episode.06「扉の向こうの悪夢」
私たちはそのまま、色鮮やかな遊園地のメインストリートを抜け、まずは定番の大きなジェットコースターへと向かった。
平日ということもあってか、それほど長い列に並ぶことなく、私たちはすぐに順番を迎えることができた。安全バーをしっかりと下ろし、係員の最終チェックを受けながら、胸の高鳴りがピークに達していく。
「キャーーーッ!」
ゴウン、と激しい音を立てて急降下が始まった瞬間、先頭車両に乗っていた私たちが一斉に悲鳴を上げた。
吹き抜ける風を切り裂きながら、ぐんぐんと加速していく。シートに背中が強く叩きつけられるような凄まじいGと、内臓がフワリと浮き上がるような激しい浮遊感がたまらない。目の前に広がる日本海の青と、遊園地の景色がまるでめまぐるしく回転する万華鏡のように通り過ぎていく。
「あははっ、結局はんな、めちゃくちゃ涙目じゃん!」
風に髪を煽られながら横を見ると、はんなが両手で必死に手すりを掴み、目をぎゅっと固く閉じたまま耐えていた。
「うるさい、泣いてないもん! 風が強かっただけ!」
「その言い訳、毎回それだよねー!」
コースターがゆっくりとプラットホームに戻ってきたときには、全員の髪がボサボサになりながらも、顔を見合わせて大笑いしていた。
「はいはい、お疲れ様。次は少しクールダウンしようか。あそこにメリーゴーランドがあるよ」
ほむらがスマートにスケジュールを指し示し、私たちはそのままメルヘンチックな木馬が並ぶメリーゴーランドへと移動した。
ガタゴトと優しく揺れる木馬に跨り、パステルカラーの装飾とオルゴールの曲調に包まれる。さっきまでの絶叫の余韻を冷ますかのように、穏やかな時間がゆっくりと流れていく。
「なんか、これに乗ると一気にファンタジーの世界に来たって感じがするよね」
その後も私たちは、ティーカップで目が回るほどはしゃぎ、次々とアトラクションを制覇していった。
◇
少し歩き疲れた私たちは、「そろそろ小腹も空いたね」ということで、近くの売店でソフトクリームや冷たいジュースを買い、木陰の大きなベンチに腰を下ろしてひと息ついた。
「んー! この濃厚ミルクソフト、めちゃくちゃ美味しい!」
きょうが幸せそうに頬を緩ませる。
「ねえ、一口ちょうだい!」
「ほら、あげるから私のジュースと交換ね」
ワイワイとお皿やカップを回し合いながら、高校生らしい他愛のないおしゃべりに花を咲かせる。
「さて! 休憩終了! 次は何乗る?」
まなせがガイドマップとスマホの画面を突き合わせて、次の計画をテキパキと組み立てている。みんなを引っ張るリーダー気質な彼女の仕切りは、いつだって本当に頼りになる。
「あれ乗りたい! あそこ!」
はんながソフトクリームのコーンを片手に、遠くで大きくスイングしている巨大なバイキングの船を勢いよく指さした。
「またバイキング? はんな、さっきのジェットコースターで散々だったのに懲りてないねー」
「また絶対泣くよ、はんな」
「泣かないもん! 今度こそ絶対余裕だし!」
きょうがニヤニヤしながらからかい、はんながムキになって「もう、きょうちゃんなんて知らない!」とばかりに立ち上がって追いかけっこを始める。
「もー、いったい何歳なのやら……。人前で走らないの!」
ほむらがしっかり者の母親のように呆れながらも、どこか楽しそうにその行く方を追う。
「はい、そこまで! 休憩時間は終わり! 次はみんなでバイキング行くよー!」
まなせが号令をかけ、私たちは再び立ち上がり、笑い声を響かせながら次のアトラクションへと走り出した。
◇
時の経つのは早いもので、午前中の晴れ渡っていた青空が、いつの間にか茜色のグラデーションへと変わり始めていた。
陽が傾き、少しずつ夜の気配が混じり始めた頃。
「ねえ、そろそろあれに行かない?」
誰が言い出したわけでもなく、私たちの足はこの遊園地の噂のメインスポットへと向かっていた。
最後に私たちが向かったのは、「最恐廃墟お化け屋敷『遺骸奇譚の館』」だった。
古びた西洋の館を模したそのアトラクションは、単なる人工的な演出の枠を完全に超えていた。建物の外壁には、まるで本物の古い死臭をまとっているかのように、生気のないどす黒い蔦が幾重にも絡みつき、真夏の夕暮れ時でさえ、その黒い屋根の下へと周囲の光をすべて吸い込んでいくかのような異様なオーラを放っていた。
「うわっ……外観からして、なんかガチでヤバくない……? ネットの噂通りじゃん……」
はんなが急に怖気づいたように、れむの腕にしがみつく。きょうも「そ、そんなのハッタリに決まってんだろ! アミューズメントなんだから!」と強がりながら、少しだけ頬を引きつらせて一歩後ろに下がった。
