拾い、ユーグレの近くへと移動する。
「あ、姉御! 信じていたぜ!」
ユーグレが泣きそうな面をしている。
「さ、後は、ここからかっこよく脱出できればいいんだけどね」
回りを見回すと、兵士たちが部屋に溢れている。
この包囲網を破るのはちょっと骨がおれそうだ。
そう思って剣を持つ手に力をいれる。
回りに視線を走らせて、突破口を見つけようとするが、なかなか簡単には見つからない。
……と、いきなり、部屋の中の空間が歪んだ。
まさに不意打ちだ。
そこに、見知らぬ男が二人ほど現れた。
空間転移の魔法とは、なかなかに高度な魔法だ。
さすがにそういった高等魔術の使い手を相手にするのは少々、部が悪いなー、などと思い、ついつい顔をしかめてしまう。
私が身構えていると、二人のうち、若い方の男が私の顔を見るなり歓喜の声を上げた。
「先輩、やりましたよ! ルシフさん生きてます!」
「おおそうか! やれやれ、なんとか間に合ってよかった」
二人のうち、年配の方のおじさんが、やれやれと嘆息した。
次回は、4/1(日)更新の予定です。




