episode.04「運命が回り出す放課後」
「ねえ、みんな! 夏休みに入る前にさ、どこか遠出しない? 例えば……大きな遊園地とかさ!」
切なさに浸りそうになり、自分の恋心を胸の奥底へ押し込めて蓋をしようとしたその瞬間、私を現実に引き戻すように、きょうがパッと明るい声を上げた。その無邪気な響きは、先ほどまでの湿っぽい感傷をきれいに吹き飛ばしてくれる。
「え、遊園地!? めっちゃいいじゃん! 行こう行こう!」
まなせがすぐに飛びつき、椅子をガタッと大きく引く。その勢いに誘われるように、教室の空気が一気にワクワクとした熱気に包まれていく。
「いいね、行こうよ! みんなでスケジュール合わせよっか!」
れむも、先ほどまでの自分の恋バナで照れくさそうにしていた様子を隠すように、ふっと柔らかい笑顔を取り戻し、仲間たちの輪に加わった。
私も、みんなの盛り上がりに遅れないようにと慌てて表情を作り、笑顔でうなずく。心の中でうずまく複雑な感情を必死に押し隠しながら、友達の提案に賛同する。
◇
「そういえば遊園地にすごいお化け屋敷ができたんだって! ねえ、聞いてる?」
不意に、自分の机に突っ伏していた私の視界に、鮮やかな色彩が飛び込んできた。
ひょいと横から顔を覗かせてきたのは、めろの愛らしい顔だった。
きれいに切り揃えられた前髪を指先で器用に整えながら、めろは不満そうに、ふうっと小さく頬を膨らませる。その仕草一つをとっても、いかにも彼女らしくて、私は思わずさっきまでの切なさを忘れて小さく微笑みそうになった。
「聞いてるよ、めろ。隣の市……雨牡町にある遊園地でしょ?」
と、落ち着いたトーンで答えるれむに、めろは「そうそう!」とパッと表情を華やかに明るくさせる。
「そこに今度、新しいお化け屋敷ができたんだって。もうすぐ私たちも卒業だしさ、最後の思い出づくりにみんなで行かない?」
めろのその一言は、教室の空気を一瞬で楽しいイベントのそれに染め上げた。
彼女の声を聞きつけて、周辺の席に座っていたメンバーが、次々と机を寄せ合うようにして集まってくる。まるで磁石に引き寄せられるように、いつもの顔ぶれが自然と小さな輪を作っていた。
「お化け屋敷かぁ……。私、絶叫系は得意だけど、お化けはちょっと足がすくむかも」
はんなが少しだけ困ったように小さく首をすくめ、あどけない笑みを浮かべる。長い黒髪が、動くたびに上品に揺れる。
それを見るやいなや、きょうが「はんな、お化け怖いーってビビって泣くんじゃないの?」と、面白がるように楽しげな茶々を入れる。
「泣かないし! れむちゃんだってジェットコースターとかお化けとか怖がるかもしれないじゃん」
「私は……まあ、みんなと一緒なら面白そうかな。ホラー自体はフィクションだしね」
れむは涼しげで落ち着いた笑みを浮かべながら、手元のペンをくるくると回す。その横で、ほむらが静かに、けれど几帳面な様子でうなずいていた。
「ちゃんと事前に計画を立てないと、現地で迷ったりはぐれたりしそうだし……。移動のスケジュール、私が組み立てようか?」
ほむらがそう言って、鞄から真新しいスケジュール帳を取り出す。その手際の良さと頼もしさに、みんなから「さすがほむら!」「頼りになるー!」と感嘆の声が上がった。
◇
見慣れた教室の光景。
使い慣れた自分の制服。
みんながそれぞれの夢や進路に向けて少しずつ大人になっていく中で、こうして変わらない笑顔を向け合える時間が、私はたまらなく好きだった。みんなの笑い声が重なり合うこの空間こそが、私にとってのすべてだった。学校という安心できる城壁のなかで、私たちは永遠にこうしていられるのだと、本気で信じていた。
「じゃあ、これで決定ね!」
クラスの中心でみんなをまとめるリーダーのまなせが、力強く言い切った。
その瞳には、これから始まる楽しい休日への期待で、きらきらとした光が宿っている。
「じゃあ来週末、全員で行こう!」
その力強い声を聞きながら、私は自分の制服の袖をそっと指先で摘んだ。
布地越しに伝わる微かな温もり。
教室の窓から、校門のあの石造りの時計台を見つめながら、私は胸の奥でそっと願う。
――こんな風に、みんなと他愛のないことで笑い合える時間が、卒業後もずっと、ずっと続けばいいのに。
大人になって、それぞれが別の道を歩むことになったとしても、私たちの絆だけは変わらない。
ずっと、この温かい場所から離れたくない。
みんなと同じ未来を、同じ速度で歩いていきたい。
――そう、思っていた。
あの日の私たちが、もう二度と戻らない「最後の思い出」を求めて、遠くの街へ向けて足を踏み出すまでは。
その一歩の先にある過酷な現実を、まだ誰も知らないまま――。
それぞれの鞄の中で、あのとき東京で買ったお揃いのクマのぬいぐるみたちが、これから訪れる運命を知ることもなく、ただ静かに揺れていた。