「ここ、実際のお化けより怖いって、ネットのオカルト掲示板でめちゃくちゃ有名だよ。知らなかった?」
めろが少し意地悪そうに微笑む。
「お化けより怖いって意味わかんないんだけど! そんなのありえないでしょ!」
「いや、私は……ここに入る前に入った人の中から行方不明者が出たとか、『本物』が出るって噂を聞いたことあるけどな……」
鞄の青いキーホルダーを揺らしながら静かに呟くれむの言葉に、場の空気がほんの一瞬だけ凍りついた。
「だ、大丈夫よ! 所詮はアミューズメントの仕掛けなんだから、脅かしてナンボでしょ。ほら、みんな、ビビってないでいくよ!」
れむが気を取り直すように少し強い口調で先頭に立ち、まなせが「それじゃあ、気合入れて、みんなで最後までクリアしよー!」と大きく息を吸い込んで、右手を力強く高く振り上げた。
「「「「「「オー!!!!!!」」」」」」
なぜか妙な、気合が入りすぎた声が夕暮れの空に響く。
私たちは互いの肩を叩き合いながら気合を入れたが、その声のトーンはどこか冷たい夕風にかき消されていくように頼りなかった。
◇
人気アトラクションのわりに、妙な違和感があった。
本来なら、これほど話題の施設であれば、入り口の前には長蛇の列や、チケットを待つ客のざわめきができているはずだった。だが、奇妙なことに私たちの前後に、他の客の姿は影も形も見当たらない。まるで、最初から私たった7人を正確に待ち構えていたかのように、チケット売り場も、入り口の広場も、異様なほどの静けさに包まれていた。
「ねえ、これ見てよ」
入り口の脇に、ひっそりと立てられた古びた木の看板を覗き込みながら、れむがみんなに声をかけた。
そこに書かれていたのは、血文字のようにも見える不気味なフォントの注意書きだった。
『入館者へのご注意。本館は過度な恐怖演出を含みます。もしかすると……進むうちに、同行者の数が、最初より多くなっているかもしれません。ですが、どんなことがあっても、決して振り返らないでください』
「なにこれ、変なジョーク? 趣向を凝らしすぎじゃない?」
きょうが苦笑いを浮かべ、肩をすくめて見せたが、その声のトーンは先ほどよりも明らかにぎこちなく震えていた。
「お待たせ! 今日のお客さんたちで、この館は最後だよ。閉園が19:00だから、18:30までには必ず戻ってきてね」
ちょうどその時、建物の陰から現れた係の男性が、私たちの顔を一人ひとり確認するようにじっと見つめながら声をかけた。その目はどこか生気がなく、作り物のような不気味さがあったが、私たちは「はーい!」と元気よく返事をした。男性は、ずっしりと重そうな「クローズ」の札を、ガチャリと重い音を立てて扉に掛けた。
「最後だって! めっちゃタイミング良くない?」
「いいじゃん、私が最初に入ってあげる!」
ほむらが明るく笑ってみせた。
私たちはその重く冷たい木の扉を自らの手で押し開き、底知れぬ深い闇をたたえた館内へと、一歩、足を踏み入れた。
◇
一歩、足を踏み入れた瞬間――。
外の遊園地の賑やかな喧騒、楽しげな音楽や人々の笑い声は、まるでウソだったかのようにプツリと完全に途絶え、空気が一瞬で凍りつくように切り替わった。
ジメッとした、底冷えするような冷気が生足の肌を容赦なく突き刺し、どこからか低く職を削るような不気味な機械音と、おどろおどろしいうめき声が耳朶を打つ。足元の木製の床は、私たちの体重を乗せるとギシギシと頼りない悲鳴を上げ、私たちは自然とお互いの服の裾や手をギュッと強く掴み合った。
「きゃああっ! なんか今、足元に冷たいものが触った……!」
めろがひときわ高い、怯え切った悲鳴を上げ、みんなはパニックになってお互いの身体をしがみつくように引っ張り合う。
その瞬間だった。
ガタガタガタッ! と、頭上の天井ボードが激しく崩れ落ち、暗闇の中から「それ」が飛び出してきた。
人間の形をしていながら、関節がありえない方向に曲がり、顔全体がただの真っ黒な穴になっている何かが、私たちの行く手を塞ぐように凄まじい勢いで牙をむく。
「危ない、よけてっ!」
私は思わず声を張り上げ、みんなの前に手を伸ばした。
「うわっ、びっくりしたー! 心臓止まるかと思った!」
「今の演出!? めっちゃリアルじゃん、お金かかってるわー!」
「ほんとにー!? でも、係員さんが来ないってことは、こういうサプライズ込みの最新システムなのかな?」
それが遊園地のスタッフによる演出などではなく、これから私達に降りかかる、逃れられない本物の災難の始まりなのだとは誰も気づかないまま――。
私たちは、これから待ち受ける悪夢の深淵へ向けて、暗闇の奥へと進んでいった。ここで踵を返して引き返すことが、唯一の安全なルートだったとも知らずに。




