episode.05「はじまりの遊園地」
「まったー?」
待ち合わせの改札前。はんなが大きなリュックをまるで相棒のように揺らしながら、パタパタと慌ただしい足音を立てて走ってきた。その額には汗が光り、いかにもギリギリに家を出てきたことがうかがえる。
「おそーい、こっちこっち!」
めろがきれいな亜麻色の髪をふわりと揺らしながら、大きく手を振ってはんなを手招きする。待ち合わせ時間からほんの少し過ぎただけなのに、すでに周囲は楽しげな空気で満ちあふれていた。
「まったく、あれだけ遅れないように昨日の夜もメッセージで念押ししたのに、私の計画性が台無しじゃない。はんな、今朝の既読スルーは何だったの?」
ほむらがスマートフォンの画面をあきれ顔で見せながら、小さく息をつく。
その横で、きょうが「まあまあ、よく来たって! あとで私にジュースおごりね!」と豪快に笑いながら、はんなの頭をガシガシと雑に撫でた。
「いてて、きょうちゃん乱暴! やめてよー! なんできょうちゃんにおごらなきゃなんないの!?」
はんながオーバーリアクションで頭を抱え、まるで漫画のように派手に暴れてみせる。
「そうね。おごられるなら、起こしてあげたわたしにでしょ」
すかさずほむらが、まったく助け舟になっていない冷ややかな追撃を繰り出す。
「結局おごるのー!?」
「どうせなら、全員にかもね」
「いーやーだーーーーーー!!!」
朝の改札前に、彼女たちの弾けるような笑い声が響き渡る。
私はそんな慌ただしくも愛おしいやり取りを、目を細めて微笑みながら見守っていた。みんなの笑い声は夏の青空にまっすぐ吸い込まれていき、私の胸を温かいもので満たしていく。
「さっ、おふざけはそこまで。そろそろ電車が来るよ」
まなせがスマホの画面に映る時刻表をチラリと気にしながら、リーダーらしく頼もしく声を張り上げた。私たちはそれぞれの荷物を持ち直し、ホームへと移動する。
◇
私たちが乗ったのは、いつもの北橋高校へ向かう波須町を走る見慣れた路面電車ではなく、もっと遠くへと連れ出してくれそうな列車だった。
海沿いを軽快に進む「あいの風とやま鉄道」の車両に乗り込む。
横長の座席はちょうど空いており、全員が並んで座れた。
ガタンゴトン、と心地いい重厚な鉄の響きを立てながら、列車はゆっくりと発車した。車両の窓の外には、どこまでも広がる日本海の圧倒的な青が飛び込んでくる。夏特有のまぶしい光を浴びた水面がダイヤモンドのようにキラキラと輝き、窓の隙間から吹き抜けてくる潮風が、汗ばんだ肌を心地よく撫でた。
私はこの路線から見える景色が、昔からとても好きだった。変わらないこの美しい海の青さを、こうしてまたみんなと一緒に眺められていることが、たまらなく嬉しかった。
「みてみて海ー!」
「学校から見えてるだろ?」
「えーでももっと近いじゃん。それに立山連峰もきれいに見えるよ!」
「山だっていつも見ているでしょ」
そんなたわいもない会話を楽しみながら、いくつかのローカルな駅を風を切りながら通り抜けていく。
列車はゆっくりと車輪をきしませて減速し、私たちの目的地である雨牡駅へと滑り込むようにして停車した。
◇
プシュー! と列車のドアが開き、みんなが下りる。改札へ向かいながら、目の前に広がる海の気配をみんなで感じ取る。
「いやぁ、電車賃ちょっとかかったねー」
めろが背伸びをしながら、ふうっと小さく息を吐く。
「でも最高じゃん! 見てよ、この空と海の青さ! 夏休み直前って感じでテンション上がる!」
きょうが我慢しきれず、窓ガラスに顔をくっつけるようにして外の景色を眺め回す。
「ねえ、写真撮るよ、みんなこっち向いて!」
れむがパッと鮮やかな手つきでスマホを構え、めろやはんなの肩をグイと引き寄せる。
カシャ、と乾いたシャッター音が響き、小さな画面の中には、満面の笑みを浮かべたみんなの姿が生き生きと映し出された。
「れむは相変わらず写真好きだよねぇ。それとも美術部部長の性ってやつ?」
きょうがれむの肩にひょいと軽やかに腕を回し、のぞき込むようにからかう。
「別に、形に残しておきたいだけ。……ほら、きょう邪魔。画面が暗くなる」
れむは少し照れくさそうにあしらいつつも、どこか嬉しそうな光をその瞳の奥に宿していた。
こうして、他愛のない冗談を言い合い、くだらないことで笑い合っているだけで、胸の奥が温かくて、同時にどうしようもなく切なくなる。あと数ヶ月で卒業。みんなバラバラになるかもしれない。それでも、この空気の中にいられるだけで十分だと、私は心の中でそっと息を呑んだ。
◇
改札を出て、潮の香りを含んだ強い海風を全身に受けながら、歩くこと数分。
目の前には、どこまでも高い夏空を背景にして、沿岸部に広がる巨大な遊園地がその全貌を現した。その隣には、大きなガラス張りの建物が太陽の光を真っすぐに反射し、まぶしいほどの輝きを放っている。
「わあ、すごい! でっかいねー! 早く入ろう!」
はんなとめろが童心に帰ったような歓声を上げ、ほむらの両手をそれぞれ引っ張るようにして、正面ゲートの方へと駆け出していく。
「ちょ、走らないの、はぐれちゃうでしょ!」
ほむらが苦笑いしながらも、どこか嬉しそうにその足並みに合わせてついていく。そんな3人の賑やかな背中を追いかけるように、私もその後ろをそっと小走りでついていった。
「みんな、チケット買った?」
少し遅れて、周囲の安全を確認するように歩いてきたまなせがみんなに声をかける。
それぞれがバッグからフリーパスを取り出し、「「「「「「はーい!」」」」」」と見事に声を揃えた。
「よーし、じゃあ最初はどこ行く? ジェットコースター? それともやっぱり、定番のメリーゴーランド?」
きょうがワクワクを隠しきれない顔で提案する。
はんなやめろが「絶叫系がいい!」「お化け屋敷もすぐ行こうよ!」と口々に意見を飛ばし、ますます盛り上がっていく。
色鮮やかな遊園地のゲートをくぐり抜けながら、私は少しだけ歩みを緩め、みんなの楽しげな横顔をそっと見つめた。
青い空、潮の香り、そして大好きな友達の弾む声。
私はそっと自分の胸に手を当てて、深く、大きく息を吸い込んだ。
――本当に今日、ここに来れてよかった。
心から、そう思った。




