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第三十七話 防衛戦

 ドラゴンの攻撃は熾烈を極めた。


 体長二十メートルはゆうに越えようかという身体全体を、赤銅のような色合いの金属質の鱗がくまなく包む、その堅牢な身体は城壁や鋼鉄の板をも凌ぐ固さを有する。

 通常の槍、剣、弓矢などでは、表面に引っ掻き傷をつける程度のダメージしか与えられない。

 そして、ドラゴンの爪や尻尾の一撃は、城壁や櫓を易々と砕き、人間をまるで、飴細工のように粉々に引きちぎることができる。


 しかし、本当に恐るべきはそのドラゴンの口から吐き出される、灼熱の炎だ。

 まるで、ナパーム弾のように、目に見える、辺り一面を炎の野原へと変え、全てを灰塵に焼き付くす。

 今、目の前に広がる光景のように。


「隊列を崩すな! 盾を揃えて、炎をやり過ごせ!」

「弩隊は奴の目だけを狙え!」

「長槍隊は装甲が薄い翼部に攻撃を集中させろ!」


 ヒューリは懸命に指揮を執る。

 だが、奮戦空しく、目の前で部下たちが、次々に屍に変わっていく。


 唯一の救いは、魔物の軍勢にもドラゴンは容赦なく牙をむき、魔物の進撃が止まっていることくらいだろうか。

 だが、直接攻撃を受けている騎士団と、聖堂騎士隊の損害は、もはや、全滅といってもよい位だ。


 もはや、軍としての体をなしていない。


「ヒューリ殿。もはや、ここまで。我々も撤退しましょう。なに、生きていれば再起も可能でしょう」


 聖堂騎士隊を率いていたリングテールが、助言をしてきた。

 彼の白かった鎧も、今は見る影もない無惨な黒こげたものとなっている。


「……口惜しいな。そういえば、ルシフたちの部隊は?」


「彼女たちは魔物の軍勢をまだ抑えている、とのことです。……ですが、多勢に無勢。こちらが、全滅すれば、ドラゴンと魔物たちの二正面作戦となります。そうすればもはや、彼女たちの全滅も時間の問題でしょう」


「……じゃあ、俺は逃げない!」


 ヒューリは、力強く断言する。

 そして、ちょうど、ヒューリたちの側に近づき、槍を振るってきた豚顔兵(オーク)の首をはねた。


「な、なにを言っているのですか? ここで、戦い続けてももはや、形成は変わりませんよ!」


 リングテールは、若いヒューリを諭す。戦場経験が豊富なリングテールにとって、今の状況は敗北必至であることに、疑問の余地は無いのだ。


「それでもだ! 惚れた女に背を向けて尻尾巻いて逃げ出すほど、俺は落ちぶれちゃいない! 傭兵隊との契約は切れているのだから、あいつらの方が先に逃げ出すはずだ!」


 そういって、こちらに斧を振り下ろそうとしていた巨人の頭に槍を突き刺す。

 その瞬間、背後から突っ込んできた銀狼が、ヒューリの肩口にその鋭い牙を突き立てた。

 が、ヒューリは間髪いれずに、腰の長剣を引き抜き、銀狼の一匹を屠る。


「俺が最後の一人になっても、ルシフの逃げ道を作る!」


 満身創痍。

 身体中から血を垂れ流しながらも、それでも気合いで長剣を振るう。


「かっこいいねー」


 遠くからヒューリを弓矢で狙っていたゴブリンの首がはねられた。

 その背後から、のそりとでてきたのは、副ギルド長のヘッカーソンだ。

 彼も、全身泥だらけで、血が固まって黒くなっているこめかみあたりをぐりぐりと拳でほぐしていた。


「俺っちも、戦いたくはなかったんだけど、逃げ遅れちまってね。頼むから匿って欲しいんだけど」


「あいにく、ここはあの世行きの終点でな。ここより先はないぞ、ヘッカーソン!」


 左右に近づいてきていたオークを切りつけ、リングテールがヘッカーソンに向けて叫ぶ。


 彼等も、ここはもうもたないことはよくわかっている。


「あーあ。最後はお前らみたいな野郎共と心中かよ。嫌になるな」


「はっ、俺だってあんたらと、最後なんて嫌だがな。それでも、ルシフが逃げる時間くらいは稼ぎたい」


 ヘッカーソンの軽口にヒューリもつられて言葉を返した。その口許には笑みが浮かんでいる。


「ヒューリ殿はルシフ様を?」


「おいおい。あんた。あとからやって来といて俺のルシフちゃんに手を出すなよ!」


 リングテールの驚いた声に続いて、ヘッカーソンの叫び声が重なる。


「ばかやろー! ルシフとの付き合いは俺の方が長いんだよ!」


 そういって、ヒューリが、長剣を振るい、市民に手をかけようとしていたオークを切り捨てる。


「……来やがったぜ」


 空に浮かぶ災厄が、三人の方を見つめていた。


「『氷槍』!」


 ヒューリは魔法を用いてドラゴンに攻撃を仕掛けるが、微動だにしない。


「槍もダメ、弓矢もダメ、そして、魔法もダメ、か。これは、本当に打つ手なしだな……」


 さすがに、この状況だと弱音の一つも吐いてしまう。

 そして、ドラゴンが、その口を開き、炎の塊が喉元から溢れ出てくる。


「くそっ、こんなことなら、久しぶりにあったルシフを押し倒しておけばよかったかな……。だが、これだけ時間稼ぎができれば、もうルシフたちの傭兵隊は逃げきれたころかな……生きろよ、ルシフ」


 そういって、ヒューリは次の瞬間の炎に包まれる自分を想像し、ニヤリと笑う。


「――火薬玉を口の中へ!」


 !!

 目の前で大爆発が起こった。

 何が起こったのか一瞬わからず混乱するが、気をしっかりともつと、目の前ではドラゴンが口から煙をはきつつ、ドサッと地面に墜落した姿が目に入った。


「リーゼル任せたわよ!」


「言われなくたってわかっているってぇ! 銃士隊! ドラゴンの目に集中砲火!」


 次々とお腹に響く轟音が起こり、ドラゴンの目の周囲に次々と着弾していく。

 そして、そのうちの何発かが、その目をえぐり、紫色の体液が飛び散った。


 ぐけぇぇーーー!


 大音量の叫び声が周囲に響き渡る。


「カレン! 周囲の魔物は任せたわよ!」


「私のルシフの頼みだしね! 任せなさーい!」


 カレンは、二百名以上はいるかという兵士を引き連れ魔物たちに切り込んでいく。


「……あ、あれって?」


 ヘッカーソンが幻でも見るような口調で呟く。


「ふっふーん。そうよ。ヘッカーソン。あいつら傭兵隊はちゃんと仕事をするわよ。私という新しい雇い主の元でね!」


 ルシフは胸を張った。まぁ、本当に金を出したのはルシフの背後にいる、さる御仁だが。


「というわけで、あとは、あそこで、大暴れしている爬虫類の王様をどうにかしないとね」


 舌舐めずりをするように、ルシフがその瞳をドラゴンに向けた。


「こ、これは夢か?」


 ヒューリは事態の推移についていけず、ただただ、目をしばたかせた。


次回は、1/4(木)更新の予定です。

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