第六十九話 復活
「貴様がルシフだな。……私はこの街の司法騎士を勤めているもの。貴様には市民裁判所へと出頭してもらうことになったので、神妙にせよ」
「……え?」
放火事件の後、ユーグレの知り合いの家へと転がり込み、その夜の間、一時的に匿ってもらった。
次の日は一日、その知り合いの家にて静かに息を殺していたが、ユーグレの家の火事騒ぎは、初期消火が成功したからか、家が全焼したのみで、なんとか周囲の他の家への延焼は防げたみたいだ。
あー、しかし、これから、どこに住もうかしら。
これからのことを考えると頭が痛くなる。
そんなこんなで、住む家をまたもやなくしてしまい、途方にくれている。
ユーグレの知り合いが、数日だけは家に置いてくれる、ということになったので、その間に、なんとかこれから住むところを考えないといけない。
……そう。住むところを考えないといけないのだが、それと同時に生活の糧を稼ぐために、今日も一日仕事をせねばならない。いつまでも休むわけにはいかないのだ。
そう考え、職場である飲み屋へと来たところで、私は、冒頭のとおり、なぜか司法騎士を自称する役人のお縄になってしまった。
「あ、あのー。私を捕まえるって、容疑はいったい何ですか?」
「……細かいことは裁判で明らかにする。おい、引っ立てよ!」
「はっ!」
司法騎士の後ろに控えていた、がたいの良い兵士二名が、私の両脇に立ち、私を慣れた手つきで縄にて縛り上げていく。
私としては身に覚えのない罪状で捕まるのは業腹だが、表立って逆らうわけにはいかない。
それだとまるで、私が罪人だと自ら自白するようなものだし。
「ル、ルシフちゃん」
「大丈夫ですよ、ご主人。きっと、何かの誤解ですから。すぐに、誤解を解いて戻ってまいります」
背後で縛り上げられた手首が痛い。
私は騎士たちに、理由なく連行されることになった。
◆◇◆◇◆◇
「……あれは」
俺は目を疑った。
ユーグレの姉御が、縄で縛られて、騎士たちに連行されて通りを歩いている。
顔を歪めているところをみると、かなり、きつく縛られているのかもしれない。
知らず知らずに、手のひらをぎゅっと力一杯握っていた。
連れていかれた姉御が城壁の中へと吸い込まれていく。
なんとかして、姉御を助けないと。
俺は踵を返し、仲間たちに助力を求めに走った。
◆◇◆◇◆◇
「私がマモスだ。ルシフ殿と言ったかな、部下が先ほど失礼をして申し訳ない」
「……はぁ」
マモスと、名乗った初老の男性は、前に聞いていた、ここいらを支配しているマモス子爵だろう。
口元は笑顔を作っており、目元は、こちらをねっとりとした視線で見据えている。
上から下へとまさに舐めるように見ている。
正直、気持ち悪い。
城壁の中へと無理矢理連れてこられ、牢の中に入れられたと思ったら、今度はいきなり、解放されてこの辺り一帯を支配する貴族のマモス子爵の前へと連れてこられた。
まるで、ジェットコースターに乗っている気分だ。
「どうやら、うちの部下が、人違いをしてしまったみたいでね、大変申し訳ない」
そういって、マモス子爵は私の背後に回る。
ぞわっ。
いきなり、マモスが私の胸を揉んできた。
「……な……な」
「部下の報告だと、君は、魔法を使ったり、剣を振り回していたりした、なんていう報告をしてきたが、君みたいなかわいい娘がそんなことをするはずないと、私は確信しているよ」
「……な……な」
「君みたいな可愛い娘は、私の愛人になるのがふさわしい。どうだね、君さえよければ、今日からここに住むとよい」
「……な……な、なにをするかー!」
私はマモス子爵の手を引き離すと、腰の重心を乗せた、渾身の右ストレートをその頬に叩き込む。
「ぐふぅ!」
錐揉みしながらマモスが、ぶっ飛んでいく。
「このスケベじじい! 何するの!」
