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第三十九話 炸薬弾、投擲

 ドラゴンが、こちらに向かってホバリングしてくるのを視界の端で捉える。


「距離二〇〇! 仰角は……えーと、三十五度!」


 私は測距器具を使って、相手とこちらとの距離を計り、方角を合わせた。

 そして、リーゼルとヘッカーソンに計算してもらった角度表に、測定した距離を適用して、発射角度の計算を行う。


「隊長、いつでも撃てます!」


「よーし……撃てー!!」


 私の掛け声に合わせ、鉄の筒が大空に飛び立っていく。

 だが、私はまだまだ、気が抜けない。

 敵の近くで自動で起爆をしてくれる、近接信管などという文明の利器が存在しないため、火薬に着火をする方法とそのタイミングは、アナログなことに、私自身の魔法を使うしかない。


 私は目を凝らし、神経を集中させる。

 そして、ドラゴンにぶち当たる直前のタイミングで、鉄の筒の後部を着火させる。

 着火した火薬は、筒の前部に向けて燃え広がっていき、すり鉢状に加工された先頭付近にて、レンズの中央に向けて光を集めるかのごとく、爆発が中心に向けて集中し、鉄の筒の先頭にガスジェットが発生した。

 そして、そのガスジェットがドラゴンの戦車並みに固い鱗を貫通し、体内へと炎の柱を叩き込む。


「くっ、ずれた!」


 なんとか、初弾は発火し、命中はしたものの、ドラゴンの胴体を外れ、尻尾付近に命中をした。

 しかし、その威力はすさまじく、尻尾の半ばほどを豆腐のように軽々と切断し、大量にドラゴンの体液を撒き散らさせている。


「次弾装填! 銃士隊、一斉射撃!」


 バリスタの弦を引き絞る間、炎をこちらに吐かせるわけにはいかない。

 最後の一発の炸薬弾に引火したが最後、ドラゴンをどうにかできる私たちの最後の武器を失うことになる。

 弦を引き絞る間だけでよいので、ありったけの火器を使って牽制を行う。


「ちょっと、ルシフどうするのよ!」


 リーゼルが早速文句を言ってきた。私にずんずんと詰め寄ってくる。


「まぁ、落ち着くんだ、リーゼル。……ルシフ、大丈夫なのか?」


 近くの魔物を一掃したカレンが戻ってくるや、私に詰め寄ってきていたリーゼルを羽交い締めにしてくれた。

 周囲を見渡すと、この戦場に出張ってきている魔物の数が想定よりもだいぶ少ない。

 どうやら、相手もドラゴンとのバッティングを恐れているらしい。


 しかし、リーゼルの懸念ももっともなので、一応、補足しといてやる。


「次で最後だから。……これ外したら、皆で全滅か、尻尾巻いて逃げるか判断しないといけないわ」


「おいおい、ここまで頑張ってそんなオチは嫌だぜ」


 ヒューリが心底うんざりした様子で嘆息した。


「仕方ないじゃない。これしか、ドラゴンを叩く道具がないのよ。正直、あれを退治するには、伝説の大魔法使いに来てもらって隕石を召喚してぶつけるか、国中の魔法使い呼んで、一斉に、同一箇所に向けて熱光線を集めて焼ききるか、そんなところしか通じないわよ」


「……しかし、なんだってまた、あんな、伝説でしか聞いたことがないような古代竜(エルダードラゴン)がここで暴れることになったんだよ」


「そんなの、こっちが聞きたいわよ」


 たぶん、魔界側の連中が、そろそろ本腰を入れてきた、と解釈するしかないような気もするけど。

 でも、今はそういった余計なことは頭の片隅に追いやる。


「隊長! 次弾、装填完了!」


 銃士隊の残弾を掛け値なく全部使いきり、なんとか牽制に成功した。

 こちらも、もう戦闘継続は難しい状況に追い込まれた。

 まさしく、最後のチャンスだ。


「よーし、これで、泣いても笑っても最後よ! 距離五○……って、近! 仰角十度! ……よく狙いなさい! ……まだ、まだ……今よ!」


 ドラゴンが、こちらに向けて大きく口を開けているところに向けて、鉄の筒が飛び込んでいく。

 その口の中にはチロチロと炎が見える。


 まずい!


 相手が先に火を吹いたらアウトだ。


 私は残りの魔力を全部使いきり、ありったけの魔力で氷槍を創りだすと、その槍をドラゴンの口の中に叩き込む。

 そして、ドラゴンの炎を一瞬だけ中和した、そのギリギリのタイミングで、着火をした。

 あとは、神に祈るのみ。


 ……永劫とも思える刹那の時間の後、神様はどうやら私たちに微笑んでくれたらしい。

 ドラゴンが炎を再び吐き出す直前、ギリギリのタイミングで炸薬弾を着火させ、炎の柱を現出させることができた。


 炎の柱はドラゴンの口の中に飛び込むと、一瞬にしてドラゴンの頭の半ばを吹き飛ばす。


 一瞬の静寂の後、頭を失った巨体が、轟音とともに地面に倒れ臥し、動かなくなる。

 轟音と、それに続き、砂ぼこりが周囲に巻き起こる。

 そして、その砂ぼこりが収まってくると、周りには恐ろしいまでの静寂が、広がっていった。


「……やっ、やったの?」


 まるで、現実感が無いかのように、リーゼルが呟いた。


「……ルシフ様。もう大丈夫みたいですぞ」


「……」


 リングテールが、倒れ伏したドラゴンに向けて、二、三回、槍を突き入れたものの、動く気配がない。

 私はその様子を見て、緊張の糸が切れてしまい、その場にへなへなと座り込んでしまった。


「……お、俺たちの……勝利だー!!」


 ヘッカーソンが、両手をあげてガッツポーズを取っている。

 あれ、あなた、なにか活躍したっけ?


「……お疲れ、ルシフ。また、お前に助けられちまったな」


 ヒューリが照れ臭そうに、私に手を差し出してきた。


「……さ、さすがにもう力が入らないわ。もう、歩けない……」


「……じゃ、じゃあ、俺の背中におぶされよ。ここもじきに魔物どもが押し寄せてくるし、その前に後方に退かないと」


「あ、ルシフ。私たちのことは構わないでいいわよ。うちの部下どもと、傭兵隊をまとめながら、あとから合流するから、先に戻っていなさい」


 リーゼルが、まだまだ暴れ足りないとばかりに腕をぶんぶんと振り回している。


「ルシフは、よく頑張ったからな。先に休んでいてくれ! ……私の嫁のの世話は貴公に任せたぞ、ヒューリ殿。ちなみに、動けないルシフに変なことをしたら、簀巻きにして湖に放り込むのでそのつもりで」


 カレンが、物騒なことを言いながら、駆けていった。


「では、ルシフ様、ヒューリ殿。私も残存部隊を取りまとめますので、ここで失礼いたします。……おい、ヘッカーソン。お前も手伝え」


「えー。なんで、俺が……っていたいいたい! 耳を引っ張るな!」


 慌ただしく、リングテールとヘッカーソンとが、行ってしまった。

 私のそばにはヒューリしか残っていない。


「……えーと、じゃあ、お言葉に甘えて」


 私はヒューリの背中にしがみついた。


「ん。いいもんだな」


 不意にヒューリが呟いた。


「どうしたの?」


「いや、なに。ルシフの、柔らかいものが、俺の背中に当たってだな」


 パコーン。


 私は思い切りヒューリの頭を小突いてやった。


次回は1/8(月)更新の予定です。

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