敬老精神を十二分に持つ私だが、さすがに反射的に手が出てしまった。
「……失礼いたします。誤解みたいですから、私は帰らせていただきます」
「……ぐふふ。その抵抗する意気や良し。それこそ調教しがいがあるというもの。おい、お前たち、出てこい!」
マモスが手をパンパンと叩くと、扉を開けて屈強な兵士たちが四人ほど部屋に入ってきた。
「お前たち。その娘を取り押さえよ。……ぐふふ。安心せよ。女に生まれた喜びを存分にその身体に味会わせてやるからな」
ぞわわっと、背筋になにやら、悪寒が走る。
「え、遠慮させていただきます」
「遠慮するでわない」
じわじわと周囲の男たちが近づいてくる。
手元に獲物もないし、動き回るスペースもないので、男たちに取り押さえられると、危ない。
男たちの一人が、危機感なく伸ばしてきた手を咄嗟につかみ、その男の懐へと入り、腕の付け根を支点に背負い投げをして、他の男へと向けて投げ飛ばす。
いきなり抵抗をされるとは思っていなかったのか、男たちがパニックに陥っている。
……よし、今がチャンス。
私は男たちが、入ってきた扉に向けて猛ダッシュをした。
ドアのぶに手をかけ、さぁ、外に出ようというタイミングで、殺気を感じ、後ろに飛びすさる。
私が先ほどまでいたところに紫色の稲妻が、叩きつけられた。
『気を付けろルシフ。魔法だ』
「よくぞ、よけた。小娘」
スーナが警告を発すると同時、扉の外から声をかけられる。
扉を開けて入ってきたのは、厚いフードを被った人物だった。
フードの下にはしわが刻み込まれた老人の姿だ。
「先生! お願いします!」
マモスが手揉みをするかのように、へりくだっている。
「……ふむ。このわしが、こんな小娘相手に術を使うほどに落ちぶれるとはな。だがまぁ、これも運命か。……わしの名はコンドル。帝国で魔術の教官をしていたものじゃが。今は引退してこうして、用心棒の真似事をしておる」
「……で、そのコンドル先生は、私みたいな小娘を手籠めにしようというんですか?」
「わし自身には興味はないが、申し訳ないが、そこの男はお前に興味があるみたいでな。……だが、まぁ、安心せよ。傀儡の術にて、そなたの心は安らかに寝かしておくゆえ、その身体だけ、安心して我に委ねるが良い」
「遠慮しておきます」
冗談じゃない。
私が夢見ている間に、身体があのスケベじいさんの慰みものになるなんて、断じて断る。
前方の魔法使い、後方の男たち。
まさに前門の虎、後門の狼という状態。
行くも地獄退くも地獄。
なかなかに厳しい状況だ。
「さあて、そろそろ、年貢を納めてもらう」
そういって、なにやら、モゴモゴと老人が唱え出した。
私は目の前がだんだんと真っ暗になっていくような錯覚を覚える。
「……ぐっ」
「なかなかに強情だな」
「……!」
しかし、その瞬間、何かが私の頭のなかで、弾けた。
頭の中の扉が締まっていたところに、魔法で無理矢理、その扉が開かれた感じ。
「……あー! あー!」
私は叫んでしまった。
頭の中で、これまでのことが、走馬灯のように思い出される。
修道院に拾われ、ガンバルドの養子となり、学校に入り、ケイメルやヒューリたちとの出会いから始まり、魔王と共に、魔法の渦に巻き込まれたところまで。
「……あんた、さっき、帝国っていったわね」
「……む。術に抵抗したか」
「じゃあ、あんたをぶったおしてしまっても、あとで、陛下やリーゼには、御免と謝っておけばいいわね」
「い、いったい何を言っているのだ」
なにやら、私に対して、恐怖でも覚えたのか、老魔法使いが、一歩、後ろに後退する。
私はニヤリと嗤いかけた。
「私の名はルシフ。死にたい奴は私にかかってきなさい」
頭の中の靄が、やっと晴れた。
次回は、3/28(水)に更新できたらいいなー、と。




